人は華やかな生活に憧れるが
しかし、得てして日常というのはつまらなくて退屈なものだ。
国を動かす政治家でも、巨額の資金を動かすビジネスマンでも、人気絶頂の国民的アイドルであっても、
例外はない。
万人に共通して与えられている1日24時間のそのほとんどは、
つまらなくて、退屈で、ぱっとせず、ありふれていて、何も特別ではない時間である。
だが、それゆえに人は幸せを感じることができる。
ダニエル・ギルバードは言う。
マネジメントの仕事は点火すること
http://blog.goo.ne.jp/advanced_future/e/442bce70b0735af450c69e0e31663040
ダニエル・ギルバート氏の、実際の経験によって幸せの尺度が拡張されるという説(experience-stretching hypothesis:経験的価値尺度拡張仮説?)によると、人は未来を予想しているときは幸せだが、実際に経験すると簡単には 満足できなくなるという。
『幸せはいつもちょっと先にある』(ダニエル・ギルバート著)
お金は人が最高に贅沢な喜びを味わうことを可能にする(贅沢なホテルに泊まり、高級な寿司を食べ、素晴らしいガジェットを買える)が、それゆえに、日常のありふれた喜び(天気の良さや冷えたビール、チョコレートなど)を味わう能力を低下させると考えている。そして、われわれが遭遇する喜びのほとんどはありふれたものであるため、贅沢をする能力を得ることは、喜びを味わう能力にとっては、かえって逆効果になるのだという。
つまり、人生を謳歌するためのコツは、
「如何に特別な人生を歩むか」ではなく「如何にありふれた日常を楽しく生きるのか」というところにかかってくる。
だから、特別なことに時間と労力をかけるのではなく、日常的なものに時間と労力をかけることが、充実した人生を送るための秘訣である。
この点について、いまだに多くの人々が理解していない。
発想が大鑑巨砲主義に走り勝ちだし、大きなピークを山ほど作ろうとする。
ピークエンドの法則により、ピークが重要だと直感的に理解しているからだろう。
エンターテイメントが感動を求めてやまない理由 ~ピーク・エンドの法則~ [作成中]
http://blog.goo.ne.jp/advanced_future/e/1437ce8f735583fa0634880965a7d219
しかし、人類が科学技術の力を使って成し遂げてきたのは、ピークを平滑化して日常を楽しくすることだった。
如何に1年に1度の祭りを楽しむか、ということより、如何に毎日の生活を楽にし、その分の余暇を他に当てることができるかを大事にしてきたのだ。
毎日を生きる我々にとって毎日のことがとても大切であるという、とても当たり前のことなのであるが。
そういう意味でググタスはいい社会実験で、「毎日」をどう楽しく創り上げていくかがテーマだ。
「BBQ松村香織の今夜も1コメダ」の本質を語ろう
http://blog.goo.ne.jp/advanced_future/e/f78a991a1a21721f8e51945893f38884
今一度、特別性よりも日常性というものに目を向けてみるのも大いに有りだろう。
眠くてまともに書けん。。。