キャットてぃるのサックス遊戯+ベース

42歳から始めたジャズプレイヤーへの道のり

過去の日記その8

2016年12月20日 07時56分51秒 | 過去の日記
そういえば、昔はよくドラムを練習していた。

がしかし、、、ブログもスマホも無い時代、日記は主に普通の紙のノートに書いていた。
なので、こうやって電子日記帳に日記が残っているのも珍しい。
はっきりいって、当時、どんなこと考えていたなんて忘れていたりする。
ただドラム一筋への情熱は相当なもので、今じゃ考えられないくらい。
逆にドラムに熱心過ぎて、期待と希望が達成できなかったから、思わぬ終焉が待っていたかもしれないけど。



「毎日の練習」   2001年9月5日 記


「どんなことがあってもドラムの練習は毎日することが望ましい。」これは私が師事したドラムの先生が言った言葉である。とくべつな言葉でもなんでもない。当たり前といえば当たり前。だけど、これって結構むずかしい。人間とかく忙しい世の中。一日がとてつもなく早く感じる人も多いはず。一日たった10分といってもつい忘れてしまってやり過ごす事柄も多いことに気付くのである。
たとえば年末年始、もしくはお盆や友達のお誕生日会や同窓会。友達と旅行に行ったり、もしくは仕事仲間と飲みに行ったりカラオケに行ったり。季節の変わり目に新しい服が欲しいとか好きなアーティストのコンサートに行ったり。とかく用事も多いし誘惑も多い。それでなくても今日はなんとなく天気が悪いし体調もすぐれない。風邪もひきかけているし、なんだかお腹も痛いし頭痛もするし、、、なんだかんだと一日が過ぎてしまうことも多い。
そんな中、好きなドラムといえど毎日スティックを持って、たとえ家にある練習台ひとつ叩くのも大変な行事になってしまうことも多々ある。たった10分と言っても実際には一旦練習を始めてしまえば、10分以上はかかってしまう。そもそも10分では腕や体が温まるストレッチ程度の運動にしかならないから当然といえば当然かも。いざメトロノームを鳴らして用意した教科書の譜例を練習したとしても、気持ちが他にやりたいことに行ってしまうと始末も悪いし、、、(苦笑)おっと話が少し反れた?

とにかく毎日ちゃっとドラムを練習するということは意外と大変だと自分でも最近ようやくわかった。実は私自身、、、ここ数年毎日は練習はしてなかった。それはなぜかというとあまり必要性を感じなかったから。たしかにドラムを始めた頃はとにかく毎日それこそ5~6時間は練習していた。毎日バイトして終わるとドラム教室がある日は通って、無い日はその足でスタジオに個人練習して、それから家に帰って練習台でストロークの練習をしたりドラムのフレーズをコピーしたりしていた。それが、、、ここ数年前からそういう三角行動パターンを止めてしまった。まずきっかけはバイトを辞めたことからか。で、あまりお金が無くなってしまったのでドラム教室もひとつにしぼり、スタジオにも個人練習はあまりいかなくなってしまった。もちろんバンド活動は週に一回は練習があってもそれは個人練習にはならないので話は別。

ドラム的運動機能を高める上でも毎日の練習が欠かせないと最近、思った。ようやく今年になってやっと毎日練習出来るような感じになってきた。そして感じたこと、、、それは、、、昨日やった練習を体が覚えている!という感覚を味わえたこと。それは嬉しいかった。つまり体が覚えているということは、次の日はそれの続きをすぐ練習できると。な~んだそんなの当たり前!って思うかもしれない。だけど私にとっては画期的だったわけ。本当は間が2日3日空いていても体は覚えているかもしれない。たとえば一週間でも。でもねぇ、、そうやって自分を甘やかして練習してきた過去。いつのまにか叩けるフレーズが限られてしまっていた事実が怖くなったこともあったのだ。

ちなみに私が毎日やっているドラムの練習はずばり!ルーディメントの応用。そもそもドラムのテクニックはすべてがルーディメントの中にある!と言っても過言でないから。とくにその中でも基本になっているストロークのシングルとダブルとその組み合わせのパラディドルは欠かせない。それらをテンポを変えて叩いたり、音符にいろいろとアクセントを入れてさらに叩く場所を移動させることにより無限の可能性が練習に出てくるのだ。これはかなり楽しい♪そしてそれらを8ビートなどのリズムパターンと4小節づつ交互に叩いてみる。何小節叩いたか分るようにカウントしながら。フレーズによって叩きやすいテンポがあって、それ以外のテンポだとつまずく。そこをなんとか無理やりにでも叩けるように頑張ってみるのも練習の醍醐味かもしれない。(ほんとか~?笑)今は専門誌(ドラムマガジン)や教則本や教則ビデオとか資料が数限りなくある。とにかく興味を持った順に攻略していくのも手かも。
好きなドラムをコピーしたり、好きなCDに合わせて叩くのも常套手段。だけど好きであっても一緒に合わせられない音楽やバンドもあるのよね~?!とほざいてみたりもするのだけど。(笑)あとは・・・フォームかな?大事なのは、、、

よくドラムを練習し過ぎて腱鞘炎になったとか腰を痛めたって話を聞くけど、、、本当?って思った。そもそもドラムの動きって実は体に負担にならない無駄のない動きで形成されているから、きちんとしたフォームで叩いている限り腕や腰を痛めることはまず無いと私は思う。もし痛いとこがあるのなら100パーセント、フォームの矯正が必要だと、、、。ちなみに私は今までドラムで痛くなったとこはどこもありません。逆に叩いた方が体がほぐれて気持ちが良い。適度な運動になるし腕も楽。とくに利き手でない左手のグリップはレギュラーがお勧め。マスターするまで時間は掛かるけど、一旦覚えてしまえば手首の負担は無いに等しいし、、、おっと、長くなってしもた。(笑)

ともかく毎日練習したい私でした。(←要するに自分に言ってたのね♪爆)それにつけても・・・ドラムは楽しいな♪

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過去の日記その7

2016年12月19日 15時47分13秒 | 過去の日記


はーい!

、、、って、しつこいようだけど、、、まだ昔の日記で面白そう(←自分的に?笑)なのがあったので紹介します。

それは、あのフランスのマグマの来日公演を観に行ったときの日記です。

実は、マグマ大好き!

特にベースのヤニックトップがいた時代が好きです。
ベースのあの独特のオーバードライブの音色が癖になって、いつのまにか感化されている気が最近したり~。
ジャンルは違えど、もともとマグマはリーダーのクリスチャンヴァンデがジョンコルトレーンに影響を受けて始めたバンドらしいので、音楽もジャズのモード旋法を使っていたりして興味深い部分もあり、、。
ということで、憧れのドラマーのひとり、クリスチャンヴァンデを観ただけでも価値のあるライブだった。


「MAGMA LIVE-完結-」   2001年6月6日 記


今日でちょうどあの感動のマグマのライヴを観てから一週間が過ぎた。未だ興奮冷めやらず、、、あれは一体自分にとって何を意味するのか?ずっと考えていた。
今日のような薄暗い曇り空。小雨が夕方降ってきてライヴの会場の入り口で待っている気持ちが複雑な心境になったのを覚えている。
しかし、どうにか時間になって会場の小さなステージを見てほっとする。そしてオール・スタンディングで観続ける体力的不安をよそに、こんな至近距離で観られるなんて・・・幸せかもしれない!とふと思った。

開演時間の7時をちょっと過ぎた頃、メンバーが登場。バンドのメイン・コンポーザー(ブレイン)のドラマーのクリスチャン・ヴァンデの姿にしばし感涙。”うぉ~!!本物だぁ♪”今まで写真や海賊盤のライヴ・ビデオでしか拝んだことしかなかっただけに嬉しかった。
歳は取っても貫禄があるなぁ!と思った。その他演奏のメンバーはギターとベース、そして終始ローズ製のエレピを弾きまくったキーボード。そして圧倒したのが、なんと言ってもバンドの名物?独自のスキャットにも似たコバイヤ・コーラス隊。向かってステージ、左側が男性ふたり右側に女性ふたり。合計4人ものステレオ感のある配置にまたもや感動!今までコーラス隊は3人だと思っていた私にとっては嬉しい誤算だった。

マグマはライヴ・バンドである!!そう言われてもスタジオ盤を聴く限り信じられない人も多いかもしれない。また仮にライヴ盤を聴いても、あのサウンドが本当に再現出来るのか分からなかった。非常に巧妙にアレンジされた楽曲と自在に変化し続けるアドリヴ的演奏。各楽器の演奏の技術の目に付くプログレやジャズロック系のバンドとして考えると不思議だった。私は大好きなドラマーを見つめる感じでマグマのライヴに望んでいた。しかしそれは叶わなかった。そしてそれ自体がドラマーのクリスチャン・ヴァンデの望みだったのかもしれない。

私はひたすらステージ上の音楽に身を委ね、脳裏のずんずん伝わる刺激に陶酔し続けていた。こんな音楽をやるバンドが他にあるだろうか?そう思っていた。
きっと”あの”曲を演奏するに違いない!始まる前にそう思って臨んだ。だから最初に究極の瞬間~トゥーザムタークのイントロが演奏された時、失神しそうになったのだ。
えっ?まじ、これが最初?って。だけど今回のライヴの趣旨をすでに分かっていた人にとってはそれは当たり前だった事らしい。私は演奏される曲について何も知らなかっただけだった。

そして曲は一旦始まるとそれは生命の鼓動のごとく集中的に躍動する。一曲の時間を気にすることもない。ただひたすら音楽に乗って陶酔する。そんな気持ちが会場全体を包んだのが分かった。
ノリノリのロック・コンサートのような反応。巧みな変拍子のリズムがこれほどダンサブルに演奏されるなんて誰が想像しえただろう?だから・・・マグマは偉大!そう思う。ジャズのモード・スケールを多用した楽曲のアレンジ。あの暗いような明るいような独特の甘さが、また独自のコバイヤ語の歌詞を相成って華麗に宙を舞う。
曲のメイン(サビ)の部分になるとコーラス隊全員がステージの最前列のフロントに集結。そして思いっきり歌うとそれに反応してお客さんも同じく合唱する場面もある。そして、楽器に演奏部分のパートになると今度はベーシストが、あの凶悪なオーバードライヴでソロを弾き始める。フィンガー・ストロークでついには弦をその馬力で切ってしまう程熱狂して演奏する。

終始オーケストラの指揮者のようなタクト姿でドラムに向かい続けたクリスチャンに更に感銘を受ける。
一曲1時間近い楽曲を3曲演奏。それが彼らの代表曲でもある-トゥーザムターク全3楽章だった。一曲演奏が終わる度に休憩を入れ、それがなんともクラシックっぽいと思った。
アンコールではやはり・・・誰もが望んでいたクリスチャンのヴォーカル曲を熱唱!!まったくもって音楽は言葉にあらず・・・と思った。
私のマグマ歴はまだ浅い。いまから2年前に彼らが初来日した日になぜか一枚のCDを買った。KOMPILAと名づけられたベスト盤をそれから毎日2ヶ月間聴き続けた。そして3ヶ月目に思った。”これは私の待ち望んだ音楽”だと。そしてドラマーのクリスチャン・ヴァンデにとても親近感も憶える。
特に彼のジャズ・ドラマーとしての側面に感動。彼の創る音楽を探求してみたい衝動に狩られる。しかし、、思った。”来日は終わった。”
待ちに待った今年。再来日は素直に嬉しかった。自分にとっての伝説のドラマーを生で観られる。特別な思いが脳裏を過る。

最後に思ったこと・・・それは望みは必ず叶う!って事。
どうやら、あんましライヴのレポートとは程遠い内容になってしまった。感動はまだ冷めやらず。
また・・・観たい!!マグマ。



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過去の日記その6

2016年12月15日 08時43分40秒 | 過去の日記
そろそろ過去の日記の公開も飽きてきたと思うので、、、これでおしまいにしたいと思います。

最後は、初めて正式にジャズのジャムセッションにドラムで参加したときの話です。
このセッションは月に一回のみ開催されていて、参加者が多く、大抵の人は一人一曲、もしくは2曲。待ち時間も長いのでちょっと躊躇しつつ、、。それでも憧れのお店だったので。
ちなみに演奏した曲は、(後で調べて、)「IF I WERE A BELL」っていう曲だったんだけど、その青本の同じページの上の方は違う曲の譜面が掲載されていて、本番でいきなり青本を貸してもらいページも開いてもらい、見た瞬間上の曲と勘違い。リズムがボサノバだと思ってしまい、、、曲が始まったら4ビートだったというオチ。




「新宿PIT-INN」 2004年1月16日 記

ついに!というか、やっと、というか、ようやく念願だった新宿のジャズクラブPIT-INNのジャムセッションに行ってきた。実は先月、様子見に見学したのだけど参加するのは今回が初めて。ほんと緊張した、した。(笑)

参加者が多いというかなんというか、お値段は安いけど基本的にひとり一曲演奏するって、やっぱり少ないのかなぁ。しかし天下のピットインなので文句言えないのかも。そして初参加の私。ドラムで最初に呼ばれていきなり大失敗した。たしかピアノとギターの方がジャムの参加者なのだけど、選曲をピアノの方がしてなんとギターの方と私はその曲を知らなかった。本をめくってみたら上の方に”ボサノバ”と書いてあったので、そうか、と思ったら、、、なんとピアノのイントロを聞いたら普通のスウィングの曲だった。(汗)さらにテンポが168。う~ん。すっかりボサちゃんだと思っていた私、ブラシとスティックを一本づつ持ってリムしようと思っていて、、、見当がはずれて焦りまくった。で、しょうがないので途中で両方ブラシにして叩く。(かっこわりぃ。笑)そして曲はどんどん進み、ブラシをスティックに持ち替えたりしながらも、どんどん緊張したまま手足が硬直していき・・・いつのまにか終わった。

そして最後に思った、”あの曲名、なんだったんだろう?”




↓これは、お・ま・け・です。


「・・・放浪記。」  2004年3月20日 記

もう春だというのに雨降って寒いっ!皆様、どうお過ごしでしょうか?、、、と、始まってみたりして。

ライヴハウスが企画しているジャム・セッションが、私の最近のマイブーム。その中でもジャズ専門のとこがお気に入りなのです。よくよく調べたらロックやブルースのジャムセッションをやっているところも多少あるから。しかしジャズをやっている所に比べたら少ないか。私も自前にネットのHPで場所や日取りを確認、しまいにはマナーやルールも調べて行ったおかげでいまのところ大きな失敗はしてない。しかしながらやっぱり、実際に行くと聞くのと見るのとでは大違いで、、、知らぬうちに苦労していることに最近気が付いた。

できない人にとってジャズの演奏はまるで魔法のように聴こえる。ましてやジャムセッションみたいに知らない人同士がその場でやる曲決めて、イントロからエンディングまでまるで何十回もリハーサルしたみたいにキレイに演奏する。そんなこと、ほんとうに可能なんだろうか?私はそう思っていた。

まず最初にセッション(ジャムは今後、省略。)に行って思ったことは、経営しているライヴハウスによって仕来りやルールやレベルが多少違うということ。特にレベル。つまり集まるミュージシャンの演奏技術の違いがあって、でもそれ以上に気になったのはお店の雰囲気かな。若い学生が多く集まるとこ、と仕事帰りの社会人が集まるとこ、とではだいぶ選曲や技術が違ってくる。もしくは何気でプロやセミプロの人が遊びに来るとこ、とか。
私としてはなるべく自分より上手い人と演奏したいという希望はあるにはあるけど、、、あんまり上手すぎると、自分だけ(やっぱり)演奏がズレて浮いてしまう。しかしテーマやアドリヴもままならない超・初心者だと逆に間違ったリズムに引きずられて自分を見失う結果に。

そうそうジャズのセッションの世界ではジャズの演奏を始めたばっかりの人やセッションの経験の浅い人を”初心者”というらしい。楽器でも始めたばかりだと初心者というけど、セッションの場合は楽器の経験の初心者はあまりそれに当てはまらないらしい。だから私が行ったセッション初心者のクラスは大概、楽器はそこそこ経験があり、ある程度演奏できるが、セッションでやるジャズの曲の演奏方法をあまりよく知らない、といった人たちが来る。私もそんな感じ。

今までCDでしか聴いたことのないジャズのスタンダードの曲を、実際に楽々と演奏しているハウスバンド(もちろんプロの方)の人を観て私は思った。”・・・こんなのできないよ~。”自分の参加する順番を待つことなくすぐに帰ろうかと思ったのを今でもよく覚えている。でもここで帰ったら・・・?!といろいろと考え直して出番を待つ。名前を呼ばれて所定の席(この場合、私はドラムなのでドラムセットへ)に着いてもキンチョ-していてセッティンクもそこそこ、いつのまにかピアノがイントロを弾き始めていて曲がスタート。そして私は、というと手足が震えて4分のリズムを刻むのがやっと。そして知らない曲は無常にも延々と続きいつのまにかソロがまわってきてぐちゃぐちゃになってしまって、、、(これまた、)いつのまにか終わる。そんな初体験だった。あの曲名、一体なんなんだったんだろう~?と思いながら。

ジャズ専門のライヴハウスはどんなに狭くてもグランドピアノとウッドベース、ドラムセットは必ずお店に置いてある。毎日なんかしらライヴのあるところは少なくても週1回はピアノを調律するらしい。ステージのセッティングは向かって左からピアノ、ベース、ドラム。あくまで全体のサウンドの中心となるベースが真中で弾く、とうのがロックと違うところなんだろう。するとベースを挟んでピアノとドラムが演奏するスタイルがジャズらしいが、これ、実際に演奏してみるとモニターが結構たいへんだと気づいた。なにしろ基本的にピアノもドラムもマイクが立ってないので生音で勝負だから。ボリュームが出せる楽器でありながら演奏している本人が大きな音を出さない限り、出音は小さい。リズミカルにバッキングするピアノとドラム。それを統括するようなベースのリズム。リズム隊と呼ばれる3人は、ジャズという音楽では一度やったらやめられないおいしいパートのような気もした。なにしろ一曲を最初から最後まで続けて演奏できる唯一の権利があるから。だからジャズ演奏の経験がある人でもリズム隊の楽器の経験がある人とない人とでは、きっとジャズの演奏の価値観が違うのでは?と思った。

ドラムにとって、”ジャズは天国”と言った人がいるけど、私にしてみれば楽器の演奏者にとっても”ジャズは天国”だと思う。たしかにすぐに演奏できるようにならないけど、努力する価値のあるもの、なんだろうね、きっと。

現在の状況といたしましては、ちょうどセッションに行き始めて3ヶ月。船出はしたものの、すでに何度か漂流しかかり、何度か違う港に座礁。只今、もう一度出向すべき準備を整えております、という感じ。そしてふと気が付く。旅にための貯蓄が足りない、と。食料と設備がすでに底を尽きそうだ。(あらあら。)
できれば世界一周したい。死ぬ前にせめて宇宙からこの目で地球を眺めてみたい。そんな夢をみつつ、家で練習している毎日。

最後にひとこと。
「こんな私でも、生のグランドピアノとウッドベースの甘美な響きには、かな~り感動しました。それも同じステージに立ってのことです。参加することに意義がある!音楽も同様でしょう。」


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過去の日記その5 サックス買った

2016年12月14日 07時49分05秒 | 過去の日記
以前にこのブログでも初めてアルトサックスを買った経緯は書いたことがあるけど、その当時、この日記の存在のことは忘れていた。
なぜ、今頃になって発見したのか?という話はおいといて、、。(笑)
自分でも当時の日記を読み返してみると、なんだかとっても熱心で心を打たれてしまった。
本当の意味で「初心に帰った」気持ちがした。



「サックス買った」   2004年10年13日 記

つ、ついに例の知恵熱まで出たサックス熱に終止符が、、、。(笑)なんと今日、サックス本体を買ってしまった。

いつもドラムの個人練習で使わしてもらっている楽器店は、実は中古楽器屋さんでした。で、昨日帰りがけに店員の方に”サックス欲しいんだけどねぇ”と話したら、いきなり良い中古がありますよ!と行ってくれて、、、。最初、出してくれたのがヤマハのサックス。すると私、実はヤナギサワが欲しいんだけど、というと”ありますよ!”とまたまた出してくれた。さっそく手にする私。(すでにその時点で一目惚れしているのが見抜かれていたかは不明だけど。)ともかく目がハートマークになっていたのか、すかさずお値段を言われ、しばし考える私だった。サックスの中古なんて、まったく値段分らないので、困ったが、なにしろ見かけに惚れてしまってサックスが手から放せられない。でも一応、即決はまずいと思い、後日、連絡することにした。しかしそれからがたいへんだった。

家に帰ってからもそのサックスのことが忘れられずすぐにお金を用意して、だけど他にも備品を買う予算もあったので、いらない(使わない)シンバルを少し売ることにした。で、押し入れを探索。どうにか出して磨いてすぐに持っていこうと電話したら”あぁ今日はだめですぅ。”(おいおい。)

夕べは眠れなかった。サックスのことを考えると血圧が上がってしまい体温が上昇して一向に眠くない。それでもどうにか布団に入っても眠くない。目をつむったまま、朝を迎えた。

次の日(今日です)に、朝さっそくドラムの個人練習のついでにスタジオへ。着くなり”昨日のサックスを買います!”と宣言。シンバルも2枚持って行って少しお金になった。だけど、このサックス、リードとストラップが付いていないんだよねぇ、と言われ、早速、家に帰りお昼ご飯を食べた後買いに行くことに。もちろん超初心者でも本格志向なので、東京の大久保にある管楽器専門店に楽器諸共行くことにした。

どこに行ったかは多少、楽器に詳しい方なら分るかもしれないけど、お店の名前は石森楽器店。

、、、と、今日はもう時間が遅い(深夜)なので、つづきはまた明日。(、、、に、してもサックスの道も遥かに遠いよ。笑)



「ドレミ・ドレムぅ? 」  2004年10月22日 記

憧れ(いつから?笑)のサックスが手に入ってからすでに10日経った。まるで可愛いペットを抱くかのように毎日楽器を磨いては楽しんでいる日々が続いている。なんか、、、癒されるのよねぇ。(^^?

<まずその10日間の経路から>

買ってすぐに、東京の大久保にある管楽器で有名な石森管楽器へ持って行く。目的はリードとストラップとお手入れ用品を買うためと、一応プロの人に楽器の現在の調子を見てもらうため。なにしろ買ったお店は楽器を吹ける人がいないため、なんと音も出さずに見かけだけで買ってしまったから。(これは後にちょっとした後悔にもなる。)
で、見てもらって正確な楽器の機種名が判明した。ヤナギサワA-50であった。それもなんと15年前のもの。あまり使われてはいなかったみたいだけど、前の持ち主があまり使ったあとメンテしなかったせいで消耗品の部分がだいぶ痛んでいるみたいだった。
「今の状態でも使えますよ。」と言ってくれたが、「いずれ音が出なくなるかも。」と怖い発言が、、、。(汗)それでも試演室で薦められたリードを試すことに。”これから始めるんですけど、、”と言ったら丁寧に楽器の組み立てから教えてくれた。”音、でるかなぁ?”と言ったら、「いや、必ず出ますよ。」と言ってくれた。
そして吹き始めるも、、、なかなか音が出ない。数分がんばったら少し出た。”ぼぉ~ぉ。”それから吹くたびにいろんな音が出ると、お店の方はいちいち、「あっ、これは良い音、あっ、それはだめ。」とか「いまの前の音がよかった」とか判断してくれた。そしてアドバイス。「良い音が出たと思ったら、止めないで吹きつづけること。」そして、「少しここで吹いていていいですよ。」そう言ってお店の人は試演室を後にした。
それから私はそこで”ぶぉ、ぶっぉ”と吹きつづけること20分。始めて吹くサックスの息づかいに眩暈を覚え、ギブアップした。

お店の方が「毎日30分以上、たくさん練習したほうがいいよ。」と言ってくれたので、次の日からそうすることにした。
ドラムで借りている個人練習のスタジオの練習内容をサックスの練習と折半した。まず最初に30分サックス吹いて、それから1時間ドラムを練習して、また最後の30分サックス吹いた。、、、とても疲れた。(2日続けた。)

土日は他の(ジャズのバンドの練習とメタルバンドの練習)があるのでサックスの練習はお休みした。
で、月曜日、もっとサックスが練習したくて違う練習場所を探しに家の周りを散歩。やっぱ、ドラムと折半の練習では時間が足りない。しかし普通のスタジオだと時間もあまり取れない上に値段が高くて、お金が無性にない私にとっては無理だと思った。で、ふと先週行った楽器屋さんで言われたことを思い出した。「サックスの練習場所なら・・・カラオケボックスとか、やっている人多いですよ。」
そうか、その手があったか。しかし全部が全部よいわけではなくて場所によってはダメなところもあると聞く。どーしようかなぁ~?しばし考える。しかし埒があかないので行って尋ねてみることにした。
駅前に向かい合わせに2軒あった。そのうちの料金の高いほうを尋ねた。(理由は未定。笑)で、聞いたらOK!ということで。(喜んだ。)これで高い金を出さなくてもサックスが練習できる!それも毎日。(万歳!!)

しかし問題があった。それはケース。付いていたハードケースが超重い。(サックスのハードケースはどれもそうらしい。)持って5分以上歩くと腕や方が危険な状態になりかねない。なので、もっと軽いソフトケースを買うことにした。



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過去の日記その4

2016年12月14日 07時40分20秒 | 過去の日記
前回のつづき。

例の「大楽器祭」のイベントで初サックスにて音が出ない問題があったにも関わらずサックス熱は増すばかり~。
つい身近にある「吹く楽器」として手にしたのがたて笛(ソプラノリコーダー)。
果たしてその思いは?



「たて笛」  2004年10月11日 記

俗にいうソプラノリコーダー。つまり小学生の頃に誰で一度は手にしたことのある、あの”たて笛”である。買った。(笑)
もともとおもちゃのソプラノリコーダーは吹いてた。シルバークリスタルで銀ラメの安物のプラスチック。それはそれでけっこうおもしろいんだけど、最近気が付いたのは音程、つまりピッチが出音によって安定しないこと。(当たり前か?)だんだんと不満になってきて、買い物のついでに寄った新星堂で売っていたヤマハの笛を衝動買い?(笑)定価1100円なり。楽器にしては安いよね?

家でさっそく吹いてみた。意外と甲高い音だった。でもピッチは安定している。吹いているうちに息の吹き方で音程やトーンが変わることが発覚。でもハーモニカと違って、半音が運指でちゃんと出せるので気に入っていたのだ。
最初に吹いた曲は聖者の行進、それからムーンリーバー。あとパラパラとジャズのスタンダード曲集のメロディを適当に吹いてみた。と、まだ上手く吹けない。なにしろおもちゃの笛よりもピッチは安定してはいるものの、やっぱり息の出し方が難しくて、安定した音量が出ない。でも笛っていいな、と思った。なにしろ1音1音に説得力がある。声を出しているような感覚で演奏できる。これはやはり楽しい楽器だった。

ソプラノリコーダー、楽しいんだけど、、、ふと思う事があった。そういや、これ、リード、付いていない楽器なのよね?
サックスがやりたい私としては、やはりリードの鳴らし方が問題な訳で、、、(なにしろ初体験でリードの鳴らし方が分らず、サックスから音を出せなかった私だから、、、。)やっぱ、リードの付いている楽器で練習しないと先が思いやられるのではないか!う~ん。(明日へつづく。爆)

そういや今日は体育の日なのにお天気は悪いのよね。山になった洗濯物を洗ったけど外には干せず、部屋にたくさん並んだ。(ちょっと家の中が湿っぽい感じがする。)肝心のドラムは朝、練習台で指慣らしのルーディメントを30分やって、、、あと夜に家の中で素振り!を30分くらいやって終わり。練習をしている感覚はゼロ。というか普段もただ好きなフレーズを適当に叩いているので変わらないけど。さすがにドラムの練習はあまりに毎日やり過ぎて習慣化している。家にいると知らない内にスティックを持っている。練習台を前にするとロールやったりフラムアクセントばっかで、、、(あっ、いけねぇ、パラディドルのアクセントやっていないよ)と思いつつ、ロールやって遊んでいる。(笑)
あとカラオケのCDを掛けながら洗濯物を干していたら、ラテンビートのギフト(レガート)にハマってしまって、何度もリピートしてスキャットして歌いつつ最後はアドリブを歌って遊んでしまった。(これぞひとりの楽しみっ!って感じで。)

明日こそ!天気になれよ。


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過去の日記その3 大楽器際

2016年12月13日 18時17分15秒 | 過去の日記

実は、ずっと前から楽器フェアの合間の年に小規模の楽器フェアが開催されていて、当時、行ったのは2004年の10月だった。場所は、池袋サンシャインシティ。イベントの一環で管楽器初心者体験教室というものがあり、それを目当てに出掛けた。

がしかし、日記にもあるように当日は台風が上陸して、外は物凄い嵐。なのに~、のこのこと出掛ける辺り、かなり「サックス吹きたい病」が悪化していた状況が伺えるー。
そして憧れのアルトサックスを吹くことになるのだけど。



「音が・・・出ない、よ。」 2004年10月9日 記

今日はすんごい台風22号にもめげず、わざわざ池袋のサンシャインまで大楽器祭を観に行ってきた。電車は多少遅れていたけどちゃんと動いていて一安心。土曜日でもあり台風の影響もあり電車も空いていて、行きも帰りも座れてラッキーだった。

午後1時に到着。いきなり入って左側のブースでギタリストの和田静男さんがモズライトを熱演していた。すっごく明るくて綺麗な音色だった。終わってから向かいの管楽器のブースへ行って、初心者対象のサックス体験教室なるものの整理券を頂いた。だけど整理番号が30番。私が受け取るとさっさとスタッフが受付を片付けていたのを見逃さなかった。(笑)で、それが1時30分からだったので、時間つぶしに奥のブースへ。それがヤマハだった。ちょうどサイレント楽器のデモ演をやっていた。ウッドベースとヴァイオリンとクラシックのサイレント楽器。ジャズ、、、というかフュージョンっぽいのをやはり熱演。とても良かった。

それから時間になったのでサックスのブースへ。始まり時間ギリギリでもうすでに人がたくさん集まっていた。さっそく整理券を渡してストラップを受けとる。一番前の席が空いていたのでそこの座る。(何事も積極性が大切!となぜか思った。笑)で、時間になってスタッフの方が生徒のひとりひとりにサックスを渡し、私も初めてサックスを手にする。それから司会兼先生の女性の方に言われるまま、構えて、、、そして、吹いた。すると、、、音が出ない。何度吹いても、、、音が出ない。(さすがに焦った。)周りの人はいっせいにぼぉー!と音を出しているのに私だけ無しのつぶて。(だんだん冷汗が出てきた。)

「音の出ない人、いますか~!」先生が言った。

手を上げたのは私ひとりだった。(笑)で、他にもスタッフの男の人とか飛んで来て、口の形を教えて貰ったり、マウスピースの状態やリードの状態を見てもらって、吹くも、、、やっぱり音が出ない。(さすがにちょっと絶望的な気分になりかけた。)
で、スタッフの方がサックスのベルに耳を向けて、「吹いて!」と言ってもどうも息が、、、。
そんなこんなで他の方々はどんどんと進み、いつのまにか”メリーさんの羊”を演奏していた。私はただひたすら息を吹き、、、と、最後になって(すでに20分位経過していた)ようやくちょっとだけ音が出た。で、思った。”あれっ、リードが振動した?”
そう、私はマウスピースとリードを噛みすぎて息を出す穴を塞いでいたのだ。
と、いうわけでまともに音の出ないサックス初体験は終了した。これではまるで15年前にドラムを始めた時と同じではないか!と思った。なにしろドラムも始める時、いろいろとトラブルがあり、なかなかちゃんと始められなかったから。

それからサックスの置いてあるブースでスタッフの方にサックスのメーカーの違いとか聞いて、(吹けないので、)手に持って一応触らせてもらって納得した。やっぱり国産のものが良い感じだった。
そして次にまたヤマハのブースに戻ってみたら今度はサイレントのバイオリンとオルガンがデモ演奏していたので見ることに。女性の弾くヴァイオリンっていいな、と思った。それが終わってから早速ヴァイオリン・コーナーへ。空いていたので弾いた。驚いたのはちゃんと音が出たことだった。サイレントなのでモニターはヘッドフォン。適当に押さえて弓で弾いてもちゃんと良い音がするのはさすがだと思った。ただひとつ問題が、、、。それはフレットレスだということ。フレットレスの宿命であるちゃんとドレミを弾くのが初心者には滅法むずかしい。音は出るけど音程が取れない。う~ん。
それから近くのベースのコーナーでヤマハの新製品の6弦ベースを弾く。15万くらいだったかなぁ。とても弾き易かった。ハイCの一弦はギターの6弦くらいの太さ。得意のドレミ(笑)を弾くとフレットを縦に移動しないで2オクターブ弾けてしまう。ただ私の場合、手が小さいのでローポジションが辛かった。でも練習すればどうにかなるような気も。うん、6弦もいいなぁ。
最後にローランドのブースでデモ演を観た。ドラムは木村万作さん、ギターが矢堀孝一さん、オルガンが大高清美さん、だった。なかなかハイテンションはフィージョンでひさしぶりに燃えた。(笑)木村さんのドラム、初めて観たけどカッコ良かった。もちろんエレドラな音だったけど。演奏中、ずっとタイムキープのためにH.Hを8分で踏んでいるのが印象的だった。(私、やったことないよ。^^;)
終わってからローランドのブースでエレドラのエントリーモデルを体験。適当に叩いて遊んだ。スタッフの方が親切でご自由に!って言っていたけど、元のコントローラーの使い方がよく分らず適当に切り上げた。悪くないけど、ジャズの練習には不向き。そんな印象だった。フィージョンやるにはいいかもしれないけど。
で、帰ろうと思って下の階に降りたらアコギのデモ演。それもブルースと聞いて行ってみた。高そうなアコギで心に馴染むようなマイナーブルースを熱演!思わず空いている席に座って心地よくなってしまった。
と、思ったらいつのまにか終わりの時間に。館内にでっかく”蛍の光”が流れ、アコギの先生も焦る。負けじと景気の良い曲を弾いてデモ演は終了した。午後6時だった。

そういえば、、、台風が、と思い、サンシャインを一歩出来たら、すっごい雨と風が!!吹き飛ばされながら駅に徒歩10分の旅。すっかり楽器だけでなく台風も体験する一日となった。

それにしても最初から音の出ないサックス、、、前途多難。これでほんとうに始められるのか?とりあえず楽器を買う金が無いと始まらないんだけど、ね。






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過去の日記その2

2016年12月13日 00時02分50秒 | 過去の日記

次の日記は、その例の熱中症になった次の日とその後の日記です。

とにかくドラム一筋!ジャズのセッションに通い続けた一年。
まさか、こんな形で終止符を打つとは思わなかった。
とはいっても本当はドラムをすぐにやめたわけじゃなかった。




「真冬よりたいへんな真夏のセッション」   2004年07月26日記


実は私、ジャズのセッションへの参加は真冬からでした。年も押し迫った師走。12月のちょうど真中辺りから。なぜそんな寒い時期に行きたくなったかは不明だけど、なんとなく年末で気持ちがウキウキしてしまい、なにか新しい事がやりたくなったのかも。ともあれ、そんな寒い時期だったにも関わらず意外とスムーズにセッションには行けた。

コート着てセーター着て行ってもどうにかなってしまい、お店の中でもセーターで叩いてちょうどいい感じだった。それから半年、いや8ヶ月が過ぎてもう今は真夏の気温。どうせ夏だし、Tシャツ1枚でどうにかなるだろうと思っていたけど甘かった。どこも冷房は利いているものの、実際に1曲叩く度にものすごい汗・汗・汗。おまけにセッションは時間が長いのでとてもドリンク一杯の水分補給で間に合うハズもなく、結局、脱水症状になった。道理で”真夏はお客さん少ないよ、”とハウスバンドのの人も言っていたわけだ。さすがに夏に強いはずの私もこの間、3度目の脱水症状になってすっかり体が弱ってしまった。気合入れても体が付いていかない。うん、歳だ。でもこのまま引き下がるわけにもいかないので、どうにかこうにか対策を練っていきたいと思う。なにしろ来月の夏本番にはドラム教室の合宿研修会もあるし、地元の夏祭りの野外ジャムセッションのイベントもあるし、やっぱ、やりたいよねぇ~!(笑)

今日はスタジオへ個人練習に行った。たった5分でも真夏の太陽は暑かった。とりあえずスタジオ内は冷房を利かせてドラムをガンガン叩いたら元気が出た。久々に8ビートとか16ビートのドラムバトル用のソロも叩いたけど、、、意外とハマッてしまって楽しかった。ついでに3拍子も。(笑)

それから家に帰っておかゆ食べて、練習のテープを子守り代わりに寝てしまった。そして起きたら夕方。うん、きのう死ぬような思いをしたわりにはぜんぜん進歩のない私。人間って安易だと思った。





「確かな感触」   2004年7月31日記


ようやく一週間にもおよぶ熱射病付属の脱水症状から回復。やっと人間らしい生活に戻ってこれた。ほんとたいへんな日々だった。話によると脱水症状は放っておくとまじ死に至るらしい。(怖い。)もう3度目になるけど今回ばかりは参った。最悪だった。

ところで元気になるや、きのう、急に髪の毛を染めたくなった。すでに茶パツに染めてから半年くらい経つので、すっかり色あせ新しい髪の毛も伸びてきてどうかな、と思っていたからか。で、ふと新色の毛染めが気に入ってピンクブラウンという色で染めてみた。そしたら思いのほか綺麗に赤紫に染まってしまい、参ってしまった。べつに悪い色じゃないけど、どうも自分の顔色に合わない気がして落ち着かない。(この状態の髪を見たい人、プロフィールの写真館に写真アップしました。爆)で、一日が経過。なんだか落ち着かないので、また今日は黒い色に染め直した。な~んだ、ふつうの色じゃん?そう思ったけど、気持ちは落ち着いた。(なんだか。笑)

体の具合は悪くても休みたくないのがドラムの個人練習。なんたってもう10日後はドラム教室の研修会。どうにかしてラストスパートかけてコンディションを調整した心境だった。そう、研修会はドラムを練習するところではないのだ。(じつは。)普段の練習の成果を発表するところ。そう私は参加して実感していた。で、今日もスタジオで2時間練習した。内容はすでに研修会モードなので、ジャズの曲の練習ではなくって、研修会で過去に使った譜面の復習をした。まるで受験の模擬試験みたいな感じだ。一応、今年もジャズの曲をやる、ということだけは先生から自前に聞いているのでやることに。なにしろ、常套句というか必ず出てくる基本フレーズがあるので、前もって練習しておくと当日をそれを必死に練習しなくて済む。その分、あまったエネルギーで先生とお茶を飲んだり話したり良いことができるわけだ。(笑)

久しぶりにマジにやった曲。たぶんジャズのセッションに参加する前が最後にやった練習なので8ヶ月ぶりくらいか。たしかに少し感覚的に忘れていたけど、逆にそれが良かったみたい。以前とはまったく違った叩き方になっていることに途中で気が付いた。そしてすごくスムーズに叩ける。これには驚いた。あれほどリズムが合わなかったジャズのコンピングのフレーズが楽々と叩ける。これは、、、やっぱ、ジャズのセッションに行ったおかげだと思った。そして確かに去年よりも数段、上手く叩ける自分を実感していた。これはヤバいです。(爆)
「確かな感触」ともいうべきものが自分の中に住んでいて、ドラムを叩いている感じがした。まるで別人に脱皮したみたいにドラムを叩く自分。やっぱ、ヤバいぃ。なぜならこれって、ほんとかどうかはっきりしないから。もしかしたら幻かもしれない。なにしろ誰もそれを見た人はいないのだから。ただのひとりよがりだったらどうしよう。そんな不安が過るよぎる。でもね、がんばりたい。せっかく復活した体力だから。

さすがの私も今週と来週はジャズのセッションを行くの、少し休もうかな、と。数減らして。やっぱ両方の練習は無理。というか、金ないし。すでに今週は体調を戻すために健康食品や栄養剤とかたくさん買って食べているので、そっちの方がセッションに行くより数段お金が掛かっている。うん病気はお金が掛かるもんなんだな、とつくづく。やっぱ健康が第一だよなぁ~!と。



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過去の日記その1

2016年12月12日 09時27分52秒 | 過去の日記
実は、このブログを始めるずっと前にHP(プライベートホームページ「ジオ」をやっていて、その中のコンテンツである日記を書いて公開していた。
ところが、そのHPはいつの間にか無くなり、って、「ジオ」がサービス停止。レンタルした日記のサーバのこともすっかり忘れていた。

そして、昨日。

何気にネットでキーワード検索をしていたら、気になる日記を発見?!今でいうブログのような記事で、、。なんかすっごく親近感のわく内容で、よくよく調べたら、、、あっ?!自分の日記帳だったー。(おぃ!)それもドラム時代。すっかり忘れていたー。

まだ当時は、ブログという形態が存在していない時代。無料レンタルでプライベートホームページ(HPジオ)をやるのが、当時のステイタスだった。
そして、ある日、朝、テレビのニュース番組でブログというものを知って、初めて始めたのが、このブログだった。

そんなこんなで、、、思い出にひたりながら少しだけ当時の日記を紹介しますー。
それも、ドラムをやめて、後にサックスを始めた頃のもので、特にドラムをやめるきっかけになった例の熱中症についての日記。今までは遠い記憶の中でブログを書いていたけど、この日記は当時のものなので、さらに詳しく書かれているかも?!




<タイトル>

「いやはやたいへんなことに」 2004年7月25日記


どうやらきのう熱中症になったみたいで、もうきょうはへろへろ。やっぱぁ、午後1時半の炎天下の中、帽子も被らず傘も差さないで30分も歩いたせいか、それとも夕方から5時間にも及ぶジャズのセッションのせいなのか、、、たぶん両方だろう。(--;)
行く時、というか行く途中物凄く汗掻いた。着ているTシャツがびしょぬれになる程。もちろんジーンズも。そして電車で涼んで汗も乾き、またライヴハウスでのセッションで演奏する度に汗掻いては、休んで涼んでまた演奏して、、、。知らない内にかな~りの水分が体内から出ていったのだろう。それなのに補給したものといえばコーヒーとウーロン茶とジンジャエールのみ。たぶん量にすると1リットルもいかない。

気合入っていたし楽しかったので、夜10時にセッションが終わってお店を出る直前までは体、なんともなかった。ところが別れの挨拶をしてお店を出たとたん、おなかが痛くなった。そして急いで駅に向かう。(徒歩10分。)そしてトイレに閉じこもること30分。(まだおなかが痛い。)でもそこJRの新大久保駅だったので、(乗り継ぎの京成駅の時刻があり、)終電の時間もあり、仕方なくのちに電車に乗る。でもおなかが痛いので立ってた。

それから日暮里の駅についてまたトイレへ。(そこで立てこもること10分。)最後の電車にギリギリ間に合って乗ったも、まだおなかが痛い。気合入れて立ってた。しかし各駅なので最寄の駅まで約1時間。地獄のように長かった。冷房の風がうなじにあたり寒気がするのでずっと手に持ったハンカチで押さえてた。そしてその間思ったことといえば、反省のみ。普段の生活の不摂生が天罰が落ちた原因なんだ、と勝手に思って気持ちを落ち着かせようとした。”あぁ、夢にまで見た八千代台駅。”

気合入れて電車で硬直状態になったまま、待望の駅に到着してまたトイレへ。一向に体調が治らない。でもよく考えたらこれからまだあと30分歩かないといけない。さすがに少し歩いて気付いた。”もしかして喉乾いてる?自分。”(←もっと早く気付けよ。)急いで駅前の自動販売機で”カテキンなんとか、”というスポーツ飲料を買う。(飲んだら超マズぅ。おいおい。)でも飲まないとめまいがして歩けないので全部飲んだ。そして走ろうと思ったけど、走ると平衡感覚が無くなるという現象が起きて、しょうがないので競歩で家まで辿りつく。

家に着いたら夜中の1時だった。そこからがまたたいへんだった。家について、”あぁ~!我が家って良いなぁ~!!”と堪能するのも束の間、急いでお水を飲むことに。400ミリ入る大きなコップでぬるま湯を7杯飲んだ。まるで砂漠に吸い込むような感覚だった。それからトマトジュースを2杯飲んで、途中で買ったパンをひとかじりしたら、、、気持ちが悪くなった。(最悪。)そして今度は家の中でしゃがんだまま硬直状態。それが約2時間。そしてとトイレに行って、、、そしてまた硬直状態。そして少しおなかの調子が良くなってきたかと思ったら今度は頭が割れるように痛い。ひどい頭痛に急いでバファリンを飲む。そして待つこと1時間。ようやく頭がすっきりしてきたかと思ったら、今度はまたおなかが非情に痛くなってきた。(おいおい。)もうだめかなぁ、とちょっと弱気になった。でも明日は朝からドラムのセミナーがあるし、その後、夜にジャズのセッションもあるし、、、このまま死んでなるものか、と思った。しかし現実は厳しかった。

午前4時頃から眠くなってきた。痛いおなかを抱えながらさぶとんに横たわる。ちょっと寝る。でも起きると30分しか経っていない。しょうがないので今度は布団に寝る。少し寝る。起きると1時間しか経っていない。(その起きる度にトイレに行く。)結局、それを朝の9時まで繰り返し、、、諦めた。次の日のイベント参加。(涙。)

楽しみにしていたドラム教室のセミナー、電話でキャンセルした。すっごく哀しい。当然、夜に行こうと思っていた月1のジャズのセッションも行けねぇ。(かな~り哀しい。)って、家から1歩もめまいがして出られないのに、どうして出掛けられるのか。すっかり体力が消耗した感じ。昨日の朝までピンピンしていたのに。これってやはり太陽の仕業か?

たくさん汗掻いたのに、ほとんど水分補給しなかったので、最初は以前にもなった単なる脱水症状だと思っていた。しかしそれだとすぐに水を飲むと治るので。今回は大量の水を飲んでもまだ頭痛や吐き気や寒気やら、いろいろとあって次々に症状が出て辛かった。ほんと死ぬのでは、と思った。去年なった食中毒と症状が似ていたので、気持ちとしては凄く怖かった。

今年始まって以来の大惨事だった。すっかり自分の体調を慢心していたのが原因かも。しかし同時に慢心していたのは体力だけではなく、ドラム自体もそうではないか、と反省した。人間ってかんたんに死ぬ。そう思うけど、人間の生命力もまだまだ捨てたもんじゃない、と感じた。やはり人間健康第一だよね。(笑)、、、これからうなぎ食べます。






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