現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

催眠商法

2021-03-18 15:55:17 | 作品

 祥司は中学二年生だ。両親とおばあちゃんとの四人暮らしだった。おじいちゃんは五年前に亡くなっている。
おばあちゃんは今年で七十八才になった。耳は少し遠くて、テレビを大きな音でつけている。
でも、足腰は丈夫で、いつも近所を散歩している。食欲もあって、おかあさんの作るとんかつやハンバーグなども、
「おいしい、おいしい」
と、残さず食べていた。
ある日、これを持っていけば日用品が無料でもらえると書いてあるちらしが、家の郵便受けに入っているのを、おばあちゃんが見つけた。なぜか、判子も持ってくるようにと書いてある。今は家事もまったくしていなくて、暇を持て余しているおばあちゃんは、散歩がてらちらしを持って会場に行ってみることにした。
ちらしののっていた地図にしたがっていった所は、前まではコンビニがあった所で、店がつぶれた後は空き店舗になっていた。会場にはすでにお年寄りが大勢集まっていて、店に入りきれずに外にも行列ができていた。
「あら、こんにちは」
「奥さんもいらしたの」
 おばあちゃんは、顔見知りのおばさんに声をかけた。
でも、そんなことはしていられない。その間にも、どんどんお年寄りが集まって来ているのだ。
「それじゃあ、また」
おばあちゃんも、急いで行列のうしろに並んだ。
その後も、お年寄りは次々と集まってきて、行列はどんどん長くなっていった。

 おばあちゃんがようやく店の中に入ると、パイプいすがずらりと並んでいて、お年寄りが大勢すわっている。会場の奥には、何かの治療を受けているらしいお年寄りが、何人も横になっていた。
若い男がみんなの前に出て話し出した。
「今日集まっている人は、みんないい人ですね」
 お年寄りたちが、クスクス笑っていると、
「あれ、ご返事は? 」
「はい」
 みんなは、小さな声でバラバラに答えた。
「どうしたの、半分死んでるみたいじゃないの。じゃあ、元気よくハイといってみましょう」
「ハーイ」
今度は、みんなが一緒に大声で答えた。
でも、おばあちゃんは、照れくさいので小さな声しか出せなかった。
「はい、返事の良かった人にごほうび」
まわりにいた男たちが、洗剤やたわしを大きな声を出した人に配っている。
「はい、もう一度」
「ハーイ!」
おばあちゃんも競争心がわいてきて、みんなと争うように大声を出した。
「元気があっていいですねえ」
 今度は、おばあちゃんもスポンジをもらえた。
 その後も、司会の男の軽快な会話のもとに、いろいろな商品が無料で配られた。
 時間がたつにつれて、お年寄りたちの出す大声と、男たちがあおるのとで、会場の中はすごい騒ぎになってきた。

 

「今日は、特別に低周波治療器の体験も、無料で行えます。じゃあ、この治療器をやってみたい人?」
 司会の男が、今までと同じ調子でさりげなくいった。
「ハーイ!」
 みんないっせいに返事をした。おばあちゃんも負けずに大声を出していた。
「じゃあ、そこのおかあさん。そこのおとうさんも。 あとそちらのおかあさんも」
おばあちゃんも選ばれて、低周波治療器の実演を受けた。
「どう気持ちがいいでしょう」
 司会の男がにこやかに声をかけた。
 おばあちゃんは良くわからなかったけれど、そういわれるとなんだか体にいいような気もしてきて、
「はい」
と、答えていた。
「この治療器は定価が六十四万円しますが、本日は三十六万円の特価で販売します」
 司会の男はそう言うと、おばあちゃんに契約書を差し出した。
「えーと、……」
 おばあちゃんが迷っていると、
「はい、おかあさん、次の人が待っているから急いでくださいね」
 男にせかされて、おばあちゃんはつい判子を押して契約をしてしまった。
 すると、他の男に低音波治療器を渡されて、おばあちゃんは会場の外に案内された。

 

 おばあちゃんは、低音波治療器を家に持って帰った。料金は、分割払いで払うことになっている。
 おばあちゃんは、自分の部屋で低音波治療器を何回か使ってみたが、どうもあまり効果はないみたいだ。落ち着いて考えてみると、やっぱりずいぶん高い買い物をしてしまったようだ。
 おばあちゃんはしばらく思い悩んだ末に、おとうさんに相談することにした。
「それは、催眠商法だよ」
 おとうさんは、おばあちゃんの話を聞くと、すぐに言った。
「催眠商法?」
 祥司が聞くと、
「大勢の人を集めて、無料の品物などを配って、みんなが興奮して一種の催眠状態になった所で、羽根布団とか低音波治療器みたいな高い商品を売り付けるんだ」
「へーっ」
「いい人たちだと思ったんだけどねえ」
 おばあちゃんがぼやいていると、
「そこがプロの手口なんだよ。契約しないとその人に悪いような気にさせるのさ」
「ごめんねえ、そんなのにひっかかって」
「それで、いつ契約したの?」
 おとうさんは怒らずに、おばあちゃんにやさしく聞いている。
「えーっと、月曜日だったかしら」
「それなら、まだ五日しかたってないからクーリングオフできるよ」
「クーリングオフって?」
 祥司がまた聞くと、
「消費者を保護する法律だよ。契約して二週間以内なら無料で解約できるんだ」
おとうさんは、さっそく契約書に書いてあった番号に電話をかけ始めた。

      


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