Gomaler's~神社仏閣巡り~癒しを求めて

主に関西の神社仏閣巡りと御朱印集めが趣味です。

神恵院・観音寺(2014年7月6日参拝)

2014-08-12 | 四国八十八箇所
もうこの辺りで帰宅の途につかないと明日に堪えるなぁ、と
思いながらも琴弾八幡宮に行ってないことに気づく。

ここまできたら行くしかないでしょ!

琴弾八幡宮に行くなら近くのお遍路の札所である
神恵院・観音寺にも行くしかないでしょ!(笑)

という訳で同じ境内に二つのお寺があるという、
世にも奇妙な神恵院・観音寺へ。



神恵院
所在地:香川県観音寺市八幡町一丁目2番7号
宗派:真言宗大覚寺派
御本尊:阿弥陀如来
創建:大宝3年(703)
開基:日証上人
札所:四国八十八箇所


【歴史】
日証上人がこの地で修行中、宇佐八幡宮のお告げを受け、かなたの海上で神船と琴を発見。
琴弾山に引き上げ琴弾八幡宮を建立して祀りました。

この時、神宮寺として建てられた寺が起源とされています。
大同2年(807)弘法大師が琴弾八幡宮の本地仏である阿弥陀如来を描いて本尊として祀り、
寺の名を神恵院とし六十八番霊場としました。

その後、明治初年の神仏分離令で八幡宮は琴弾神社と神恵院に分離され
神恵院は麓の観音寺境内に移転。

同時に八幡宮に安置されていた阿弥陀如来像も西金堂に移されました。
以降、神恵院は西金堂を本堂に阿弥陀如来像を本尊として今に至っています。


【仁王門】


二つの霊場の名前が書かれています。

こんなのは初めて見ましたよ。

逆のパターンとして善光寺は複数のお寺が護持しているのは有名ですよね。


【仁王像】



【参道】



【境内マップ】


本堂と大師堂以外は共同で管理してるのか、
それとも一つの組織が管理してるのか、分かりませんが、
恐らく御住職は一人しかいないと思われます。


【境内】



【本堂】


まさかのコンクリート打ちっぱなし。

まさかあの安藤氏が設計じゃないでしょうね。(苦笑)




こちらは普通。

二組の団体さんがいらっしゃったので、
一緒にお参りさせていただきました。


【交通厄除地蔵】


ここは帰りの事もあるので念入りにお参り。

安全運転第一です。


【大師堂】



【巍巍園】



【御朱印】




観音寺
所在地:香川県観音寺市八幡町一丁目2番7号
宗派:真言宗大覚寺派
御本尊:聖観音
創建:(伝)大宝3年(703)
開基:(伝)日証上人
札所:四国八十八箇所


【歴史】
創建された頃の寺号は神宮寺宝光院と称した。
大同2年(807)、弘法大師は琴弾八幡宮の本地仏である阿弥陀如来像を納めた時、
この寺の第7世住職となって入山している。

大師はその頃、琴弾大明神が乗っていた神船は神功皇后とゆかりがあり、
観音の化身であると感得した。
そこで大師は、琴弾山の中腹に奈良の興福寺に倣ならって
中金堂、東金堂、西金堂の様式で七堂伽藍を建立し、
その中金堂には本尊とする聖観世音菩薩像を彫造して安置した。

この地に仏塔を建てて瑠璃、珊瑚、瑪瑙などの七宝を埋め、地鎮をしたことから、
寺名の神宮寺を「七宝山・観音寺」に改め、霊場に定めたとされている。

桓武天皇はじめ3代の天皇の勅願所となり、
また室町時代には足利尊氏の子・道尊大政大僧正が住職として45年間務めるなど寺運は隆盛。

だが明治新政府の神仏分離令により本地仏を移し、一境内に二霊場となり現在に至る。


【本堂】


金堂とも呼ばれている本堂は室町時代の建築で重要文化財。

これこれ、やっぱりお寺はこういうのじゃないと。
コンクリートだと冷たい感じするし、落ち着かないよ。


【大師堂】



【宝物館】



【鐘楼堂】



【石仏】



【供養塔】





【大日堂】



【薬師堂】





【上人像】



【心経殿】



【開山堂】



【御朱印】


納経所は一箇所で漏れなく二つのお寺の御朱印がいただけます。

御朱印を担当される方々の墨書きが本当に速い。

お遍路さんはどこも早書きの方が多いですが、
あれぐらいじゃないと捌ききれないんでしょうね。


それと他の方の帳面をみたら、
帳面が朱印で真っ赤な御朱印帳を見た。

あれほど真っ赤になるのは15回以上は軽く参拝して重ね印してるはず。




このようにネットの画像では見たことあるけど、
実際に見ると真っ赤過ぎてちょっと引きました。(^^;


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