まちみちふうけい

四角い枠に切り取られた風景は一瞬のもの、そんな一瞬を追い求めてこれからも相棒と走り続ける・・・

No.906 しまなみの旅秋編(8)・・・沢・須波航路

2018-02-27 08:36:57 | 瀬戸内
おはようございます。


よくバラエティ番組のクイズで回答者が1点ずつ正解を重ねていって最後の問題で司会者が「この問題に正解すれば100点です」と言うのがありますが、スピードスケートのマススタートってそんな感じの競技と言った感じ、レース途中の点数は一体何なのよ?と言いたくなるが、あれは予選通過のための加点と考えるとまあ無駄なもんではないとのことでしょう。まあ日本選手が初代金メダルとなったわけですが、イマイチ分からない採点方法や競馬や競輪のような駆け引き、本番まで練習する機会がないなどいろいろと問題もあったような、まだまだ改善の余地があるのではと思ったレースでした。さて、一方のこちら↓↓↓



やあ~、良かったですねえ、感動させてもらいました。カーリングは前にも書いたようにただ点を取りに行くだけでなく、逆にわざと相手に点をあげたりといろいろな駆け引きを繰り広げて試合を進めて行くスポーツ、頭が良くなけりゃあできない競技と言ったところ。見ている方もまあ息の詰まる思いでしたが、この期間ずっと見てきただけに最後に銅メダルが決まった時はもう本当に感動させていただきました。チームをここまで育て上げてきたマリリンさん、ホントにその苦労と努力が報われた感じ、表彰式でメダルを授与された跡、両手で顔を覆って泣いていた姿が印象に残っています。まあオリンピックの話をするとまた際限がなくなってしまいそうなので、ここらで切り上げて本文へとまいりましょうか↓↓↓














しまなみの旅秋編、瀬戸田の町並を巡り終えて沢港へとやって来ました、朝に尾道をフェリーで出てから始まったしまなみ海道島巡りの旅もこの港で終わり、ここからフェリーに乗るとまた本州へと戻ってしまう、ちょっと淋しい気持ちになってしまう所です。切符は自動販売機で購入、穏やかな海に浮かぶ桟橋に相棒を停めてフェリーがやって来るのを待つ、そう言えば現4代目の相棒君は今回が初めてのしまなみ海道の旅のお供だった、またこれからも何度と来ることになるだろう。海の向こうに見えるのは本州、三原の風景、尾道から生口島までは途中2つ島を通り過ぎてきた長い旅路だったが、沢港は方角が北を向いているのと生口島の位置がそれほど本州と離れていないことで、三原の町が結構近くに感じる、フェリーはこの間を約20分で結んでいる。ここまでは切羽詰まった時間の中で走りっ放しだったが、この桟橋の上でやっとという感じで小休止、青い空と穏やかな波に囲まれての桟橋でのひととき、島の旅から離れる寂しさと、まだ残っているこの先の旅路に思いを馳せながら、はるか遠くの波の上でこちらに向かってくるフェリーを確認する。しまなみを取り巻くフェリーも状況は厳しい、この航路も幾度となく廃止のピンチにさらされてきた、付近の航路が廃止、減便されていく中、何とか生き残ってくれた感じ、現状を維持していくのは大変な状況は変わりないが、地元の人たちのため、しまなみの旅を楽しむサイクリストのためにもこの先もずっと生き残ってほしい航路である。さあ、いよいよフェリーがやって来ました、三原側からはたくさんの人と車が下りてきた、自転車の人もいるようだ、下りる人たちが終わると今度はこちらの番、乗務員さんの指示に従い甲板の端に相棒を倒れないようにして停めて2Fへと上がる。以前は客室もあった2F部分は船の両側左右が分かれていて行き来できなくなっていて、座席も吹きさらしの場所となっている、これでは冬は寒くて仕方ないと言ったところ、客室は1Fにもあって乗客はほとんどがそちらに陣取っている。自分(一人称)は風景を楽しみたいので2Fの竹原側のスペースでお立ちを決め込む、このフェリーも久しぶりだな~と言うことで今回はその久しぶりに見る風景を目いっぱい四角い枠に収めていこうと思います。↓↓↓



















今回はこの作成画面を立ち上げったのが日曜日の昼頃、カーリングの3位決定戦が終わっての翌日のことでした。そんなわけでまくらの部分では前日のカーリングのことについていろいろと
書いたわけですが、その後今回分の画像の取り込み、地図の挿入などがいつものネットの不具合に見舞われ、結局新鮮味もなくなってしまったこの日まで更新がズレ込むことになってしまいました。仕事から帰って来て新規投稿画面を開けようとするといつもの「このページは・・・」の表示、ネットには接続されているのに何で?と思うばかりですが、我慢するしかない現状です。更新のペースはますます鈍るばかりですがこのブログはこれから変わらず続けていきます。今回も時間となったようです、次回も気楽にお越しくださいませ。       まちみち

No.905 京奈和自転車道・大和郡山市内部分

2018-02-23 11:08:30 | みち
おはようございます。
















いつぞやの新聞の地元の記事で京都の嵐山から奈良県経由で和歌山の和歌の浦までの大規模自転車道が計画されていると言うのがありました。嵐山から木津までは多分嵐山八幡木津自転車道がそれに当たると思います、和歌山県内は国道24号線に沿うとなると紀ノ川沿いに道ができるのだと思います、で当の地元奈良県内ではどのルート?県内にもいくつか自転車道はありますがどれも地元を結ぶものばかりで、県内を縦断する道となると思い当たる道は浮かんでこない、多分県道の一部や旧街道がそのルートになるものだと思います。自分(一人称)は通勤も自転車ですが、大和郡山市内を走っていてその大規模自転車道「京奈和自転車道」の看板を見かけました、今回は全150キロのうちのほんのちょっとだけの距離になりますがその道を走ってみようと思います。
今回そのスタートとなるのは奈良市と大和郡山市の境界にある佐保川に架かる橋から、この橋は以前平城用巡りでお伝えしたことがある八条大路が通っていたとされる道に架かっている。木津で終わった自転車道がここまでどのようなルートが設定されているのかされるのかは分からないが、ここからは佐保川沿いの道が京奈和自転車道の看板を掲げた道となる。ちなみに走ったこの日は真夏の炎天下の下、夏の甲子園真っ盛りの頃で写真を見ても分かるように緑が眩しい頃・・・って何やあ~、写真4枚目、5枚目の不気味な物体は?最近はいろいろと凝った案山子が多くなってきて、使い古しのマネキンを再利用しているのをよく見かけるが、写真にあるように首だけをポンと棒に突き刺しただけやったさすがにビビるわ~。写真6枚目にある橋は羅城門橋、平城京ではちょうどこの辺りが羅城門があった場所、と言うことは今走って来た道が朱雀大路と言うことになるわけだが、前にもここで触れたことがあるように朱雀門から羅城門まで伸びていた朱雀大路の痕跡に関してはほとんど現在の道に見ることはできない、歴史は見直したいと思った時に粗末にされてきたことを実感するとでも言ったところでしょうか。













自転車道はJR郡山駅に通じる道と交差した後も川に沿って南へと進んで行く、この堤防沿いの道は以前は粗末で走りにくい道だったイメージだったが、大規模自転車道のルートになったことで道もきれいに整備されたか感じ。北は嵐山まで何キロ、南は和歌山港まで何キロと言う表示をみると全長約180キロ、走ってみたい気もなるが奈良に住んでいるからそれはちょっと厳しいかも、朝一番で輪行で嵐山まで行ってそこからスタートしても、奈良の風景を見たら帰って来た気分になって心が折れてしまいそう。自転車道は右手側に佐保川、左手側からも別の川が寄り添ってきて、道は中州を走っているような気分になってくるが、そのまま真っ直ぐ走って行くと二つの川が合流してしまって道はそこで途絶えてしまった、仕方なく再度橋のある所まで戻って向こう岸の道へと入る。自転車道の表示はあったが分かりにくく知らないで中洲の道に入ってしまいそうな人もいそうだから、ここはもっと分かりやすい表示がほしいところだ。更に進むとトドロキゴルフガーデンの真横を通り過ぎる、打ちっ放しでたくさんの人が練習しているが打たれたボールはベルトコンベアみたいな機械で回収される、そのシュルシュルと機械の動くとがちょっと鬱陶しい感じで聞こえてくる。







佐保川はこの先で正暦寺方面から流れてきた菩提仙川と合流、自転車道は川の流れに合わせてS字に蛇行して橋を渡って再び堤防沿いへと出る。佐保川は各所で合流を重ねてきて川幅も結構広くなってきた、最後はこの川も大和側へと合流するわけだが自転車道はもう少しだけ佐保川にお付き合い。国道24号線に架かる橋を渡って道は川の反対側へ、西名阪の下を過ぎて近鉄平端駅の近くで古い石の道標が立つ市道と交差する橋へとたどり着く。自分(一人称)が今回走って確認した自転車道はここまで、道はもう少しだけ佐保川に沿って通じているが、川が近鉄線と交差する所には道はなく、自転車道の表示も見かけなくなってしまった、この先南へと伸びるはずであろう自転車道がどのルートをたどるのかはよく分からない、まだ計画途中だからこれから整備されていくことだと思う。さあ、今回も時間となったようです、また次回も気楽にお越しくださいませ。         まちみち

No.904 三重の旅夏編(6)・・・登録有形文化財巡り、宇治山田駅

2018-02-20 08:10:32 | 文化財
おはようございます。


平昌オリンピック、自分(一人称)も毎日見てますよ、連日のメダルラッシュについては良かったなあ、と言う感じ。それについてはここで話すことは置いときましょう、やあ~、カーリングって面白いですねえ、まあ試合は今まで何度も見てきたのでルールとかは知っていましたが駆け引きがまた面白い、後攻をとるためにわざと相手に1点を与えたり後攻でも高得点を狙うためにわざと0点で終わらせたり。それと作戦会議中の会話、自分(一人称)は主に女子の方を見ていましたが標準語で喋ろうとしてもつい訛り交じりの会話になってしまうのが何か可愛らしいんだよなあ、インタビューでの尺にはまった言葉ではなくて友達同士で素で会話している感じ。スポーツ選手が試合中に素で会話しているところを見る機会なんてあまりないですもんね、野球選手もグラブで口元を隠しているけどあんな感じで会話しているんだろうなあ。男子は昨夜(18日)ボロ負けしてしまったがまだまだ望みはあるだろうし、女子はここまで4勝1敗(19日現在)と好調、この先も頑張ってさわやかな風を吹かせてほしいと言ったところで、さあ、そろそろ今回の本文へと行ってみましょうか↓↓↓











三重の旅夏編ももう半年前の話、今回が最終回となりますがホントに長いお付き合い申し訳ないことです。走りは伊勢市の中心地へ戻ってきてまずは伊勢市駅周辺、駅近くの踏切からはJR線のホームと列車が見えます、JR伊勢市駅は大きな駅、伊勢神宮外宮の玄関口で立派な駅舎はたくさんの観光客、地元の人が入り混じっていっぱいで賑わっている。ただ多分そのお客さんのほとんどは近鉄のお客さんかも、三重県内には近鉄、JRが同居している駅はいくつかあるが、これはもう何度もここでも書いていること、近鉄の優勢、JRの劣勢は一目瞭然である。伊勢市駅を通るJR参宮線が非電化路線でローカル線扱い、近鉄は名古屋、大阪からの特急がバンバン走り賑やかな路線、お客さんもどちらかに偏ってしまうのは仕方ないところ、駅構内の広さが勝っていると言うことだけがせめてものなぐさめか。















伊勢市駅から自転車でも5分もかからない所にあるのが近鉄では次の駅となる宇治山田駅、この駅はもう何度もここでお伝えしたことがあります。写真1枚目~4枚目にあるように立派で歴史のありそうな駅舎、それもそのはず、この駅舎は登録有形文化財、と言うことで今回のこの駅来訪の目的は登録有形文化財巡りです。もう数えきれないくらいに来ている駅だが文化財を意識して来たのは今回が初めて、探してみるとありました、写真5枚目に例のプレート、何で今まで気にかけることがなかったんだろうと思ったがこれで今回の旅の目標はほぼ達成されたと言う感じ。そやそや、この駅ではもうひとつ見ておきたいものがあったんやった、電車の発車時間まではまだ30分以上あるがホームへと上がる、この駅では電車を待つ時間も楽しみのひとつ、ロングシートと八木駅での乗換えの階段が近い前から2両目の乗車口あたりに自転車を置いてその場所へと向かう。1番線、2番線が行き止まりになっていてその先の方にあるのが『ブラタモリ』でも紹介されていたバスの転車台、お丁寧に「テレビ番組で紹介!!」とビックリマークが二つもついてその場所が示されている。ホームの先にバスが転回する台があり1番ホームの隣がバスの通り道になっている、番組では今はもう使用されていないと言っていたがこの場所は自分(一人称)も知らなかった、この辺りには滅多に来ることがなかったからね。










当駅始発の急行がやって来るまではホームで電車の写真を撮る、ちょうど『しまかぜ』に遭遇した、この車両は橿原線でも見かけたことがあるし1日に数本しか走らない割には遭遇する機会は多い。一方の南大阪線を走っている『青の交響曲』はなぜかタイミングが悪く今まで満足に写真に捉えたことがまだ一度もない、今度は二上山が見えるあの場所で何とか確保したいと思っている。そうこうしているうちに折り返しの上本町行の急行がやって来た、2両目のロングシートに陣取りさっきホームのコンビニで仕入れたパンを食する、急行と言っても八木までは停まる駅と通過する駅の数がいっしょ、約1時間半の長い乗車は腰が疲れるがここはゆっくり寝させてもらうこととしよう。さてさて、今回も時間となったようです、三重の旅は今度は1月の半ばに走った時の記録を冬編としてお伝えします、また次回も気楽にお越しくださいませ。          まちみち


No.903 丹波の旅(6)・・・篠山の町並

2018-02-18 20:10:53 | まち
おはようございます。












福知山から日本一低い分水界を通って篠山まで走った丹波の旅ももう半年も前の話となってしまいました。夏の甲子園の真っ最中、太陽がギラギラと輝き続ける中を走った話を例年より雪が多い寒すぎる時期にお送りするのも何か、何かなあ~てな感じですが、とりあえず最終回、行ってみましょうか。まずは前回、JR福知山線に沿って走り恐竜の化石が発見された所を通り過ぎました、その後は山越え、と言っても道は川沿いでアップダウンもほとんどなくやがて篠山市へと入る。山を過ぎて風景が開けると柏原で分かれて以来の国道176号線と久しぶりの再会、橋を渡って国道から分かれている狭い道を入って行くとその突き当りにあるのが写真4枚目、5枚目にある丹波大山駅、ひっそりとした感じの無人駅に福知山行の電車がやって来て何人かお客さんが下りてきた。陽はまだ空高い所にあるとは言えそろそろ夕刻が近づいてきた頃、旅の方ももう終わりに差し掛かっている、ここからこの旅最後の目的地、篠山市の中心部へと向かって行くわけだがここは国道は方向違いとなるので進めない、市の中心部が駅から離れているので行く道が分かりにくく一度は進んで行く方向を間違えた・・・実際にはその道を進んでも篠山の方に行けることは後で知ったが・・・線路に近い道から進んで行くと篠山市街へと行けることが分かった、さあ、先を急ぐこととしよう。
















と言うわけで無事篠山にたどり着くことができました、一時はこの方向で合っているのか不安だったが何とかやって来れて良かった。篠山には一度来たことがあるがもう何年も前の話でどんな風景だったかの記憶もほとんどない、天守閣のない城と趣のある古い町並は覚えている、その町並の写真をズラリと並べたわけですがこの時はもう時間が切羽詰まっていて、余裕もなくて趣のある町並を片っ端から四角い枠に収めていっただけ、今度はもっと余裕を以て来たいところである。


駆足だったが一通り町並を巡ってJR篠山口駅へと急ぐ、時刻表を調べてみると尼崎で直通の奈良行快速に連絡する電車があるので1回の乗換で帰ることができる、その時間にうまく合わせることができた。この旅もずっと夏の甲子園とのお付き合い、第1試合は満塁本塁打の応酬で盛岡大附が勝ち第2試合は後に優勝することになる花咲徳栄が勝利、さっきまで聞いていた第3試合広陵vs聖光学園の試合は9回に中村将成の本塁打が出て広陵が勝利、そして第4試合、大阪桐蔭vs仙台育英の試合だがここからは電車なのでラジオを聞くことができなくなってしまった、車内だと電波が悪くなるからだ・・・。





試合の方は気になっていて何度か携帯で経過を見ていたがスコアはずっと0が並んでいる、今年の大阪桐蔭は何かおかしい、予選の決勝では大冠に苦戦し智辯和歌山との試合でも苦戦していた。仙台育英も確かに楽な相手ではないが・・・と思ったら8回にやっと1点先制した。尼崎で奈良行直通快速に乗り継ぎしばらくは地下区間、京橋をトンネルを抜けた所で試合がどうしても気になってワンセグを起動させた、まさか最後にあんなドラマが展開されるなんて・・・あれだけ相手校を泣かせてきた少年たちも負けたら泣くんやな~と言うのは小さな画面からでも分かった。う~ん、旅の話なのにどうしても甲子園の話になってしまうな、僕の悪い癖、そんなわけで丹波の旅もこれにて終了です、半年もお付き合いいただきましてどうもすみませんでした、さあ、時間となったようです、次回も気楽にお越しくださいませ。          まちみち


No.902 旧京街道は淀川に沿って

2018-02-14 06:43:02 | みち
おはようございます。














昨年の暮れに枚方から京街道を走った記録と、正月に神戸まで走った記録を合わせ技と言う感じでお送りしています、今回はその2回目、前回は京田辺から枚方市へと入りました。写真2枚目にあるように東海道53次が京の三条大橋で終わった後も道筋は大阪まで続いていて、枚方はその中での宿場町に当たる所となっている。旧街道の雰囲気が漂う町並が長く続き、鉄道や車が多く走る道路、市の中心部に密集するビルなどに囲まれてその部分だけが時間の動きが変わってしまったかのよう。町並は国道170号線が通る所で一端途切れるが光善寺付近は落ち着いた小さな寺内町と言う感じで、また旧街道の雰囲気が漂う町並となる。とりあえずここまで進んできた道が京街道に当たるわけだが、そのうち家並は途切れ淀川へと突き当たる、街道らしい道も見当たらないので淀川の堤防に沿う道へと上がって行く。











淀川沿いの堤防の道は一応自転車道らしくなっていて広く見晴らしはいいが風が吹きさらしになって肌寒い、空は薄曇りで陽の光はあるもののあまり暖かさは感じられない、走りやすそうな道なのでここは快調に進んで行くこととしよう。堤防は右側、川に沿う方は公園になっていてそちらにも道がある、一方の左側は大小二つの台形が重なったようになっていて、今走っている道の一段下にもうひとつ、下の台形の上底に当たる部分が舗装されてない道のようになって続いている。この道のようで道でないような所が旧京街道に当たる・・・と何かの街道歩きの番組で話していた、道は川沿いにあるので町並はほとんどないまま下流へと進んで行く。淀川は見晴らしが良く大阪市内のビル群が薄っすらと見えている、往時の旅人もここから見える度の終点となる大阪の町に思いを馳せてこの道を歩いていたのだろうか・・・。










上の方で川沿いの道は走りやすいと書いているのですが、実はこの道は結構走りにくくて快調に飛ばしていても途中でゲートにぶつかってしまってストップをかけられてしまう。写真3枚目にある黒柳徹子の頭みたいなゲートや下から2枚目にある半円状のゲートが走りの邪魔をするかのように立ちはだかっている、実はこの黒柳ゲート内でゲートを回している時に泥除けを飛ばしてしまい、奈良に帰ってくるまで気づかなかった、最近外れやすくなっていたので気をつけるべきだったがやっぱり恨めしい気分は収まらない、何でこんな走りの邪魔をするものを設置してくれるんやろか~、まあ愚痴を言っても仕方ないんやけど。淀川は大きな川なので向こう岸が遠い感じがするが、枚方~守口間では橋がいくつか架かっていて、その中には有料道路の橋もあるが自転車は渡ることができるので左程不自由さは感じない。その橋の中でもメジャーなのが近畿自動車道、中環、大阪モノレールが並行している鳥飼大橋、川の向こうは『なるみ岡村』でもよくネタにされる摂津市、地味な市だと言われて始まった摂津市ネタだったがいざ掘り下げてみるとなかなかどうして、いろいろと話題を提供してくれる町でした。自分(一人称)は親戚や知り合いの家が摂津市にあったので割と行ったこともあって、そんなネタにされるほどの町ではないと思っていたのですけどねえ、むしろ今走っている淀川の南側の門真市や守口市の方が地味な感じもするのですが・・・と言ってしまうと地元の人はそんなことはないと反論したくなることでしょう。旧京街道は鳥飼大橋から少し行った所で淀川沿いから離れて守口市の中心地へと差し掛かって行く、地味ィ~なイメージがあると書いてしまった守口市ですが、旧街道はなかなかいい風景を見せてくれることになります。さてと、今回も時間となったようです、その模様は次回と言うことでまた気楽にお越しくださいませ。          まちみち