文章の世界は批評の場ではない。物事の奥に隠れた人の心の深部に大切なものをみつける、目の作業なのだ。 (村田喜代子「名文を書かない文章講座」より)
1987年に「鍋の中」で芥川賞を受賞した彼女の小説は、どれも振りかぶった名文調にならないように飄々と書いているのに凡庸でないところが秀逸。今「屋根屋」を読んでいるのですが、建物の話がいろいろ出てきて興味深いんです。建築好きなもので。
アーデンヒルのはずれに建つデザイナーズ住宅
この本に紹介されています
「アミアン大聖堂も、尖塔の屋根にずらっと付いたガーゴイルの化け物を見たかです。向うには日本の雨樋に代わるもんがありまっせんので、雨水ば吐き出す仕掛けですたい。それがみんな怪物の恰好ばして、大口を開けて屋根にへばり付いとります」
ノートルダム寺院の高い屋根や壁にもそれがあった。一本角の鬼、鳥、獣、龍、天使、それがみんな化け物めいた姿になって、嘔吐の恰好でずらっと並んでいたものだ。
「あれら怪物たちが雨の日に、一斉にげぼげぼと雨水ば吐き出す様を見たかです」 (村田喜代子「屋根屋」より)
1987年に「鍋の中」で芥川賞を受賞した彼女の小説は、どれも振りかぶった名文調にならないように飄々と書いているのに凡庸でないところが秀逸。今「屋根屋」を読んでいるのですが、建物の話がいろいろ出てきて興味深いんです。建築好きなもので。
アーデンヒルのはずれに建つデザイナーズ住宅
この本に紹介されています
「アミアン大聖堂も、尖塔の屋根にずらっと付いたガーゴイルの化け物を見たかです。向うには日本の雨樋に代わるもんがありまっせんので、雨水ば吐き出す仕掛けですたい。それがみんな怪物の恰好ばして、大口を開けて屋根にへばり付いとります」
ノートルダム寺院の高い屋根や壁にもそれがあった。一本角の鬼、鳥、獣、龍、天使、それがみんな化け物めいた姿になって、嘔吐の恰好でずらっと並んでいたものだ。
「あれら怪物たちが雨の日に、一斉にげぼげぼと雨水ば吐き出す様を見たかです」 (村田喜代子「屋根屋」より)