脚と角

関西を中心に国内外のサッカーシーンを観測する蹴球的徒然草。

喜怒哀楽の真髄は蹴球にこそ有り。

奈良のフットボリスタ ~奈良にプロクラブを~③

2007年08月21日 | 脚で語る奈良のサッカー


 隣接する大阪府の2倍の面積を誇る奈良県はその大半が山地で、経済の中心は北西部の奈良盆地に集中している。特有の盆地気候は今年も容赦なく、文字通りの「猛暑」を県民に提供してくれている。言わずと知れた京都と並ぶ観光都市。数多くの文化財等を有しながら、北部に近年目まぐるしく開発が進む各ニュータウンは京都と大阪のベッドタウンの象徴で、多くの県民は県外に通勤している。また、山間部にかかる盆地南部の吉野地方は古くから林業の盛んな地域で、険しい山に囲まれ、村落が点在する。「日本一広い村」で有名な十津川村もその一つだ。

 この奈良県に文字通りのサッカープロクラブは無い。県内には3部で構成される社会人リーグは存在するが、Jを狙うクラブは皆無で、そこまで意識され組織化された法人クラブの存在も皆無である。
 
 関西社会人リーグ2部で戦う高田FCが現状ではトップカテゴリーに位置するクラブと言える。その高田FCは今季、元JFL西濃運輸などでプレー経験を持つ中塚康博氏がチームを指揮し、関西リーグ2部で2位に食い込んだ。来季は1部自動昇格が決まっており明るい話題ではあるが、昨季1部から降格した高田FCにとっては1年でのカテゴリー復帰に過ぎず、来季は将来のJリーグ昇格を目指すFC Mi-Oびわこkusatuに代表される強豪チームたちとの対戦が待っている。
 県内では随一であるトップ、サテライト、U-18(ユース)、U-15(ジュニアユース)、U-12(ジュニア)、ソヒィーゾ(レディーストップ)、レイール(レディースセカンド)などと明確にカテゴリー分けされているこのチームですらJ入りの意思は表明していない。どちらかというとジュニアからユース年代の育成が主体で、これまでその下部組織から輩出してきたJリーガーは前田俊介(大分)、片山奨典(名古屋)、古田泰士(徳島)らと数多い。ジュニアユースは高円宮杯に6度出場し、99年度には名古屋に次ぐ準優勝という成績すら残している。ジュニアも全日本少年サッカー大会の常連であり、04年には全日本フットサル大会で準優勝、8人制サッカー大会では05年に優勝を果たしている。この下部組織における選手育成の功績が高田FCの専らの印象要素であり、ここ5年で奈良県代表として3度の出場を果たしている天皇杯など含め、トップチームの活躍の認知度はまだまだ希薄といえるだろう。

 県社会人リーグを見渡しても、1部でトップチームがプレーするポルベニルカシハラ、ソレステレージャ奈良2002とこのような下部組織における子供たちの育成に重点を置き、特定非営利活動法人として活動するチームは存在する。しかしトップチームがJを狙うという意思表明をするまでに残念ながら至っていない。
 その何よりも顕著な要因はバックアップできるスポンサーの少なさと整備が進まない県内のサッカー環境によるところが大きい。

 奈良県内には地元の有力企業といえども、中小規模の企業が大半で、隣接する京都のような任天堂や京セラといった全国区の企業が無い。これまで観光産業や林業を中心にその経済が回ってきた奈良において、スポーツに対しての強烈なバックアップが期待できる出資元が現れないのである。一昨年、工作用機械製造で有名な森精機が名古屋に本社を移転したように、奈良に本社を置く企業は関連会社との関係が希薄になるというデメリットもあり、県内では全国規模の企業の工場や研究所ばかりがその看板を目立たせている。

 そして芝生のグラウンドが少ないのも確かで、県内でその希少性はまだまだ際立つ。特にナイター設備を要するグラウンドはほとんどなく、社会人のカテゴリーでも練習、試合を含めて中学校などの土のグラウンドが主戦場だ。県リーグの会場が奈良県外になることもしばしばである。それでも芝生のグラウンドで選手たちがプレーできる機会は限られている。この辺りの問題は県のサッカー協会や地方自治体の行政面で何とか将来明るい環境整備に取り組んでもらいたいところである。しかしながら協会も行政もその点において非常に腰が重いというのが現状である。

 何しろ、行政もそれどころではない。3年後の2010年に奈良県は平城遷都1300年の記念事業を計画している。県内の著名人及び政界人、そして新宮康男氏(前関経連会長、住友金属工業名誉会長)を協会名誉会長に据え、自民党幹事長である中川秀直氏や青木幹男氏を顧問、会長には森喜朗元首相などを記念事業推進連盟役員に連ねるその事業は約半年間、市内の平城京跡を中心に数多くのイベントを打っていく予定なのだが、その総事業費は300億円。その記念事業において奈良県は1年間に1,500万人の動員客を見込んでいる。とてもじゃないが、スポーツ、特にサッカーの強化にその予算が割かれるのは絶望的であるのだ。

 基盤となるクラブ、出資元、環境とそれを整備すべき行政や協会の面でも大きな壁が立ちはだかるこの奈良県。
 大和郡山市に住む著者のマンションからは北に若草山、東大寺や薬師寺、南を仰げば大和三山すら見渡せる。隣接する大阪や京都に比べるとこれだけ景色の良いところはない。その景色を眺める度に、景観を妨げる建物は無いものの、サッカーにおいては発展を遅らせる大きな壁が立ちはだかることを今一度実感して止まない今日この頃である。