おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

スミス都へ行く

2022-09-30 08:04:06 | 映画
「スミス都へ行く」 1939年 アメリカ


監督 フランク・キャプラ
出演 ジェームズ・スチュワート ジーン・アーサー
   クロード・レインズ エドワード・アーノルド
   ガイ・キビー トーマス・ミッチェル

ストーリー
あるアメリカの州の上院議員が在任中に死亡し、知事がその後釜となる人間を選ばなければならなくなった。
ホッパー知事はダム建設での不正に関わりを持ち、やはり議員であるペインや、新聞経営者のテイラーと気脈を通じていた。
新聞以外に手を広げているテイラーは州の土地を買い占め、そこにダムを誘致することで利益を得ようともくろんでいたのだが、死んだ議員はその仲間で、新しい議員も自分にに協力する人間でなければならなかった。
しかし改革派の突き上げも厳しく、知事は改革派からの批判も少なく、経験がないことからテイラーたちの意見に素直に従うだろうと考えボーイスカウト団長であるジェフ・スミスという政治とは無関係な若者を後任に選んだ。
議員となったスミスはワシントンへ出向くことになり、女性秘書のサンダースが彼をサポートした。
政治の道へ足を踏み入れたスミスだったが、海千山千のベテラン議員たちが権謀術数を弄する国政の場では、理想ばかり立派な無邪気なスミスは鼻も引っ掛けてもらえなかった。
彼は亡くなった父の親友でもあったペインに辞職の相談に行ったのだが、ペインはテイラーの一味で、スミスはあくまでダム建築の法案のためのコマとして議員でいてくれればいいと考える彼はスミスをうまくなだめて辞職を思いとどまらせた。
スミスは再びやる気を出し、故郷であるウイレット河一帯にキャンプ地を建設する法案をサンダースと共に作成したのだが、しかしその土地はダム建設予定地であった。
それを知ったペインはあわてて態度を翻し、スミスの除名動議を提出した。
信頼していたペインがテイラーと組んでいた事を知り、絶望したスミスはいよいよ辞職を覚悟したのだが、サンダースに励まされ、翌日の議会に出席することにした。
彼は発言を求め、上院の規定を利用し、延々と演説を続ける。
こうすれば彼を止めることはできず、したがって辞職させることもできないからである。
演説は24時間を越え、この様子にペインは反省して議場においてテイラーたちや自分の行為を認めた。


寸評
ジョージ・ワシントンやエイブラハム・リンカーンは様々なランキングでも常に上位に入っている大統領である。
この作品でもその名前が度々登場し、特にリンカーンに対しては特別な思い入れがあるようだ。
僕も社会科の授業で「government of the people, by the people, for the people 人民の人民による人民のための政治」というリンカーンが演説で述べた言葉を習った。
演説で述べた言葉が思い浮かぶのは上記のリンカーンと、「あなたの国があなたのために何ができるかを問うのではなく、あなたがあなたの国のために何ができるのかを問うてほしい」と述べたケネディだけである。
スミスはワシントンやリンカーンを尊敬している善良なアメリカ人の代表である。
秘書のジーン・アーサーを始めとする助演陣が充実しているが、ジェームズ・スチュワートがこれぞ.アメリカという印象を残す演技を見せている。
後半で延々と続けざるをえないスミスの弁論シーンには、現実離れしているが心打たれるものがある。

しかし、僕はこの映画は重大な欠陥を持っていると思う。
利権を目論んでいる悪徳政治家などが最初に示されることで政治サスペンスとしての醍醐味はなくなっている。
テイラーが州の実力者でホッパー州知事などを支配しているのは良いとしても、ペイン上院議員が彼らの一味であることを冒頭で明らかにする必要はなかったように思う。
スミスが信じていたように観客である我々もペインを信じるような描き方をして、スミスと時を同じくして彼の裏切りを知った方が政治ドラマとして盛り上がっただろう。
スミスは議会の規定を利用して延々と弁明を含めた演説を行うが、彼が第一に弁明しないといけないのは、自分は利益を得るためにキャンプ場建設を提案しているのではなく、土地譲渡に関する契約書は偽物と言うことだったはずで、先ずは自分は土地など所有していないことを立証すべきだったのではないか。
長い演説の進め方に工夫があっても良かったように思う。

スミスはペインの娘であるスーザンにぞっこんだった事を利用し、娘にそんな役はさせられないと言っていたペインが、結局娘を利用してスミスをピンチに陥れている。
その行為を行ったスーザンとのその後の関係が不明のままなので、サンダース秘書がスミスに想いを抱くようになっているらしいという描き方が、ラブストリーとしての盛り上がりを欠けさせてしまっているように思う。
スミスがキャンプ場の素晴らしさを語り掛けるシーンで、サンダース秘書である ジーン・アーサーのアップがソフト・フォーカスでとらえられる。
そのことで、サンダース秘書がスミスに愛情を感じ始めたことが分かるようには描かれているのだが、スーザンがその後登場しないので、スミスを巡る女同士の戦いはなかったように思われてしまう。

スミスはアメリカの良識を演じたと思うが、それ以上にアメリカの正義を見せたのは上院議長のハリー・ケリーで、彼は常に微笑みを見せながらスミスを見つめている。
議会妨害をする若者として嫌悪をすることもなく、彼の自由な発言を保証し、まるでこの様な若者の登場を待ち望み喜んでいるように見える。
僕には、彼こそがアメリカの良識の代表者だったように思え、ハリー・ケリーはもうけ役だった。