東京-大阪 単身赴任 旅物語

2003年10月1日から2012年9月30日まで経験した単身赴任。帰省旅行の思い出と、お得情報を綴っています。

堅実な帰京

2005-11-27 22:05:00 | ANA
復路:11月27日(日)
鳳   →関空空港:関空快速
関西空港→羽田空港:ANA976便
羽田空港→浜松町 :東京モノレール
浜松町 →新宿  :山手線
新宿  →八王子 :中央線快速
運賃:¥11,240


帰京のときは、さすがに翌日の仕事への影響が気になるので、3週連続の夜行は避けて、マトモな方法で帰ることにする。とは言っても、かわいい子供達とは、日曜日の夜できるだけ一緒にいたい。そこで、

今宵の翼は、ANA976便である。

特割1+チケットレスで¥9,500、スカイマークよりも安い。予約のタイミングが悪かったためか、3列シートの真ん中しか取れなかったが、せめてもの救いは、非常口近くの足元の広い席がとれたことである。隣客が着席するときにも席を立つ必要がない。

いつもと違って、今宵の機材はB373-500となっており、座席は、隣との間隔が若干狭いように感じる。特に今回のフライトでは両側ともムサイ男に挟まれている(お互い様)ので、一層その感が強い。

3列シートとはいうものの、どこかの新幹線とは違って、センターアームがあるので自分の領域は明確であり、隣客との接触は最小限にできる。それに、ただが1時間のフライトである。東京~八王子の移動時間とさほど変わらない。

それよりも、前方で蓬莱のぶたまんを食している不届き者がいるようで、機内にその匂いが充満している。別に食事をするなとは言わないが、狭いキャビンゆえ、ぶたまんの類は避けて欲しい。

航行途中、管制官からの減速指示により、羽田到着が約5分遅れる旨アナウンスがあったが、結果的には、23時10分、定刻に到着した。いつもながらお見事である。この時間帯になると、乗替え連絡は綱渡りである。定時運行ほどありがたいサービスはない。

羽田空港に到着し、ベルトサインが消えるやいなや、事情を知っている乗客は一勢に立ちあがり通路に並ぶ。このタイミングが重要である。そんな中、よほど先を急ぐのか、50がらみのおっさんが、すいません~と言って割り込んで前に行こうとするが、すでに通路には人の塊ができており、前には行けない。急いでいるのは貴方だけではないのだから、素直に順番を待ちなさい。と、声に出しては言わなかったが、コートと鞄でブロックして、ボディランゲージで申し上げたつもりである。

それでもあきらめ切れないのか、私の背後を押すが、いくら、押されても前が動かないのだからどうしようもない。それよりも、背後から体を密着させるものだから気持ちの悪いことこの上ない。幸い、しばらくすると、前に行くのをあきらめてくれたのだが、痴漢に遭った女性の気持ちが少しは分かったような気がした。

その後、東京モノレール、JR東日本と乗り継いで、予定通り25時20分に東京宅に到着。自宅を出てから5時間弱である。非常に堅実な帰京であった。


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北陸廻り-避けるべき選択肢

2005-11-25 23:53:00 | 寝台列車
往路:11月25日(金)
八王子→川越:八高線普通
川越 →大宮:埼京線通勤快速
大宮 →長岡:Maxとき339号
長岡 →大阪:寝台急行 きたぐに
大阪 →  :関空快速


当初は、2回続けて能登+サンダーバードで帰阪するルートを考えていた。しかし、所用のため11月26日(土)朝8時頃までには帰宅することなり、そのため、北陸廻り2周目は上越新幹線→きたぐにB寝台と、かなり贅沢に? 帰阪することにした。周遊きっぷアプローチ券(行き券、帰り券)を大回り切符にして、運賃をコストダウンしたからこそ、可能になった方法である。

今宵は、予定していた会議が珍しく早く終わったため、切符の額面通り八高線、川越線経由というローカル線に乗って大宮に向かう。

東京で暮らし始めて2年以上経過するが、このルートで大宮まで行くのは初めてである。鉄道ヲタクではないので、未搭乗路線を征服しようという気持ちなど、さらさらないし、できるだけ、さっさと行きたいところだが、何せ、今は、夕方のラッシュアワーである。この時間帯、中央線なら辛うじて座れても、新宿から大宮の帰宅ラッシュは避けることはできないだろう。それを考慮すると、空いているローカル線というのは、それほど悪い選択肢とは思えない。

しかし、最初の八高線は、東飯能までは立ち席となる。もうすこし、早く空くかと思っていたが意外だった。首都圏のラッシュを侮ってはいけない。まぁ中央線や、新宿大宮間を立ち続けることを考えると、充分許容範囲内であるが。

今回は、大宮から新幹線に乗る。前回、きたぐにに乗車した時には、新宿から湘南新宿ラインで高崎まで乗り通したが、正直、疲れてしまった。快適さを目指すなら、普通車グリーン車という選択肢はあるが、グリーン料金を払うくらいなら、大宮から新幹線に乗っても料金は変わらない。

そこで、今回は、大宮でMAXときに乗車。予定では1本遅い臨時のときに乗車する予定だったが、前回と全く同じ新幹線に乗るのも芸のない話である。そこで、あえて、悪評の高い2階建て新幹線に乗り、実態を確かめようと思った。

2階席は特に酷いというのは知ってはいたが、1階席は既に埋まっていたので、仕方なく階段を昇る。2階席も混んでいたが、かろうじて、先客一人だけのシートの通路側を押さえることができた。一応、3人掛けのシートを2人で使ったことになるので、それなりにゆったりとはできたが、車内を見渡すと、3人がけのシートに3人びっしり座っている箇所が殆どである。東京~高崎間はそれなりに需要があるのだから、JR東日本は、殿様商売をするのではなく、編成を長くするか、列車本数を増やすべきであろう。

子供受けを狙ったように思われる外観とは裏腹に、2階席の3+3、センターアーム無し、リクライニングもしないシートは、高度成長期の日本を彷彿させる詰め込み具合である。さすがに、シートピッチはそこそこあるが、シート下が塞がっているので足が伸ばせない。そして、一番困ったのは、ペットボトルの置き場が無いことである。背面には雑誌を留めているベルトしかなく、これでは役に立たない。普通、網袋くらいあるでしょう。3+3のシート配列が悪いと言わないが、新幹線特急料金を取る以上、せめて、飛行機並の設備にしてもらいたいものだ。

とはいっても、高崎以遠は比較的空いてきたので、まぁ許そうかなぁという気分になる。前回高崎から新幹線に乗車したのは実に正解だった。しかし、大宮~高崎の混雑や、チンタラチンタラ時間をかけてゆっくり進む普通列車での移動を考えると、どっちもどっちである。

結局、平日夕方はどのような手段を使っても、高崎まで移動には苦痛が伴う。とすれば、いっそのこと、クロスシートの八高線ディーゼルカーで高崎まで行くのが、時間はかかるが、一番安くて快適なのかもしれない。



長岡で新幹線を下車。

今宵の宿は、寝台急行きたぐにである。

列車の到着まで1時間近くあるので、新幹線待合室で過ごす。在来線のそれに比べると、随分ときれいである。しかし、新幹線最終列車が発車した後は、いつ、追い出されるか分からないので、連絡通路のベンチに移ってきたぐにの到着を待つ。

到着5分ほど前に、ホームに降りる。今宵は、自由席乗車口に5、6人の列ができている。前回より、乗客が多そうである。そういえば、サーバーステーションで、今宵のきたぐにの予約状況を何の気なしに見てみると、グリーン車△、禁煙B寝台△となっていた。今宵は乗車率が高そうである。また、本日は12両で運転とのアナウンスも流れている。入線する時に自由席4両の混み具合を観察したが、通勤客に混ざって、旅行客とおぼしき人々も結構いる。ほとんどのボックスが2名乗車、1人だけのボックスは少なく、空ボックスは1つしか確認できなかった。

実のところ、金銭的な面から、今回は、寝台を利用すべきかどうか、かなり迷ったのであるが、空いていたとしてもボックス占領までは難しいと踏んでいたので、結局、寝台で帰阪することにした。もちろん、8号車のお得な中段を押さえている。また、寝台の造りは前回の旅で把握しているので、鞄やコート、上着の置き場に迷うことはなかった。

長岡を発車して、おやすみ放送があった。前回と異なり、後で検札にいくと明言していたので、直ぐに眠らずに検札を待つ。

検札後、アイマスクと耳栓をして眠る。通路を人が通る時に、どうしてもカーテンに触れてしまい、蛍光灯の光が寝台に入ってくることがあるので、アイマスクはあった方が良いだろう。

その後、気が付くと、直線区間を快調に走っているようなので、東海道線に入っているのかな?と思ったら、案の定、大津到着手前のおはよう放送が流れてきた。あと、30分は眠れるので、寝返りを打ったものの、

...本日は、自由席混み合いまして、ご迷惑をおかけします...

という放送に聞き耳を立ててしまった。やはり、こういうこともあるのだ。もし、自由席を選んでいたら、どうなっていたことか?? 長岡では、一応2席占有して着席できただろうが、真夜中の金沢か福井あたりで、席の一つを明け渡す羽目になり、そして、停車駅毎に立ち客で混雑していく中、熟睡できず憂鬱な気分で帰阪することになっただろう。高くはついたが、寝台を選んで本当に良かった。金曜日のきたぐに自由席で大阪入りするのは、ちょっとリスクがあるように思える。少なくとも、グリーン車が△になっている時は、避けた方が良さそうだ。

京都を出てから、再び眠ろうとするが、結局、眠れないまま終点大阪に到着。

ところで、大阪到着前に流れた車内放送...本日もJR線をご利用下さいましてありがとうございました...で、JR線という言い回しが非常に気になった。

そうか、JR東日本の車掌が夜通し勤務しているのか、だから、JR西日本をご利用下さいまして、とは言わないのだ。そういえば、JR西日本が車掌をしている寝台特急北陸では、上野を発車した後に...本日もJR線をご利用下さいましてありがとうございます...と言う。それと丁度、逆の関係だな。きっとJR各社間で申し合わせがあるのだろう。と、つまらないことに妙に納得して、列車から降りる。

ビルの谷間から陽が射し込む、清々しい朝である。

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阪急三宮駅に思う

2005-11-21 00:09:00 | サンライズ瀬戸・出雲
復路:11月20日(日)
天王寺→新大阪:はるか
新大阪→三ノ宮:新快速
三ノ宮→東京 :サンライズ瀬戸
東京 →八王子:中央線快速


おやすみと、寝間で娘に声をかけ、スーツ姿は今宵旅立つ。

日曜日の夜22時過ぎ、我が家ではあたりまえになった出勤風景である。今宵の宿、サンライズ瀬戸のびのびシートに乗り、約10時間かけて通勤する。




周遊きっぷのメリットを活かすべく、天王寺からは上り最終はるかに乗車し、少しだけリッチな気分を味わいつつ、新大阪に向かう。

そして、新快速に乗り換えて三ノ宮まで逆行する。こんなに遅い時間帯なのに大阪から乗るとなかなか座れないが、新大阪からだと余裕で着席できる。どうせ、10時間以上かけて通勤するのだから、多少遠回りをしてでも、快適に移動したい。

新快速は、相変わらず、気持ちの良いスピードで疾走する。座席といい、スピードといい首都圏の東海道線とは全く比べ物にはならない快適さである。慣れてしまうと何のことはないのだが、私のように、東と西を行ったり来たりしていると、その差を常々感じてしまう。

書き物をする間もなく、三ノ宮に到着。ここで、上りホームに移動して、サンライズ瀬戸・出雲の到着を待つ。並行する阪急電車が、何本か通り過ぎる。

これを見るたび、いつも気分が滅入る。

1995年1月13日夕方、出張の帰り、私は、駅ビル下のトンネルから湧き出るように現れる阪急電車を、まさに、この場所で眺めていた。そして、その4日後、惨劇が発生した。

10年以上経った今では、何も無かったかのような繁栄ぶりである。しかし、私は知っている。あの時以来、阪急三宮駅の風景は全く変わってしまったことを。復興はまだ道半ばである。


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急行能登&サンダーバードで大阪へ

2005-11-18 23:33:00 | 列車
往路:11月18日(金)
八王子→東京:中央線快速
東京 →上野:山手線
上野 →金沢:急行 能登
金沢 →大阪:サンダーバード6号
大阪 →  :関空快速


周遊きっぷ行き券の残り半分を使って、北陸廻りで帰省の旅に出る。

今宵の宿は上野発の夜行列車 急行 能登である。

切符のルートは当然、一筆書きであるから、八王子からは、既に通過した中央線ではなく八高線、川越線を経由して大宮に向かうことになっている。

しかし、私も、それほど暇人ではない。車窓が楽しめるなら話は別だが、単なる移動なら、さっさと行動したい。それに、旅の始まりは、やはり上野駅にしたいものである。

と言う訳で、八王子から大宮までは、別途普通切符を購入して、いつもの中央線、山手線経由で上野に向かう。幸い、今宵は、中央線はダイヤの乱れはないようである。と、思ったら、神田駅で、線路に人が立ち入ったとのことで、京浜東北線が止まった。が、数分で運転再開。全くもって、人騒がせな話である。

上野駅に到着したのは23時前ということもあって、既に、大方の店は閉まっていた。今宵は12月並の寒さで、どこかの茶店にでも入り暖をとろうと思ったのだが、あてが外れた。

仕方なく、13番ホームのベンチに座り、この駄文をしたためる。向こうの16番ホームでは、寝台特急北陸が既に到着している。今宵の宿の急行能登は、この北陸と付かず離れず、晩秋の北陸路へと旅立つ。

上野駅ホームの端の喫煙コーナーでニコチン補給をしながら列車の到着を待つ。自由席の行列はまばらで、こんなことなら、指定をとるまでもなかったかと思われた。

そして、23時13分、急行能登が入線。これから車内清掃等が行なわれる。

自分の乗り込む2号車禁煙指定席付近まで戻ると、驚いたことに、非常に長い行列ができている。自由席よりも指定席の方が乗客数が多い。この人数だと、まさか、自分の隣席も埋まってしまうのか?と不安がよぎる。一方、同じ指定席でも、レディースカー1号車や、喫煙者3号車の乗客数は非常に少ない。次に乗車するときには、2号車は避けようと心に決めた。

シートヘッドカバーの取り付けを行うためか、車内整備には大変時間がかかる。長い間、待たされた挙げ句、扉が開き、自分の席に着く。いざ、乗ってみると、それほど混んでいる様子はない。幸い、私の隣も、お約束通り空席である。週末故、グループ客が多かっただけである。しかし、シートを回転させてボックスを作れるほどのゆとりは全くない。

さて、その急行能登のシートであるが、最悪である。座面は狭く、また、前のシートとの間隔(所謂シートピッチ)も極めて狭い。明らかにJR西日本の快速列車より座り心地が悪い。古い特急車両で運行される臨時ムーンライトながらにも負けている。特に、シートピッチが狭いのには閉口した。いわゆるエビ寝をしたときの膝のやり場がなく非常に寝苦しいのである。

経年変化とはいえ、昔は特急列車として走っていた車両である。センターアームもなく、座席の間隔も狭く、このような車両でよく、不満が爆発しなかったものだと、今更ながらに不思議に思う。それとも、昔は、これがあたりまえで、今は、単に、贅沢に慣れてしまっただけだろうか?

列車は、定刻に上野を出発するが、オルゴールを速回ししたような鉄道唱歌がおちゃらけで、せっかくの旅立ちが台無しである。それでも、併走する満員の京浜東北線電車を尻目に寛ぐ優越感が、旅情をさそう。

大宮到着。

飛び込み乗車とおぼしきサラリーマンが何人か乗車する。

今宵のために、以前の近鉄特急の時のように持参した折り畳み椅子の上に鞄を載せて、座席を簡易ベッド化しようとするが、思いの外シートピッチが狭いために収まりが悪い。それでも、なんとかセットして、試しに横になってみる。寝苦しくてなかなかポジションが定まらない。しかし、そろそろ、眠くなってきたので、アイマスクと耳栓を付けて、睡眠体制に入る。と、車掌が現れて、検札が始まった。

もう、24時を過ぎているので、てっきり検札は無いものと思っていたのだが。見ていると、既にお休みモードに入っている乗客を起こしてまで、杓子定規に検札を行っている。これは、接客応対としてはよろしくない。なぜ、上野出発後速やかに検札を開始しなかったのか、疑問に思われる。

さて、検札が終わると、睡眠薬の効果もあって、知らない間に寝てしまった。そして、間の悪いことに、高崎を出た後のおやすみ放送で目が覚めてしまった。

ここからが大変で、せっかく、減光したのにもかかわらず、寝床が窮屈でなかなか寝付けない。睡眠薬を補充し、横になるが、やはり窮屈である。

そうこうしていると、誰かが、肩をたたく。この夜中にいったい何の用かと、アイマスクを取って見ると、信じられないことに、前席の乗客の足がシート背もたれを越えて目の前にあった。”おんどれ、何さらすねん!!”と河内弁で捲し立てることはなかったが、足を掴んで、背もたれの向こうに投げつけるように押し返してやった。寝相が悪いのにも程がある。

水上到着。急行能登は、ここで短時間、運転停車した。

自由席かもしくは、喫煙指定席に乗り移り、ボックスを作って眠ろうかとも思ったが、寝床を片づけるのが面倒くさく、また、物音を立てるのも憚られたので、そのまま同じ場所で悶々とする。まわりを見ると、同じようにエビ寝で上手に眠っている人もおり、大したものだと感心した。

どうしても、膝が窮屈だったので、ここで、エビ寝から姿勢を変えて、上体を起こし、窓側によりかかり、足を伸ばすようにしたら、随分と楽になり、再び曝睡モードに入ったようだ。

その後、長岡で逆行発車した瞬間は覚えているが、直江津~糸魚川あたりまで記憶がとぎれる。それから、うつらうつらして、富山のおはよう放送で完全に目が覚める。

あたりを見渡すと、随分、空いているようなので、前の席を回転させ、ボックスを作り寝そべる。さすがに、こうするとベッドと同じで凄く楽である。労を惜しまず、最初からこうすればよかった。次回からは、高崎で自由席に乗り移ることにしようか。

ところで、シートを回転させ、ボックスを作った時に驚いた。リクライニングさせたこともあって、席と席との間隔が20cmも無い。こんな状態で、どうやって4人、向かい合わせで座るのか??? 昔特急のシートピッチが如何に狭かったか! を物語っている。

富山から1時間ほどで、終点金沢に到着。


ここで、サンダーバードに乗り換えて、一路大阪を目指すが、朝食を摂るために途中下車する。周遊きっぷを差し出すと、不審そうに眺めてなかなか改札を出してもらえない。経由を記載している箇所を示して、ようやく理解してもらえた。まぁ、それも無理なかろう。米原→京都市内という切符で、金沢で降りるのは尋常ではないだろうから。

金沢で、駅弁を仕入れるつもりが、まだ、7時前ということもあって店はシャッターを閉めたままである。ここでも見事に当てが外れてしまった。

仕方がないので、駅のコンビニで弁当を購入し、ホームのベンチに腰掛けて食す。もう一眠りするために、なんでも良いから腹を満たしておくつもりで買ったものの、冷たいコンビニ弁当は賢明な選択ではなかった。ホームの駅そばなら既に開いていたので、そちらの方がずっと良かった。

6時55分、サンダーバード6号が到着。金沢で6両増結し12両で大阪に向かう。

金沢駅のアナウンスは”こんどの列車は、...”とまるで、首都圏のような案内をしているのが気にくわないが、それはさておいて、このサンダーバード6号は、指定席を取るのが非常に困難で、禁煙窓側席をえきネットで1ヶ月+1週間前に予約したが、見事にアウト。結局喫煙席しか取れなかった。恐らく、旅行会社等が、団体枠を使って一般予約の前に押さえているためと思われる。また、空きが出てもすぐに埋まるような状態で、本日はグリーン席含めて指定席は全て満席となっているらしい。自由席も30分前から長い行列ができており、人気の高さが伺える。

実際に乗車すると、先ほどの能登とは打って変わって、広いシートピッチ、快適な居住性で普通席があたかもグリーン席のように思える。隣客は小柄な老婦人であり、連れとは席が離れている様子で、特に問題はない。本日は、全体的に年輩の行楽客が多いように思われた。

発車後、しばらく、車窓を楽しむ。サンダーバードは快調に飛ばしており、気持ちが良い。そして、往年の特急と現代の特急の違いを改めて実感した。

福井手前から小1時間眠り、睡眠不足を解消する。湖面に反射する太陽の光で目覚め、程なく京都に到着。乗客の大半が下車する。

その後、新快速以上の俊足で駆け抜けて、新大阪、そして定刻の9時37分終点大阪に到着した。

北陸廻りと言うとかなり遠回りをする印象を与えるが、遠いと言っても上野から夜行で約10時間の行程である。また乗り換え1回で大阪に行ける。


急行能登の実態を充分把握していなかったため、今回の帰省は、決して快適とは言えなかった。しかし、眠気は残るものの、夜行バスと違って足のだるさはあまり感じない。うまく活用すれば、安くて快適な帰阪ルートの一つになる可能性がある。今回の反省を踏まえて、いずれ再度チャレンジしたい。



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サンライズのびのびシートで快適に眠る方法(1)

2005-11-14 00:09:00 | サンライズ瀬戸・出雲
復路:11月13日(日)
天王寺→大阪 :関空快速
大阪 →三ノ宮:新快速
三ノ宮→東京 :サンライズ出雲
東京 →日野 :中央線快速


11月は、第1週を除いて毎週帰省する予定を立てていたので、東海道-上越-北陸の大回りコースを周遊きっぷの行き券帰り券に組み込んで、2週連続の帰省に使用する。

具体的には、米原からスタートして京都から周遊きっぷ京阪神ゾーンに入るようにした。行き券、帰り券とも東京へ向かう時には、東海道経由として、サンライズ瀬戸、出雲が使えるようにし、日曜日の夜、自宅でゆっくりと過ごせるようにした点がミソである。周遊きっぷは¥26,660、さらに、堺にある自宅から米原までの普通乗車券が必要なので、合計すると運賃は3万円弱となる。これに、特急券、急行券を加えても、1行程あたり1万1千円程度と、新幹線より安くなる。今回は、都合で、長岡→米原→大阪では、きたぐにのB寝台を使う予定だが、それでも1行程あたり1万2千円程度である。

なお、今回の周遊きっぷは、JTB八王子支店にお願いしたが、ややこしいルートであるにもかかわらず、担当者は手慣れている様子で、10分程度で発券してくれた。時間がかかるようなら、後で取りに来るつもりでいたのだが拍子抜けした。

最初の行程は、いつものサンライズ出雲のびのびシートで三ノ宮から始まる。わざわざ三ノ宮へ逆行したのは、睡眠時間を延ばすためである。そのためにJR西日本の大阪~三ノ宮の昼特きっぷを金券ショップで予め購入しておいた。往復¥580の追加投資で20分の睡眠時間が買えるなら、まぁ納得できる。もちろん、大阪→東京と三ノ宮→東京の特急料金は同額である。

ちなみに、サンライズ出雲の三ノ宮発車時刻は0時9分で既に日付は月曜日になっているが、日曜日の夜の最終列車まで、昼特きっぷは有効とのことである。ちなみに大阪行きの最終が三ノ宮を出るのは0時37分である。従って、日曜日の深夜にサンライズ瀬戸、出雲に乗車する場合、大阪までは昼特切符が有効であるということになる。

大阪→米原間は、当然、京都で分割し、運賃を安くしている。おかげで、検札の時には、乗車券、特急券あわせて、5枚も差し出したので、車掌に???というような顔をされた。

さて、今宵の宿はサンライズ出雲のびのびシートである。

前回の轍もあり、最初から、睡眠薬を服用したため、大阪を過ぎたあたりで沈没した。それは良かったのだが、5時45分、熱海到着のころに目が覚めてしまった。

トイレに行って、再び寝ようとするが、腰のクッションを、実験的に空気枕に変更したためか、おしりが痛くて、寝付けず、結局、そのまま東京に到着してしまった。

しかし、東京で乗り換えた中央線で、車両端の席に座れたため、再び爆睡でき、職場に到着した時には、割りとすっきりとした朝を迎えることができた。

サンライズのびのびシートの床はカーペットなので、何かを下にひいた方が寝やすいのだが、携帯性も含めて、何が一番良いのか、まだまだ研究の余地がありそうである。約一畳分のスペースがあるのだから、工夫次第で銀河よりも寝心地は良くなると思う。


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大阪行き夜行バス トレンディ号

2005-11-11 22:30:00 | 夜行バス
往路:11月11日(金)
京王八王子→あべの橋:近鉄夜行バス トレンディ号 
運賃:¥7,350(回数券)

金曜日の夜に東京八王子から夜行バスで帰阪する。

今宵の宿は近鉄夜行バス トレンディ号である。

八王子にある東京宅から、乗換なしで大阪あべの橋(天王寺)まで行けるのは、トレンディ号の大きなメリットである。おまけに安い。従って、単身赴任を開始した当初は、ほとんど、このルートで帰阪していたものだ。

反面、本当に、寝て、起きるだけの機械的な帰郷になってしまうので面白みが無く、最近は、色々なルートを試しているのだが。

もう一つ、大阪方面行きトレンディ号の不満な点は、運行ルートとダイヤである。

京王八王子22時30分発は良いとしても、消灯時刻は23時である。私の生活リズムからすると、チト早すぎる。また、途中、JR茨木、阪急茨木に停車する。まだ、5時半である。たとえ耳栓をして寝ていても、どうしても起こされてしまう。次に停車する東梅田まで、もう一眠りできれば良いのだが、これがなかなか困難である。いきおい、睡眠不足状態で天王寺に到着することになる。

では、新宿や東京からも、夜行バスが多数出ているのだから、そちらを利用すれば良いのでは? と思われるかもしれないが、元々運賃が高い上に、東京宅からバスターミナルまでの運賃がバカにならない。一方、ツアーバスなら3列シートでも6000円台なのだが、クオリティの面で不安がある。また、路上集合では、雨でも降れば辛かろう。

実のところ、帰阪のための3列シート夜行バスの決定打は、まだ見いだせてはいない。この冬からスーパードリーム号が登場したが、色々なおまけが付いてはいるものの、シートピッチが広がった様子は無く、8900円という価格に対する魅力は、さほど感じないでいる。結局、八王子と堺とを往復する私にとっては、トータルで無難な夜行バスは、近鉄夜行バストレンディ号という次第である。


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