Sir. ハワード・ストリンガー
日本の会社を率いているだけあって日本人のことがよくわかっている。
日本人の「不屈の精神」を目覚めさせるもの。
それは確固たる「目的」。
「目的」を失った時の日本人の弱さは半端ではないが、「目的」が明確な時の日本人の頑強な精神力も半端ではない。
パンドラの箱にただ一つ残っていたもの、それは「希望」だった。
地震後の日本 パンドラの箱に残っていたもの・・「希望」
日本の”ネバー・ギブアップ”精神=ソニー会長 (The Wall Street Journal)
After the Quake, Japan Says 'Never Give Up'
http://jp.wsj.com/Japan/Companies/node_203094
英ウェールズに生まれ、米国籍になり、そしていま日本で働く私は、さまざま国の性格がそれぞれの運命を決することを目の当たりにしてきた。
第二次世界大戦時のイギリスがチャーチル首相の下で強い意志力を発揮したことはよく知られているし、米国の今日の世界における指導的立場は、創造力や独立心に富むことで有名な国民性によるものだろう。
日本の人々はいま大きな試練に直面しているが、きっと確固たる精神力で乗り越えられると私は信じている。まさに「不屈の精神」というフレーズがこの国で使われるように。
英語で「ネバー・ギブアップ(never give up)」を意味するこの言葉は、特に極限の状態に置かれた時に当てはまる。マグニチュード9.0の地震と大津波、それに続く原発危機という相次ぐ困難に見舞われた日本で「不屈の精神」は、いまよく聞かれるフレーズだ。そこには粘り強さ、忍耐力、希望といった思いが込められている。
日本で「不屈の精神」に負けず劣らず重要なのは、共通の目的意識だ。社会は隅々まで強いきずなで結ばれており、自らを守るだけでなく、助け合おうとする強い姿勢がある。海外のメディアは、被災者が救援物資の食べ物や水、ガソリンを受け取るために、落ち着いて忍耐強く列にならぶ姿に驚きの声を上げた。しかし、私にとっては、物資が尽きた時にも、彼らが暴動どころか文句も言わないとしても驚きはない。
震災後の多くの報道は日本の人々が即発揮した沈着冷静さや強い意志、思いやりの心を伝えている。原発で、この先直接知ることもないであろう人々の命を救うために自らを顧みずに努力する勇気ある人たちがいることに世界は畏敬の念を持っている。食べ物を分け合う見ず知らずの他人同士、子供たちを守らなくてはいけないと赤子を抱きしめる父親――。
これらの事例がどんなに勇気づけられ、心暖まるものであったとしても、いまの時点で、地震がもたらした破壊の甚大さは日本の人々にとって耐え難いものだ。村が消滅し、多くの人々が家を失い、避難所での生活を強いられている。医療従事者や器具、食料、水、電気、住まい、暖房、衣服に至るまで、すべてが不足している。日本に救援を送ることは日を追って重要になる。原発危機が深刻化すれば、救援もますます必要になる。特に、何千もの人々が避難しなくてはならなくなり、緊急の治療が必要になる場合にはだ。
世界のどこに住んでいようと、被災地の姿をテレビやコンピューターで見たわれわれは皆、日本のために祈り、義援金を送るべきだろう。この大災害の現実をできるだけ早く終結させ、過去の記憶と呼べるようになるために。
一方で、日本人は自らできるかぎりのことをして大災害に対処している。震災の日、多くのソニー従業員は会社で一晩を過ごした。自宅に歩いて帰るのに6時間かかった人もいる。被災地近くの施設も被害を受けた。
ソニーもほかの多くの企業と同様、停電から交通機関の混乱や資材不足にいたるまで、さまざまな困難に直面している。しかし、ゆっくりとではあるが着実に再び軌道に戻りつつある。個人としても企業としても大きなショックから回復しようとしている。
今回の危機の前にも、日本人は経済の低迷と景気後退に耐えてきた。世界第2位だった経済規模も3位になった。一部には、繁栄につきものな無関心のせいで若者が目的意識を失っていると指摘する向きもある。
だがここ数日、目の当たりにしたのは無関心とは全くちがうものだった。それ故、日本人が持ち前の気骨と断固とした心持ちでこの試練と痛ましい犠牲から以前よりも力強く立ち上がるとわたしは確信している。新たな目的意識とともに。日本の人々はわれわれの支援を必要としているが、われわれも彼らから学ぶべきことは多い。
どこにいようと誰でもいつか試練に立ち向かわなくてはならない時がくる。その時には、ここ1週間の日本人のように行動できると思いたい。品位と寛容の心とともに「不屈の精神」によって。
日本の会社を率いているだけあって日本人のことがよくわかっている。
日本人の「不屈の精神」を目覚めさせるもの。
それは確固たる「目的」。
「目的」を失った時の日本人の弱さは半端ではないが、「目的」が明確な時の日本人の頑強な精神力も半端ではない。
パンドラの箱にただ一つ残っていたもの、それは「希望」だった。
地震後の日本 パンドラの箱に残っていたもの・・「希望」
日本の”ネバー・ギブアップ”精神=ソニー会長 (The Wall Street Journal)
After the Quake, Japan Says 'Never Give Up'
http://jp.wsj.com/Japan/Companies/node_203094
英ウェールズに生まれ、米国籍になり、そしていま日本で働く私は、さまざま国の性格がそれぞれの運命を決することを目の当たりにしてきた。
第二次世界大戦時のイギリスがチャーチル首相の下で強い意志力を発揮したことはよく知られているし、米国の今日の世界における指導的立場は、創造力や独立心に富むことで有名な国民性によるものだろう。
日本の人々はいま大きな試練に直面しているが、きっと確固たる精神力で乗り越えられると私は信じている。まさに「不屈の精神」というフレーズがこの国で使われるように。
英語で「ネバー・ギブアップ(never give up)」を意味するこの言葉は、特に極限の状態に置かれた時に当てはまる。マグニチュード9.0の地震と大津波、それに続く原発危機という相次ぐ困難に見舞われた日本で「不屈の精神」は、いまよく聞かれるフレーズだ。そこには粘り強さ、忍耐力、希望といった思いが込められている。
日本で「不屈の精神」に負けず劣らず重要なのは、共通の目的意識だ。社会は隅々まで強いきずなで結ばれており、自らを守るだけでなく、助け合おうとする強い姿勢がある。海外のメディアは、被災者が救援物資の食べ物や水、ガソリンを受け取るために、落ち着いて忍耐強く列にならぶ姿に驚きの声を上げた。しかし、私にとっては、物資が尽きた時にも、彼らが暴動どころか文句も言わないとしても驚きはない。
震災後の多くの報道は日本の人々が即発揮した沈着冷静さや強い意志、思いやりの心を伝えている。原発で、この先直接知ることもないであろう人々の命を救うために自らを顧みずに努力する勇気ある人たちがいることに世界は畏敬の念を持っている。食べ物を分け合う見ず知らずの他人同士、子供たちを守らなくてはいけないと赤子を抱きしめる父親――。
これらの事例がどんなに勇気づけられ、心暖まるものであったとしても、いまの時点で、地震がもたらした破壊の甚大さは日本の人々にとって耐え難いものだ。村が消滅し、多くの人々が家を失い、避難所での生活を強いられている。医療従事者や器具、食料、水、電気、住まい、暖房、衣服に至るまで、すべてが不足している。日本に救援を送ることは日を追って重要になる。原発危機が深刻化すれば、救援もますます必要になる。特に、何千もの人々が避難しなくてはならなくなり、緊急の治療が必要になる場合にはだ。
世界のどこに住んでいようと、被災地の姿をテレビやコンピューターで見たわれわれは皆、日本のために祈り、義援金を送るべきだろう。この大災害の現実をできるだけ早く終結させ、過去の記憶と呼べるようになるために。
一方で、日本人は自らできるかぎりのことをして大災害に対処している。震災の日、多くのソニー従業員は会社で一晩を過ごした。自宅に歩いて帰るのに6時間かかった人もいる。被災地近くの施設も被害を受けた。
ソニーもほかの多くの企業と同様、停電から交通機関の混乱や資材不足にいたるまで、さまざまな困難に直面している。しかし、ゆっくりとではあるが着実に再び軌道に戻りつつある。個人としても企業としても大きなショックから回復しようとしている。
今回の危機の前にも、日本人は経済の低迷と景気後退に耐えてきた。世界第2位だった経済規模も3位になった。一部には、繁栄につきものな無関心のせいで若者が目的意識を失っていると指摘する向きもある。
だがここ数日、目の当たりにしたのは無関心とは全くちがうものだった。それ故、日本人が持ち前の気骨と断固とした心持ちでこの試練と痛ましい犠牲から以前よりも力強く立ち上がるとわたしは確信している。新たな目的意識とともに。日本の人々はわれわれの支援を必要としているが、われわれも彼らから学ぶべきことは多い。
どこにいようと誰でもいつか試練に立ち向かわなくてはならない時がくる。その時には、ここ1週間の日本人のように行動できると思いたい。品位と寛容の心とともに「不屈の精神」によって。
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