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昭和のプロレス:収拾の3カウント

2024-09-13 06:29:49 | 日記
勝ち名乗りは1回だけ

 SDジョーンズことスペシャル・デリバリー・ジョーンズは188cm
110kgの均整のとれた体格。
残念ながら37歳で初来日なので期待のルーキー扱いとはなりません。
 計3回日本にやって来ましたがその全てが新日本プロレスで全てが1982年。
つまりその年だけで3回新日マットに登場し、それ以降は日本のマットに
上がっていない面白い経歴の持ち主です。

 先ずは1月の新春黄金シリーズ。
ブッチャー、マクダニエル、キッドなど豪華メンバーが揃った中の新顔で、
ほとんど前評判も伝わっていなかったので重要な試合に絡むことはありません。
 1月1日から2月26日までにテレビ中継が9回行われましたが、ジョーンズ
が画面に映ったのはたったの1回。
1月15日に姫路市から生中継された猪木・藤波・長州対ブッチャー・
アレンと組んでの6人タッグ。
 ジョーンズにしてみれば無理やりブッチャー軍団に組み込まれた不本意な形
だったかもしれませんが、振り返ると妙な因縁を感じさせる顔ぶれでした。

 再来日は4月のビッグファイトシリーズ。
23日の開幕戦ではタッグマッチで浜口・剛組と対戦。
翌24日はメインで猪木・藤波・谷津対ブッチャー・アレン・ジョーンズの
またもブッチャー絡みの6人タッグ。
この後猪木が膝の疾患で休場した為、猪木とはこの時に絡んだだけでした。
 それ以降はブッチャーを主役にした6人タッグマッチでメインに11回出場。
その内フォールされたのが10回で相手をフォールした回数はゼロ。
 メインと前座の中間あたりのタッグマッチにはアレンなどと組んで16回出場し、
こちらも全試合でパートナーが勝利してジョーンズの見せ場はありません。
 唯一のシングルマッチは5月9日に行われた藤原戦で、10分10秒に体固め
で勝利しています。
これがシリーズを通してただ1回の勝ち名乗りでした。

大混乱のマット上

 最後にやって来たのが10月の闘魂シリーズ
開幕戦で組まれたのが猪木・藤波・長州対ブッチャー・アレン・ジョーンズ
の6人タッグでした。
 シリーズ直前に凱旋帰国した長州は試合中に序列に拘って藤波に反旗を翻します。
生中継で勃発した下克上にファンは大注目し、一夜にして長州は革命戦士と
して名を上げました。
 そんな混乱極まるリングを収めたのはジョーンズでした。
藤波をロープに飛ばしてショルダースルーを狙い、回転エビ固めに切り返されて
3カウント。
収拾のつかない大乱闘を見事に終わらせたのでした。

 願わくばジョーンズにも牙をむいて欲しかった。
ブッチャー相手に反旗を翻し一騎打ちに持ち込んで、ファンを魅了する戦いを
展開して欲しかった。




コメント
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