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横綱鶴竜の記憶

2020-06-11 22:29:03 | 他スポーツ
ついにプロ野球も来週の金曜日再開ということで、記憶ネタに頼らなくてもいい日々が戻りそうですが、今日はネタがなくまた記憶ネタです。今回は現役の横綱鶴竜を取り上げます。鶴竜は入門の際は決して体重のある力士ではなく、いくつかの部屋に送った、知人に日本語で書いてもらった紹介状がきっかけで井筒部屋に入門することになります。

当時の親方は元関脇逆鉾でしたが、鶴竜の将来性は高く評価しており、「逆鉾のもろ差しと(弟)寺尾の突き押しをミックスした力士に育って欲しい」とNHKに夢を語っていました。鶴竜は幕内に上がってきた頃は110kgほどの軽量力士でしたが、師匠の夢通りに突き押しを見せることもありました。

鶴竜は日本文化にはよく馴染んでおり、日本語の新聞が読めるほどの語学力があります。強くなるための努力も十分しており、110kgだった体重を筋肉で増量して今の140kgほどの体型を作っています。鶴竜の場合、同じモンゴル出身では朝青龍というお手本がいて、軽量力士だった朝青龍の努力も目にしてきたからこその成功でした。

もっとも、横綱になれたのはちょっとした運もありました。それまでの相撲協会は、横綱昇進には何が何でも二場所連続優勝が必要とかたくなでしたが、横綱が白鵬一人の時代が長かったこともあり、そろそろ横綱昇進の基準を緩め、二場所連続優勝に「準じる成績」でも上げてもいいのではと協会内部が変わってきました。鶴竜の昇進は、初優勝を果たした直後に「準じる成績」で決まりました。

鶴竜はもうかなりのベテランですが、未だに横綱白鵬との相撲は大相撲になります。最初は圧倒的に負けてばかりだった白鵬に、ここのところ追いつき始めており、右四つになっても白鵬に上手を取らせない相撲もできるようになってきました。白鵬が44回も優勝するこの時代に、優勝6回でしぶとく食らいついています。

今は、師匠の井筒親方の急死で、元大関霧島の陸奥親方のところに移籍しています。横綱がいることになった陸奥部屋が活気づき、若手の霧馬山も成長してきました。残された時間はそれほど長くはないかもしれませんが、相撲界を盛り上げていって欲しいものです。
コメント
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