おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

スパイの妻

2022-09-27 07:05:00 | 映画
「スパイの妻」 2020年 日本


監督 黒沢清
出演 蒼井優 高橋一生 坂東龍汰 恒松祐里
   みのすけ 玄理 東出昌大 笹野高史

ストーリー
1940年。神戸生糸検査所にやってきた憲兵たちが、イギリス人のドラモンドを軍機保護法違反容疑で逮捕する。
その日、津森泰治(東出昌大)は軍服を着て、幼なじみの聡子(蒼井優)の夫、福原優作(高橋一生)を彼の経営する福原物産のオフィスを訪れたが、それは神戸憲兵分隊に分隊長として赴任した挨拶のためだけでなく、ドラモンドの友人である優作に注意を促すためでもあった。
横浜から神戸に引っ越し、今は洋館に妻と暮らす優作。
妻に仮面の女スパイの役をさせたアマチュア映画を甥で福原物産に勤める竹下文雄(坂東龍汰)と作って楽しみながらも、優作はドラモンド釈放のために手を尽くし、ドラモンドは福原家に挨拶に来てから上海へと去った。
優作は聡子の心配をよそに、文雄をともなって満州へ出張する。
夫の留守中、聡子は女中の駒子(恒松祐里)を連れて山に自然薯を掘りに行った時に偶然、天然の氷を取りにきた泰治と会う。
福原邸に通された泰治は、聡子も女中も執事も洋装、ウィスキーも舶来ものという福原家の暮らしぶりに、世間の目が厳しくなると心配する。
予定より二週間遅れて優作と文雄が帰国する。
港に出迎えた聡子は再会を喜ぶが、二人が一人の女を日本に連れてきたことに気づかなかった。
その年の忘年会で社員たちに優作が聡子や文雄と作った映画が披露される。
その後、文雄は社員たちを前に退社することを告げる。
聡子は泰治から旅館たちばなの草壁弘子(玄理)という仲居が殺された事を告げられ、嫌疑がかかっているのは文雄だが彼女を満州から連れてきて仲居の仕事を世話したのは優作だと言われる。


寸評
もとはNHKのBS8Kで放送されたテレビドラマで、2020年にスクリーンサイズや色調を新たにした劇場用映画として公開された。
お茶の間向けのテレビドラマとしては十分に評価できる内容だが、、映画となると深みが少ない印象を持つ。
その原因は物語の中で最も重要な人物の蒼井優演じる福原聡子の突飛な行動の必然性が薄い点にある。
彼女の価値観は夫への愛が一番で、夫との安定した幸せな生活を至上としている。
これは当時の女性の一般的な思いであろう。
実際に彼女は彼女が理想とする世界に居て、夫はそれに応えてくれていると信じている。
しかし、憲兵隊の泰治から勇作が満州から草壁弘子という元看護婦を連れてきて仲居の仕事を世話したと教えられ、夫への不信感が生まれる。
聡子は夢で夫と弘子の不倫関係を見るようになるのだが、描かれている時間が少ないこともあって草壁弘子の存在感は薄い。
この時点における聡子の価値観を観客に納得させる為の弘子の存在を描いておくべきだったように思う。
彼女の価値観が僕の脳裏に十分な量で刷り込まれていなかったので、ある種のどんでん返しとも取れる彼女の行動の変化に違和感が残ってしまった。
彼女のとる行動も夫への愛の産物なのだが単純すぎる展開である。
聡明な女性ながら夫への愛の為に思いもよらない行動をとる女としては少し弱い描き方に感じる。
「あなたがスパイなら私はスパイの妻になります」と言い放つ聡子に今までにない充実感が芽生えるという訴えかけが弱いのだ。
人妻に思いをよせる男を東出昌大が演じるというだけで緊張感が生まれるのだが、そのままスリリングな三角関係になるといった展開にはならない事を理解しながらも、聡子と泰治の関係は希薄に感じる。

聡子は「お見事です」と言って気を失うが、このドンデン返しはやはり見せ場だ。
密航を企てていた聡子は密告によって発見されてしまう。
密告者は誰だったのか。
サスペンスとしてのその疑問はすぐに分かってしまう。
聡子は優作を愛していたが、優作は聡子を愛していたのだろうか。
愛していたゆえの行動だったのだろうか。
優作のような純粋に正義感のある人物はいつの世でもいるのだろう。
おりしも、妻を愛しながらも汚れ仕事を押し付けられ罪悪感から自殺する赤木氏(安倍政権下での文書改ざん問題)のような人が出ている。
黒沢清は本来まともな人間が生きにくい舞台の象徴として、戦前の日本を選んだのだろうと推測する。
退院できるように取り図ろうと言う野崎に聡子は「先生だから申しますが私は一切狂っていません。それが狂っているということなのです。この国では」と言う。
まともな人間がまともに扱われない今の世を描いた政治映画と見るのは深読み過ぎるか?
終戦になり、翌年優作の死亡が確認されるが、報告書には偽造の疑いがあった。
聡子の渡米は優作と出会うためだったのか、それとも聡子は日本を見捨てたと言うことなのだろうか。