猫猿日記    + ちゃあこの隣人 +

美味しいもの、きれいなもの、面白いものが大好きなバカ夫婦と、
猿みたいな猫・ちゃあこの日常を綴った日記です

その健やかなるときも、病めるときも。 - 命ある限り、真心を -

2009年04月01日 23時43分03秒 | 猫たち

 

こちらの方は、あと三日で18歳に。
人間だったら高校三年生だけど.....
「抱っこ~、抱っこ~」のちゃあこはまだまだ赤ちゃん。
まだまだ赤ちゃんなんだから、まだまだ、長生きしてもらわないと。

 

世の中には、『レンタルペット』というものがあるそうで。

当然のごとく、「犬や猫をモノ扱いするな」
「動物は人間の道具ではない」という批判が出てきているそうだ。

『貸し出す』業者のほうでは、
「レンタルという言い方がよくなかった」と。

目的は、老人のためのメンタルセラピーや、
「子供の情操教育のために」というのが本意だというが.....。

この問題はなんとも難しく、考えてしまう。

 

遊歩道脇の公園に住む猫は、地域に溶け込み、
みんなのんびり、平和に暮らしている。
代わる代わるご飯を運んでくる多くの人たちと、
静かに見守る人たちと。

 

何より、牛や豚や鳥を食う我が身としては、
「そうそう!動物は道具じゃない!」という資格があるのかどうかもわからないし、
しかし、では、こういった、レンタルなどという行為を
肯定するのかといえば、そうではない。

そもそも、理解も出来ず、内心嫌悪でいっぱいなものを、
「それでもそれは人それぞれだし」とか、
わかったふりをするのはとても気持ちが悪いし、
少なくとも、私の中では、犬や猫に対しては、
特別な思いがあるのは確かなのだから。

 

「お前、いいもん食ってるだろ」と思わず言ってしまう、ふくふく、むっちりの猫。
こういった猫の存在でよく持ち上がる、食べものを与えたがためのゴミ問題も、
ここでは片付けがきちんとしているために、無縁らしい。
何より、ゴミ問題と言うならば。
すぐそばにある競技場でスポーツ、コンサートのイベントがあった際の、
観客が投げ捨ててゆくものの問題ほうが遥かに上だから。

 

実際、このレンタルペットの話で思い出すのが、かつて、
我々がよく通る道にあったペットショップの貼り紙で。

『お子様の情操教育にペットをどうぞ!』

『健康のために、わんちゃんと散歩はいかが?』

通りがかるたびに、気分が悪くて悪くて、
「犬猫は道具じゃねぇんだよ!」と、たびたび悪態をついたのが思い出される。

 

ここは桜のたくさん咲く場所だが。
願わくば、花見客にはきちんとゴミを持ち帰って欲しい。

 

確かに、ペットを飼うことによって、
人には様々な感情がわき、生活に変化も出るのは確かだけれども。

それは結果としてそうなるのであって、
最初からそれを目的としたのでは、思い通りにならなかったときに、
その家の犬や猫はどうなるのだろう、と。

生き物である彼らは、ウンチもすれば、機嫌の悪いときだってある。

体調が悪ければ粗相をすることもあるし、
こちらの都合のいい時間に寝て、
こちらの思うままに行動してくれるわけでもない。

しかし、そんな中で、根気よく付き合って、
ときには睡眠時間を削ったり、一緒にいろいろ乗り越えて、
そこで初めて、結果として、
人の望む「情操教育」とやらが生まれるのではないのか?

 

落ち葉のベッドは暖かいよね。
この子たちを見るたびに、「ちゃあこは幸せだろうか」
そう思う。
私は彼女の自由を奪って、自己満足をしているだけではないかと。

 

.....私がかつて男と住んでた家の向かいのお宅には、一匹の犬がいた。

そこの主婦は、二人いる子供が強く望んだことと、
「子供の情操教育のために」と、その犬を飼ったらしいが。

子供が飽きるとともに、
犬は散歩にもほとんど連れて行ってもらえなくなり、
しかし母親はそれ放置したばかりか、
「あの犬、早く死んでくれないかしら」と、そう近所に漏らしたそうだ。

その犬は寒い日も、日陰にある小屋に繋がれたままで、
小屋の外に出れば、足を置くコンクリートが冷たいあまりに.....
交替に前足を浮かしては、その場にたたずんでいたものだった。

私がこっそり持っていくおやつをとても楽しみにしていて.....

そこの家人に見つからないよう、そっと声をかけ、門の隙間から撫でると.....

ちぎれんばかりに尻尾を振っていた様が、今も胸を刺すような痛みと共に、
哀しく思い出される。

 

あの犬に、飼い主が望まないおやつを与えたことを、
私は責められても仕方がないと思う。
何よりあの犬に、何もしてあげられなかったことも。

 

そして、その犬を望み、母親にその『情操教育』の結果を期待された、
私とそう年の変わらないその家の子は、
勉強だけは出来る、一流会社に入った、と噂されたけれど、
親に怒鳴り散らしては暴言を吐き、友達もいないような、そんな兄妹だった。

 

......あの犬を助けてあげられなかったように、私はいつも無力で。

だから何も偉そうにいう資格などないのだけれど。

 

それでも、一方的に何かを与えてくれということほど、
犬や猫にとって身勝手なことはないと思う。

その健やかなる時も、病めるときも......。

願わくば、たとえばそのレンタルペットから、生涯のパートナーが見つかり.....

誰かの家族となって、幸せになる犬や猫が出てくるといいなと願う。

コメント (2)
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