「紳士協定」 1947年 アメリカ
監督 エリア・カザン
出演 グレゴリー・ペック ドロシー・マクガイア
ジョン・ガーフィールド セレステ・ホルム
アルバート・デッカー ジェーン・ワイアット
アン・リヴェール ディーン・ストックウェル
ストーリー
妻に先立たれ、幼い息子トミーと老いた母との暮らしが続く人気ライターのフィリップ、通称フィルは、週刊スミスの編集長ミニフィの招きでカリフォルニアからニューヨークに移り、早速反ユダヤ主義の記事を依頼された。
この記事の発案者は、ミニフィの姪キャシーで、フィルは彼女に心を動かされる。
ともかく今回の仕事は厄介だった。
幼馴染みでユダヤ人のデヴィッドに相談しようかとさえ悩んだ末、フィルは自分自身でユダヤ人になり切ることにして、社の幹部との昼食会で、ユダヤ人だと名乗ったため、噂はあっと言う間に広まった。
真実を知っているのは、母、トミー、ミニフィ、キャシーだけだ。
フィルの秘書も実はユダヤ人だが、それが知れると雇ってもらえなかったとフィルに告白する。
フィルがユダヤ人と知ると、人々は急によそよそしくなる。
そんなおり、社の同僚のアンのパーティに出席し、フィルはキャシーに求婚する。
そしてキャシーはフィルを姉ジェーンに紹介するため、コネチカットの家を訪れたりしていると、デヴィッドが帰国。
彼をユダヤ人だからと罵ったり、フィル達のハネムーン先のホテルがユダヤ人を理由にキャンセルしたりと、現実にこの問題は大変根深かった。
このことがこじれ、フィルとキャシーの間にも溝ができた。
そしてようやくフィルの記事が発表された。
内容の素晴らしさが評価されると共に、実はユダヤ人でなかったとフィルに対する見方も変わる。
差別や偏見に目をそむけていたキャシーは、デヴィッドに悩みを打ち明け、彼の助言でフィルとやり直しを決意。
デヴィッドもコネチカットの山荘をかりて人生をやり直す決心をした。
寸評
キリスト教徒にとってユダヤ人はイエス・キリストを密告し処刑に至らしめたということで、ユダヤ人は迫害の歴史を背負うことになった。
僕はキリスト教徒ではないのでユダヤ人に対する憎しみはないし、宗教に対しておおらかな大抵の日本人は主教差別の意識はないのではないかと思う。
しかし、我が国においても潜在的な差別意識は残っているような気がする。
被差別部落の問題は改善されつつあるとは思うが、完全い払拭されたとは言い難いし、欧米人に比べるとアジア系人種に対する偏見も内在しているのではないかと感じる。
口には出さないが本人も気づかない中で心のうちに潜んでいる差別意識こそ根深いものだと思う。
「差別や偏見を目前にして沈黙するのは、それを助長することでしかない」とするのは、アメリカ社会におけるユダヤ人差別だけに言えることではない。
関わり合いを避けて不正に声を上げないことも又しかりである。
フィルはユダヤ人差別の記事を書くために、自らをユダヤ人と偽って取材を行うことを決意する。
秘書のエレインがユダヤ人であることで今の出版社を不採用となり、名前をアメリカ人風に変えて応募したら採用になったことを明かす。
フィルはリベラルを誇る雑誌社でも、採用に際してそのような差別が行われていたことに憤りを感じる。
人種による就職差別でそのことを非難すると、編集長は早速宗教を問わず求人することにする。
ところがエレインはユダヤ人女性が採用されると、自分達の立場が悪くなるとフィルに忠告する。
ユダヤ人であるエレインにすら、ユダヤ人は出来の悪い人間なのだとの思いがあるのだ。
出版社のみならず、当事者にもそのような偏見が生まれてしまっていることが、この問題の根深さを感じさせる。
僕はエレインのこの意識が一番印象に残った。
この映画はユダヤ人差別に対する反対運動を大々的に描いているわけではない。
むしろ暗黙の内に行われている差別と偏見を描いている。
エレインの言動に続き、リベラルな考えを持つキャシーまでがフィルに本当にユダヤ人なのかと聞くことで、偏見の根強さを思い知らされる。
フィルの母親が心臓病で医師に見てもらう際も、フィルがユダヤ人だと分かると冷淡な態度を取られる。
アパートの管理人もメールボックスの名前からユダヤ人と知り不快感を示す。
ホテルで予約を取ろうとしても体よく断られてしまう。
ある日、息子のトミーが友達から「汚いユダヤ人は仲間に入れない」と言われて泣いて帰ってくる。
キャシーは「大丈夫よ、あなたはユダヤ人ではないのだから」とトミーを慰めるが、フィルはそれが気に入らない。
それこそユダヤ人を差別する潜在的な意識なのだ。
キャシーはデヴィッドからテーマとなっていることを言われて行動を起こしハッピーエンドとなるのだが、僕にはどうもパンチ力に乏しい作品のように思えた。
フィルはユダヤ人でなかったことが分かり、記事も称賛されて人の目が一変するが、子供の世界ではそんな理解もされたとは思えず、仲間外れになったトミーはどうなったのか心配だ。 差別と偏見は根深い。