まちみちふうけい

間もなく10年目も通過点

No.1078 2019年走り初めは嵐山八幡木津自転車道

2019-02-28 11:07:23 | 旅行記
おはようございます。


先日、携帯でYAHOOのニュースを見ていると「南京終町何て読む?」という記事が出ていた、南京終町とはまた何てローカルな地名、しかもめっさ地元、ここでも何度かお伝えしたことがあるビッグエクストラ大安寺店も所在地は南京終町です。しかし何だこの記事は?と思って読んでみると、この前の日曜日にJR万葉まほろば線の京終駅駅舎がリニューアルして、そのイベントにこの人↓↓↓



が来ていたとのこと、うちから一番近い所にある中学校出身ということらしい、奈良県出身は知っていましたがまさかこんな近くの人だとは全然知りませんでした。その記事の中で南京終町が正しく読んでもらえないと言う話が出ていた、「京終」と言うのは文字通り京(みやこ)の終わりの地、ここで言うみやこは平城京だがその形は東側に出っ張っている所があり・・・外京と言われている・・・その一番南を通る五条大路が通っていた道にあった町が京終と言われている。加藤氏は「nankinowarimachi」と言われたことがあった、と話していたが日本の歴史の一端に関わったことがある町なのに、中国の地名を被せられるのはそれはちょっと失礼な話だな。そう言えば枚方市が「枚方」を何と読むかを全国でアンケートをとったニュースがあったが、こちらは60パーセント以上の人が正しく読めたとのこと、こちらはひらパー兄さんの力が偉大だったと言うことか。今年は難読地名が流行るんでしょうかねえ、ちなみに阪急電車の駅にもある「柴島」、関西の人なら知っていると思いますが、さて、何と読むでしょう?では本文、まいりましょう~↓↓↓
















1月2日早朝、まだ薄暗いうちに家を出たのですが空を見上げると写真1枚目にあるような光景が見られました、後で調べてみると元日の夜からですが月に金星が接近する天体ショーが繰り広げられと言うことです。さて、ほとんど目的もなしに家を出てとりあえず平城宮跡へ、若草山の稜線が赤くなりやっとお日様が顔を出そうとしているところ、そして朱雀門に近鉄電車もここではお約束です。今日は箱根駅伝往路、自分(一人称)の走りも駅伝に合わせてテンションを上げて行きたいところ、とりあえず大津を目指して走って行くことにしよう。と言うことでみやと通りから歌姫峠を過ぎて京都府へと入りました、木津の中心地から少し離れた所で国道163号線を越えてJR学研都市線西木津駅、ちょうど電車が来たところですがステンレスの車体に朝日が反射して眩しい。さて、ここからは木津川沿いにある自転車道へと入って行くことにしよう、ただ風がきついので寒いやろうなあ~。














まあ案の定でした、自転車道はずっと田園風景の中を走るので吹きっ晒しで風が冷たい、それでも新年のこんな早い時間から走っている人は多い。そろそろ午前8時、箱根駅伝が始まる時間、ラジオをONにしてNHKにダイヤルを合わせる、この日の放送では後程中村勘九郎と満島真之介がゲストに来ると言っている、まあ大河『いだてん』の番宣だろうが、昨年の和田正人が好評だっただけに今年もゲスト解説を迎えての放送となったのだろう。しかし駅伝の方はスタート直後に大東文化の選手が転倒、いつもは静かに淡々と進んで行く1区がいきなり波乱の始まりとなってしまった、自分(一人称)の走りの方は転倒のないように気をつけて進んで行くことにしなければ。写真下4枚にあるのは近鉄宮津駅を通り過ぎる電車、木津から山城大橋までの区間で電車を見ることができるのは木津川台駅付近と宮津駅付近の2ヶ所、どちらも自転車道とは離れているので電車の姿は小さくしか見えない。










玉水橋を過ぎると山城大橋までは約3キロ、ここまで薄い雲に覆われていた空だったがやっと太陽の光が差し込んできた、太陽はまだ空の低い位置にあって木津川に光がはね返って眩しいが、寒気の中に差し込んでくる暖かみはやはりありがたい。しかしここから先も上の写真にあるように田園風景の中の一本道、風は相変わらず冷たく吹き込んで来て行く手を阻んでくる、箱根駅伝1区は熱気あふれる走りが繰り広げられているが、こちらは寒さに耐えてこの区間を過ぎて行かなければならない。さて、走りの方は箱根駅伝をお付き合いにしてこの先、山城大橋から国道24号線へと出て、宇治市の中心部を経て京都市へと入って行きます。次回はちょっと飛んでしまいますが逢坂越えから大津市に入る模様についてお送りしていこうと思います。あ、ラジオでは中村勘九郎がやって来た、『いだてん』なあ~、正直言ってあんまり・・・、まあその辺りもまた次の機会としておくとして、今回もご覧いただきましてどうもありがとうございました。        まちみち




No.1077 福山、尾道の旅(4)・・・尾道歩き旅、その2

2019-02-27 10:32:30 | 瀬戸内
おはようございます。















福山、尾道の旅は中盤戦、尾道の町は相棒君は一休み、坂道と階段と山と海の道を歩いて散策しています。前回は山の斜面に沿う狭い道を進んで三重塔がある天寧寺へとやって来ました。そのまま尾道の町を見渡せる狭い道を先へと進んで行くと、千光寺への参道となる階段のある道へと突き当たる、上方には千光寺の赤い建物が見えているがそこにたどり着くまでにはまだまだ距離がある、ここは一歩一歩先へと伸びている階段を上って行く。自分(一人称)はこの坂道にはちょっとした思い出がある、もう何年も前になるが大晦日に尾道に宿泊したことがあって、その時ホテルのフロントに無理を頼んで年が変わる時間に初詣に出させてもらった。紅白が終わった後で出たので年が変わったのはアーケード商店街の中、ちょうどカウントダウンイベントをやっていた、ちょっとうるさいのでそのまま向きを変えて国道2号線へと出て、線路を越えてこの参道を上って行った。初詣へと向かうたくさんの人が白い息を弾ませながら階段を上り下りしている、暗く灯りもない階段なので足元には気をつけて進んで行かなければならない、そんな中で除夜の鐘がゴ~ン♪ならぬ、カ~ンと乾いた音で鳴り響いていた。まあ初詣に行くとは言ったものの参拝などはしないでその雰囲気がどんなものかと行っただけで、千光寺までたどり着いたらすぐに折り返して帰ったんですけどね、ホテルも早く帰ってくるようにと言っていたので・・・。














階段の途中で天寧寺の三重塔の屋根が良く見えるスポットがある、観光パンフレットでもよく見ることのあるお馴染みの風景は多分ここから撮られたものだろう。その場所の近くには中村憲吉の旧居がある、中村憲吉って奈良の人ではなかった?・・・名前を奈良でよく見かけたことがあるからそう思っていたのだが調べてみると、東大寺二月堂のお水取りについての短歌を詠んでいることで奈良に所縁がある人と言うことで、奈良出身ではなかったんですね、やあ~、とんでもない無知を晒してしまうところでした。こんな高い場所でも下を走る電車の音が聞こえてきてすぐに反応してしまう、眼下に広がる尾道の町、JR山陽線は海岸線と国道2号線に沿って弧を描いていてそこを黄色い電車や長大編成の貨物列車が走り抜けて行く。ここから見るとまるで鉄道模型みたい、さっきは下から間近に見た光景も上から見ると手に掴めそうなくらいの小ささ、尾道の町に溶け込んでカーブを駆け抜けて行く貨物列車の姿もまた壮観である。













さて、千光寺へとやって来ました、やっぱりたくさんの人ですねえ、でも自分(一人称)は参拝には興味がないので境内をすり抜けて、この寺院から続いている文学のこみちへと進んで行く。道は階段、石段、斜面にもなっていて途中には大きな石のトンネルを背をかがませて通らなければならない所もある、その道中には石に刻まれた歌碑が立っている。自分(一人称)は文学や作家のことはあまり詳しくはないが、そんな自分(一人称)でも知っている名前が次から次へと現れる、そんな中でも尾道と言えばやはりこれ、と言うのが林芙美子の『放浪記』、「海が見えた、海が見える、五年ぶりに見る尾道の海はなつかしい・・・」の出だしはあまりにも有名だが、その後の文面を見ても尾道の情景がくっきりと浮かび上がってきそう。林芙美子は故郷に帰って来たわけだが、自分たちが尾道に旅に来た時もそうだよな~、電車は山陽本線、それまでは全然見えない海が尾道駅に近づくカーブの所で左手側に見えてくる、尾道の町は最初は左側に海といっしょに見えて、やがてカーブを過ぎると右へと移って行く、この車窓の流れが何とも感傷を呼び起こしてくれるんだよなあ、自分(一人称)も泣けてくる時がありますよ・・・。と言うことで、尾道歩きはまだまだ続きます、相棒君が俺の出番がないやんけ~と拗ねていそうですが、ここはこの先の走りに備えて十分に休養しておいてもらいましょう、今回もご覧いただきましてどうもありがとうございました。            まちみち







No.1076 埼玉県vs群馬県 二階堂ふみvs小松菜奈

2019-02-26 07:34:24 | 日記
おはようございます。







この週末は映画を2本、見てきました、まずは土曜日のレイトで言ってきたのがこれ↓↓↓



正直言ってめっさ面白かったです、そりゃそやろな~、面白そうだから見に行っているわけだから。よくネットのレヴューで映画を見た後、その映画を評論家張りに酷評したり貧乏人の如く金返せ~と言っている人がいますが、仕事とは関係なしに自分が見たいと思って行っているわけだからそれはもう自己責任でしょう、グダグダ言ってんじゃねえよ~と思います。さて、映画の方はもう見てみぃ~としか言えない感じ、予告編を見た時にはこれ埼玉の人怒るんでは、と思ったが本編を見ると千葉の人も群馬の人も神奈川の人も怒りそう、埼玉、東京だけでなく関東一円を巻き込んだ内容となっていました。こうなると関西で見てる人には面白くないんでは、と思われそうですがそんな地理的な知識はなくても十分楽しめる、それはやっぱり俳優さんたちの魅力ある演技があったからだと思います。主演は二階堂ふみとGACKT↓↓↓



もう格好からして弾けた感じがしていますが、実は二階堂ふみが演じているのは男の子の役、本当は女の子でリボンの騎士みたいな展開になるんじゃないの~と思ったら、本当に最後まで男の子のままでした、GACKTはある密命を帯びて東京にやって来た男子高校生役、風貌からして相変わらずわけの分からない人と言う感じです。この2人の並び見ているとこれを思い出してしまう↓↓↓



作者が同じなので世界観も同じなんでしょう、二階堂がパタリロでGACKTがバンコラン、じゃあマライヒは誰?、この映画の出演者だったら京本政樹か、伊勢谷友介はタマネギ部隊と言うことで。

映画では埼玉がかなり踏みにじられる設定となっています、



まあ埼玉県知事の対応からして埼玉県民はネタにされても気にしないって感じの体質なのかも、その辺りは映画の中では車の中での家族の会話から受け取れることだと思います。一番最初のシーンで、その車のラジオから流れてきたのがさいたまんぞうの『なぜか埼玉』、「なぜかしら~ねど~♪」から始まるこの曲、自分(一人称)が中学生の頃の曲だったと思うが、何かめっさ懐かしい気がしました。埼玉県と言うと自分(一人称)のイメージでは・・・都会といなかのギャップが激しい県、国道254号線(走ったことがあるから)、花咲徳栄・・・結局高校野球に結びつけてしまいますが、一番のイメージは狭い県なのに市の数が多いこと。自分(一人称)は仕事柄、関西人にしては結構埼玉の市名は詳しい方だと自負しているのですが、では、並べて行ってみましょう↓↓↓

さいたま、川口、八潮、戸田、富士見、ふじみの、蕨、所沢、飯能、吉川、越谷、春日部、草加、川越、久喜、上尾、北本、鴻巣、蓮田、加須、白岡、坂戸、熊谷、羽生、東松山、秩父、本庄、深谷、行田・・・

あとどこか忘れてたっけ?答え合わせしていってみよう・・・入間、朝霞、志木、和光、新座、桶川、三郷、幸手、鶴ヶ島、日高・・・もう全部出尽くしたかな?どれも仕事ではよく見る市名なのにこれだけも忘れていましたか。町名なら寄居、松伏、越生、三芳、川島、伊奈などをよく見ます、郡で言えば比企郡、北足立郡、北葛飾郡、入間郡って言った辺りですか、まあ地図や鉄道が好きですからね、場所は知らなくても名前は知っていると言う程度です。映画の中でもこれらの地名が所々に出てくるわけですが、途中で埼玉県内で仲間割れが起きて浦和と大宮が喧嘩して与野がほったらかしにされる辺りはなかなか風刺が効いていた感じでした、合併にも各地いろいろな事情があったんでしょうねえ、奈良県でも合併がうまく行かない例はいくつもありますから・・・。ちなみに人口の多さでは県内1位はもちろんさいたま市、2位は川口市で3位は川越市、東京に直結している市が上位にあると言うことはまあ予想通りと言ったところでした。
そして埼玉同様に結構ネタにされていたのが千葉県、東京を取り巻く県も結構虐げられている設定でしたが、その中でも千葉の存在はなかなかなものでした。千葉のイメージと言うと・・・房総半島、九十九里浜、館山、『ビーチボーイズ』・・・しかしドラマに出ていた反町隆史も竹野内豊も実は・・・おっと、これはネタバレになっちゃうか。映画で出てくる千葉の地名は我孫子、野田、流山とJR常磐線沿線、その常磐線はと言えば↓↓↓



漫画でこれですからね、映像ではもう人間が乗るようなものではない、これまた散々な描かれ方をしていました。クライマックスに差し掛かる前の流山の千葉と埼玉の対峙シーン、予告編で県出身の有名人で対抗するするシーンがあるのですが、で弱いと言うのならこの人↓↓↓



を出せば一発で埼玉を黙らせることができたのに、東京どころか日本中が黙らされますよ。でもこの辺りはなかなか面白かったです、まあ今は上映中なのでネタバレができないのが仕方ないところなんですが。ニュースでは埼玉県内では記録的なヒットとなっているとか、ああ~、やっぱり自虐的な県民性なんでしょうかねえ。

そしてもうひとつ、ネタにされたのが群馬県、こちらは東京からもう人間扱いさえされていないと言う設定でしたが物語のキーを握る地として描かれていました。その群馬については日曜日に見てきたこちらの映画で↓↓↓




埼玉では二階堂ふみが大河の愛加那とは全然違ったコミカルやキャラクターで実力を見せてくれました、となるとこの人↓↓↓



も黙っているわけにはいかないでしょう、長澤まさみvs上野樹里から15年、再び若手女優の実力対決と言った感じです。タイトルが「サムライマラソン」、印象的には「超高速!参勤交代」みたいなコミカルな内容かな、と思ったのですがとんでもない!内容は重い重い、血が吹き飛ぶは人は死ぬわ殺し合うわ・・・ああ、ネタバレになっちゃいますね、まあこれくらいはいいでしょう、とにかくタイトルから受ける印象とは全く違ったものでした。主演は佐藤健、彼も売れてますねえ、昨年の朝ドラでまた一皮剥けたと言ったところでしょうか、そんな彼を脇で支えるのが小松菜奈、森山未來、染谷将太・・・彼は杉下右京と対決した最年少なんですねえ、もう17年前か、もうシャバに出てきている頃だから再登場してほしいところですが、今更出演するにはちょっとビッグになりすぎてしまいましたかねえ・・・と言った芸達者な若手たち↓↓↓



物語がクライマックスに差し掛かるこのシーンはなかなかカッコ良かったです。その他にも萬平さん、秋風先生、まれちゃんの友達に鈴愛チャンの友達にとと姉ちゃんの友達・・・この辺り顔は知ってても名前が浮かんでこなかった・・・などが出ていました。
監督は外国人、アクションが多かったのは監督がチャンバラを撮りたかったからだろう、「超高速!」とは違っておちゃらけはほとんどなし、でも稲穂にシーンはちょっと許せなかったなあ、その辺りがいかにも外国人監督と言った感じがしました。このサムライマラソン、1855年に安中藩で行われた「安政遠足」が題材となっていると言うことで、ラストシーンではその思いが『いだてん』を経て現代へと受け継がれてきていると言った感じで終わりとなります、まあきれいに東京オリンピックにつなぎたいと言う気持ちがあったのだと思いますが、物語が終わっての印象はやはり血生臭さばかりが残ってしまったところでした。小松菜奈は良かったですね、まあ自分(一人称)が一押しの女優さんだから見方も甘くなってしまうわけですが、相変わらず映画でしか見れないと言うのがなあ。前にNHKのドラマに出ていたから再放送してほしいけどがやっちゃいましたからね、彼女にとっては唯一の地上波作品だっただけに、ホンマ何してくれんねんと言った感じだわ。そんなわけで今回も・・・あ、思い出した、埼玉県の市、狭山市を忘れてしまっていました、これはこれは申し訳ありませんでした、と言うことで改めて今回もご覧いただきましてどうもありがとうございました。        まちみち







No.1075 岡山の旅(9)・・・最終章前編、鷲羽山と瀬戸大橋

2019-02-24 21:07:05 | 瀬戸内
おはようございます。















岡山の旅もいよいよ大詰め、この日の旅の最終目的地下津井での走りを最終章、今回は前編としてお送りしていきたいと思います。まずは前回、児島から下津井鉄道廃線跡を進んで元琴海駅があった所までやって来ました、ここでこの日初めての海を山の上から臨むことができた。その後、瀬戸大橋へと続く高速の下をくぐると前方は景色が開けてすぐに元鷲羽山駅があった場所へとたどり着く、山の斜面がすぐ向かいに迫りすこしカーブになったホーム跡、眼下には下津井の漁港の町並、さらにその向こうには威風堂々と瀬戸大橋の姿が見えている。自分(一人称)は鉄道旅で下津井鉄道に初めて乗った時、本来は下津井駅まで行くはずだったのがこの駅から見える風景に釣られて衝動的に下りてしまった。ホームの姿は変わってしまったが、当時も今もここから見える風景は変わっていない、ホームには鷲羽山山頂までルートが記されていてそれほど遠くはないので上って行った記憶がある、そこから見る瀬戸内海の風景もまた乙哉でありました。










鷲羽山駅から廃線跡を進むと県道と交差してそのまま真っ直ぐ進んで行くことになるのだが、写真2枚目にある通り、その道は通行止めになってしまっている。夏の豪雨の影響が2ヶ月以上経った今(当時)でも復旧できなかったと言うことだがこれはもう仕方がない、とりあえず県道の急な上り坂を進んで鷲羽山ハイランドの手前まで行ってみる、さっきの駅跡よりも高い所なので眺めもまた壮観だ。瀬戸大橋が海の上にカーブを描いて島々を結んでいる、その先に見えるのは讃岐富士、そこはもう四国、本州ではない、そんな風景が手に掴めるように見えている。自分(一人称)の自宅には瀬戸大橋に行ったときの土産で瀬戸大橋が描かれた暖簾がかかっているが、その絵がまさに写真4枚目にある風景といっしょ、その暖簾には

「わしら自慢の鷲羽山の、恋の相手は讃岐富士、瀬戸はうれしや瀬戸はうれしや緑の島が、手と手をつないで橋渡し・・・(略)」

と綴られている、瀬戸の海を挟んで鷲羽山と讃岐富士、互いにいろいろな思いを馳せて向こう側の山を見ていた人たちが、瀬戸大橋によってつながれた喜びを唄ったかのような詩です。まあ地元の住民のみならず、鉄道ファンの人たちも大いに喜んだことだと思います、自分(一人称)もそうなんですけどね、瀬戸大橋ができて初めて四国に行ったわけですから。時代は流れて今は自転車でも瀬戸内海を渡って四国へと行くことができるようになった、しまなみ海道のおかげで瀬戸大橋はちょっと横に置かれてしまったかのようになってしまったが、鉄心を奮わせてくれる存在には違いない、その橋に渡るのはもう少しだけ後のこと、まずは今来た上りを折り返して下津井の町並へと下って行くことにしましょう。














下津井の古い町並はいつ来ても心を和ませてくれる、その静かな町並の住民からすると空を覆い隠すかのように立つ瀬戸大橋は無粋なものに見えてしまうかも知れないが、それも含めてここは自分(一人称)の大好きな所、時間が許す限りこの町並を噛みしめるように進んで行くこととする。↑のゾーンの写真にあるように廃線跡が通行止めになっていたので予定変更で下津井の町並を東から西へと進んでいるわけだが、そのおかげで帰りは海沿いを走ることができるようになった。もしそのまま廃線跡を下津井駅後まで走っていたらどちらかの道は・・・多分海沿いの道になっただろうが・・・走ることができなくなるところだったのでこれもまあ嬉しい誤算と言ったところででしょうか。町並を抜けるとその海沿いの県道へと出る、さっきまでは空高くに浮かんでいたお日様がもう今にも山に沈もうとしてる、空が明るいからと思ってちょっとゆっくりしすぎたか、まあそれだけ時間をかけて走りたい町並だったからね。この後は旧下津井駅へ立ち寄りいよいよ最後は鷲羽山を越えて再び児島へ、となるのですが、その模様については岡山の旅最終章後編へ持ち越しと言うことにしておきましょう、今回もご覧いただきましてどうもありがとうございました。          まちみち





No.1074 頑張れ東播磨の旅(3)・・・山陽電鉄線各駅巡り、その1

2019-02-21 10:31:18 | 鉄道
おはようございます。












さて、東播磨の走りもこれより中盤戦、高砂市から加古川市とたどって姫路市へと入りました、今回はちょっと変則的なルートで走っているのでここまで高砂市を2度通って来たのですが、後でもう1回通り過ぎることになります、その前にまずは姫路市、ここからは山陽電鉄線各駅巡りで進んで行きたいと思います。姫路市の中心部はもう言わずとも知れた姫路城がある辺り、まだ午前中とは言え城周辺にはたくさんの観光客が押し寄せてきている。姫路城についてはもういいでしょう、軽くスルーして山陽姫路駅へ、と思ったら駅から城へと続くメインストリートの歩道はここもたくさんの観光客が列を為してやって来る、仕方がないので1本筋違いの道を通って山陽姫路駅の高架の下へとたどり着いた。正面の入口は写真1枚目にある店舗が入っている駅ビル、ホームのある所へと廻るがホームの様子はもちろん見ることはできない、電車の頭がチラッと見えるだけ。またまた仕方ないので次の駅へと向かうことに・・・と思ったら町の真ん中に高架の橋桁の残骸らしきものが立っている、以前通っていたモノレールの跡と言うことだが新幹線からだとその姿は一種不気味なものに見えてしまう。町の真ん中で真下から見るとこれもまた異様な雰囲気が漂っているが、町の人からはまるで存在感を忘れ去られたかのよう、撤去しようにも町が大きくなってしまったので手がつけられなくなってしまったのだろうか。この後はJR山陽本線の高架をくぐり抜けて線路沿いを進んで行く、この区間は元は山陽電鉄線が高架でJR線を越えていたがJR姫路駅が高架化することで逆に山陽電鉄線が地上へと切り替えられたとのこと。その地上部分は元は国鉄播但線の姫路より南の区間、飾磨港駅へ向かう路線が通っていた跡地だった、その廃線跡が山陽電鉄線に沿っているとのことなので各駅巡りと合わせ技で廃線跡巡りもしていこうと思います。

















山陽姫路駅を出て最初の駅が手柄駅、駅のすぐ横には姫路中央卸売市場が隣接している、ホームは2面2線、駅舎は賑やかな通りが横切る場所にあるがこれと言った特徴はあまりなさそうな感じ。その踏切を渡ってすぐ線路沿いに播但線の廃線跡が遊歩道として残っている、写真4枚目の看板には「銀の馬車道」とある、生野銀山から飾磨港へと続いていた道は一昨年JR播但線各駅巡りをした時に走っている、この遊歩道がその跡に当たるとのことで、この道を進んで行ってみることにする。しばらく左側に沿っていた山陽電鉄線から少しだけ離れて行って、町中に入った所でホームの跡が再現された元国鉄亀山駅があった場所へとたどり着く。一方の山陽電鉄線の亀山駅はここから狭い通りへと入って踏切を渡った所にある、上の写真にあるようホームは2面2線にちょっとだけ立派な感じの駅舎、駅の南側には大きな寺院とそれを取り巻くように古い町並があるがこの辺りはいずれお送りする予定にしている登録有形文化財巡りで触れることにしておきましょう。それにしても手柄駅に亀山駅、何か既視感がある駅名だな・・・って思ったら、これだった→「亀山君、お手柄ですよ!」by 杉下右京









遊歩道は国鉄亀山駅跡の少し先で県道と交差して南へと伸びている、写真3枚目、上を通っているのは山陽電鉄網干線の線路、もう飾磨駅近くまで来ていることになる。鹿間工業高校の敷地内を道が貫いていて、そこを抜けると進行方向左手側にイオンモールが現れる、その前が公園になっていてその敷地内に「しかま」と書かれた駅名坂みたいなものが見えてくる。写真下から2枚目にあるのがその場所だが、これはホーム跡を模したものだろうか、と言うことはここが国鉄飾磨駅があった所?それははっきりとは分からない、周辺は再開発されてイオンがデ~ンと建って駅があった当時とは風景が変わってしまっただろうが、この先で東西を突き抜ける国道250号線の南側には古い町並があって、しぶとく往時をしのばせる雰囲気が漂っている。国道を渡ってこの先飾磨港へと道が真っ直ぐ伸びている、この交差点から始まるのが国道436号線、さて、次回はこの国道を進んで国鉄飾磨港駅を探して、更にその後は山陽電鉄線各駅巡りを続けて行きたいと思います、今回もご覧いただきましてどうもありがとうございました。          まちみち