現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

グードルン・パウゼヴァング「アメリカからの客」そこに僕らは居合わせた所収

2017-12-31 09:21:41 | 作品論
 アメリカから、おばあちゃんのお姉さんのイルムガント大叔母さんがやってきます。
 おばあちゃんの七十歳のお誕生日を祝うためです。
 大叔母さんは八十歳ですが、まだかくしゃくとしています。
 おばあちゃんのお祝いの日に、大叔母さんは、おばあちゃんの孫である主人公に、おばあちゃんがみんなに隠していたナチス時代のこと(精神障碍者やユダヤ人たちは強制収容所に送られて帰ってこなかったこと、自分たちの両親がナチス党の幹部だったこと、子どもたちにナチスの幹部にちなんだ名前が付けられたこと、兄弟の一人が強制収容所の看守で戦後アルゼンチンへ逃げたことなど)を暴露します。
 大叔母さんは、おばあちゃんの誕生日を祝うために来たのではなく、主人公にナチス時代の真実を伝えたくてやってきたのです。
 孫の世代に負の記憶を伝えることは、確かに正義にかなうことでしょう。
 しかし、おばあちゃんのお祝いの日に、その面前で孫に暴露するやり方は、日本人の感覚からいうと正直言って辟易しました。
 私がこの作品を書くなら、孫の主人公にそっと事実を伝え、後は自分でそれが真実であるかを調べるように促すでしょう。
 もちろん、この作品の書き方の方がインパクトは強いのですが、そこは国民性の違いなのかもしれません。

そこに僕らは居合わせた―― 語り伝える、ナチス・ドイツ下の記憶
クリエーター情報なし
みすず書房
 
コメント
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