おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

マイ・バック・ページ

2021-11-25 07:33:04 | 映画
「マイ・バック・ページ」 2011年 日本


監督 山下敦弘
出演 妻夫木聡 松山ケンイチ 忽那汐里 石橋杏奈
   韓英恵 中村蒼 中野英樹 山崎一 中村育二
   菅原大吉 あがた森魚 康すおん 古舘寛治
   山内圭哉 長塚圭史 三浦友和

ストーリー
東大安田講堂事件が起きた1969年に東都新聞に入社した沢田雅巳(妻夫木聡)は希望した「東都ジャーナル」ではなく、「週間東都」に配属された。
「週間東都」で沢田は、フーテンの下で潜入取材しコラム記事を書いていた。
その過程でテキ屋のタモツ(松浦祐也)と親しくなったが、誤って売り物のウサギを殺してしまう。
入社して2年が過ぎた頃に先輩の中平(古舘寛治)から東大全共闘議長の唐谷義郎(長塚圭史)を紹介された。
指名手配中だった唐谷だが、沢田は全共闘の集会に車で彼を送り届け、そこで学生運動に燃える若者たちを見て熱い気持ちが燃え上がってくる。
それから沢田は自らを京西安保の幹部の梅山(松山ケンイチ)だと名乗る男と接触した。
共に取材した中平は梅山を偽物だと見抜き、相手にしなかった。
しかし沢田は音楽の趣味が共通する梅山と同世代だったこともあり親しくなっていく。
沢田は「東都ジャーナル」へ配属され、京大全共闘で思想家の前園(山内圭哉)と梅山を引き合わせた。
梅山は部下に朝霞駐屯地で襲撃事件を起こさせ、自らは手を汚さなかった。
梅山を取材した沢田は、殺害された自衛官の腕章を写真に撮り、スクープが取れた喜びに浸っていた。
しかし警察が梅山を思想犯ではなく殺人犯と断定したため、沢田は警察に事情を聴かれることになった。
預かっててくれと頼まれた腕章を気味悪がって燃やしたため、沢田は証拠隠滅の容疑で逮捕されて、懲役の実刑判決を受けてしまう。
殺人犯として逮捕された梅山も前園に頼まれただけだと主張し、赤邦軍の責任のなすりつけあいが始まった。


寸評
川本三郎氏の自伝的な「マイ・バック・ページ-ある60年代の物語」を原作としているが、どうせなら実名で描いた方が分かりやすいのに、日本映画では分かり切っているのに名前を変えたりするのは何故なのか。
僕は映画評論家としての川本氏の印象が強いし、彼が最後に渡される雑誌も「キネマ旬報」だったように見えた。
描かれていた東都新聞は「朝日新聞」のことだし、東都ジャーナルは「朝日ジャーナル」、週間東都は「週刊朝日」であることは容易に想像できる。
松山ケンイチが演じた京西安保の幹部と称する梅山は京浜安保共闘を名乗っていた菊井良治のことだ。
妻夫木聡の沢田は川本氏であり、作中で彼に起こったことは懲役10か月、執行猶予2年の有罪判決を受けた事などすべて事実であるから、妻夫木は正に川本氏の分身である。

僕の年代の者にとっては感慨深いものがあり、今となっては懐かしさを覚えてしまう時代を背景としている。
梅山がうさんくさくて卑怯な人間に描かれていて、当時の学生運動を知らない世代に対しては、連合赤軍と共に学生運動を全否定する印象を与えそうだ。
しかし当時の学生運動には世の中を少しでも良くしようという気持ちも充満していたと思う。
カバーガールの女子大生に「感覚的には学生運動に親近感を抱くが、それでもこの事件はいやな感じがする」と言わせてバランスをとっている。
朝霞自衛官殺害事件を含めて、この一件はやはり特殊な出来事だったのだと思う。
沢田は東大の安田講堂の攻防戦を外から眺めていたというコンプレックスを持っている。
学生運動の闘士として自分も本物でありたかったという感情かもしれない。
沢田が逮捕状の出ている唐谷を集会に送り届け、そこで学生たちの熱気に触れて本物志向が目覚める。
運動のトップになりたかった梅山は沢田と同じように本物になれなかった臆病で卑怯な人間である。
梅山は自分の作ったセクトのトップでいたいだけの男で、武器を奪ってその後どうするかの展望がなく、結局何がしたいのかわからない男なのである。
そのくせ、居丈高な態度を取る自己中心的な人物で、実に嫌な男である。
そんな男であることを感じながらも、裏切られて警察の手入れを受ける安藤茂子には、女の哀しい性の様なものを感じて、彼女のような女性はあの時代だけのものではなく、時代を超えた存在のように思う。

新聞社を辞めた何年か後に沢田は以前に取材で潜り込んでいたテキヤ仲間のタモツと出会う。
商売用のウサギを死なせてしまい、テキヤを仕切るヤクザから叩きのめされて別れて以来の再会である。
タモツは結婚して子供も生まれ小さな居酒屋をやっている。
タモツは今でも沢田を信用していて、沢田が取材でテキヤをやっていたことなど疑いもしない。
沢田も梅山を信じたのだが、梅山は自分を裏切った。
自分はタモツを騙していたのに、タモツは今も自分を信じてくれている。
焦りと挫折は青春には付き物だが、しかし思い返せばやはり辛い。
タモツの素直な気持ちを知れば、沢田は泣くしかなかったのだろう。
沢田が「新聞はそんなに偉いのか」とつぶやいた時に、白井の三浦友和が「偉いんだよ!」と怒鳴り返す。
僕は朝日新聞の傲慢さを感じて、一番印象に残ったシーンであった。