
林真理子(著) 集英社文庫
入居時8600万円!介護付き高級マンションに勤める三人の女性たち。受付係の邦子はぼけが始まった父を、看護師の朝子は寝たきりになった母を、ダイニング係のさつきは父の死後、急激に老いはじめた母を抱え困窮していた。次第に追い詰められていく三人は、ついにその格差に敢然と立ち向かうー。富める者しか安らかな老後は過ごせないのか!?現代を映すリアルでブラックな介護コメディ。(「BOOK」データベースより)
東京・広尾の高級介護付きマンション「セブンスター・タウン」で働く三人の女性が主人公です。
細川邦子(48歳)は、父の滋(82歳)と同居している兄の三樹男(53歳)に、兄嫁の登喜子(56歳)が家出したと連絡を受けます。兄夫婦が父の世話をするという約束で相続を放棄したのに、父にセクハラされたという理由で兄嫁は世話を放棄。兄一人に任せておけず、邦子は予期せぬ介護生活をすることになります。受付係として働き出しますが、夫も子供も協力してくれず追い詰められていく邦子は過労で貧血を起こします。
看護師の田代朝子(54歳)は、仕事を辞めて母チヅの介護をしていましたが、会社をリストラされた弟の慎一(53歳)が転がり込んできたため、人生設計が狂います。仕事も探さず家でダラダラしている弟に愛想を尽かし、自分が働くことにします。この弟がまた、女に騙され利用されるバカな奴で、読んでいるだけでも「しっかりしろよ!」と蹴とばしたくなってしまうという
ダイニングで働く丹羽さつき(52歳)は、80歳近い父の貢と母のヨシ子と暮らしていましたが、父が癌になり亡くなってしまいます。さつきは大好きな父親のために治療に大金をつぎ込むんですね~。父親は治癒の見込みの殆どない自分のために使ってくれるなと言うのだけど、さつきは譲りませんでした。彼女の父親への愛情の深さが現れるエピソードです。でも父の死後、母も体力が衰えてしまい、家は借地だったため、出て行かなくてはならなくなるんですね。
「セブンスター・タウン」のホテル並みの贅沢な設備やサービスを謳歌する裕福な老人たちの姿と対照的に、まともな老人施設を見つけることさえ難しい自分たちの親の現実の差を身をもって知ることになる三人の心に忍び込んだのは途方もない計画です。
最初のきっかけは、痴呆が始まった父の処遇に困った邦子が、「セブンスター・タウン」の使われていない部屋に父を入れたことです。もちろんすぐにばれて、総支配人の福田は激怒して罵倒し、手引きしたさつき共々クビを通告するのですが、ここでさつきが反撃に転じるんですね~~。彼女はある居住者の規則違反を承知で黙認している福田の弱みを握っていたという。ただの気の良いおばさんに見えていたさつきが豹変します。
ここまでは、まぁ、嫌な上司に一矢報いた感があって許せるのですが、この後彼女たちは暴走していくの。
朝子は、母親を施設に入れようとあちこち探し回りますが、どこも満足できるところがありませんでした。あやうく犯罪者まがいの職員もいるような施設に入れそうになるくだりは考えさせられます そんな時、入居者と自分の親をすり替えるという考えを思いつき実行しちゃうの。冷静に考えたら絶対ばれるでしょってことですが、協力者もいてうまくいっちゃうんですね
邦子は父をウィークリーマンションに住まわせ、夜は一緒に寝泊まりしていたのですが、父親の徘徊が始まり追い詰められていきます。こうなったのも全部兄嫁のせいと、彼女を殺すための薬を盗もうとして朝子に見つかり、これがきっかけで、邦子も父を同じような状況の入居者とすりかえてしまうんですね。
さつきは、遠藤というアルツハイマーの入居者と結婚して、自分の母親は別のちゃんとした施設に入れ、自分は遠藤と一緒に「セブンスター・タウン」の住人になります。従業員だった彼女に周囲は冷たい目を向けますが、入居者の岡田&倉田夫人、山口&純子の4人だけは祝福してくれました。
うまく苦境を乗り越えたようにみえましたが、世の中そんな甘くなのよね!
さつきを憎んでいる福田は、遠藤の弁護士と結託して遠藤の親族を探し出してきて、タウンから追い出そうとします。これに怒ったさつきは、病状の進行した遠藤を連れ「上」(介護が必要になった入居者が行く階)の空き部屋に住みつきます
そこに、朝子の母とすり替えた入居者が亡くなったと連絡が入り状況は一変します。
弟を巻き込んで遺体を連れ帰ったものの、福田にばれてしまい、邦子やさつきのこともばれちゃいます。ここでも口汚く彼女たちだけではなくその親のことまでののしる福田には、人間性の下劣さを感じてしまいます。彼女たちが切れるのは当然と思えるほどに
もはやこれまでの彼女たちは、警察沙汰を覚悟して福田たちを監禁・籠城します。他にも協力者たちや、4人の入居者と、元学生運動の闘士だった立川も加わり、火炎瓶まで登場するに至っては、どう収拾つけるのかと思いましたが、さつきたちは、これまで一生懸命生きてきた自分たちの親がないがしろにされる世の中に対して一矢報いたいだけなんですね。もちろん彼女たちも、協力した者たちも罪に問われることになりますが、それでもタウンの中で秘密裏に無かったことにされるより世間に訴えたい気持ちが勝ったわけです。
機動隊が突入してくる前に、入居者である老人たちは、呑気なほど前向きで元気です。金持ちである岡田は大きな屋敷を持っているので、そこを改装して皆で住もうか、さつきたちも入れてあげようかなどと話しています。
彼らはさつきたちの本当の意味での窮状も格差に対する不公平感も理解することはないんだろうなと思ってしまいました。
ブラックコメディとして割り切って読めば楽しいけれど、現実には自分はさつきたちと同じ「持たざるもの」の側だと思うとやるせないなぁ。
最早親はないのですが、次は我が身として身につまされる思いになりました。
もちろん、邦子や朝子の行為は許せないし犯罪そのものです。すり替えられた老人たちだって、何も感じないわけではないでしょうし、彼らが自分のお金で買った介護される権利を奪ったことに何の罪悪感もないとしたら、朝子たちの方が狂っているものね。