現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

ロコモティブ症候群

2020-02-23 09:18:36 | 作品
「じゃあ、最初は三段にして」
 担任の村岡先生の指示で、みんなで用具室から運んできた跳び箱の高さを三段にして、マットの向こうに置いた。
 今日の体育の授業は、五年生になってから初めての跳び箱だった。
ジャンプ力に自信のある翔太にとっては、体育の中でも得意種目のひとつだったので、朝から楽しみにしていた。四年の時の最高記録は七段だったから、今年は最低でも八段を跳びたいと思っている。
 久しぶりの跳び箱だったので、まずはウォーミングアップとして、誰でも跳べそうな三段にセットされている。それから、一段ずつだんだんに高くしていくのだろう。
 ピッ。
 先生の笛の合図で、男子から次々に跳んでいく。
 五年生には三段はさすがに低すぎるので、みんな軽々と跳べている。このあたりはまだ余裕だから、あまり緊張しないせいか、待っている列ではおしゃべりしている子たちもいた。
 翔太の番が来た。
 ピッ。
 翔太も、軽く助走して跳ぼうとした。
(あっ!)
 踏み切り板を強く蹴りすぎたのか、跳び箱が低すぎて前につんのめりそうになった。手首が逆に曲がりそうになってヒヤリとしたが、何とかバランスを立て直して着地した。
(ちぇっ、低すぎるよ)
 翔太は思わず舌打ちした。この高さなら、一年生だって跳べるだろう。
「あーあっ!」
 その時、みんなから歓声とため息が同時に起こった。翔太の次の石井くんが、初めて跳びそこなったのだ。
 お尻を跳び箱の角に、ガツンとぶつけてしまっていた。踏み切りまでの助走の勢いがぜんぜん足りなかったので、身体が十分に前に進まなかったようだ。
 石井くんは、顔をしかめながら戻ってくる。
(ふーん、こんな高さでも跳べない子もいるんだ?)
 跳びすぎだった翔太は、少し優越感に浸りながら、お尻をさすりながら戻ってきた石井くんを見ていた。
 それからも、何人か跳び越すのを失敗した。みんな、運動の苦手な子ばかりだ。五年生だというのに、こんなに三段を跳べない子がいるとは、翔太にはすごく意外に思えた。

 横山くんの番になった。クラスで一番やせっぽちで、この子も運動が苦手だった。
 バン、…、バチーン。
 横山くんは、跳び箱に手をついたまま前のめりになり、向こう側へ倒れてしまった。助走のスピードや踏み切りはよかったのだが、腰が高く上がりすぎて前につんのめったようだ。
「大丈夫かあ!」
 村岡先生が、あわてて横山くんに駆け寄った。
「いたーい!」
 横山くんは、両腕を上に差し伸べて、床に倒れたままうめいている。
「大変だ。誰か、職員室の他の先生を呼んできて」
 村岡先生に言われて、学級委員の石戸谷くんが全速力で走っていった。

 ピーポ、ピーポ、…。
 外からサイレンが聞こえてくる。
 翔太が教室の窓からのぞくと、救急車が赤いライトを点滅させながら校庭から走り出していく。横山くんを運んでいるのだろう。村岡先生も付き添って病院へ行くことになったので、翔太たちのクラスは代わりに教頭先生が来て自習をしていた。体育の授業は、あのまま打ちきりになっていた。

 次の日、先生の説明によると、横山くんの怪我は、翔太たちが予想していたよりもずっと重かった。骨折、それも両腕の手首を同時に骨折してしまっていたのだ。しばらくの間は、そのまま入院しなければならないだろう。
 横山くんの怪我は、極度の運動不足のせいのようだった。たしかに、横山くんは、いつも携帯ゲーム機やトレーディングカードばかりで遊んでいて、ぜんぜん運動をしていなかった。
 先生の話によると、使わないために両腕の手首の関節が固くなっていて、もともと十分に曲がらなかったようだ。そこへ、跳び箱で両手をついた時に、踏み切りが三段にしては強すぎたために、腰だけ上がってつんのめってしまい、全体重が手首の骨にかかって支えきれずに折れてしまったのだという。
 その話を聞いて、翔太は自分も手首が逆に曲がりそうになってヒヤリとしたことを思い出した。
(五年生に三段なんて、低すぎる設定にしたのがいけないんだ)
 翔太はそう思ったけれど、その三段も飛べない子がいたのだから仕方がなかったのかもしれない。

 横山くんの事故は、学校内だけでなく、市の教育委員会の方でも問題になってしまった。横山くんの両親が、今回の怪我について、教育委員会へ強くクレームをつけたためだ。
「息子の事故は、怪我の防止について、学校側の注意が足りなかったからだ」
と、主張している。場合によっては、学校や村岡先生の責任が問われかねない。
 教育委員会では、今回の事故の原因究明のために、緊急に調査委員会を設置した。
 その一環として、市の小中学校では、児童や生徒の運動時間や生活習慣について、大掛かりな調査が行われることになった。
 そんなまわりの大騒ぎを、翔太は他人事のように感じていた。自分は、ふだんからたくさん運動をしているから大丈夫だと思っていたのだ。
 翔太は、一年生からサッカーのスポーツ少年団に入っている。ポジションはゲームをコントロールするミッドフィルダーで、六年生たちにまじってレギュラーをまかされている。ミッドフィルダーは、攻撃も防御もする忙しいポジションなので、一番運動量が多い。
 少年団では平日は週三回も練習があるし、週末も試合などが行われることが多かった。少年団が休みの日にも、翔太はチームメイトとの自主練にいつも参加して、河川敷にある市のグラウンドまでおかあさんに車で送ってもらって、ボールを追っかけている。

 翔太は、横山くんとはクラスで同じ班だったので、班のメンバーの人たちと一緒に、クラスを代表して病室へお見舞いに行くことになった。みんなの寄せ書きの色紙や、手作りの千羽鶴(百羽ぐらいしかいなかったけれど)を持っていった。
 病室に入って驚いたことには、横山くんはベッドの上でも携帯ゲームをやっていた。横になったまま、ギブスをはめた両腕を上に伸ばして、器用にゲーム機を操作している。どうやら、骨折していても指はよく動くようだった。まったく懲りない奴だ。
「なんだよ。ここでもゲームかよ」
 翔太が言うと、横山くんはさすがに少し恥ずかしそうな顔をしていた。

お見舞いの帰りに、病院のホールで、翔太たちは隣のクラスの竹下くんに出会った。
「どうしたの?」
と、翔太がたずねると、
「うん、ひじを痛めちゃってさあ」
と、竹下くんはサポーターをした右腕を上げて見せた。
 竹下くんは、主に翔太の学校の子どもたちで構成されている少年野球チームで、エースピッチャーをやっている。
「ふーん」
「ここの整形外科に通ってるんだ」
 竹下くんの話だと、ピッチングのやりすぎでひじの腱を痛めてしまったようだ。先月の市大会の時に、試合で連投して、無理をしたのがいけなかったみたいだ。
(ふーん)
 対照的な横山くんと竹下くん。どうやら運動のしなさすぎでもダメだし、やりすぎてもダメなようだ。
 翔太は、なんだか自分までが不安になってしまった。

 横山くんや竹下くんのような身体の機能性障害のことは、ロコモティブ症候群と呼ばれている。本来は高齢者が加齢や運動不足で陥る状態のことだが、最近は子どもたちにもその予備軍が増えていた。あまり運動をしないために、手首やひじや肩や足首やひざなどの関節やそのまわりの筋肉の柔軟性が失われたり、逆に特定の運動ばかりやりすぎていて、その部分を痛めてしまったりすることによって起きていた。
 子どもたちのロコモティブ症候群を防ぐためには、鬼ごっこ、木登り、石蹴り、縄跳び、ゴム段などの、昔からの多様な外遊びで体中の関節や筋肉を使うことが必要だった。以前と違って、そういった外遊びをする環境は、翔太たちのまわりではほとんど失われてしまっていた。学校の休み時間は短すぎたし、下校時間になったらさっさと学校を追い出されてしまう。校長や教師たちが、学校での事故を極度に恐れているからだ。もっとも、今回の横山くんの骨折のような件があることを考えると、あながち学校側の態度だけを責められないかもしれない。
 近くの公園には、滑り台やブランコなどのもっと小さな子どもたちのための遊具がたくさんあって、小学校高学年の子どもたちが自由に遊べる空間はあまりなかった。そのうえ公園では、木登りやボール遊びは禁止されている。ここでも、事故とそれに伴うクレームを極度に恐れる行政サイドの姿勢が表れている。
 しかし、仮に自由に遊べる場所があったとしても、肝心の子どもたちが少なすぎるので、人数が必要な外遊びが成立しないのも事実だった。昔に比べて子どもの絶対数が圧倒的に少ないし、その希少動物のような子どもたちも、いろいろな習い事や塾などに追われていて、自由に遊べる時間がすごく少なかった。だから、たまに暇があっても、少人数で遊べる携帯ゲーム機、スマホ、トレーディングカードなどでしか遊べないのだった。
 今の子どもたちが身体を動かそうとしたら、竹下くんや翔太のように、野球、サッカー、ミニバスケットボール、バレーボール、水泳、体操などのクラブに入らなければならない。
 でも、そこでは、同じ種目だけを長時間やることが多いので、逆に身体の特定部位の使いすぎで、関節や腱などを痛めてしまったり、特定の場所に筋肉がつきすぎて体全体の柔軟性が失われてしまったりする危険性があった。

 翔太のクラスでも、ロコモティブ症候群の調査のための問診表が配られた。一週間の運動時間や内容を記入するようになっている。
「みんな、家族の人たちにも聞いて、きちんと記入して、今週中に提出してください!」
 教壇では、村岡先生が、真剣な表情で声をからしている。今やロコモティブ症候群は、翔太の学校ばかりではなく市全体でも大きな問題になっている。
 翔太は、おかあさんに確認しながら、家で問診表を記入してみた。
 運動時間は予想通りにけっこう長かったが、サッカーだけに偏っていることがわかった。驚いたことには、それ以外の運動時間は、一週間合計で一時間にも満たなかったのだ。
 翔太の学校では、問診表の提出に続いて、クラスごとに交代で体育館に集められて、身体の柔軟性を調べる検査が行われた。
 最初の立位体前屈は、翔太はOKだった。手のひらまでは着かなかったけれど、指先は楽に床に着いた。
 しかし、まるで床に着かない子も多い。中には、ふざけているんじゃないかと思うほど、身体が曲がらない子もいる。指先が床から30センチ以上も離れている。
 でも、逆に余裕で手のひら全体がペッタリと床に着く女の子たちもいた。彼女たちの身体は、折り畳みナイフのように、ぴったりと二つ折りになっている。そんな子は、たいてい新体操かバレエを習っていた。
 次の検査に移った。かかとを浮かさずにそのまましゃがみこむテストだ。
「あっ!」
ショックなことには、翔太は足の裏をつけたままだと、きちんとしゃがむことができなかった。どうしてもバランスを崩して後ろに倒れてしまう。
 サッカーで走りすぎて、足に筋肉がつきすぎているせいかもしれない。翔太自慢の太ももの太さが仇になっている。膝や腰の関節の柔軟性が、太ももの太さに追いついていなかった。
 内心恐れていたことが事実になった。翔太自身も、ロコモティブ症候群予備軍だったのだ。

 市内の小学校の検査結果がまとまった。
 実に20パーセント以上の子どもたちが、なんらかの機能障害を抱えていることがわかった。ロコモティブ症候群予備軍は、知らないうちに子どもたちの間に蔓延していたのだ。
 その後、市では、大学の先生の指導の元に、ロコモティブ症候群を予防するためのストレッチを、すべての学校で導入することになった。体育の授業では、初めに、ラジオ体操に続いて、このロコモティブ症候群対策ストレッチを、必ずやるようになった。
「このストレッチは狭いところでもできるから、家でもやるように」
 村岡先生は、口を酸っぱくしてクラスのみんなに言っていた。横山くんのような事故を再発しないようにと、先生たちも必死だったのかもしれない。
 翔太も、学校だけでなく、サッカーをする前などにも、このストレッチをやるようになった。なんとか、ロコモティブ症候群予備軍の汚名を晴らしたかった。


ロコモティブ症候群
平野 厚
メーカー情報なし



コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 万馬券 | トップ |  フレデリック・フォーサイス... »

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

作品」カテゴリの最新記事