AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

現代鍼灸でのツボの効かせかた④顔面部編

2021-06-01 | 経穴の意味

1.翳風と難聴穴

1)解剖と取穴
①翳風:耳垂後方で、乳様突起と下顎骨の間に翳風をとる。顔面神経幹が茎乳突孔を出る部。谷底の骨にぶつかるように刺入する。顔面神経幹部に正しく刺入できれば無痛で針響もない。ただし本刺針は難易度が高く、刺入方向を間違えると強い刺痛を与える。

 

②難聴穴:耳垂の表面の頬部付着部中央。中国の新穴「耳痕」の下方にあるので、筆者は下耳痕と名付けたが。すでに深谷伊三郎が「難聴穴」として記されていた。 

 

2)臨床のヒント

翳風

①顔面神経は、側頭骨内の顔面神経管を通って頭蓋外に出る。この出口を茎乳突孔とよぶ。ベル麻痺の原因は顔面神経管内の浮腫だとされるが、 この局所に最も近い刺激可能な部位が茎乳突穴孔刺針すなわち翳風刺針になる。

②代田文誌は、顔面麻痺に鍼灸治療は効果的でないと書いていた。しかし若杉文吉(関東逓信病院ペインクリニック科)は顔面神経の主幹を神経が頭蓋底を出た部位で針を使って圧迫する治療法を開発。痙攣が止まっている平均有効期間は9.3 カ月と好成績の結果を出した。痙攣が再発してもすぐにブロック前の強さにもどるのではないので,年に1回程度治療を行う症例が大部分だという。ブロック後の麻痺期間は平均1.3 カ月で70%以上が1ヶ月以内に麻痺は回復するとのこと。

③この若杉式穿刺圧迫法を私も鍼で追試してみた。2寸以上の中国針を使用。治療側を上にした側臥位。針先は顔面神経管開口部に命中させる。命中したことを確かめるには、針柄と他の部位(顔面と無関係な部位、例えば手三里)を刺針低周波通電をする。これで顔面表情筋が攣縮することを確認。攣縮しなければ、攣縮するまで翳風の刺針転向を行う。針先が骨に命中したら、3分間のコツコツとタッピング刺激を与える。その後7分間置針し、再び3分間タッピング刺激。トータルの治療時間は20分間程度。技術的に習熟していないせいもあるだろうが、上記の治療を行っても、痙攣が軽くならないケースは5割ほどいた。効果あった場合でも鎮痙期間は数日間という結果だった。

難聴穴

①深谷伊三郎は難聴穴に半米粒大灸7壮すると書いている。柳谷素霊の「秘法一本鍼伝書」には、耳中疼痛の一本針として、完骨移動穴刺針のことを記しているが、これも難聴穴のこと意味していると思えた。
私の場合は5㎜~1㎝刺針する。それで顔面神経幹に当たる。顔面神経幹の命中したか否かを調べるため、1~2ヘルツで通電しながら刺入し、唇や頬が最も攣縮する深さ(5㎜~1㎝)で針を留める。

鼓膜から鼓室に響かすことのできる針は、解剖学的見地から、この難聴穴以外にない。なお内耳には知覚がないので、痛みむことはなく響かせることもできない。

 

 

②現在ベル麻痺に対する針治療では、低周波置針通電に代わり単なる置針をするようになったと思う。低周波刺激をすれば後遺症(病的共同運動=閉眼すると口の周りが動く、口を動かすと目が閉じるなど)が必要以上に強化され、病的共同運動プログラムが助長されるとの危惧が広まったせいであった。病的共同運動は巧緻動作回復の邪魔をすることになる。

③難聴穴刺針は2つの神経が立体的に走行している。
直刺5㎜~1㎝では顔面神経刺激となり、ベル麻痺の治療に用いられる。
直刺2㎝では舌咽神経の分枝の鼓室神経(鼓膜~鼓室の知覚支配)に命中し耳中に響く。この刺針は中耳痛、難聴耳鳴の治療に適応がある。響かせた後30~40分間の長時間置針する(筋を完全に緩めるには時間がかかるので)。

 

    

3.下関、上関

1)解剖と取穴

①下関:頬骨弓中央の下際陥凹部。口を開けば穴があり口を閉じれば穴はなし。
口を閉じて陥凹がなくなるのは、頬筋が収縮するからだろう。下関から直刺すると頬筋に入り、深刺すると外側翼突筋下頭に入る。
②上関:旧称は客主人。頬骨弓中央の上際陥凹部。頬骨弓の下をくぐるように下向きに斜刺すると側頭筋に入り、深刺すると外側翼突筋上頭に入る。

2)臨床のヒント

下関

①咀嚼筋には側頭筋・咬筋・外側翼突筋・内側翼突筋の4種類からなり、いずれも三叉神経第Ⅲ枝が運動支配する。この中で側頭筋・咬筋・内側突筋は閉口筋で、外側翼突筋は開口筋である。

②Ⅰ型顎関節症(閉口筋緊張により開口困難)は顎関節症で高頻度にみられるもので、とくに咬筋の骨付着部に圧痛が多数みられる。患者に強く歯をくいしばった状態にさせた状態で、咬筋の起始・停止の圧痛点(頬車、大迎、下関など)に刺針する。
上下前歯にペーパータオル等を折り畳んで厚くしたものを強く噛ませ、頬筋を収縮した状態で下関から刺針すると効果が増す。

③外側翼突筋は顎関節症にとって最も重要な筋だとみなす者もいる。外側翼筋は他の咀嚼筋と違って開口筋であり、かつ咀嚼筋の中で最も小さい。顎関節は単純な蝶番関節でなく、口を大きく開けるために、外側翼突筋の収縮で下顎頭前下方への滑走運動を起こし、2横指ほど前方に滑走し、顎の突き出し運動をしている。

 

④外側翼筋は上頭と下頭を区別し、上頭は関節円板に停止している。顎関節の動きに適した関節円板の動きは外側翼突筋上頭が担当していることで、本筋を緊張異常は、半月円板の動きに異常をきたすのではないかと思ってる。若年者に生ずる開口時のクリック音は、開口時に前方に動く半月板が元の位置にもどる時に生ずる。外側翼突筋上頭への運動針(下関深刺)はⅠ型顎関節症だけでなく、Ⅲ型顎関節症状に対し、試みる価値があるのではないかと考えている。つまりクリック音が小さくなる感じ。  


⑤外側翼突筋への刺針:最大限に開口させた肢位にさせ、下関からやや上方に向けて直刺1~1.5㎝で外側翼突筋上頭に到達する(意外に浅い)。軽い手技を行い静かに抜針する。
実際には、ある程度開口させた状態で下関に深刺を行っておき、次に3秒間できるだけ大きく開口するよう指示する。術者は「1、2,‥‥」とカウントしつつ下関に刺してある針に上下動の手技を加え、「3」で静かに抜針するようにすると、治療効果が増す。

 

上関

①上関は柳谷素霊著「秘法一本針伝書」では上歯痛の治療として紹介されている。頬骨弓をくぐるように下向きに斜刺する。これはおそらく側頭筋中に側頭筋トリガーの放散痛は上歯部なので、側頭筋緊張由来の放散性歯痛に適応があるという意味であろう。

②深刺すると外側翼突筋上頭に入る。外側翼突筋上頭の起始は顎関節関節円板に停止しているので、Ⅰ型のみならずⅢ型顎関節症(関節円板の障害。開口制限あり。コキッというクリック音)にも上関深刺が効果的かもしれない。

 

4.睛明と球後

1)解剖と取穴

①睛明:内眼角の内一分。鼻根との間。睛明の直下3㎝には上眼窩裂と視神経管がある。上眼窩裂とは、眼窩底の内方にある孔で、ここから三叉神経第1枝、動眼・滑車・外転神経、眼静脈も出る。神経管とは視神経が通る孔である。

②球後:外眼角と内眼角との間の、外方から1/4 の垂直線上で「承泣」の高さ。

2)臨床のヒント

睛明

①掃骨針法の創案者の小山曲泉(1912-1994)は、眼痛を訴える患者に対して、「眼球自体を指圧するのと、眼窩内に指を折り曲げて按圧するのとでは、どちらが快痛であるか」を術者が問うと、文句なしに「骨を圧重した法が気持ちよい」と返事すると記している。このことから、小山は3番~5番で圧痛方向に刺針して軽く雀啄して必ず快痛の響きがあるように刺針した。

②この記述を追試するため、私は眼の疲れを訴える患者の何例かに閉眼させ、眼窩内に指を折り曲げて按圧してみて、眼窩内筋の圧痛硬結を感じとれるポイントを探してみると、上睛明のやや外方であることを発見した。眼精疲労時、自分自身で無意識で母指と示指で鼻根部をつまむように押圧している。この押圧部が鍼灸治療でも重要になるのではないかと思った。
睛明と睛明の5ミリ外方を刺入点として圧痛硬結に向けて刺入すると、しっかりと硬い筋中に刺入でき、眼に響くという手応えを得た。眼窩内の骨にぶつかるまでこのシコリに向けて4番針で約2㎝刺入、5分間置針してみた。患者は眼球部に重い感じがしたという。さらに閉眼したまま、上下左右の眼球運動を数回指示した。(眼球運動の際は、なにも刺激感がなかった)。施術後は、眼のスッキリ感があったという。この時触知したのは外眼筋や眼瞼挙筋だと思えた。 

③郡山七二は、眼窩内刺針には、鎮静作用もあると記し、鎮静法として内眼角付近からの眼窩刺針を第一に推薦した。郡山は、柔軟な細針を少し曲げて眼球の外壁に沿って、彎曲しつつ挿入するので、眼球に分布している内外上下直筋や上斜筋、すなわち動眼神経、外転、滑車等の各神経の異常を調整するのを目的とした。郡山は内眦、外眦、中央部の3点に限って行った。(郡山七二「現代針灸治法録」天平出版)

球後

①球後とは、眼球の後という意味がある。中国では内眼病の治療穴として用いられている。
深刺すると下眼窩裂に入る。下眼窩裂が眼窩下神経(三叉神経第2枝の分枝)が通る部であって、三叉神経第2枝刺激という点では眼窩下孔(=四白)刺激と同じ意味合いになる。
針を眼窩に沿わせて針尖を内上方に向けて眼球奥に刺入できれば毛、様体神経節や、長・短鼻毛様体神経などに影響を与える。これらは眼に対する副交感神経刺激になる。わさびを食べると、鼻にツーンと辛さを感じ涙が出るのは、鼻毛様体神経興奮による。       

②中国の唐麗亭は、病が眼の深部にある時は、眼の周囲部の浅刺は効果的ではなく、睛明穴と球後穴(毎回交代で一穴を使用)の深刺を採用した。針は30号あるいは32号(和針の10~8番相当)の3インチを使用。この2穴は30分間置針する。抜針時、出血を防止するため、針根部を圧迫して3~4回にわけて小刻みに抜針するようにする。(唐麗亭:三種刺法在眼病的応用、「北京中医学院三十年論文選」、北京中医学院編1956~1986、中医古籍出版)

 

5.挟鼻

1)解剖と取穴

鼻翼の上方の陥凹部で鼻骨の外縁中央。三叉神経第Ⅰ枝分枝の鼻毛様体神経刺激。
※鼻毛様体神経:知覚神経で鼻背、鼻粘膜(嗅覚部を除く)、涙腺に分布。揮発成分を含むワサビを食べると鼻がツーンとし、涙が出るのは、鼻毛様体神経刺激による。

 

2)臨床のヒント

①鼻周囲皮膚と鼻粘膜は三叉神経第Ⅰ枝支配である。本神経に強刺激を加えれば交感神経を緊張させ、血管収縮を引き起こすので、鼻閉や鼻汁に対しても効果がある。

③慢性鼻炎や慢性副鼻腔炎は文字通り慢性なので、持続的に反復刺激(半月~2ヶ月の自宅施灸)を与える方がよく、それには灸が適し、施灸痕が目立たずに三叉神経第Ⅰ枝を刺激するという意味から、挟鼻の針とともに上星や囟会への施灸を併用することが多い。施灸により長期間良好な状態を保つ間に、鼻粘膜の修復が行われ、施灸中止後も、症状は消失状態を保つことができる。

治療院では置針し、それに円皮針をしておくのもよい。顔に円皮針を貼るのは見た目が悪いと思う患者に対しては、マスクで隠すよう指導するとよい。

※挟鼻刺針は技術的に容易である。挟鼻刺針と同様に三叉神経第Ⅰ枝刺激になる攅竹から睛明への水平刺は伝統的方法だが、難易度が高く皮下出血も起こりやすい。

④患者自身でできる方法として、上唇鼻翼挙筋部マッサージがある。鼻稜の外縁を指頭でこすると、プチプチした感触が得られるので、何回か指頭でこすりつけるようにマッサージすると、次第にプチプチもなくなり、症状もとれてくる。このマッサージにより、鼻腔が開いて呼吸しやすくなる。ただし持続効果に乏しい。上唇鼻翼挙筋自体は顔面表情筋の一つ(顔面神経支配)だが、同部を知覚支配している鼻毛様体神経を刺激することになり、涙分泌を増やすので眼精疲労にも有効である。

 

 

 

  

 

 

 

 

 


現代鍼灸でのツボの効かせかた②下肢編 ver.1.2

2021-06-01 | 経穴の意味

前回、<現代鍼灸でのツボの効かせかた①上肢編>を記した。今回は第2弾として②下肢編を書き現してみた。

 

1.陽陵泉と懸鐘

1)解剖と取穴

①陽陵泉は、腓骨頭の前下方直下で長腓骨筋上を取穴。
②懸鐘は、腓骨頭と外果を線で結び、外果から1/5の短腓骨筋中にとる。

2)臨床のヒント

①両穴とも深部に浅腓骨神経が走行しており、も坐骨神経痛の部分症状である浅腓骨神経痛の治療点となる。

②下腿外側痛とくに腓骨頭直下の痛みに対する治療で陽陵泉刺針を行うが、直刺しても意外に下腿外側に響かすことは難しい。だが仰臥位にて陽陵泉から足三里方向に1㎝寄った処から刺入し、ベッド面に直角に刺入すると、下腿外側に響かせることができる。このことから、陽陵泉の刺針とは長腓骨筋TPsに対する刺針とみなすこともできる。

③懸鐘は短腓骨筋のトリガーポイント部に相当するので圧痛が多発しやすい。懸鐘部分の下腿筋膜による浅腓骨神経は神経絞扼障害を起こすことがある。

④深・浅腓骨筋には、足関節を底屈機能がある。足関節捻挫の代表的なものに、前距腓靭帯捻挫があるが、傷ついた足関節捻挫であっても、腓骨筋群(長・短腓骨筋)などが足関節をしっかりと支えているとグラつかずに歩行できる。このことは慢性外側足関節捻挫の治療のヒントになる。


  
2.地機と築賓

1)解剖と取穴

①地機は、下腿内側、脛骨内縁の後際で陰陵泉の下方3寸に取穴する。ヒラメ筋の起始部になる。刺針すると、ヒラメ筋に入り、深層には後脛骨筋・長趾屈筋・長母趾屈筋がある。
②内果の頂とアキレス腱の間の陥凹部に太谿をとり、その上5寸に築賓をとる。築賓は腓腹筋上にとる。

2)臨床のヒント

①下腿後側筋深部筋の、筋停止部は足底部にあり、筋の起始は下腿後側の上1/2までにある。 筋を緩めるには、筋の骨接合部を刺激するのが有効であり、刺針部位も下図の緑部分になる。

②下腿後側深部筋は単関節筋である。足関節を底屈する時、下腿後側深部筋は収縮する。ゆえに地機の筋硬結を触知するには、足底屈姿勢にするのがよい。実際には、患者の足底を自身の対側の下腿内側中央あたりに、ぴたりと付着させる姿勢にさせ、地機の硬結探索および施術を行うとよい。

 

③腓腹筋は膝関節と足関節との2関節を経由して起始停止がある2関節筋である。腓腹筋を緊張ささせるには、膝関節を完全伸展させる(できれば足関節も背屈させる)必要がある。ゆえに築賓の筋硬結を調べるには伏臥位で膝伸展位で行うことが合理的になる。

 

④膝を伸ばした状態で「アキレス腱を伸ばす体操」をすると腓腹筋が伸張され、膝をやや曲げた状態で行うとヒラメ筋が伸張される。ヒラメ筋刺針はこの肢位にて行うと効果的になる。

3.三陰交

1)解剖と取穴

下腿内側で内果の上方3寸で、脛骨内縁に三陰交をとる。三陰交から直刺すると後脛骨筋・長趾伸筋に入り、深刺すれば長母趾屈筋に入る。深部には脛骨神経がある。

2)臨床のヒント

①一般的には坐骨神経痛の部分症状である脛骨神経痛の時に、対症療法として使うことが多い。

②生理痛に対して三陰交の灸や皮内針などの皮膚刺激をするのは、伏在神経の興奮を遮断しているからだろう。 伏在神経(知覚性)は大腿神経(知覚性・運動性)の枝で、大腿神経は腰神経叢(L1~L3)からの枝である。腰神経叢からは腸骨下腹神経や腸骨鼡径神経が出て、鼡径部や下腹部を知覚支配しているので、これらの痛みに有効なことが予想できる。 

③三陰交がS2デルマトーム上にあるので、八髎穴とくに次髎と同じような用途がある。
八髎穴と同様の効果をもつ下肢遠隔治療穴に裏内庭があり、裏内庭は急性食中毒による下痢・下腹部痛すなわち下行結腸・S状結腸・直腸の痙攣に効果があるのではないか。

③三陰交は子宮頚部の緊張を緩める効果もあるようだ。安産の灸として出産が間近になると施灸する習慣があるのはこの効果を期待したもの。妊娠初期に三陰交刺激が禁忌とするのは、子宮頸部を緩めることで、堕胎につながるのではないだろうか。これに対し、逆子に効果あるとされる竅陰穴への施灸だが、これは一過性に子宮体部の緊張を緩める作用があると考えると納得がいく。  

④三陰交部から脛骨神経を直接刺激するのは、覚醒脳開竅法の下肢痙性麻痺に対する常用穴である。

 

4.足三里と脳清

1)解剖と取穴

①足三里は、外膝眼(膝蓋骨下縁と脛骨外側の陥凹部)の下3寸、前脛骨筋上にとる。深部に脛骨神経がある。

 

②足関節背面には、3本の腱(内側から外側に向けて、前脛骨筋腱・長母趾伸筋腱・長母伸筋腱)がある。足関節背面から2寸上方に脛骨を触知し、その外方にある長母趾伸筋腱に脳清(新穴)を取穴する。

 

2)臨床のヒント

①足三里(足)の適応症は、直接的には前脛骨筋の筋疲労である。足三里など、下腿前面の前脛骨筋外縁が脛骨に接する部の圧痛を探し、深刺し前脛骨筋の起始部骨膜に刺針、そのままゆっくりと足関節背屈の自動運動を行わせると、針の上下動により前脛骨筋の収縮を観察できる。(急激な関節背屈運動では深腓骨神経の針響きは非常に強くなり、針体も曲がりやすく折針の危険もある)
ただ、どういう場合に前脛骨筋に疲労を感じるかといえば、ランニングなどの激しい下肢運動をした時は当然として、大して運動していない場合でもコリを感ずる時があって、これは今のところ必ずしも胃の状態の反映といえないように思う。


②清脳の適応症状は、局所である下腿前面下部の重だるさである。脳清は直刺するとすぐに脛骨にぶつかるので、刺針方向は腓骨方向に45度の斜刺。置針したまま、長母趾伸筋腱中に入れる。そのまま母趾の背屈自動運動をゆっくりと少しずづつ行わせると、刺針部に針響を与えることができる。脳清とのツボ名から、頭をすっきりする効能がありそうに思うが、施術して効いたという感触がない。

 

5.失眠

1)解剖と取穴
踵骨隆起中央。脂肪体を介して踵骨がある。



2)臨床のヒント

①通常であれば立位や歩行に際し、踵中央が床に圧迫された際で、踵が痛むことはないが、原因不明だが踵のクッションである脂肪体が減少し、弾力を失っている場合、痛むようになる。  脛骨神経分枝の内側足底神経踵骨枝が、踵骨底と床に圧迫されて痛むのが直接原因。

②安静にして脂肪体の増殖を待つ。対症療法としては、踵部を覆う非伸縮性テーピングで脂肪体が広がらないように土手をつくる。歩行時はさらにヒールカップ、または靴のインソールの踵部分をくり抜いた靴底を自作し、体重負荷の免減を図る。

 

 

③類似の疾患に足底筋膜炎がある。しかし足底筋膜炎は踵骨隆起の中央が痛むのではなく、踵の前縁に圧痛があり、母指を他動的に背屈させた肢位にすると痛み再現する。

 

6.条山

1)解剖と取穴

五十肩に対し、健側の条口(足三里の下5寸で前脛骨筋上)から承山(委中の下8寸で腓腹筋がアキレス腱に移行する部)に透刺

2)臨床のヒント

五十肩に対して条口から承山への透刺をするという方法は、いわゆる中国の古典鍼灸に記載はなく、清の時代以降に発見されたらしい。わが国にはいったきたのは、1970年代頃である。

 坐位で、健側の条口から承山に透刺するには少なくとも4寸針が必要となる。透刺が必要となるとは、脛骨と腓骨間にある骨間膜刺激が重要なのかと考えたこともあったが、健側の条口から承山方向に1寸程度直刺でも効果はあるようだ。刺針したまま何回か患側肩関節の自動運動をさせると、次第に肩関節外転角が広がってくる現象をみる。しかし効かないことも多く、効いた例であっても、その効果は当日止まりということが少なくない。

いずれにせよ、五十肩になぜ条山穴刺針が効果あるのか不思議だった。中華民国、中国中医臨床医学会理事長の陳潮宗の研究によれば、この刺針が肩甲上腕関節の動きよりも肩甲胸郭関節の増加し、肩甲骨上方回旋がしやすくなる効果があるらしいことが判明した。

肩甲骨上方回旋を増大させる私流の方法は、甲下筋や前鋸筋の収縮力抑制をはずす目的で、膏肓を刺入点として肩甲骨と肋骨間に3寸針を刺入しつつ肩関節外転90度位にての肘の円運動を行わせる運動が効果的だと思っているが、3寸針を入れることは患者にとって抵抗感があるだろうから、その代用として条山穴刺針があると私は思っている。

 

7.委中

1)解剖と取穴

膝関節90度屈曲位で、膝窩横紋中央。膝窩筋中にとる。

2)臨床のヒント

①委中といえば四総穴の<腰背は委中に求む>が有名だが、腰背痛患者の治療には腰背部局所に施術する方が手っ取り早く確実性もある。

②膝窩痛を訴える患者に対しては、膝関節90度屈曲位(立ち膝位)にさせて委中付近の圧痛硬結の触知を試みる。圧痛硬結を触知でき、硬結を押圧すると非常に痛がることをもって、膝窩筋腱炎と診断する。この体位のまま、委中付近の硬結中に刺針すると、強い響きを生ずる。雀啄後に抜針。伏臥位で、症状部である委中に刺針してもスカスカした感じ(膝窩筋が収縮していない)となり、治療効果も乏しい。



③人間は膝関節完全伸展位で立っている際は、あまり筋肉に負担がかからない。ゆえに筋疲労しにくい。立位から歩行するため、まずは膝関節伸展位から膝軽度屈曲位にモードを切り換えねばならない。この切替スイッチを膝窩筋が行っている。歩行時中は、常時膝屈曲位になっている。歩行中に膝完全伸展になると膝ロック状態となってスムーズに前方に進めなくなる。これは四頭筋筋力低下時に、膝折れ防止を回避するため起こりやすくなる。

④足底筋は、大腿骨の外側顆の上方で、腓腹筋の外側頭の領域と膝関節の関節包から起こり、腓腹筋とヒラメ筋の間を走って下方へ向かい、アキレス腱内側縁で停止する。アキレス腱断裂時でも、足の底屈できるのは、足底筋収縮のため。足底筋は本来、足底筋膜を緊張させる役目があり、この機能により硬い地面を平気で歩けるようにしていた。
上肢で足底筋と機能が似ているものに長掌筋がある。サルは長掌筋が緊張すると手掌腱膜を緊張させ、これにより手掌が硬くなって、容易に木登りしたり枝にぶら下がったりできるようになる。猫の爪の出し入れも長掌筋の機能。
足底筋も長掌筋もヒトにとっては、無くともよい筋とされる。