東京さまよい記

東京をあちこち彷徨う日々を、読書によるこころの彷徨いとともにつづります

鼠坂(小日向)

2011年02月09日 | 坂道

鼠坂上 鼠坂上 鼠坂上 鼠坂上 八幡坂上の細い道を北へまっすぐ進む。左手下側が鳩山御殿で、そこから常緑の樹木が伸び、右手は静かな住宅街が続いている。やがて突き当たりであるが、ここが鼠坂の坂上である。左側に細い階段坂が下っており、少し曲がりながらほぼまっすぐに下っている。ここを下ってから上ったので、下り坂、上り坂の順に写真をのせる。

何年か前はじめてこの坂を訪れたとき、音羽通りの方から坂下に来たのだが、細い階段坂がまっすぐにかなりの勾配で上っているのを見て感動したものである。しかも単にまっすぐでなく中腹で少しだけ曲がっているのもよい。むかしはもっと曲がりくねっていたらしい。坂中腹に南へ上る階段があるが、その先にも階段が続いている(以前の記事)。

坂は真ん中の手すりを境にコンクリートの階段とスロープとからでき、両側もブロック塀やコンクリート塀となっているが、それ相応の年月が経っているようで、古びた感じとなって落ち着いた雰囲気を醸し出し風情のある坂となっている。

尾張屋板江戸切絵図を見ると、八幡坂上を北に進むと突き当たるが、そこを左折した道に、子ツミサカ、とある。坂下に音羽川が流れ、そこから音羽町六丁目、五丁目へと続き、音羽通りに出る。近江屋板も同様で、△子ツミサカ、とある。この坂は江戸から続く坂である。

鼠坂説明板 鼠坂中腹 鼠坂下 鼠坂下 坂中腹に文京区教育委員会の説明板が立っており、次の説明がある。

「鼠坂  音羽一丁目10と13の間
 音羽の谷から小日向台地へ上る急坂である。
 鼠坂の名の由来について『御府内備考』には「鼠坂は音羽五丁目より新屋敷へのぼるの坂なり、至てほそき坂なれば鼠穴などいふ地名の類にてかくいふなるべし」とある。
 森鴎外は「小日向から音羽へ降りる鼠坂と云ふ坂がある。鼠でなくては上がり降りが出来ないと云ふ意味で附けた名ださうだ・・・人力車に乗って降りられないのは勿論、空車にして挽かせて降りることも出来ない。車を降りて徒歩で降りることさへ、雨上がりなんぞにはむづかしい・・・」と小説『鼠坂』でこの坂を描写している。
 また、“水見坂”(みずみざか)とも呼ばれていたという。この坂上からは、音羽谷を高速道路に沿って流れていた、弦巻川の水流が眺められたからである。」

いまは残念ながら音羽谷西側を流れていた旧弦巻川の方などを眺めることはできない。

鼠坂下 鼠坂中腹 鼠坂中腹わきの階段 鼠坂中腹 上記の説明で引用されている森鷗外の短編小説「鼠坂」の冒頭部分を省略せずにのせる。

「小日向(こびなた)から音羽へ降りる鼠坂と云ふ坂がある。鼠でなくては上がり降りが出来ないと云ふ意味で附けた名ださうだ。台町の方から坂の上までは人力車が通ふが、左側に近頃刈り込んだ事のなささうな生垣を見て右側に広い邸跡を大きい松が一本我物顔に占めてゐる赤土の地盤を見ながら、ここからが坂だと思ふ辺まで来ると、突然勾配の強い、狭い、曲がりくねった小道になる。人力車に乗つて降りられないのは勿論、空車にして挽かせて降りることも出来ない。車を降りて徒歩で降りることさへ、雨上がりなんぞにはむづかしい。鼠坂の名、真に虚しからずである。」

「鼠坂」の初出は明治45年(1912)4月1日(「中央公論」27ノ4)であり、明治時代の鼠坂は、階段ではなく、勾配の強い、狭い、曲がりくねった小道であったようである。鼠坂は細くて狭く長い坂をいったが(横関)、ここは、まさしくその名のとおりで、「鼠坂の名、真に虚しからず」であったことが偲ばれる。

以前の記事で紹介した麻布の鼠坂もその名のとおり狭く細い坂でよい坂であるが、この坂の方が長さの点で、コンクリートの階段とスロープになっているものの鼠坂の名にふさわしい。

鼠坂中腹 鼠坂中腹 鼠坂上 鼠坂上 戦前の昭和地図を見ると、この坂に階段を示すと思われる多数の横棒が描かれている(関口の水神社わきの胸突坂も同様)ので、大正以降に、階段坂に改修されたものと推測される。
(続く)

参考文献
横関英一「江戸の坂 東京の坂(全)」(ちくま学芸文庫)
山野勝「江戸の坂 東京・歴史散歩ガイド」(朝日新聞社)
岡崎清記「今昔 東京の坂」(日本交通公社)
石川悌二「江戸東京坂道辞典」(新人物往来社)
市古夏生 鈴木健一 編「江戸切絵図 新訂 江戸名所図会 別巻1」(ちくま学芸文庫)
「切絵図・現代図で歩く江戸東京散歩」(人文社)
「古地図・現代図で歩く明治大正東京散歩」(人文社)
「古地図・現代図で歩く戦前昭和東京散歩」(人文社)
「古地図・現代図で歩く昭和三十年代東京散歩」(人文社)
「鷗外選集 第三巻」(岩波書店)

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