1950年に書かれた短編で、ファンの多い作品の一つです。
主要な部分は、ノルマンジー上陸作戦を挟んで、前半と後半に分かれています。
前半では、イギリスで実戦前の訓練を受けているアメリカ兵の一人である主人公の青年(駆け出しの小説家=サリンジャー本人)が、ふとしたことから聖歌隊に属する貴族の血をひく13歳ぐらいの美少女エズメ(歌声も、他のメンバーより群を抜いて優れています)と知り合う場面が、まるで初恋の人と出会ったかのように描かれています。
後半では、戦後のドイツで、戦闘を通して重度の精神疾患にかかってしまったと思われる主人公(初めは登場する兵士の中の誰が主人公かわからないような書き方がされていますが、最後には判明します)が、エズメからの手紙と腕時計(戦死した彼女の父親の遺品)を受け取って、立ち直りのきっかけが得られたことを感じさせる終わり方をしています。
イノセンスな魂が傷ついた魂を救済するのは、サリンジャーの作品で繰り返されている重要なテーマの一つです。
ただし、この作品でのエズメは、かなりアイドル(偶像)かミューズ(芸術の女神)のように官能的に描かれているので、それを補完するために風変わりなエズメの5歳ぐらいの弟チャールズをイノセンスな魂の象徴として登場させています。
作品の構成はおしゃれにひねった二重構造になっていて、前述した主要な部分は、あの時にエズメと約束した「彼女だけのためのお話」を、六年後に彼女が結婚する際(主人公も結婚式に呼ばれていますが、出席できません)に、彼女へ送った手紙の形で実現させたものです。
ですから、タイトルの「エズメのために」には、そういった意味が込められています。
また、副題の「愛と背徳をこめて」は、あの時エズメに「背徳」の話を求められたことであるとともに、この期に及んで間接的にエズメへの愛を告白して彼女の結婚と自分の結婚(妻への不満(平凡であることがその理由なのですが、当然それはエズメとの対比も意識されています)も冒頭に書かれています)に波風を立てる背徳的行為であることも意味します。
さらに、この話には、サリンジャー自身が、過酷な戦闘体験とそれによる精神の不安定さを乗りこえて、文学的才能を維持することへの自己確認の意味も込められています。