AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

胸郭出口症候群の針灸治療 ver.1.6

2020-11-23 | 頸腕症状

 胸郭出口症候群という診断は針灸師サイドではよくつけられるが、整形外科医はあまりつけたがらない。そのその理由をある整形外科医に質問すると、真の胸郭出口症候群であれば、絞扼部位を広げるような手術が必要な筈であり、安静や理学療法で改善するのであれば、その病態は軟部組織障害である。軟部組織障害であれば、通常の頸腕症候群の理学療法と同じなので、あえて胸郭出口と診断する意義はないとのことだった。

ただし針治療あるいはMPSの筋膜注射では、絞扼部位に対するピンポイント治療をしないと効果があまりないので、正しい治療のために正しい診断が必要となる。「正しい診断」とは、第1に頸腕症候群との鑑別、第2に胸郭出口症候群所属の頸肋・斜角筋・肋鎖・過外転症候群のどれかという判別である。これら4つの細分化された病名の鑑別は、教科書(国家試験問題)的には理学テストで判別する建前になっている(本当は理学テストだけでの判別は限界がある)。

1.胸郭出口症候群の概要

1)定義
胸郭出口部における腕神経叢と鎖骨下動静脈の絞扼障害をいう。かつては頸腕症候群に分類されたが、現在では独立した症候群になる。

2)症状

上肢の痛み、上肢のしびれ・だるさなど。
①上肢の痛みは、ピリピリ、ジリジリといった灼熱様で末梢神経分布に従う。
※神経根症状では、デルマトームに従った知覚鈍麻が起こる。
②鎖骨下動静脈も圧迫されるので、上肢は冷えを伴うことが多い。
※神経根症状では、血管症状は伴わない
③ルーステスト(3分間挙上テスト)陽性

2.胸郭出口症候群の分類

2.胸郭出口症候群の分類 

絞扼部位により、次の4つに細分化される

 1)頸肋症候群
第7頸椎横突起が延びて肋骨化した先天性奇形。低頻度。上肢やその付け根の上肢帯の運動や感覚を支配する腕神経叢は、頚神経から第8頚神経と第1胸神経から形成されるが、頚肋がある者は、第4頚神経から第8頚神経根から形成されることが多い。
腕神経叢の神経絞扼障害が生じる。鎖骨下動脈が絞扼されるか否かは場合により異なる。鎖骨下静脈は圧迫を受けない。

 



2)(前)斜角筋症候群
 斜角筋裂隙(前斜角筋、中斜角筋、第1肋骨で囲まれた部位)を腕神経叢と鎖骨下動脈が走行している。前斜角筋緊張のため、これらの神経と動静脈が絞扼された状態。鎖骨下静脈は絞扼されない。
 モーレーテスト(+)、アレンテスト(+)、アドソンテスト(+)


3)肋鎖症候群
鎖骨と第1肋骨の間隙から、腕神経叢と鎖骨下動静脈が出て、上肢に向かっている。この間隙が狭くなることにより、神経血管絞扼障害を起こした状態。低頻度。エデンテスト(+)

4)過外転テスト(小胸筋テスト)
小胸筋と肋骨間の間隙を腕神経叢と鎖骨下動静脈が走り、上肢へと向かっている。上腕外転時に、小胸筋の烏口突起停止部で、腕神経叢と鎖骨下動静脈が絞扼された状態。ライトテスト(+)


3.胸郭出口症候群の針灸治療

上肢症状が知覚鈍麻でなく、知覚過敏であり、上肢痛のみ訴え、で頸痛がない場合には、胸郭出口症候群を疑う。理学テストはルーステスト以外はあまり信頼性がなく、ルーステストは実施に時間がかかるので、圧痛点の所在から診断し、即治療とする方が実際的であろう。

なお1980年頃から、胸郭出口症候群の98%は、神経系圧迫の問題であって、血管圧迫の病態はわずかだとする認識に変化した。脈拍の消失を診るテスト(ライトテストやアドソンテスト)の有用性は否定されている(健常者でもよく陽性になる)

私の経験によれば、胸廓出口症候群の中の、前斜角筋症候群が大半であり、たまに過外転症候群も来るといった印象である。前斜角筋症候群の診断のためには、モーレーテストを使用し、過外転症候群の診断には、中府穴圧痛の有無を調べる。ともに神経圧迫テストで、該当部を圧迫すると筋緊張を感じ、やや強く押圧すると上肢に電撃様の神経痛が放散することで確定診断している。

1)前斜角筋症候群

前斜角筋症候群では、前斜角筋部(天鼎穴に相当。刺針には高い技術が必要)に刺針して置針10分を行う。頸を健側に精一杯回旋さたせると斜角筋か伸張された状態になり、この状態で刺入すると、上肢症状部に響きを与えやすい。

※天鼎位置:学校協会教科書では、喉頭隆起の高さの胸鎖乳突筋中に扶突穴をとる。扶突の後下方1寸で胸鎖乳突筋後縁に天鼎穴をとる。しかし斜角筋や腕神経叢を刺激するには、中国式天鼎の位置の方がよい。中国式では、甲状軟骨と胸鎖関節の中点の高さで、胸鎖乳突筋の後縁から下方1寸とする。すなわち中国式は教科書と比べ、2寸ほど下になる。

斜角筋のストレッチ方法についてトラベルは上図のような方法を紹介している。しかし筆者は天鼎刺針時の体位は、側腹位の方法がやりやすいと考えているので、患側上の側臥位にし、患側の腕を腰に回す(五十肩検査時の結帯動作のように)。また鼻を下になっている肩になるべく近づけるように指示するといった方法をとるようになった。この体位をさせることは、斜角筋をある程度ストレッチ状態にする目的とともに、天鼎刺針時に患者の肩関節が邪魔にならないようにするという目的もある。

 

2)過外転症候群

過外転症候群であれば中府穴から直刺し、大胸筋を貫き、その深部にある小胸筋部硬結まで刺入して置針10分を行う。なお症例によっては天鼎と中府ともに圧痛がある場合があるので、両者に置針10分することもある。小胸筋の反応をみるのは必ずしも容易ではないが、患側上肢を挙上させ、手掌で頭頂を触って固定した状態にさせると小胸筋はストレッチされているので、圧痛の有無を判断しやすい。圧痛点に刺針すると上肢症状部に響きを与えやすい。

※中府位置:中府は教科書では第2肋間で前正中から外方6寸とある。実際には気胸を避けて小胸筋を刺激する目的で、烏口突起の内方1.5㎝、下方1.5㎝を刺入点として直刺するとよい(深刺しても気胸の心配がない)。最近では、前記の中府穴ではなく、烏口突起の頂から1寸内方から直刺した方が、上肢に針響を与えやすいことを発見した。


3)追加すべき治療

側臥位にて頸椎一行からの深刺置針10分を行うと、さらに成功率が高まることを感じる。前記の頸椎の前枝だけでなく、後枝の治療も必要となる場合が実際的には多いようだ。それ以外の治療(たとえば患側上肢症状部に対する刺針)は必要がない。


 


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