徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

親父の背広

2006-12-11 20:55:00 | 親父
 背広…最近は随分とリーズナブルな値段で手に入るようになったね…。
物がいいかどうか…は別として財布の方は助かるな…。

 本当は良いものを長く着るにこしたことはないんだけれど…それ一着ってわけにはいかないんだから…そうも言ってられないじゃない…。

 えっ…おまえんちはそうかも知れないけど…俺んちは全部オーダーだって…?
そいつぁいいねぇ…お父さん…そりゃぁ豪儀だ…。
オーダーものをとっかえひっかえ使えりゃぁ…お父さんの男前もぐんと上がるってもんだな…あはは。


 親父は現役のまま亡くなったが…ずっとオーダーの背広で過ごした…。
別に懐に小金があったわけじゃなくて…たまたま友人が仕立て屋さんだっただけなのだが…いつも気に入った生地で仕立てて貰って満足げだった…。

 仕立て屋さんはオーダーのたびにわざわざうちまで来てくれて…サイズを測ったり…生地見本を見せてくれたりするのだが…何せお互い長年の友達同士だから…言いたい放題…。
およそ…他のお客相手なら言わないようなことを平気で口にした。

おみゃぁは足が短きゃぁで…その分…布が少なぁて済むがや…ってなことを笑いながら言っていた…。
いつも掛け合い漫才を見ているみたいで面白かった…。

 小学校…あれは5年か…6年の頃だと思うが…学芸会で創作劇をやることになり…自分は主人公のおじさん役を演じることになった。
友だちからロイドメガネを借りたのはいいが…衣装をどうしようか…と迷った。
おじさんに見えそうな服なんて一着も持っていないからだ…。

やっぱり役柄から言ったら背広だよなぁ…親父から借りてもいいけど大きくないかなぁ…。

 親父の背広を着た自分を想像すると…相当…だぶだぶに違いない…。
袖と裾を曲げたら少々大きくても大丈夫かなぁ…。

 親父という存在は子供よりはずっとに大きいもんだ…というイメージがあるので…どう考えてもそのままというわけにはいきそうもなかった。

オカンに糸が見えないように縫いとめて貰おうかな…。

 そう思ってオカンに…背広使いたいんだけど…と頼んでみた。
あんたがおじさんやるのかね…そりゃあ見ものだ…とオカンはケラケラ笑いながら親父の背広を出してくれた。

 いっぺん着てみた方がいいわ…大きいか分からんでね…。
オカンの勧めに従って試着してみた…。

途端にオカンが噴き出した…。

 何と…袖も裾もぴったりではないか…。
上着の丈は少し長め…肩幅とか胴はだぶつくが…そんなものボタンやベルトで締められる…。

まあ…お父さんの手足…こんなに短かかったんかぁ…。

 オカンは笑いが止まらない…。
ダックスフントのようだがね…。

 親父の背広は袖も裾も直すことなく…そのまま衣装になった。
面白いもん好きの親父がネクタイの締め方を教えてくれた…。

 う~ん…ばっちりと言えばばっちりなんだが…。
学芸会当日…会場のあちらこちらからクスクスと笑い声が聞こえたことは言うまでもない…。
ロイドメガネをかけて…ぴったりの背広を着た自分は…どこから見てもおじさんだった…。


お尻でかくて…足…短いね…と娘たちが言う…。

うるさい…おまえたちだって尻はでかいじゃないか…。

足…長いもん…。

口がへらねぇなぁ…おまえたちはぁ…。

あれから身長は伸びたものの肝心の足はさほど伸びなかったようだ…。
やっぱり血は争えないか…。

尻でか短足…おもしろ~…。

ほっとけ…しかたねぇんだよ…ダックスフントの子供なんだから…さ…。