おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

海を飛ぶ夢

2019-01-29 09:15:05 | 映画
「海を飛ぶ夢」 2004年 スペイン


監督 アレハンドロ・アメナーバル
出演 ハビエル・バルデム ベレン・ルエダ
   ロラ・ドゥエニャス クララ・セグラ
   マベル・リベラ セルソ・ブガーリョ
   タマル・ノバス ジョアン・ダルマウ
   フランセスク・ガリード

ストーリー
ノルウェー船のクルーとして、世界中を旅して回ったラモン・サンペドロは25歳の夏、岩場から海へのダイブに失敗して頭を強打し、首から下が不随の身となってしまい、それ以来、実家のベッドで寝たきりの生活に。
農場で懸命に働く兄のホセ、母親のような愛情でラモンに接するホセの妻マヌエラなど、家族は献身的にラモンの世話をしている。
だが事故から26年目を迎えた時、ラモンは自らの選択で人生に終止符を打ちたいという希望を出した。
最初にラモンが接触したのは、尊厳死を法的に支援する団体のジュネという女性。
ラモンの決断を重く受け止めた彼女は、彼の死を合法化するために女性弁護士フリアの援助を仰ぐ。
実はフリアは2年前に不治の病を宣告されており、ラモンの人柄と明晰さに感銘を受ける。
またもう一人、テレビのドキュメンタリーを観てラモンに会いにやってきた子持ちの女性、ロサも、最初はラモンと揉めたが、やがて彼の元をたびたび訪れるようになった。
そうして尊厳死を求める闘いの準備を進める中、フリアが発作で倒れてしまう。
やがてフリアが回復し、ラモンの家に戻ってきた時、深い絆を感じた2人は口づけを交わし、フリアは自分が植物状態になる前に一緒に命を絶とうという提案をする。
約束の日はラモンの著作の初版が出版される日と決めていたが、フリアは夫の説得によって死の決意を翻してしまった。
そしてラモンは、結局ロサの助けを借りて、海の見える彼女の部屋で尊厳死を選ぶ。
一方フリアは、痴呆症の進行によって、ラモンの記憶を失くしてしまうのだった。

寸評
尊厳死という重いテーマをメインに据えているが、尊厳死は是か非かといった迫り方ではなく、一人の男の人生を切り取った人間ドラマとして描いている。
したがって、安易な感傷に流されることなく、また安易な結論に流されることなく描ききっている。
主人公が次第に生きる希望を見出していくといったストーリーが予想される内容だが、そうは単純に結論付けていなくて、尊厳死というテーマを真正面に据えた撮り方はしていない。
そうなっているのは、彼に共感していく担当弁護士のフリアと、テレビで彼を見て死を思いとどまらせようとするロサという2人の女性との関係が有ったからだと思う。
時に嫉妬を感じさせ、時にユーモラスなシーンを描きながら二人の女性との関係も丁寧に描いていく。
その丁寧さが、ともすると重くなってしまいがちな内容を明るく感じさせていた。
特に主人公ラモンのキャラクターが独特で、明るく元気なのがいい。
これで、どうして尊厳死を考えているのかと思わせる設定で、首から上しか演技しないハビエル・バルデムの熱演が光る。

同じように下半身不随の神父が出てきて生きることの重要性を説教するが、ラモンは受け入れない。
見ている僕はこの神父に宗教家のうさん臭さを感じ取ってしまった。
ラモンが死を選択している精神は宗教家をも超えているのだ。
当事者ラモンの気持ちがどうであれ、四肢を麻痺している肉親を抱えた家族は大変だ。
テレビでラモンが死を望むのは家族の愛情がないからだと報道され憤慨する。
しかし、精一杯の面倒を見ているが、どこかに自分たちはラモンの奴隷だという気持ちもある。
と言いながらも、肉親として自殺をほう助する気持ちにはとてもなれない。
病気の重さに関係なく、病人を抱えた家族は大変なのだと思わされる。

ラモンはじぶんを愛する人とは、自分を助けてくれる人だという。
自分を助ける人というのは、自分の死を手助けしてくれる人のことで、この逆説的な思いがロサにのしかかり面白い展開を見せる。
雰囲気、教養、美貌、ラモンへの理解のどれをとってもフリアの方に肩入れしてしまうが、最後にロサが選ばれる展開は唐突のようでありながら納得させられる。
弁護士のフリアがやはり尊厳死を望むような状態になってしまうが、一方は死を、一方は生を選択する構成も巧みだし、生を選んだフリアのその後の姿をみせて尊厳死の是非を観客の選択に任せている。
尊厳死を支援する団体のメンバーであるジュネの出産シーンを挟むことで生の素晴らしさを訴え、さらにジュネは決断したラモンに「流れで死を選んではいけない」というような主張と矛盾する意見を述べている。
監督のアレハンドロ・アメナーバルは尊厳死に対して賛成とも反対とも態度を表明しない撮り方を徹底している。
主人公の意識の高さを感じさせるとともに、生きることの素晴らしさを訴えているようにも思える映像が続き、一貫して続く静かな進行はまるで文学作品を読んでいるように感じさせる映画で、劇場を出るときはちょっとした充実感があった。