おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

少年H

2023-11-24 07:06:29 | 映画
「少年H」 2012年 日本


監督 降旗康男
出演 水谷豊 伊藤蘭 吉岡竜輝 花田優里音 小栗旬
   早乙女太一 原田泰造 佐々木蔵之介 國村隼
   岸部一徳 濱田岳 山谷初男 でんでん

ストーリー
昭和初期の異国情緒あふれる神戸。
胸に名前の頭文字“H”が大きく刺繍されたセーターを着るHこと妹尾肇(吉岡竜輝)は、好奇心に満ちた少年だった。
洋服の仕立屋を営む父・盛夫(水谷豊)、クリスチャンの優しい母・敏子(伊藤蘭)に温かく見守られながら、2歳下の妹の好子(花田優里音)とともに家族4人で楽しく元気いっぱいの毎日を送っていた。
仕事柄、外国人との付き合いも少なくない盛夫は偏見や周囲の空気に流されることなく、自分の目で見て考えることの大切さをHに教えていく。
幸せいっぱいに過ごす妹尾一家だったが、時代は急速に軍国化の道を突き進み、近所のうどん屋の兄ちゃん(小栗旬)が政治犯として逮捕されたり、召集されたおとこ姉ちゃん(早乙女太一)が脱走したりと、一家の周囲にも次第に戦争の足音が忍び寄ってきた。
いよいよ開戦し、軍事統制が一層厳しくなる。
自由に物を言うこともできにくい空気が漂う中、自分が疑問に思ったりおかしいと感じたりしたことを素直に口にするHに、盛夫はしっかりと現実に目を向けるよう教える。
やがてHは中学へ進学したが、明けても暮れても軍事教練ばかり続く。
盛夫は消防署へ勤め、敏子は隣組の班長になり、好子は田舎へ疎開していた。
敗戦の色が濃くなり、神戸の街も空襲により一面焼け野原となる。
そして迎えた終戦。
少年Hたちは、新たなスタートを切るために一歩踏み出す……。


寸評
少年の目を通して戦争直前、戦中、戦後の混乱期が描かれているが、声高に反戦を歌うようなところがなく、ごく普通の人々を通して世相を描いているのが新鮮と言えば新鮮と言える。
洋服の仕立屋を営む妹尾盛夫はリベラルな思想を持つ人物だが、現実的な選択をする一般的な庶民である。
スパイにみられるといけないからと息子の肇に軍艦の写生を禁じているし、クリスチャンを咎められたら踏み絵をすればいいんだと家族に言って聞かせている。
世の中の流れに逆らってまで自分の信念を表に出して生きようとしている人物ではない。
思いをはせてみれば世の中で一番多いタイプの人間だと思う。
悪く言えば長いものには巻かれろという生き方だが、性格はいたってまじめで誠実な人物である。
父親の影響を受けている息子の肇は、そんな大人びた生き方が出来ないから、つい余計な一言を発してしまう。
それはまともな意見なのだが、得てしてあまりにもまともすぎる正論は受け入れられないことがある。
少年の純粋さと、理想を受け入れない時代の流れの中で、肇は現実社会と戦っていくことになる。

現実に目を向けて生きていかざるを得ない少年を描いているのだが、全体的にリアリティを感じないのが残念。
とても戦時中のことを描いているとは思えない描写が多くて本当に自伝的小説が原作なのかと疑ってしまう。
エンパイアステートビルが写った絵葉書を見、車の普及や地下鉄の発展を聞き、肇は開戦直後に「アメリカに勝てるわけない」と思うのだが、肇はそれほど賢明な子供なのだろうか。
目標を失って気が抜けたようになってしまった父親に対して、肇は一体どう思っているのかと詰め寄るのだが、軍国主義の中を生きている子供が両親にタメ口でつっかかるのも違和感が生じる。
何よりもセット丸出しの町内の様子がリアリティを奪っていた。

世相を表すシーンを盛り込んでいるので、当時の様子が分からぬでもないが至ってのんびりしたものに感じる。
防空壕のシーン、バケツリレーの訓練シーン、中学生への対戦車用の軍事訓練、思想犯に対する赤狩り、スパイを疑われる家族への嫌がらせ、戦後の思想変節など、どのシーンをとっても風俗描写的に描かれているだけで、そこにドラマを感じ取ることはできない。
僕は、この作品は明らかな失敗作だと思うが、反面良心的な作品であることも確か。
見所は父親と息子の精神対決だろう。
それに博愛主義者の母親との対峙も加わって、成長していく少年の気概が感じ取れるものとなっている。
あの時代に生きた少年たちは精神的にも肉体的にも鍛えられた強固な子供たちだったのだと思う。
戦後復興の礎になりうるものを身に着けていたのだと感じる。
原田泰造の軍事訓練教官は恥じらいもなく民主主義を謳歌する側に廻っているのだが、戦後民主主義は見方によっては軟弱な日本人を生み出していったのかもしれない。
佐々木蔵之介の教官は元の時計屋に戻って必死に生きている。
父親も仕立て屋を再開することになる。
庶民は雑草の如く強いのだ。
それにしても、降旗康男って高倉健を使わないとダメな監督なのかなあ・・・。