「この首一万石」 1963年 日本
監督 伊藤大輔
出演 大川橋蔵 江利チエミ 堺駿二 平幹二朗 藤原釜足
水原弘 大坂志郎 原健策 東野英治郎 原田甲子郎
河野秋武 香川良介 赤木春恵 吉田義夫
ストーリー
人入れ稼業井筒屋の抱え人足で槍奴ぶりが評判の伊達男、権三と浪人者凡河内典膳の娘ちづはかねてからの恋仲だが、娘の夫は武士でなければという典繕の一徹さのために結婚出来ないでいた。
そんなことから権三は武士になりたいと願うようになった。
ある日、井筒屋に小大名小此木藩から九州へ帰国のための人足を雇いたいという注文が舞い込み、権三は仲間の助十たちと旅に出ることになった。
ちづと愛を誓い合い旅に出た権三は、宿で仲間たちから女遊びを誘われても一人宿に止まるのだった。
その翌朝、はずみで権三は足の生爪を剥いでしまい行列に落伍することになった。
一人旅の権三はのんびり三島の宿にたどりついたが、宿場女郎ちづるがちづと瓜二つなのを知った。
有頂天の権三は本陣に槍を立てて務めを終えると、先刻の遊女屋へ引きかえしていた。
その頃本陣では、小此木藩と後から到着した渡会藩とがハチ合わせするという事件がもち上っていた。
渡会藩が大藩の威力で本陣の明け渡しを申し出たことから、小此木藩も対抗上、東照神君由来の名槍阿茶羅丸を捧げての道中であると、でまかせの口実で拒んでみたものの、渡会藩の賄賂政策にあっさりその申し入れを受け入れて脇本陣へ移っていった。
ところが、阿茶羅丸だという槍が権三が立て掛けたままになっていたので、渡会藩は小此木藩の芝居に気づいて責任者の切腹を要求した。
のっぴきならなくなった重臣たちは身代りの下郎の首で急場を凌ごうと決めて、かねてから武士への憧憬を語っていた権三に目をつけた。
遊女屋から連れ戻された権三は、武士の姿に整えられていく自分の姿を眺めてたあいなく喜んでいた。
しかし権三の夢は儚なく消え、武士の世界の醜い裏側を見せられた権三だった。
がむしゃらの抵抗を試みる権三に武士たちの刃が執拗に迫った。
人足たちも権三を救おうと問題の槍を渡会藩から取り戻したのだが、代官所の鉄砲は非情に火を吹いた。
寸評
権三は今でいうところの派遣社員である。
自分たちが犯した失態を派遣社員の権三に押し付けて責任逃れをする正社員の姿がダブってくる。
武士の非道と身分制度からくる階級差別のために死んでいく哀れな青年の姿を描いて、その姿は哀れだ。
権三は無学だが真面目に働いている一般的な男だ。
庶民階級の女性にはモテる色男だが、派遣家業の下積み生活を真面目に努めなければならない境遇である。
しかし、その努力は一行に報わず、プライドの高い恋人の父親からその身分を否定されている。
自分の分をわきまえずプライドだけは高いという人間は時代を超えているもので、ちづの父親である浪人もそんな人物で、お前は何様だと言いたくなるような振る舞いを見せる。
そんな父親など無視しても良さそうだが、儒教思想が強いこの時代は父親に逆らうことが出来ない。
地位も財産もない庶民はなんとも報われない存在だと言っているようである。
人生のあやとでも言おうか、ちょっとしたことで物事が大きくなってしまう。
小此木藩の一行が宿を変わることになったが、宿屋の主人が看板を外していなかったのでその事を知らず、権三は自分の受け持ちの槍をそこに立てかけて出かけてしまう。
ちょっとしたタイミングのずれが引き金となってしまったということだ。
そして小此木藩と渡会藩の意地の張り合いがそれに輪をかける。
意地の張り合いが高じて、思い付きの嘘を混ぜて自分たちを大きく見せるのだが、最初は上手い機転だと称賛された嘘によってさらに物事が複雑化してしまう。
小此木藩の重臣は金を受け取り納得してしまうのだが、その失態をお互いに責め合うという見苦しさを見せる。
私腹を肥やしている様子が事前に描かれていることが伏線となっている。
お互いの意地を通したところで、渡会藩ではまあこの辺が手の打ち所で事を収めようとしたのだが、一方の小此木藩では武士に仕立て上げた権三に切腹させようとしていたという思惑違いが生じているという具合で、一つのボタンの掛け違いが大ごとになってしまったという顛末である。
ラストシーンでは武士の非道に権三は槍を振り回して暴れまくる。
権三の怒りが爆発する場面だが、そこでは豪快な立ち回りと壮絶な斬り合いが展開され、男性的な映画を撮り続けた伊藤大輔の映画だと感じさせる場面となっている。
観客は傷つきながらも突きまくる権三の姿をみて、権三の怒りに同化するのを意図したシーンが続くのだが、僕はなぜか冷静で居られた。
どうも権三の悔しさが伝わってこなかったのだ。
その原因は演じているのが大川橋蔵だったからではないかと思う。
大川橋蔵の端正な顔立ちからは悲壮感が感じ取れないのだ。
手前勝手な理屈の犠牲になる権三の怒りのエネルギーに感情移入していく醍醐味感が乏しかったように感じる。
当時の東映若手俳優の中にあって演技派と呼べるのは中村錦之助しか居なかったのかなと思わせる。
伊藤大輔晩年の作品だが、少しもったいないキャスティングだった。