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TECH21。(番外編vol.755)

2015年02月28日 10時32分35秒 | Weblog
1985年からヤマハワークスの鈴鹿8時間耐久レースのスポンサーで、

資生堂の男性用化粧品ブランド名で有名だった「TECH21」です。

いやぁ、当時ボク大好きだったんですよね。

あのカラーリングが。(笑)

1985年と1986年の鈴鹿8時間耐久レースはボクも実際見に行きました。

当時学生として京都に住んでいたので距離的に100kmぐらいで行けたんですよね。

あの頃はオートバイ人気が今と違い絶頂期で30万人近く集まってた時代です。

前日から乗り込んで雑魚寝して、当日は脱水症状みたいになり、

暑くて死にそうでしたが、それでも楽しかった。

初めて見た「TECH21」カラーの「FZR750」はとてもカッコ良く見えたものです。

当時、平忠彦選手が大好きだったので、すぐに虜になりました。

また、1985年の鈴鹿8時間耐久レースで残り30分でのリタイアは衝撃的でした。

強さと不運を持ったイメージでしたね。

ボクが好きな「TECH21」のカラーリングは年々変化を遂げていくのですが、

中でも好きなのは1985年から1987年まで使われた青紫のツートンカラー。

1988年からグラデーションに変わってからはイマチイなものになってしまいます。

この時代、FZ400Rなど好きな人は「TECH21」のカラーリングに塗装しなおしてました。

ボクもしたかったのですが、RZ250Rはネイキッドなので、

出来なかったことがとても残念でした。

メーカーからも特別仕様としていろんなバイクに「TECH21」カラーが用意されていましたし、

街でも乗ってる人をよく見かけてましたね。

今見ても魅力的なカラーリングです。

この時代、マルボロやラッキーストライクなどを含め、

とにかくスポンサーカラーが流行ってた時代だったことが、とてもよくうかがえますね!






ヤマハ・TZM50R。(番外編vol.754)

2015年02月27日 08時18分20秒 | Weblog
1987年、ホンダ「NSR50R」の登場により80年代後半から90年代にかけて、

12インチタイヤのミニバイクレースが盛んになってきます。

当時、ヤマハからは同一のコンセプトスタイルで売られていた「YSR50」がありましたが、

これは見た目そこレーサーレプリカ・スポーツですが、

エンジンを含め内容は完全レーサーレプリカの「NSR50R」に到底及ばないものでした。

世間でのホンダ「NSR50R」の需要の高さを感じたヤマハは、

次世代モデルとして1993年に「TZM50R」を発表、販売を開始します。

「YSR50」と違い「TZM50R」は高い性能を誇っており、

エンジンはそれまでの空冷式より「TZR50R」からの水冷式2スト単気筒50ccに変更され、

クランクケースリードバルブに、CDI点火制御装置を備えていました。

車体はスチール製だったパーツが各所にアルミ製に変更され、

さらに変則は6速MTで最高出力は当時のマックスの7.2psとなっていました。

最終モデルは1999年まで。

しかし、一時期は一斉を風靡するのですが、時代の流れにより、

次第に需要を失っていきます。

残念ながら10代〜20代の若い世代のバイク離れがその原因です。

今では「NSR50R」同様、引き続き開催されているミニバイクレースで、

中高年のライダーが所有するに限られていますが、

手軽なサンデーレースということで、一部ではありますが、

今なお盛り上がりを見せているようです。

将来、この手の12インチタイヤをつけたミニバイクで

4ストの高性能バイクが新たに登場すれば、もっと面白くなると思うんですが、

さてどうなるのでしょうかねぇ!(笑)



ホンダ・NSR50。(番外編vol.753)

2015年02月26日 08時39分59秒 | Weblog
まず、1986年にスズキから「GAG」、ヤマハから「YSR50」が登場し、

次いで1987年にホンダからも「NSR50」が登場します。

これによりミニ・レーサーレプリカというジャンルが新たに確立したことになります。

このタイプのバイクはスポーツレプリカを50ccのマメタン発想で作ったもので、

それまでのフルスケール版50ccスポーツとは全然違うものです。

また「GAG」と「YSR50」に関してはあくまで外見だけの

レーシングマシンの縮小版というパロディ指向の強いモデルだったのですが、

この「NSR50」に関しては走りを意識した完全なレーサーバイクで、

その後始まるミニバイクレースの主役となっていきます。

兄貴分にあたるNSR250Rの改良と共に進化を続け、最終で1995年モデルまで、

生産されていました。

また、30km規制を気にせず乗れる80ccモデルもありました。

当時は若い世代に人気のバイクで、峠でも多く見られたバイクです。

ボクがちょうど学生時代をおくった京都から地元に帰省して、

地元の有名な峠を走り始めた頃、このバイクがたくさん走っていたんですよね。

乗ってるのは、ほとんど10代の子たちで、ある意味命知らずが多くいました。(笑)

タイトなコーナーが続く峠だったので、うまい人なら中型バイクより速かった印象です。

トップスピードこそありませんが、見てても旋回性が良く、

激しい走りが可能だったようです。

ただボク個人の印象としては、とにかく「NSR50」は数が多く、

中には下手な人もいて、一緒に攻めてても邪魔な感じでした。

立ち上がりが遅くぶつかりそうになるんですよね。

高校生らしき人も多かったので、20歳を超えてたボクには、

うっとうしい連中という感じでした。(笑)

しかし、ボクの印象は置いといて間違いなく優れたバイクではあったですね!






スズキ・RG50Γ。(番外編vol.752)

2015年02月25日 08時26分29秒 | Weblog
1982年に登場したスズキ「RG50Γ」ですよ。

ボクにとっては超懐かしいバイクです。

実は、有名なRG250Γより1年早く登場したことはあまり知られていません。

また約10年間ほど生産されていたのですが、

ほとんど変わることなく売られ続けたバイクで、

初期モデルはリミッターなしのフルパワー仕様。

水冷式2スト単気筒で7000回転まで吹け上がり最高速は95kmまで出ました。

今では考えられませんね。(笑)

80年代中盤、ボクが峠で走っていた頃、よ〜く見かけました。

下りでとてつもなく速いヤツがいたんですよねぇ。

RZ250Rを86式TZ仕様にして乗っててもついていくのがやっとという感じです。

そいつは旋回性が半端なく早く、

さらに切り返しが超速いので直線のみ近ずくという屈辱的な思いをしたことを思いだします。

登りは相手になりませんでしたが、下りはとにかく超速い!

原付がチンタラ走ってんじゃねーよ!なんて絶対言えません。(笑)

当時の峠は250ccの2ストか400ccの4ストが主流でしたが、

中には125ccや50ccのかなり速い連中がいたんですよね。

この「RG50Γ」に乗ってた彼もそうで、毎日必ず来てました。

知らないうちにボクが走り出すと彼が後からついてくるし、

彼が走り出すとボクが後を負うという構図が出来上がっていました。

一回も話しをしたことがありませんでしたが、

なんとなくお互いライバル心を抱いていたことは間違いないです。(笑)

その後、彼がRG250Γに乗り換えてからもそれは続きました。

たくさんのライダーがいたのですが、なぜか彼とバトルするのが当たり前になってて、

そのおかげでボク自身も速くなっていった感じです。

思い出すんですよねぇ。

ワインディングでの速さは排気量じゃないってことを教えてくれたバイクだったです。




カワサキ・AR50。(番外編vol.751)

2015年02月24日 08時44分00秒 | Weblog
1981年に登場したカワサキ「AR50」ですが、

当時、高校生になったばかりのボクの学校は原付免許すら取得不可能で、

見つかればそく退学か停学でした。

それでも中にはこっそり免許を取得する人もいて、

学校にバレないように原付に乗る訳ですが、スクーターに乗る人ばかりでなく、

こう言ったスポーツバイクに乗ってる人も結構いたんですよね。

特にこの「AR50」はもっぱら速いと評判で、

いつも連んで遊んでた同じクラスの友達が持ってたのでボクも何度か乗りました。

原付免許すら持ってなかったボクでしたが、

田舎の山道で遊ばしてもらったことを思いまします。

当時は自転車以外ほとんど乗ったことがなかったので、

とても楽で速くて面白かったことを思い出しますが、完全に違反行為ですけどね。(笑)

この「AR50」はこの頃のクラス最強最高出力を誇っててパワーは約7.2ps、

リミッターがなかったので原付ながら最高速は80km近くまで出ました。

さらに2ストなので加速も速く同時期に別の友達が乗ってたホンダMBX50より、

数段、優れていたんですよね。

とにかくボクの場合、運転が未熟だったのでギアチェンジがよくわからず、

エンジン回転にうまく合わせることが難しかったですね。

それでも、なんとなく様になっていくのが嬉しかったものです。

多分、この頃からオートバイに強く興味を持つことになったのですが、

実際は高校卒業後の18歳まで免許は持たず仕舞いでした。

ボクもこっそり原付免許を取ってバイクに乗りたかったなぁって、

ぼんやり思い出しちゃいますね!(笑)






ヤマハ・RZ50。(番外編vol.750)

2015年02月23日 08時30分24秒 | Weblog
最初にヤマハ「RZ50」が登場したのは1982年で、

この時の「RZ50」は当時の背景からレーサーレプリカを意識した、

ネキッドモデルでした。

2ストレーサーとして速さを求めた50ccバイクだったんですよね。

初期モデルに関してはTZR50の登場で、生産中止となりますが、

新たなコンセプトを持った2代目「RZ50」として1998年に復活を遂げます。

当時、初期モデルから進化していたTZR50はTZR50Rへと以降しており、

このことから、2代目「RZ50」は完全にコンセプトが違い、

トラディショナルなスタイルを採用していました。

70年代を彷彿されせるスタイルで、完全にTZR50Rと差別化を図ったようです。

2代目「RZ50」のフレームはDT50の設計を流用しており、

キャストホイールから鉄スポークホイールへ変更、

角ばったサイドカバーやシートカウル類はデザインを一新され、

ロングタンクに短いシートカウルと、後年のレーサーを意識したデザインとなっています。

また、初期モデルは電装が6Vでキック始動だったのですが、

この二代目は電装が12Vに強化され、セル始動になっています。

ここが大きな違いで、ネームこそ同じですが別物と言ってもいいほどでです。

で、この2代目「RZ50」はヤマハ最後の2ストモデルとして、

2007年まで生産されることになるのですが、新しい排気ガス規制により消滅してしまいます。

これにより名車RZ250から27年間続いた「RZ」シリーズに幕を閉じたカタチになります。

今でも小排気量好きの2ストファンに愛されてるバイクで、

飽きのこないデザインが今尚人気を読んでいます。

カスタム化されたものも多く、街乗りだけでなくツーリングにも使われているようです。

4ストの125ccとほぼ同じパフォーマンスを持っているので、

お手軽に走りも楽しめるバイクなんですね!

スクーターの便利さを求めないバイク好きには、

ある意味、お財布に優しく、それでいて楽しく所有出来るステキな

バイクなのかもしれないですね!








ホンダ・ダックス。(番外編vol.749)

2015年02月21日 09時36分31秒 | Weblog
1969年に登場したホンダ「ダックス」です。

昨日のシャリーとは違い「クルマに車載出来るレジャーバイク」として誕生します。

1967年、先に登場した名車モンキーとほぼ同じコンセプトですが、

「ダックス」はよりアクロが走れ、50cc以外に70ccモデルもあったことが異なります。

この「ダックス」もお手軽なカスタムバイクとして現在でも人気が高く、

多くの人に愛されています。

1981年に一度生産中止となってしまいますが、

ファンの声に応えるカタチで1995年から再生産されます。

最終モデルは1999年まで。

合法なのか、不法なのか、現在はどこぞの国がこの「ダックス」のコピーモデルを

ネームを変えてまだ販売してますけどね。(笑)

しかし、こちらはエンジンが125ccとなっています。

「ダックス」の最大の特徴は名前の通り、長いホイルベースからくる、

犬のダックスフントに似ているスタイルです。

その分、大柄な人にとってはモンキーより乗りやすく、

倒してもガソリンが漏れない設計が利点となってるようです。

カスタムパーツは豊富に揃っており、モンキーやジャリー同様に様々なカスタムをすることが可能で、

全国各地に、そういったファンクラブがあるほどです。

本体車両は中古市場で豊富に取り揃っていますが、

お値段は程度によってかなり異なります。

できれば最初程度の良いノーマルを購入して、自分でカスタムすることをお勧めします。

いっぺんにやってしまうのでなく、乗りながら徐々にカスタムする方法が、

一番楽しく付き合うことが出来る気がします。

とにかく手軽に楽しめるバイクなので、この手が好きな人にはもってこいの1台です!


ホンダ・シャリィ。(番外編vol.748)

2015年02月20日 08時26分29秒 | Weblog
1972年に「手軽な奥様のお買物バイク」として登場したホンダ「シャリィ」です。

当時はまだスクーターが一般的でなく、

こういったバイクがその役目を果たしていたんですよね。

しかし80年代に入り、ヤンキーや暴走族が何故かこのバイクに目をつけます。

ホンダ・モンキーと同じようなカスタムバイクとして扱われるようになるんですよね。

それに伴いカスタムパーツも豊富になっていき、

違う方向性で人気を集めることになります。

この「シャリィ」は50ccと70ccの2種類があり、

それぞれ3速リターン式変速機が付いていました。

カスタムのポイントとしては、サスペンションのダウン化、

吸排気の交換やカバー類などの変更が上げられます。

大掛かりなものになるとフレームの見直し、

タイヤそのものの変更や、シートやオールペイントなど、

ほとんど全てがカスタムされている車両もあります。

90年代以降になると、一旦その勢いは衰えていくのですが、

最近になってまたその人気が復活しています。

かつてこの「シャリィ」をカスタムした人たちや、

モンキーやダックス、そしてカブのカスタムをしてた人たちが、

「もう一度やりたい」、「今度はこいつでカスタムしたい」って思いから、

再度、本格的なカスタムを狙って楽しんでる、

しかも中高年の人たちが増えてるんですよね。

「シャリィ」自体は70ccが1988年に生産終了、50ccが2000年で生産終了となっています。

中古市場ではそなりに球数はありますが、

初期モデルとなるとさすがに30年以上前の車両となるので、

比較的安いのですが程度の問題はありそうです。

とにかく手軽にカスタムを楽しむことが出来るバイクなので、

好きな人にはいいオモチャになってくれそうですよね。(笑)



ホンダ・CB600F ホーネット。(番外編vol.747)

2015年02月19日 08時21分07秒 | Weblog
2011年より販売開始された次世代のホンダ「CB600F ホーネット」です。

「ホーネット」シリーズ自体は1996年からスタートしており、

有名な「ホーネット250」を中心に、

「ホーネット600」「ホーネット900」とありました。

しかし、「ホーネット250」「ホーネット900」は2007年に新排気ガス規制の関係で生産中止、

「ホーネット600」は国内での販売不振からその前の2001年で販売中止となっていました。

しかし「ホーネット600」に関してはヨーロッパ、特にイタリアでの需要の高さから、

2003年より国外のみで生産を再開し、

2010年までマイナーチェンジを繰り返しながら存続していました。

で、その後継モデルとなるのがこの「CB600F ホーネット」。

外観から全て見直されており、エンジンもCBR600RRからの流用となっています。

そのエンジンは、水冷式4スト4気筒DOHC4バルブで排気量が599cc。

最高出力は102psでそれまでの「ホーネット600」とは格段にパワーアップされたものです。

見た目も近代的なデザインとなっており、

それまで特徴であったセンターアップマフラーも、標準のものに変更されています。

国内での需要は相変わらずないのですが、

ヨーロッパではかなり人気があり、

現在でもそこそこ売れているようです。

また中古市場では「ホーネット250」が大人気となっていますが、

「ホーネット600」「ホーネット900」に関しては球数も少なく、流通も少ないです。

また、「CB600F ホーネット」に関してもそれは同様で、

残念ながら国内での人気は相変わらず得られていないのが現状。

しかし、海外での人気は高いので、まだまだこれからも生産されていくんでしょうね!


映画「The Wild One」。(番外編vol.746)

2015年02月18日 08時28分13秒 | Weblog
1953年にアメリカで製作された映画「The Wild One」です。

日本では翌年の1954年に「乱暴者」というタイトルで上映されています。

この映画は初めてオートバイを題材に暴走族と暴走族の対立を描いたもので、

当時のアメリカ、イギリスで大きな影響を及ぼしたものでした。

主人公はジョニーを演じるマーロン・ブランド。

ジェームスディーン同様に彼のポスターは当時のバイカーのファッションバイブルになり、

アメリカではヘルズエンジェルス、イギリスではロッカーズを生みます。

原作は1947年のライフに掲載された短編小説を「ハーパーズ」が元になってて、

映画も実はかなり低予算で撮られいます。

実際見てみればわかるのですが、

オートバイを乗ってるシーンはほとんどバックにスクリーンが映されたもので、

実際は運転してないのがハッキリわかります。(笑)

架空の田舎町が舞台になっており、

主人公が乗ってるバイクは英国車のトライアンフ・サンダーバード。

敵方のボスが乗ってるのがハーレーダヴィットソンのサイドバルブ。

アメリカでの映画なのに主人公が英国車に乗ってるあたり、

この当時のバイクはアメリカよりイギリスのバイクの方が優秀だったことがよくわかります。

道路は舗装されておらず、ほとんど砂利道。

今見ると滑稽なところが多いです。

それでも当時の若者に大きな影響をもたらした名作で、

この映画がなかったらロッカーズのカフェレーサーバイクの登場もあったかどうかわかりません。

世間の評価はどうであれ、オートバイを最初に題材にした「The Wild One」。

バイク好きなら1度は見て欲しい映画です。(笑)