現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

夏目漱石「坊ちゃん」

2020-04-11 16:56:01 | 参考文献
 児童文学の世界でよく言われる言葉に、「日本の児童文学は一人のトム・ソーヤーも生み出せなかった」というのがあります。
 つまり、その時代を代表するような魅力的な子ども像が、日本の児童文学では一人も描かれなかったことを意味します。
 これは、1950年代に現代児童文学がスタートするときに、小川未明らの近代童話を批判するときの常とう句でしたが、私はその現代児童文学もまた、一人のトム・ソーヤーを生み出せなかったと思っています。
 その一方で、狭義の児童文学では確かにそうですが、範囲を日本文学全体に広げれば一人だけいると思っています
 それが、「坊ちゃん」です。
 彼は二十三才という設定ですが、これは数えの年齢なので、満年齢で言えば二十一歳ぐらい(今で言えば大学生ぐらい)でしょう。
 それに、冒頭に子ども時代の思い出も語られていますので、児童文学のヤングアダルト物にあたります。
 また、漱石の他の作品より平易な文章で大衆向けに書かれているので、今ならエンターテインメント作品です。
 坊ちゃんだけでなく、赤シャツにしろ、野だいこにしろ、山嵐にしろ、キャラクターがたっている点からいっても、現代でも十分に通用するエンターテインメント的要素を備えています。
 久しぶりに読み返してみても、百年以上も前に書かれた作品とは思えないほど生き生きとしていて、少しも古びていません。
 もちろん、軍国的だったり、差別用語がつかわれていたり、天誅という名の暴力が肯定されたりなど、現代にはそぐわない点もありますが、それらは日露戦争当時の明治時代という歴史背景を考慮しなければなりません。
 狭義の児童文学の世界に閉じこもっている今の日本の児童文学界ではあまり議論されないでしょうが、「日本のトム・ソーヤー」をうんぬんするよりは、「第二の坊ちゃん」をいかにして生み出すかを考える方がずっと建設的だと思います。

坊っちゃん (新潮文庫)
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新潮社

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