AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

「灸基礎実技」教科書に補足したい内容 Ver.1.2

2016-07-10 | 灸療法

今から25年ほど前、鍼灸の資格が都道府県資格から国家資格になるというので、新カリキュラムに沿った教科書づくりが急務となった。科目ごとに、執筆担当教科の教科書が各専門学校に割り振られ、当時私の所属していた東京衛生学園専門学校では、鍼灸実技の教科書を1年以内に制作することになった。私も教科書づくりに加わった。とにもかくにも時間不足であって、内容には不備が目立つ。ここでは灸基礎実技の章に補足説明をする。


1.半米粒大の艾炷の大きさ

艾炷の大きさは伝統的に小豆大・米粒大・半米粒大・ゴマ大それに糸状大といった区分が行われてきた。なおこの中で最も使われる頻度の高い大きさは、半米粒大だとされている。米粒大や半米粒大の具体的寸法は成書により異なっているが、最も基準とすべき東洋療法学校協会編の教科書「鍼灸実技」によれば、米粒大艾炷の大きさは、「円錐形で、底面直径2.5ミリ、高さ5ミリ」とある。また半米粒大艾炷の大きさは、米粒大艾炷の半分としている。

半米粒大の艾炷の大きさが、底面積も高さも米粒大の半分という意味であれば、体積としては米粒大の1/7の艾柱になってしまうので、これは体積が1/2という意味だろう。では、その大きさとは、底面積が何ミリ、高さが何ミリとなるのだろうか。
計算してみるとr≒1、h≒4となり、底面直径は2ミリ、高さ4ミリほどとなる。

 

 


※「図説鍼灸臨床手技の実際」によれば、米粒大艾炷は直径2ミリ、高さ4ミリ、半米粒大艾柱は直径1ミリ、高さ2ミリとしている。

2.江戸時代頃の艾柱

本ブログを発表して数年が経過した今、一人の読者から、艾炷が「米粒大、半米粒大」となった歴史的経緯を調べれば発見があるのではないか」という意見を頂戴した。艾柱の大きさ区分というのは、針灸師にとっては余りにも基本的なことなので、こういった問題意識は返って思い至らないものだろう。

ただし歴史的経緯といっても、鍼灸学校非常勤講師を辞職して勝手に図書室に出入りできな現在の立場で、調べられるのはネット情報のみ。多くを期待せずネットで調べてみると、<『艾灸通説』について宮川浩也先生に聞く>(インタビュー猪飼祥夫)鍼灸OSAKA Vol.29 No.3(2013 aut.)を発見できた。

『艾灸通説』は灸法の概論書で、江戸中期に後藤椿庵が、父親の後藤艮山の医説を展開したものである。艮山は治療に灸を愛用していた。以下はこの書の内容から。

宮川:「米粒大」という言葉は、長野仁先生に教えてもらったが、『艾灸通説』の付録の「植木挙因に答うる書」に書いてある。ただしこれが初出かどうかは未詳。
後藤流では小さな艾柱をたくさんすえる、小艾柱・多壮が基準となる。その艾柱の大きさとは、鼠の糞・米粒・麦粒などの大きさとしたという。

私(似田)が思うに、一口に「鼠の糞」といっても、ドブネズミ10~20㎜、クマネズミ6~10㎜、ハツカネズミ4~7㎜といろいろあるので、これだけでは明瞭な寸法は分からない。また米粒よりも麦粒の方が大きい。なお江戸時代の一般人が家庭療法として行う艾柱の大きさは、指頭大だったらしい。

宮川:今日の艾炷の形は、円錐形だが、後藤流は紡錘形だった。皮膚に付く面が広いとすごく熱いが、狭くすればさほどでもなくなる。患者さんに負担をかけないようにという艮山先生の思いやりのたまものだろう。


3.艾の燃焼温度と皮膚に与える熱量

教科書どころか、鍼灸界においては、熱容量の概念が欠如しているらしい。是非とも教科書に載せたい内容を記す。

1)表皮温度
艾を燃焼させると、直下に熱が伝わるが、同一の艾炷を燃焼させても、作用させる物体により皮下に伝わる熱量は異なってくる。これはその物体のもつ熱容量に違いがあるからである。

熱容量大:熱が伝わりにくいもの。熱しにくく冷めにくい。土鍋、海など。
熱容量小:熱の伝わりやすいもの。熱しやすく冷めやすい。鉄鍋、陸地など。
  
生体の皮膚は海と同じく、熱容量が大きいので、熱しにくく冷めにくい。このため透熱灸のような数秒間の加熱では、皮膚温は殆ど上昇しない。すぐに透熱灸の熱は消えてしまうので、皮膚に加わる熱は比較的低いものになる。モグサ自体の燃焼温度は、半米粒大で百数十度(ちなみにタバコの火は700℃)とされるが、臨床上よく使われる灸の皮膚に加わる温度は、60~80℃と記憶しておけばよい。
 
2)深部皮下組織温度
      ΔT=Q/C     (上昇した温度)=(与えた熱)÷(熱容量)

少壮灸をすると、皮膚表面温度はわずかに上昇するが、深部皮膚温度は、ほとんど上昇しない。これは灸熱が生体に与えた熱量は、相対的には小さい(短時間、極小面積)ものであり、また皮下組織の基本成分が、水という熱容量の大きい物質である理由による。
あらかじめ赤外線灯などで皮膚を温めておいてから施灸すると灸は熱く感じる一方、冷えている部への施灸は比較的熱く感じない。

深部温度を上げるには、透熱灸の壮数を重ねれば(=多壮灸)よく、この原理を利用するものとして、ウオノメに対する多壮灸が知られている。しかしながら通常の皮膚に多壮灸をして深部温を上げることは、患者が熱さに耐えきれず、施術者の手間もかかるので行わないのが普通である。深部温を上げるには間接灸や赤外線灯などの方が適している。
  
※多壮灸:数多く壮数を重ねる(通常10壮以上)こと。何壮すえるかは、患者の熱感覚の変化により判断する。これまで表面的な熱さだったのが、急に奥に浸み通るようになったなど。
 

3)灸熱緩和器
なぜ施灸部周囲を押圧すると痛みや熱さが減ずるのか?
・注射が痛くなくなる裏わざ(TV「伊東家の食卓」より)
方法:注射される直前に、一分間指で注射される場所を強く押す。
・理由:長時間強くおされたことにより、一時的に痛点(痛みの感覚)が麻痺する。
・注意:感覚が麻痺して痛くないのは、直後2秒間です。2秒を超えると痛い。
理論背景:神経線維はその太さに応じて役割が決まっている。神経線維の分類と機能は次の通り。
        太↑ Aα:骨格筋収縮
             β:触覚・圧覚
             γ:筋緊張の程度を調整
             δ:痛覚(速い痛み)
             B  自律神経
        細↓   C  自律神経、傷み(遅い傷み)
        
施灸部の周囲を指で圧迫することはAβを刺激するという意味がある。すると傷み刺激(AδやCの興奮)を脊髄レベルで遮断することになり、灸熱が緩和される結果となる。針管を皮膚に強く押しつけるような押手をして刺針すると、刺痛が減ずるのも同じ意味である。