おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

ウエスト・サイド物語

2019-01-23 11:57:26 | 映画
「う」で始まる映画に突入。
最初はミュージカル映画の傑作から。

「ウエスト・サイド物語」 1961年 アメリカ


監督 ロバート・ワイズ  ジェローム・ロビンス
出演 ナタリー・ウッド リチャード・ベイマー
   ジョージ・チャキリス リタ・モレノ
   ラス・タンブリン タッカー・スミス
   デヴィッド・ウィンターズ トニー・モルデンテ
   サイモン・オークランド ジョン・アスティン
   ネッド・グラス

ストーリー
ジェット団とシャーク団はニューヨークのウェスト・サイドに巣くう対立する不良少年のグループである。
ダンスパーティーそこで一目で愛し合うようになった二人、マリア(ナタリー・ウッド)はシャーク団の首領ベルナルド(ジョージ・チャキリス)の妹であり、トニー(リチャード・ベイマー)はジェット団の首領リフ(ラス・タンブリン)の親友だった。
しかし、ジェット団とシャーク団はついにぶつかってしまった。
マリアの必死の願いにトニーは両者の間に飛びこんで行ったが、彼らはトニーの言葉に耳をかそうとしない。
そしてリフがベルナルドに刺されて殺されると、リフの死に我を忘れたトニーはベルナルドを殺してしまった。
ベルナルドの恋人アニタ(リタ・モレノ)に責められてもマリアはトニーを忘れられない。
シャーク団のひとりチノ(ホセ・デ・ヴェガ)はベルナルドの仇を打とうとトニーをつけ狙い、警察の手ものびてくる。
アニタはマリアの愛の深さを知り、トニーと連絡をとるために街へ出ていくがジェット団に侮辱された怒りから、マリアはチノに殺されたと言ってしまう。
絶望して夜の町へ飛び出したトニーの前へ拳銃を構えたチノが現れた。

寸評
ミュージカル映画の最高峰だ。
日本映画が総力を結集しても決して作ることができないジャンルの作品だと思う。
原色を背景にしてマンハッタンを思わせるイラストが出て、序章ともいえる軽快な音楽が流れだし背景の原色が次々と色を変える。
そして「WEST SIDE STORY」のタイトルが出ると、マンハッタンを望む遠景が実写で映し出される。
マンハッタンのビル群にズームインするように、ニューヨークのビル群を上空から静かにとらえていくと、パチッ、パチッと指の音が鳴り初め、若者たちがビルの谷間の道路でダンスを披露し、やがてバスケットボールを仲立ちとした喧嘩シーンに入るというオープニングはまさに映画。
何度見てもこのオープニングに感動してしまう。

次の見せ場はダンス・ホールで繰り広げられるダンスナンバー「マンボ」で、ジョージ・チャキリス、リタ・モレノ、ラス・タンブリングなどが軽快に踊りまくる。
ジェット団とシャーク団の対立を滑稽にはさみながら描いたダンスシーンは、若者たちのエネルギーの発散を感じさせる素晴らしいダンスナンバーとなっている。
その中でマリアとトニーが出会い、ダンスを続ける若者たちの背景をぼかしながら二人を浮かび上がらせて愛の芽生えを感じさせる演出もいい。
僕は、もうこの時点で完全にこの映画のとりこになってしまっている。
ジョージ・チャキリスのベルナルド、リタ・モレノのアニタ ―― 紫の服がカッコいいんだよなあ。
ミュージカル・ナンバーはどれもが耳に残る名曲で、僕はサントラ盤のCDも持っているが映像と合体するとアップテンポな激しい曲とシーンが素晴らしいと感じる。
若者たちが主人公だけに、その躍動感あふれるダンスとマッチして、僕は初めて「ウエストサイド物語」を見た時には「これこそ真のミュージカル映画だ!」と心の中で叫んだぐらいだ。
その観点から言えば「クール」もいい。
殺人が起きてしまい、ガレージに追い詰められたジェット団の面々が「クール」の曲に乗って群舞を繰り広げる。
指を鳴らし、手を打ち、飛び跳ね、「冷静になれ」と言葉を発するように歌う。
どうしようもなくなってきた彼等のイライラ感が湧き出てくる曲の導入部から、やがてアップテンポになっていく展開に、自然と体が反応してしまう感動場面になっていたと思う。

ニューヨークの通りに飛び出したダンスと言い、セットすら屋外ロケを思わせる美術も素晴らしく、繰り広げられるダンスナンバーの躍動感は最高だ。
ジョージ・チャキリスのかっこよかったこと・・・。
その細身を称して、当時ジョージ・キリギリスと揶揄されていたが、彼のかっこよさをその後見ることはなかったような気がする(「ロシュフォールの恋人たち」ですら、ベルナルドのカッコ良さには及ばない)。
ロメオとジュリエットが原作だけに悲劇的な結末を迎えるが、その後に示されるエンドクレジットがこれまたイキだ。
路地のブロックや壁の落書きがクレジットとなっていて、最後の最後までウエスト・サイドを感じさせてくれる。
文句なしの名作。

インファナル・アフェア 無間序曲

2019-01-23 11:49:59 | 映画
「インファナル・アフェア 無間序曲」 2003年 香港


監督 アンドリュー・ラウ アラン・マック
出演 エディソン・チャン ショーン・ユー
   アンソニー・ウォン エリック・ツァン
   カリーナ・ラウ   フランシス・ン
   チャップマン・トー フー・ジュン
   ロイ・チョン    リウ・カイチー

ストーリー
1991年。尖沙咀(チムサアチョイ)に君臨する香港マフィアの大ボス、クワンが暗殺された。
混乱に乗じて離反をもくろむ配下のボス4人。
組織犯罪課のウォン警部(アンソニー・ウォン)と相棒のルク警部(フー・ジュン)は、抗争勃発に備えて厳戒体制を敷くが、新参の5人目のボス、サム(エリック・ツァン)だけは静観を決め込む。
そのためにサムはラウ(エディソン・チャン)を警察に潜入させようと考えていた。
サムの妻マリー(カリーナ・ラウ)にひそかに想いを寄せていたラウは、危険を覚悟で引き受ける。
クワンの跡を継いだ次男ハウ(フランシス・ン)は、知的で物静かな外見の下に野心家の顔を隠していた。
4人のボスそれぞれの弱みを握った彼は、一夜にして新たな大ボスとしての地位を固めてしまう。
一方ウォン警部は、警察学校の優等生でありながら、クワンの私生児であることが発覚して退学処分になったヤン(ショーン・ユー)の存在を知り、その血筋を利用してヤンをハウの組織に潜入させる秘策を思いつく。
無謀とも言える作戦だが、ヤンにとっては警官になれる唯一のチャンスだった。
こうして1992年、ラウとヤンは警察学校で一瞬すれ違う。
1995年。潜入捜査のための厳しい訓練中に、刑務所での喧嘩を機にサムの子分キョン(チャップマン・トウ)と親しくなり、黒社会に溶け込み始めたヤン。
ウォン警部は、警視に昇進したルクの反対を押し切ってヤンをハウのもとに送り込む。
一方、組織犯罪課の警官となって2年目のラウは、サムからの情報によって手柄を重ねながらも、マリーへの恋心は募るばかりだった。
ハウは事業を拡大して一家の安泰をはかるとともに、4年前に父を殺した犯人探しに執念を燃やしていたが、ついに証拠を掴み、クワンが殺された4月11日の命日にすべてのドラマが動きだそうとする……。

寸評
前作ですっぽりと抜け落ちていた潜入捜査官ヤンと、逆に警察に潜入したマフィア、ラウの若き日の2人が描かれるが、実は2人よりも目立っているのが脇役陣だ。
ヤンの上司で警察の組織犯罪課のウォン警部、彼の警察仲間のルク、ラウのボスであるサム、サムの女マリー、父の跡を継いだマフィアのドン・ハウといった人々のドラマがこの映画の中心となっている。
特にウォン警部のドラマは見応えタップリで、演じるアンソニー・ウォンの苦悩漂う表情がたまらない。
昇進を果たしたルクとの関係も味わいがあり、二人して指揮を執ることになるエピソードも雰囲気がある。

話はマフィアのボスであるクワンが暗殺されたところから始まるのだが、それを引き継いだ後継者のハウの策士家ぶりも堂に入っていた。
一見頼りなさそうなハウが4人のボスを粛正していく手際もくどくなくてスピーディだ。
殺し殺され、裏切り裏切られ、陰謀渦巻く黒社会を定番的に描いていくが、密度濃く一気に見せる。
その間に、映画「ゴッド・ファーザー」をイメージさせるシーンも登場し、ハウをはじめとするマフィア一家の物語としての側面をチャッカリ頂いているのは香港映画らしい。
家族大事の気持ちがヤンをその世界で重用し、潜入捜査を可能ならしめるていくという描き方も無理がない。

ただし前作の補助説明作品なので、いきなりこの映画に入ったのでは興味が半減してしまう構成になっているのは否めない。
したがって、本作を見る前には一作目を見ておいたほうが良い。
なによりも少し入り組んでいる人物関係が理解しやすいと思う。
一作目で無線機を出されたヤンが「またこれか」と言っていたのも分かるし、ラウの恋人がどんな人だったのかも知らされる。
二人が組織に潜入していく過程がほとんど描かれなかった前作だが、ラウが警察に潜入する決心をする原因がボスの女に対する思いからだったことなども明らかにされる。
サムがボスになったいきさつも描かれ、前作の登場人物がいかに重たいものを背負っていたかがよくわかって、前作のスゴさを再認識させる映画となっているのだが、やはり前作を補完する作品だけに、前作に比べるとその緊張感はやや劣っていたように思う。

若き日のヤンを演じるショーン・ユーとラウを演じるエディソン・チャンの2人は、前作のトニー・レオンとアンディ・ラウに比べると影が薄い。
その影の薄さは、この映画が脇役たちのドラマに主眼を置いたことにもよるが、彼らの役者としての雰囲気によるところが大きかったような気がする。
ずっとトニー・レオンとアンディ・ラウの二人でいけばいいのにと思ったりしたのだが、やはり若返らせる必要があったのだろうか?
ところが、エンドタイトルのあとに、次回最終章の『インファナル・アフェア 終極無間』の予告が流れ、トニー・レオンとアンディ・ラウが帰ってくることが示される。
すさまじい商魂ながら、二人が帰ってくる次回作も見たくなってしまう2作目の出来栄えではあった。