酔眼独語 

時事問題を中心に、政治、経済、文化、スポーツ、環境問題など今日的なテーマについて語る。
 

乱調五輪?

2012-08-03 05:50:16 | Weblog
 ロンドン五輪開幕から1週間。日本のメディアは原発も国会も放り出して「メダル狂想曲」を響かせている。束の間の満足感と充実感、これも五輪効果か。

 ところで、五輪の開会式はいつからこんなに「壮大な叙事詩」になったのか。前々回のアテネはオリンピック発祥の地、次の北京は事大主義の本家。こうした国々が国威発揚物語を発信したいと考えるのは、まあ理解できる。しかし、洗練された(はずの)イギリスまでもが、延々2時間以上も同じようなドラマを演じるとなると興ざめだ。4時間にも及ぶ開会式では観客も疲れる。間近に競技を控えた選手はとても参加する気にはならないだろう。

 競技が始まってからも何か変だ。抗議による判定の変更、「無気力試合」の失格騒ぎ…。いずれも日本がかかわっているから余計に気になる。

 柔道男子66キロ級海老沼と韓国選手の旗判定が、日本コーチ陣と会場の大ブーイングを気にかけた?ジュリーの裁定でひっくり返った。こんなのってありか。体操団体決勝、内村のあん馬の特典変更にも首をかしげた。

 柔道はいうまでもなく日本発祥の競技であり国技ともいえる。柔道精神からすれば審判は絶対のはずだ。今回、応援席で血相を変えていた篠原のアテネの戦いが「いい例」だ。明らかな誤審による敗北だったが、篠原は「審判に誤審させるような自分が自分が弱いのだ」と言い放った。これが武道家の態度だろう。

 内村のあん馬の降り技は明らかに失敗だ。美しい体操を目指す日本が、あんな技を「成立している」などと抗議すること自体情けない。「泣き寝入りしない態度は素晴らしい」と称賛する向きもあるがどうだろう。失敗を「半分はできていた」などと強弁するのは落第生の泣き言と変わらない。

 バドミントンの無気力試合は組み合わせを決めた競技委員会に非がある。リーグ戦→決勝トーナメントと進む競技では、予選の戦い方は次の見据えたものとなる。なでしこジャパンの3戦目、引き分けを狙ったのも同じことだ。ランク1位のぺアをはじめ、有力選手を失格させた裁定には疑問も残る。日本にメダルが転がり込んできたと喜んでばかりはいられない。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 大甘メダル予測 | トップ | ボルト連覇!! »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

Weblog」カテゴリの最新記事