おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

あゝ、荒野 後篇

2019-01-01 14:23:38 | 映画
「あゝ、荒野 後篇」 2017年 日本


監督 岸善幸
   菅田将暉 ヤン・イクチュン でんでん
   木村多江 ユースケ・サンタマリア
   木下あかり モロ師岡 高橋和也
   今野杏南 山田裕貴

ストーリー
2022年の東京・新宿。
新次(菅田将暉)が憎む相手・山本裕二(山田裕貴)に人気が出始めていた。
世間では社会奉仕プログラムの是非が取り沙汰されており、反対のデモも続いていた。
高齢化も進み、結婚式場が葬儀場に変わっていた。
ある日、建二は書店でお腹の大きな女性・恵子(今野杏南)が不正出血する場に居合わせ助ける。
病院へ連れて行った建二は、恵子は無事だったが赤ん坊は駄目だったと聞かされ、やるせない思いを抱く。
恵子の腹の子の父は、公開自殺した川崎敬三(前原滉)だった。
再会した新次の母・京子(木村多江)がやってくると、『帰還兵たちの闇』という本を置いていった。
新次の父は帰国後に自殺したのだが、その時の上司が建二の父・建夫(モロ師岡)だった。
新次と親しくなった芳子(木下あかり)は東日本大震災で母と共に生き残ったものの、親戚も知り合いも津波で亡くし、故郷に母を置いて家を飛び出している。
新次とライバルの山本裕二(山田裕貴)との対決が決まった。
その矢先、ジムに宮木社長(高橋和也)が「二代目」石井(川口覚)を連れてきた。
石井は『海洋(オーシャン)拳闘ボクシングジム』のスポンサーである会長の息子だった。
新次は裕二との試合に勝利したものの、嬉しく感じられなかった。
新次と戦いたくなって山寺ジムに移籍した建二(ヤン・イクチュン)は目標ができて、それまでの悩みをふっ切ったように連勝を続けた。
建二が二代目に頼みこみ、新次との対戦が決まった。
今や建二の方が有名になっていた。
戦いは熾烈で、新次は第1ラウンドから重い拳を腹に受けた。

寸評
後半に入り物語は面白みを増していき、まず新次の父親の上官が建二の父親だったことが判明する。
部隊が攻撃を受け、新次の父は恐怖のあまり逃亡したので建二の父親から懲罰を受けていた。
今のところ自衛隊は訓練だけで実戦を経験していない。
海外派兵を受けた人が帰国後に精神的に異常をきたしたという話が漏れ伝わってきている。
事の真偽は分からないが、戦闘に参加していればそのような人はもっと出るのかもしれない。
実戦経験を積んでいない自衛隊の実力がどの程度のものか不明だが、自衛隊が専守防衛に徹することが出来ていることは自衛隊員にとっても日本国にとっても幸せなことだと思う。

バラバラだった人たちが吸い寄せられるように関係を結んでいく。
新次は宮本の秘書を務める母と打ち解けはしないが出会うことが多くなっている。
芳子の母は芳子を探して新宿に出てきていて、片目が馴染みにしているBar『楕円』に従業員として勤めだす。
自殺した川崎の子を宿した恵子は破水したところを建二に助けられる。
新たに登場した二代目の石井という男は、もしかすると彼も淋しい男で、建二にホモセクシャルな感情を抱いているのかもしれない描き方で、建二とのペアは摩訶不思議な雰囲気を出して作品的に面白さを生み出している。
新次と建二のボクシングを取り巻く環境も進展を見せてくる。
新次と宿命のライバル裕二との試合が実現するが、この試合はあの「ロッキー」とはまた違った迫力でもって描かれている。
二人のボクシングは因縁も絡んでボクシングに形を借りた喧嘩の様であり、菅田将暉の表情もスゴイ。
反則も繰り出しながら死闘を繰り返すシーンは臨場感もありなかなかいい。
試合が終わり、顔が滅茶苦茶に腫れあがった裕二が車椅子に座った劉輝に頭を下げるシーンには自然と感動が湧き上がってきた。

建二は新次が裕二という男を憎しみと言う感情ながらも、裕二と同じ空間にいる事を羨ましく思っている。
自分と係わりのある人がいる事、自分が必要とされていること、自分がいる場所があることは生きていくための支えであり、建二は海洋ジムと新次にそれを見出していたのだろう。
建二は新次から「俺は俺、兄貴は兄貴。違う道、走ってるんだ」と言われ、絶望感と共に新次と繋がっていたいと思う気持ちが無性に湧いてきたに違いない。
その気持ちの昇華が見られるのが彼等の対戦シーンだ。
建二がダウンしそうな新次を倒れないように抱きかかえるのは、まだまだ戦っていたい気持ちの表れだ。
彼らがつながった瞬間だが、言葉で表すとその気持ちは新次の母が叫ぶように「殺せ!」となる。
登場人物たちは皆、新宿という街の底辺で生きている人々なのだ。
建二は新次から受ける拳の数をかぞえはじめ、立ったまま防御もせずただパンチを受けるだけとなる。
見かねた二代目がタオルを投げるが、リングを鳴らす槌を宮木社長が奪って「、最後まで戦わせろ」と叫ぶ。
最後まで戦った建二の結末により、建二のことが永遠に新次の心に刻み込まれることになったと思う。
日本映画におけるボクシング映画としては間違いなく上位にランクされる作品だと思うが、この内容を描くのにこれだけの時間が必要だったのだろうかの疑問は残った。

あゝ、荒野 前篇

2019-01-01 10:12:01 | 映画
映画館に行く機会が減ってきております。
DVDのコレクションは増えてきております。
今年はDVD作品をあいうえお順で掲載していきます。
今月は「あ」で始まる映画の紹介。

「あゝ、荒野 前篇」 2017年 日本


監督 岸善幸
出演 菅田将暉 ヤン・イクチュン でんでん
   木村多江 ユースケ・サンタマリア
   木下あかり モロ師岡 高橋和也
   今野杏南 山田裕貴

ストーリー
かつて母に捨てられた新次(菅田将暉)は、兄のように慕う劉輝(小林且弥)と共に詐欺に明け暮れていた。
そんなある日、彼らは仲間の裕二(山田裕貴)らの襲撃を受ける。
そして、2021年の新宿。
行き場のないエネルギーを抱えた新次は、劉輝を半身不随にした裕二への復讐を誓っていた。
一方、“バリカン”こと建二(ヤン・イクチュン)は、吃音と赤面対人恐怖症に悩む男。
新次と健二は、ひょんなことから“片目”こと堀口(ユースケ・サンタマリア)にボクシングジムに誘われる。
新次は店で出会った芳子(木下あかり)と意気投合し、そのまま関係を持った。
しかし、芳子は男とホテルに入ると、財布を抜いて去るような女だった。
小銭しかなくなった新次は行き場がなく、建二も父親の暴力に耐えかねて家を飛び出し、二人はジムを訪れた。
訪れた海洋拳闘クラブはプレハブ小屋で、ジム兼新次たちの居住スペースともなった。
建二が年上なので、新次は建二を「兄貴」と呼ぶようになる。
建二は今まで通り理髪店に勤めながら、新次は片目に紹介してもらった老人介護施設で文句を言わずに働きながら、二人は仲良く練習を始めた。
練習中に廃墟で立ちションした新次は、カップルの情事に見入る中年男性・宮木社長(高橋和也)を見かけた。
その廃墟は「対テロ防止行動地区」と呼ばれ、周囲から隔離され浮いていた。
二人はプロテストに合格し、新次には「新宿新次」、建二には「バリカン建二」というリングネームがついた。
祝杯を挙げて中華料理屋に行った新次は、そこで店員として働いている芳子と再会した。
片目の師匠にあたる初老男性の馬場(でんでん)がトレーナとしてやって来た。
その頃西北大学では川崎(前原滉)が主催する自殺防止フェスティバルというパフォーマンスが開かれていた。

寸評
フェードアウトを繰り返しながら別の話が入り込んでくるので、予備知識がないと戸惑うかもしれない。
無関係そうに見えるそれらの話が本筋に絡んでくるのは映画としては当然なのだが、その関係は微妙な間合いを保ちながら進行していくので理解をするのに労力を要してしまうのだろう。
荒々しいセックスシーンもさることながら、新宿新次とバリカン建二に扮した菅田将暉、ヤン・イクチュンの存在感と迫力が画面を圧倒する。
鬱積していたものを一気に吐き出すような爆発的エネルギーを示す菅田将暉を、ヤン・イクチュンは吃音というハンデを持つために引っ込み思案な男でありながら、自分が寄り添える相手としての新次にホモセクシャルな感情を抱く年上の男として、抑えた演技で支える。
建二は新次が眠っている時に似顔絵を写生したり、新次が流した血をふき取った包帯を大切に保存していたりしているのだが、二人の関係はそれ以上進まないから新次に対する建二の感情は微妙なままである。
しかし二人は寄り添いながらトレーニングを続けていくから、お互いにやっと心を許し合える相手を見つけたという幸せに浸っていたのかもしれない。
荒れていたし、今もその片鱗を見せる新次だが、ジムにおける彼は明るい表所を見せ素直である。

人間関係は複雑だ。
母に捨てられた新次は教会の孤児院でイジメに会うが、それを救ってくれたのが劉輝。
大きくなった劉輝と新次はオレオレ詐欺のような悪事を働くようになるが、下っ端として加わっていた裕二が、一番実績を上げているにもかかわらず下っ端でいる事に不満を募らせ劉輝を半身不随にしてしまう。
新次の父親は自衛隊員だったが、海外派兵から戻って自殺し、残った母親は新次を孤児院に預け姿をくらます。
建二の父親も自衛隊上がりだが、今は酒浸りで建二のパラサイトになっている。
新次は母に捨てられ、建二は父を棄てることになる。
こういった関係が新次と建二の練習風景の合間に短時間で挿入されるため、上記のような相関図をなかなか理解できなくて、それが難解感を増長させる。
不思議なことに、作品の中でその難解感が魅力となっている。
ミステリアスなのは芳子もそうで、東日本大震災の被災者であり、どうやら母親と離別してそうなのだ。
そういう背景も短いエピソードを紡いで挿入される。
人間関係はそのような手法で語られフェードアウトしていくのが本編の特徴ともいえる。

時代は近未来で、国会では「社会奉仕プログラム」という法律が通ろうとしているので反対運動が起きている。
その制度の内容とは、人々は社会奉仕という観点から、介護施設で働くか自衛隊に入隊して訓練を受けなければならないと言うものである。
新次の父も、建二の父も自衛隊に属していたし、宮本社長は介護施設を経営し、新次もその施設で働くことになるから「社会奉仕プログラム」はまんざら無関係というわけではないのだが、僕にはこのエピソードの存在意図はよくわからなかった。
来るべき時代における自衛隊員の減少問題、高齢化による介護問題を提起していたのだろうか。
一見不要とも思えるエピソードを描きながらも、観客を引き付けるものがある印象深い前編である。