現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

フレデリック・フォーサイス「イコン」

2020-02-24 14:34:30 | 参考文献
 国際サスペンス小説の第一人者である作者が、最後の作品と宣言して1996年に出版した1999年頃のロシアを舞台にした近未来小説です(その後、絶筆宣言を取り消して数冊の本を出版していますが)。
 カリスマ政治家が大衆的な人気を背景に大統領に立候補し、部下の狂信的な軍人が率いる私的な軍事組織の恫喝と有能な広報マンの巧みなプロパガンダによって当選確実になります。
 しかし、この政治家の本質はヒトラーのようなファシストで、当選後はマイノリティの虐殺や周辺各国への侵略を密かに企んでいます。
 この情報を入手した、引退したイギリスのスパイマスター(フォーサイスのいろいろな作品でおなじみのナイジェル・アーヴィン卿です)が、英米の引退した政財界の大物たちの支援をバックに、これも引退していたCIAの伝説の諜報員を復帰させて、大統領候補の反対勢力(少数民族、教会、軍部、警察など)を糾合して打倒する話です。
 まあ、エンターテインメントなので目くじらは立てたくないのですが、かなりご都合主義な強引な筋立てで、かつてのフォーサイス作品が持っていたドキュメンタリーのような細部の緻密さやリアリティはかなり失われています。
 カリスマ政治家、私的軍事組織、プロバガンダによる大衆的な人気、マイノリティの虐殺、周辺諸国への侵略などは、ワイマール共和国時代のドイツにおけるヒトラー率いるナチスの台頭を下敷きにしているのはミエミエです。
 また、いい役と敵役がはっきりしすぎていて、主人公の諜報員やアーヴィン卿はスーパーマン過ぎますし、敵役の政治家や軍人は型にはまり過ぎていて、どちらにも人間的な魅力はあまり感じられません。
 ご存知のように、その後のロシアは、プーチンによる独裁政治の支配下に置かれるわけですが、その成立や政治プランはもっと巧妙なもので、もしそれをかつてのフォーサイス流にきちんと取材して小説にしたらはるかに面白いものになることでしょう。

イコン〈上〉
Frederick Forsyth,篠原 慎
角川書店


 

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