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現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

エーリヒ・ケストナー「児童文学作家の博物学について」子どもと子どもの本のために所収

2016-12-11 18:27:52 | 参考文献
 1960年に、ハンス・クリスチャン・アンデルセン賞を受賞した時の挨拶です。
 ケストナーは、児童文学を書くに至った経緯を説明した後で、次の三つの命題をあげています。
一、児童文学作家の職業は、あらゆる他の商売からと同様に、作家の職業から区別されます。この二つの職業が、共通の道具としてことばを用いることは、その差別をおおい隠すが、その差別を小さくはしません。
二、児童文学作家にとって特徴的な前提は、彼が子どもを知っていることではなく、自分の子どものころを知っていることです。彼の作る成果を、彼は観察にではなく、自分の思い出に負っています。
三、作家の場合より児童文学作家の場合は、アウトサイダーがずっと大きな重要な役割を演じています。女性の場合にそれが男性の場合と同程度であるかどうかは、留保しておきましょう。
 これらの命題は、狭義の「現代日本児童文学」(定義は他の記事を参照してください)でもあてはまっていましたが、現在ではかなりずれてきていると思われます。

子どもと子どもの本のために (同時代ライブラリー (305))
クリエーター情報なし
岩波書店
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チキンレース

2016-12-11 14:43:31 | キンドル本
 主人公が通う小学校の前には、長い坂道があります。
 その坂道は、あまり車が来ません。
 自転車でその坂道を下るのは、スリルがあって最高です。
 ただし、坂道の終点はT字路になっていて車も通っているので、スピードをおとさなくてはいけません。
 主人公は、ひょんなことから、クラスのボスの少年と、その坂道を下る時にどちらがぎりぎりまでブレーキをかけないでいられるかを競うレースで、対決することになります。
 そういう度胸試しのレースのことを、アメリカではチキンレースといいます。
 チキンには、臆病者の意味もあるのです。
 レース前夜、いろいろなことを想像してしまって、主人公は眠れない晩をすごします。
 思わず寝過ごした主人公は、レースに遅刻します。
 いよいよ二人のチキンレースが始まります。
 さて、レースの結果は?

 (下のバナーをクリックすると、スマホやタブレット端末やパソコンやKindle Unlimitedで読めます)。

チキンレース
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村中李衣「五つのはなし ― りえさんの場合」小さいベット所収

2016-12-11 11:37:58 | 作品論
 ここで、村中はこの短編集が生まれた経緯を説明しています。
 当時二十五歳だった村中は、おはなしのおねえさんとして、絵本を読みに週に二回小児病棟(おそらく慶応大学病院と思われます)を訪れていたのです。
 この短編集に載っている五つのはなしは、子どもたちとの触れ合いの中で、子どもたちに催促されるように生み出されたものです。
 医師でも看護師でもないフリーな立場で病気の子どもたちと触れ合える、児童文学作家としては「恵まれた」環境だったのでしょう。
 村中は鋭い観察と的確な描写で、病気と闘う子どもたちの様子を描き出しています。
 その後、彼女の関心は、児童文学の研究および大学での教育や、絵本や読み聞かせが子どもや大人に与える影響などの研究に移って、創作は幼年童話や絵本に限られていましたが、2012年に「チャーシューの月」(その記事を参照してください)を出して、児童文学者協会賞を受賞しました。
 彼女の作品(特に高学年もの)の可能性に期待していた私としては、これからも高学年もしくは中学生向けの作品も書いてもらいたいと思っています。

 
小さいベッド (偕成社の創作(21))
クリエーター情報なし
偕成社
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