まちみちふうけい

間もなく10年目も通過点

No.881 播磨の旅(7)・・・白鷺城

2017-12-30 12:49:27 | ふうけい
おはようございます。















加西市の北条鉄道法華口駅から方城町、福崎町を経てJR播但線各駅巡りで姫路まで走って来た播磨の旅もいよいよ今回で終わりとなります、やあ~、年内に間にあって良かったわ・・・と言いたいが今のところそれはちゃんと送信できればの話ですが。そんなわけでこの旅最後に立ち寄ったのは上の写真にある通り姫路城です、市の中心部をぐるりと回り込んで姫路城の天守閣が見える所へとやって来ました。5層の白が眩しい、何と壮麗な天守閣、姫路城は改装工事で長らく大きな箱に覆われていたが、そのベールを脱いでそれまでのくすんだ白から目にも眩しい白い城郭に生まれ変わり、「白鷺城」と呼ぶにピッタリな姿となった。姫路と言うとまずお城、てな感じで休日の午後、たくさんの人たちが訪れていた、ニャンコさんも御機嫌そうです、お城の中では自転車で廻れる所は限られているのでその辺りをグルリ一回りしてお城を後にすることとする。








さて、旅もそろそろ終わりです、思えばこの旅、本当はここからスタートして神戸を目指すはずだったんだよなあ、それが山陽電鉄のトラブルで予定変更、新開地駅から神戸電鉄に乗り換えて、その後北条鉄道を乗り継いで法華口駅まで行くことに切り替えた。GWにも姫路から走るつもりで朝一番に出たのにJR環状線で事故があって和歌山へと行先変更があったし、この予定は2回も挫かれてしまったとになる。今回はまあそのおかげで未踏の地だった福崎町へ行けたし、また新しい道を見つけることもできた、このことはまた来年につなげて行けたらいいんですけどねえ。帰りは朝乗り通すことができなかった山陽電鉄を利用、直通特急で三宮まで、そこから奈良行快速急行に乗り継げば1回の乗り継ぎで奈良まで帰ることができる、まあその分時間がかかって長時間座ってると腰が痛くなって仕方ないんですけどね・・・


2017年走りの備忘録

10月 1日 木津川自転車道
10月 8日 しまなみ海道
10月14日 馬見丘陵公園
11月 3日 大津港、京都
11月12日 馬見丘陵公園
11月19日 東大寺、平城宮跡
11月25日 映画『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』ロケ地巡り
12月 9日 馬見丘陵公園
12月23日 枚方、京街道
12月29日 京都鉄道博物館


何か今年は台風が休日ごとに来て、その後は急に寒くなってしまって、最後の3ヶ月は走りのペースが鈍ってしまいました。










『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』は昨日(29日)もwowowoで放送されていて、最後の30分だけ見たんですけどまた泣いてしまいましたねえ、いや~、いろいろ語ってみたい映画です。今年最後の走りはこれも昨日(29日)、初めて京都鉄道博物館に行ってきました、いや~、ここではなかなか有意義な時間を過ごさせていただきました。子供や家族連れだけではなく、自分(一人称)を含めたいい歳をした大人や若い女性の方もたくさんいました、この模様についてはまたいずれの機会でお伝えしていきたいと思っております。


そんなわけで今年の更新はこれが最後となります、残っている旅のレポートと言えば夏の丹波の旅、秋に走ったしまなみ海道など、今年のうちに消化しきれなかったものは相変わらず多く残してしまいましたが、順次お伝えしていこうと思います。しまなみ海道は結局3回しかお伝え出来ませんでした、まだ前半も前半、旅もこれからと言う所で来年に持ち越しとなったのですが、明日(31日)はまたそのしまなみ海道を走りに行ってきます、天気は雨みたいですが決行です。帰りは多分年が越した辺りかな、元日にはその話も含めてまた更新したいと思っております。そんなわけで今回はここまでとしておきましょう。来年もまた気軽にお越しください。           まちみち




No.880 三重の旅春編(9)・・・亀山へ

2017-12-28 11:39:56 | みち
おはようございます。

















三重の旅春編、もう半年以上も前の話となるのですが今回やっと最終回となりました、早速行ってみることと・・・ってこれから書いていく文章は2度目になるんですよねえ。昨日このページを全部書き上げていざ投稿と言う段になってまたまたネットの具合が不調になってしまい、そうこうしているうちにページ全部が消えてしまった。こう言った不都合はこれまで何度もあるが、誰に怒るとも文句を言うこともできずまたまた同じ文章をこれから書いていくこととなります、ああ~、全くテンションが下がるわ~。
前回は旧東海道にある急坂を経て鈴鹿市へと入りました、まずは写真1枚目にある場所は国道1号線から右へと分かれる道、これが旧東海道に当たりここからが石薬師宿へと入って行く。旧街道は喧騒が激しい国道と並行しているが旧街道の雰囲気が漂う町並はたまに車が走り過ぎて行くだけでひっそりとしている、宿場町と言うとその風景を利用して観光目当てでPRしている所が多いが、ここは全くそんな様子はなく住民が普通に生活している所と言った感じ。道は緩やかなカーブで国道1号線の上を通り越えて下り坂となる、その右側にあるのがこの宿場町の名前にもなっている石薬師寺、地味~ぃな宿場町同様この寺も観光目的ではなく地元のお寺としてこの地域に佇んでいる、宿場町はこの辺りで終わりとなる。











石薬師の町並を抜けると田園風景が広がる所となり、鈴鹿川が流れる近くでJR関西本線の下をくぐる、思えば関西線とは富田以来で久しぶりの顔合わせとなる。旧東海道はこの先で道が不明となってしまうのでここは無難に国道1号線を進んで行くことに、進行方向右手側にはさっき通り越えたJR関西本線が見える。しばらく走ると加佐登町との交差点があったのでチョイと寄り道、脇道へと入って行くと踏切を渡った所に加佐登駅がある、写真3枚目にあるように割と立派な駅舎があり、駅前にはコミュニティバスの乗場も、駅の南側となる国道1号線が通る方は何もないので町が展開している北側へと向かうバスだろう。一応次の宿場町の最寄り駅であるし真っ直ぐ行ける道もあるがここは旧東海道を辿って進んで行きたいので再び国道へと出る。次の庄野宿は国道1号線から逸れた道にあり、こちらも先程の宿場町同様観光地としてのアピールはしていなくて地味~ぃな感じ、道中には古い民家を利用した資料館や道路元標など街道風景を思わせるものもあるが他に特にこれと言った見所はない。四日市と亀山、三重県内では二つの大きな町ではあるが、その間に挟まれた旧東海道の宿場町はどちらも地味な所だった、四日市を出ると人の足は皆伊勢神宮の方へと向いてしまっていたのだろう、こちら側は多分通り過ぎられるだけと言った感じで、寂しい雰囲気ばかりの街道風景だった。さて、そろそろ時間も切羽詰まって来たところ。JR亀山駅へと急ぐこととしよう。









しかし同じ文章を2度も書くと2度目は割と濃い文面になってしまいます、最初に書いた文章は何かサラリとしていましたから、まあこれのどこが濃いねん!と言われればそれまでですが。そんなわけで弥冨駅から北へ南へ行ったり来たり、桑名からは旧東海道と登録有形文化財を巡りながら走って来た旅も、最後は何とか最終目的地のJR亀山駅までやって来ることができました。ここからだと途中の加茂乗換えだけでほぼ1本で奈良まで帰れるからね。帰山駅は京都、奈良、名古屋、伊勢と四方に線路が伸びている駅だが、この駅に入るすべての列車がこの駅で終点となってしまう、直通してくれれば便利だと思うのだが、電化非電化、JR東海と西日本の境界にもなっているので直結ができないのだろう。旧街道同様線路も伊勢へ向かう方が賑やかで、亀山はどうしても離れ小島と言う気がしてならない、でも駅の大きさはなかなかなもの、往時を思わせる雰囲気は長いホームからもうかがえるが、その長さを持て余してしまう程の車体が短い2両編成の加茂行のディーゼル車両が入って来た、これに乗って奈良へと帰ることにしよう。はあ~っ、やっと書き上がりました、今度は消えないように気をつけなければ、次回もお付き合い願えたらありがたいことです、今回はここまでとしておきましょう。         まちみち


No.879 2017年、走りの備忘録・馬見丘陵公園編(下半期)

2017-12-26 02:32:02 | 
おはようございます。


昨日(24日)の有馬記念、順当と言えば順当にキタサンブラックが勝ちました、引退レースで有終を飾ったわけですがジャパンカップとは違ってスタートから終始先頭を譲らずこの馬らしい逃げ一辺倒のレース、1000メートル通過ラップが61秒となるとこれはもう完全に逃げ馬のペース、最後の4コーナーを回ったところではもう勝ちを確信したほど、その辺りはさすが武豊騎手と言った感じでした。2着に牝馬のクイーンズリングが入って小波乱にはなったものの強い馬が勝ったと言うことで、歳の最後を飾るには一番ふさわしい形の終わりだったと・・・いや、中央競馬はまだあるんだよねえ、CMでも言ってる、28日に2歳王者を決めるホープフルステークスが今年からGIになりました。2歳GIとなると朝日杯があるがそちらは阪神1600、こちらは中山2000と言うことで皐月賞を見据えてのレースとなりそう、そうなるとこれまで伝統ある2歳王者を決める、ダービースタリオンゲームでは一番勝つのが難しいと言われた朝日杯が斜陽化していくのはどうかと言う気もしますが、JRAは何の算段で有馬記念の後に2歳GIを行うように決めたのか、まずはその第1回を楽しみにしたいと思っています。ちなみに有馬記念の後の中山のレースはクリスマスステークス、本場馬入場の時にはWham!の『ラストクリスマス』がかかりました、この曲も随分古い曲だがもうクリスマスのスタンダードナンバーとなっています。でもせっかくならクリスマスイブなわけだしここは山下達郎で・・・となったら

「きっと君は来ない~♪」

これはシャレになりまへんな、と言うことでWham!になったのかも、まあどうでもいい話です。さて、今回も前回に引き続き走りの備忘録、馬見丘陵公園編、その下半期を前回同様フォトチャンネルと共に大桐していきたいと思います↓↓↓




8月27日





馬見丘陵公園(8/27)



9月18日




馬見丘陵公園(9/18)



10月14日





馬見丘陵公園(10/14)・前編


馬見丘陵公園(10/14)・後編



10月の馬見丘陵公園は秋桜をお目当てに行ったのでいつもより枚数も多くなってしまいフォトチャンネルも前後編とさせていただきました。この後はもう冬に差し掛かる頃となりこの後の写真にある風景を見てもお分かりの通り、風景も色がなくなって寂しいものとなってきます、秋は紅葉が色づいてきていいと言われますが、あれだって命の最後の輝きと言う感じで寂しさばかりが先立ってしまいます。しばらくはこんな寂しい風景が続くのでしょうがそれもまた春をまつ楽しみの時期と言うことでしょうか、来年も1月から行ってみようと思っていますが、さて、どんな風景をみせてくれるでしょうか・・・


11月12日




馬見丘陵公園(11/12)



12月9日




馬見丘陵公園(12/9)



今年も残り1週間となり、更新が鈍りがちなこの頃ですが何とかあと2回は更新したいと葉思っています。大晦日は日帰りですが走りに行きます、皆が忙しい日に行くなんて何て呑気なこと、と思われそうですが、もうこの日しかないんだよねえ、切符も手配したことだし。その行先ですが秋に引き続きしまなみ海道へと行くことに決めています、前回は行けなかった伯方、大島を走り今治まで走ってみようと思っているのですが、今回も日帰りなので強行軍なのが気になるところ、何のトラブルもなく行きたいと思っているのですが。ちなみに週間天気予報では雨マークがついてしまいました、さて、当日はどうなることでしょうか。2017年走りの備忘録10月~12月編も今年中にお送りする予定です、何か駆足になってしまって申し訳ないのですが次回もお付き合い願えたらありがたいことです、今回はここまでとしておきましょう。            まちみち


No.878 2017年、走りの備忘録・馬見丘陵公園編(上半期)

2017-12-24 18:41:20 | 
おはようございます。





今回は2017年走りの備忘録馬見丘陵公園編、そのうちの上半期分をお送りしていきたいと思います。馬見丘陵公園は4月に今年初めて行ってから月に1回は行くようになりました、まあネタ拾いのためや暇つぶしや、走りに行く所がなかったりや見たい花があるからとかいろいろな目的があったわけですが、その時の模様、風景はその都度フォトチャンネルにて先行公開してきました。今回と次回、2回に渡ってそのまとめをお送りしていきます、もし良かったらお付き合いください。


4月2日




馬見丘陵公園(4/2)



5月14日




馬見丘陵公園(5/14)



ちょいと雑談を。昨日(23日)はいい天気だったので京田辺から枚方を経由して淀川、京街道方面を走って来たのですが、帰りにイオンに寄った時に相棒を置いて鍵をかけようとしたら「あれっ!?」、降臨の泥除けがなくなっていた。取り外し用でこの時もキッチリ装着していたのだが何かの拍子で抜けて落ちてしまったらしい、でいつ抜けてしまったのか?走っている時にそんな衝撃的なことがあったわけではないのでいろいろと思い返してみると・・・淀川沿いを走っていた時だ。あの黒柳徹子の頭みたいなゲート↓↓↓



淀川沿いの道には至る所にゲートがあってその都度止められることになる、写真にある丸っこいゲート内に入ってクルリと回した時に泥除けが当たってしまって抜けてしまった、多分そう言うことだと思う、と言うかその時しか思い浮かばない。ただこの後も自転車を下りる機会は何度かあったのだがその時は全然気が付かなかった、結局イオンで余計な出費を強いられることになってしまった、反省しきりです・・・。


6月4日




馬見丘陵公園(6/4・前編)


馬見丘陵公園(6/4・後編)



7月2日




馬見丘陵公園(7/2)



自分(一人称)は花には全く詳しくなく知っているのもメジャーなものばかり、春ならチューリップ、夏ならひまわり、あとはバラとか秋桜とかそんなレベル、公園に行っていろいろと写真を撮っててもそれが何と言う名前の花かは分からないと言うのがほとんどです。でも度々行くようになってからは公園のHPなどで今は何が見頃かを調べて行くようにしています、6月の菖蒲はこの日の1週後が一番の見頃と言うことでしたが、この日も十分な咲き具合、梅雨に入る前の天気にも恵まれた日でそれを目的に来ている人も多く十分楽しむことができました。でも花の命はやっぱり短いんだよな~、その次に来た時には菖蒲園はもう花が枯れてしまって見る影もなくなっていました、何か寂しい風景だがそれよりもこの菖蒲園が1年間ほったらかしにされる方が気になってしまいました。


7月30日




馬見丘陵公園(7/30)



とりあえず今回はここまで、下半期分はまた次回にお送りしたいと思いますが、ホント12月に入ってから更新のペースが上がらないなあ。通信の状態が悪い事もあるけど、最近仕事が忙しくて帰りが遅くなって結構疲れているんですよね、帰ってきたらもう日付が変わっていて、それから録画を見たりネットを見たりで、いつの間にか落ちてしまってふとんもかぶらずに眠ってしまっている。気が付けばもう4時を過ぎていて、それから眠れる時間も2時間ほど・・・って言い訳ばっかりしていますが、今年も残すはあと1週間です、ペースは上がりませんが次回もお付き合い願えたらありがたいことです、今回はここまでとしておきましょう。           まちみち




No.877 直虎、終わってしまったってよ!

2017-12-21 10:59:21 | 日記
おはようございます。












いつもとは違うサイズの写真が並んでますが、これはもう10年以上前の初代デジカメで撮ったもの、浜名湖の北を通る姫街道を走った時のものです。今年この辺りを舞台にして放送された大河ドラマ『おんな城主直虎』がこの前の日曜日に最終回となりました、ここではそんなに取り上げることはなかったのですが毎回楽しみに見てました、今回は最終回も終わったことだし少し話してみたいと思います。浜松方面にはドラマの放送中に行っておきたかったのですがそれは叶いませんでした、まあ機会も時間も予算もなかったから仕方ないけどこれは来年への宿題と言うことにしておきます、久しぶりに浜名湖を見たいし天竜浜名湖線も巡ってみたいし、姫街道についでに岡崎とか豊橋とか・・・こうなると日帰りでは無理か、と言っても泊りがけは今はできないので日帰りで数回に分けて行ってみようと思っています。


井伊直虎については史実の部分ではっきりしたことが分からないと言うことで、ドラマは主人公をモチーフとしての創作と言う感じでした。これまでの戦国大河と比べると主人公も舞台も地味な感じがして、しかも放送前には直虎が実は男だったと言う話も出てきたりで視聴率は案の定な状態、それでも歴史を知ってるから、と言うステレオタイプな先入観がなくドラマとしては面白く見ることができました。井伊と言うとやっぱり桜田門外の変の井伊直弼を思い出すのですが、その井伊家が徳川に厚くもてなされた始まりが今川家でのおとわと瀬名の出会いから、歴史の大きなつながりの始まりがほんのきっかけから描かれていたのが良かった。やんちゃだったおとわがその後出家して次郎法師となり、その後城主直虎となり、井伊家を潰してからはひとりの女性として多分50年には届かなかった人生だと思うが、その一生を柴咲コウは見事に演じきってくれたと思います。柴咲コウと言うとどちらかと言うと体温低い系なイメージがあったけど、このドラマではいろいろな豊かな表情を見せてくれました、その辺りは4話まで頑張ってくれた子役のおとわちゃんがいい意味でプレッシャーをかけたのかなと思いました。








このドラマの特徴としてはあまりにもふざけたサブタイトル、過去の映画や小説などのタイトルを捩っていたのはもうネットのニュースでもお馴染みとなりました。でも自分(一人称)は最初それに気づかなかったんだよなあ、「城主はつらいよ」なんてすぐに映画のタイトルをパクってるやろ、って思いそうなのも何も思わないくらいだった。変やな~と思ったのは「綿毛の案」を声に出して読んだ時、これ「赤毛のアン」やな~と思ってそれまでのタイトルを見て、初めてこのドラマのタイトルがそういう感じでつけられていることを知ったくらい。でも上に挙げたのなんかおふざけもエエところと言ったものばかり、でもこのサブタイトルには製作者側の思惑もあって、ふざけていると言うのとは対照的にドラマの内容はどれも重いものばかりでした、軽さと重さのギャップがこのドラマの持ち味だったとも言えたでしょう。


1年に渡る長丁場となると主人公だけでなく、脇を固める人たちにも魅力のあるキャラクターが多くいました、何人か挙げてみましょう。まずは龍潭寺から傑山、昊天の僧侶コンビ、南渓和尚の元で次郎法師の教育係、城主直虎の頃には頼れるサポーターと言う感じ、その後も陽と鳴り陰となり直虎を支えてきました。最終回では亡くなった直虎に経を読んでいたが、まさか自分たちより先に逝ってしまうなんてと言う無念な感じがよく表れていました。小松和重はよくドラマで見る役者さん、『相棒』でも犯人役で出ていたのを憶えている、一方の市原隼人はもういろいろなドラマや映画でお馴染み、『虹の女神』からはもう11年か~、オラオラなイメージはこのドラマでは封印した感じで脇で渋い活躍ぶりでした。瀬戸村の百姓八助は長老甚兵衛の下で村の再生のために頑張っていた印象、大河ドラマと言うと戦や政が主になってしまうので農民の暮しが描かれることがあまりなかったが、このドラマでは直虎が井伊谷を守って行くと言うテーマだったこともあり、領地の農民の頑張りっぷりもたくさん描かれていました。そんな中でもいかにも小市民と言う感じの八助やその他の農民は、今で言ったら自分たちと同じ立場なんだろうな~と共感できる場面がたくさんありました。八助役の山中崇は『ごちそうさん』でお馴染みだった人、ドラマ『のだめカンタービレ』の最終回ではR☆Sオーケストラで舞台にも上がっていました。今川氏真もなんやかんやで史実通りで当たり前ですが最後まで生き残っていました、桶狭間で無様に敗れ去った今川義元の嫡男だったわけですが、義元以降はあまり描かれることが多くない今川家、あえて没落させて政の一線から退き自分の歩みたい道を選んだと言うのも戦国の世を生き抜く一つの手段だったのでしょう。尾上松也と言うとBSの歴史番組でお馴染みな人、古地図をジッと眺めていると言うイメージがあります、ドラマでは『ウロボロス』でろくでもない奴を演じていたのを憶えています。








ドラマの後半は舞台が井伊谷から徳川に移り、乕松→井伊万千代→井伊直政の出世物語の方に話がシフトしました、菅田将暉は青年期をうまく演じていたと思いますが、ちょっと顔芸が過ぎた感じも、それにいっつも何かわめいていました、子役の時はあんなだったかな~、松下に引き取られてから何かあったのかな、と思ってしまう程の変わり様でした。大河ドラマではもういろいろな人が徳川家康を演じてきましたが、今回の阿部サダヲはヤング家康と言う感じで毎回テンパっていた様子がおかしかった。今川や織田に翻弄されフラフラと言う感じの徳川が最終的には戦国の勝ち組になるわけだから今回の描写には違和感もあったが、その辺りは阿部サダヲが彼らしく演じていたと思います。最終回の1本前の「信長、本能寺で殺られたってよ」の徳川家の小芝居は面白かった、でも考えたら『江』ではこの時に江もいっしょにいたことになるんやな~、『天地人』ではこっから家康がいろいろと災難に見舞われて岡崎まで戻るんやな~、命がけだった伊賀越えがなぜか大河ドラマではネタ扱いされてしまっています。あの時一緒に逃げていた田中要次(役名忘れた)、道を間違えて殺されて、その後バスも間違えて鳥取砂丘までゴールできず・・・

そんなわけで1年間楽しみに見てきた『おんな城主直虎』も終わってしまいました、直政編も見てみたい気もしますがそれはまたいずれの機会に、できれば菅田将暉でない方がいいかな。で来年からは『西郷どん』、今度は幕末ものです、幕末は好きな分野ですが西郷隆盛はあんまり興味ないんだよなあ、薩摩って何かとっつきにくそうな感じするし。まあそれはそれとしてまた来年も大河ドラマに付き合っていくのはいつもと変わりないことです、面白かったらまた取り上げてみようと思っております、と言うことでまた次回もお付き合い願えたらありがたいことです、今回はここまでとしておきましょう。          まちみち