笑顔浴

優しい時間

江國さんのシアワセの変遷

2018年09月24日 | Weblog

 

「シアワセの変遷」というタイトルの

江國香織さんのエッセイを読みました。

これほどすっきりと、まだ整理できていないけど

私のシアワセも 確かにそうだ!と同感したので

JAFMateに掲載された1ページ分の要約をメモしておきます。

-------------------------------------

幸せとはなにかと尋ねられたら

10代の私なら「自由でいること」と答えた。

自由に憧れても、自由の本質が孤独であることまで理解してなかった。

20代の私なら「お風呂と本さえあれば」

お風呂好きが高じて、入浴時間が8時間。

嫁ぐ時、母に<ウチでは両生類を飼っていた>と言われた。

30代の私なら「愛し愛される事」

恋愛は愉しいが、幸せと呼ぶには強烈で危険すぎると気づかなかった。

40代の私なら「仲間がいる事」

仕事を通じて仲間だと思えることが嬉しかったが、

四季同様、異動とか引っ越しとか家庭の事情で 仲間は移ろう

ここに至ってようやく

幸せを自分の外側に求めてはいけないことがわかった50代

自分に五感があって、今日も世の中を観察できるのが

今の私の幸せらしい。

朝、目覚めるだけで幸せ

 

---------------------------------------

私の20代のシアワセは、

「働いて賃金を貰える」社会人になれたことだった。

職場に銀行の人が来て、私名義の通帳を作った午後

どう使うかは、私が決められると気づき、幸福感に包まれた。

現金で、幸福のすべてを手にできると思った。

 

40代の「仲間がいる事」は、そうだなあ~と思う。

今でもそれは続いており、仲間と感じられる嬉しさは特別じゃ。

「仲間」と呼ぶには恐れ多い先生や先輩や、

優しい人や尊敬する人々の近くで、甘えて過ごす時間も シアワセ。

 

私は60代を生き始めたので 更にこの続きがある。

視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚はだんだん鈍麻し

肉体の機能は、あてにならなくなった。

私のシアワセは「思考すること」に変わりそうな気配です。

 

70代のシアワセは、・・・

70代になったら考えてみましょうわい。

 

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 勇気と行動で | トップ | 怒る! »
最新の画像もっと見る

Weblog」カテゴリの最新記事