おはようございます。
(前回のあらすじ)
伊勢鉄道の各駅巡りも東一身田駅で無事に終わり、そこからは津、松阪と巡って最終目的地近鉄宇治山田駅へと向かうわけだが、津市内で見かけた行先表示板では伊勢まで40キロ。朝にスタートした四日市からここまでがほぼ30キロで6時間近くかかっている、タイムリミットの17時までは残り3時間余り、今までのペース以上で40キロの道のりを走らなければ宇治山田駅に着くことはできない。さて、意を決して走るか、それとも津からまったりと輪行で帰るか、ここが思案のしどころなわけなのだが・・・
・・・などと迷うくらいならチャレンジするべき、と言うことで宇治山田駅目指して走ることにする。まず結論から言うと、以前にここで宇治山田駅の紹介をしているくらいだから、ちゃんと時間内にたどり着くことはできたわけである。自分(一人称)はどちらかと言うとあちこちを巡りながらまったりと走る方で、相棒もタイムトライアルを競うようなタイプの仕様ではないのだが、ここは気になる風景の誘惑にとらわれることもなく一目散に前へ前へ進むのみ、3時間で40キロは走れないこともない。津市内は国道23号線を避けて海に近い方の道へ、再び国道23号線に入ってからは一進に南へと相棒を走らせる、海が近くにあるはずなのに見ることもできないなんて残念すぎるが今は前へ前へ。やがて松阪市に入り国道42号線で市の中心からは離れた近鉄松阪駅の北側を走る、道は真っ直ぐ進むと県道37号線となり近鉄山田線を沿うようにして走る。とにかくここまでは一目散に駆けてきたので結構いいペースで進んでいるように感じる、時計とにらめっこしつつも少しずつ余裕も感じてくる。
櫛田川を渡ると早馬瀬という所、『ローカル路線バス乗継の旅』では最終日の一番最後に松阪駅からここまで歩いていたが結構な距離がある。ここからは旧伊勢街道となる県道428号線へと入る、旧街道の雰囲気を漂わせている町並の中を走るのはやっぱり気分がいい、余裕も出てきたせいかスピードを緩めて街道風景の写真を撮りながら進んで行くことにする。冬の夕暮れは早い、日は西の空低い位置に浮かび、もうすぐ山に沈んでいこうとしている、その陽光に照らされて町並もいい雰囲気の佇まいを見せてくれている。ただ余裕はあると言ってもタイムリミットには着実に近づいて行っている、この辺りは斎宮、明星など古い町並が続くところだがゆっくり行くわけにはいかないので、撮っては進み撮っては進みの繰り返し、ゆっくりの街道巡りはまた次の機会として先を急ぐこととしよう。
伊勢市に入ると明野の町並、明野と言うと高校野球で全盛期の池田高校を破った明野高校を思い出す、最後の南海ホークス選手大道選手の出身校としても御馴染みの高校も最近は甲子園はご無沙汰となっている。明野の町並で旧街道らしい雰囲気を漂わせているのが写真枚目にあるへんば餅本店、旧伊勢街道は何度か走ったことがあるが、この辺りはこの店を目当てで来る人が多く付近は車が結構渋滞していた記憶がある、ただ夕刻も近いこの時間はさすがに人も少なくスムーズに通り過ぎることができた。旧街道はこの先自分(一人称)にとっては誘惑の多い風景が続く所、今は一刻を急ぎたいので敢えて道を逸れて近鉄線の北側へ出ることに、旧伊勢街道巡りはもう完全に次回の宿題となってしまった。
写真3枚目にある宮川に架かる橋を渡る頃には日はもう完全に沈んでしまっていた、それでもまだ空には明るみが残っている。近鉄宮町駅前を通り過ぎるとこの前の各駅巡りで走った道に入って、やがてJR伊勢市駅前へとたどり着く。ここまで来れればもう大丈夫、最後の力を振り絞って最終目的地を目指すこととする。
JR参宮線沿いの道から少し外れた所の角を曲がると近鉄宇治山田駅のもうお馴染みの駅舎が見えてきた。写真にある通り、間もなく暗くなりそうな空をバックにレトロな駅舎が電飾を最低限に光らせて浮かび上がっている。はあ~っ、何とかここまで走り切ることができた、朝、四日市から走り始めた頃はまさかこんな強行な行程になるとは思わなかった、四日市あすなろう鉄道はさほどでもなかったが、伊勢鉄道はやはり手強かった。今日はちょっと無理をさせてしまった相棒君の労を労いつつ折り畳み、さあ、帰りは近鉄特急で・・・とはいかずに急行でまったりと帰ることにしよう、多分よく眠れることだと思う。そんなわけで旧街道巡り、各駅巡りを織り交ぜながら走って来た三重の旅も無事終わらせることができました。ただ急ぎ足になった分次回への宿題も残りましたが、それはまたここへ来ると言う理由づけとしておいて、時間となってしまったようです、今回は是にて終了としておきます。 まちみち
(前回のあらすじ)
伊勢鉄道の各駅巡りも東一身田駅で無事に終わり、そこからは津、松阪と巡って最終目的地近鉄宇治山田駅へと向かうわけだが、津市内で見かけた行先表示板では伊勢まで40キロ。朝にスタートした四日市からここまでがほぼ30キロで6時間近くかかっている、タイムリミットの17時までは残り3時間余り、今までのペース以上で40キロの道のりを走らなければ宇治山田駅に着くことはできない。さて、意を決して走るか、それとも津からまったりと輪行で帰るか、ここが思案のしどころなわけなのだが・・・
・・・などと迷うくらいならチャレンジするべき、と言うことで宇治山田駅目指して走ることにする。まず結論から言うと、以前にここで宇治山田駅の紹介をしているくらいだから、ちゃんと時間内にたどり着くことはできたわけである。自分(一人称)はどちらかと言うとあちこちを巡りながらまったりと走る方で、相棒もタイムトライアルを競うようなタイプの仕様ではないのだが、ここは気になる風景の誘惑にとらわれることもなく一目散に前へ前へ進むのみ、3時間で40キロは走れないこともない。津市内は国道23号線を避けて海に近い方の道へ、再び国道23号線に入ってからは一進に南へと相棒を走らせる、海が近くにあるはずなのに見ることもできないなんて残念すぎるが今は前へ前へ。やがて松阪市に入り国道42号線で市の中心からは離れた近鉄松阪駅の北側を走る、道は真っ直ぐ進むと県道37号線となり近鉄山田線を沿うようにして走る。とにかくここまでは一目散に駆けてきたので結構いいペースで進んでいるように感じる、時計とにらめっこしつつも少しずつ余裕も感じてくる。
櫛田川を渡ると早馬瀬という所、『ローカル路線バス乗継の旅』では最終日の一番最後に松阪駅からここまで歩いていたが結構な距離がある。ここからは旧伊勢街道となる県道428号線へと入る、旧街道の雰囲気を漂わせている町並の中を走るのはやっぱり気分がいい、余裕も出てきたせいかスピードを緩めて街道風景の写真を撮りながら進んで行くことにする。冬の夕暮れは早い、日は西の空低い位置に浮かび、もうすぐ山に沈んでいこうとしている、その陽光に照らされて町並もいい雰囲気の佇まいを見せてくれている。ただ余裕はあると言ってもタイムリミットには着実に近づいて行っている、この辺りは斎宮、明星など古い町並が続くところだがゆっくり行くわけにはいかないので、撮っては進み撮っては進みの繰り返し、ゆっくりの街道巡りはまた次の機会として先を急ぐこととしよう。
伊勢市に入ると明野の町並、明野と言うと高校野球で全盛期の池田高校を破った明野高校を思い出す、最後の南海ホークス選手大道選手の出身校としても御馴染みの高校も最近は甲子園はご無沙汰となっている。明野の町並で旧街道らしい雰囲気を漂わせているのが写真枚目にあるへんば餅本店、旧伊勢街道は何度か走ったことがあるが、この辺りはこの店を目当てで来る人が多く付近は車が結構渋滞していた記憶がある、ただ夕刻も近いこの時間はさすがに人も少なくスムーズに通り過ぎることができた。旧街道はこの先自分(一人称)にとっては誘惑の多い風景が続く所、今は一刻を急ぎたいので敢えて道を逸れて近鉄線の北側へ出ることに、旧伊勢街道巡りはもう完全に次回の宿題となってしまった。
写真3枚目にある宮川に架かる橋を渡る頃には日はもう完全に沈んでしまっていた、それでもまだ空には明るみが残っている。近鉄宮町駅前を通り過ぎるとこの前の各駅巡りで走った道に入って、やがてJR伊勢市駅前へとたどり着く。ここまで来れればもう大丈夫、最後の力を振り絞って最終目的地を目指すこととする。
JR参宮線沿いの道から少し外れた所の角を曲がると近鉄宇治山田駅のもうお馴染みの駅舎が見えてきた。写真にある通り、間もなく暗くなりそうな空をバックにレトロな駅舎が電飾を最低限に光らせて浮かび上がっている。はあ~っ、何とかここまで走り切ることができた、朝、四日市から走り始めた頃はまさかこんな強行な行程になるとは思わなかった、四日市あすなろう鉄道はさほどでもなかったが、伊勢鉄道はやはり手強かった。今日はちょっと無理をさせてしまった相棒君の労を労いつつ折り畳み、さあ、帰りは近鉄特急で・・・とはいかずに急行でまったりと帰ることにしよう、多分よく眠れることだと思う。そんなわけで旧街道巡り、各駅巡りを織り交ぜながら走って来た三重の旅も無事終わらせることができました。ただ急ぎ足になった分次回への宿題も残りましたが、それはまたここへ来ると言う理由づけとしておいて、時間となってしまったようです、今回は是にて終了としておきます。 まちみち