ささやんの天邪鬼 座右の迷言

世にはばかる名言をまな板にのせて、迷言を吐くエッセイ風のブログです。

能登半島地震 受け止め方は人それぞれ

2024-01-14 12:03:22 | 日記
年が明けてから連日連夜、テレビでは、能登半島地震のニュースが流されている。報道の役割は大事件、大災害のような重大な出来事を国民に知らせることだから、これはまあ、当然のことといえるだろう。
昨夜のNHKのニュースは、能登半島地震のことだけを伝え、自民党内に「政治刷新本部」が立ち上げられたことはスルーしたが、これも良しとしよう。NHKは、岸田自民党政権の思惑を「忖度」したのではなく、逆に、岸田政権が急造した「政治刷新本部」なんて「お題目だけで、何の役にも立たない、したがって報道するに値しない」と判断した結果だろう(と思いたい)。


同じ能登半島地震のニュースを見ても、それによっていだく感想は人それぞれである。「可哀そうだなあ、なんとかしてあげたいものだ」と思う人もいれば、「あの人たちを救助するのに、カネは一体、どれぐらいかかるのだろう?そのカネの出所は俺たちの税金だよな」と思う人もいることだろう。


「可哀そう」と思う人は、「税金が・・・」と思う人を見れば、「けしからん、あいつらには人の心というものがないのか。人でなしめ!」と怒るに違いない。それもまあ人情である。


けれども、意地悪な見方をすれば、「けしからん、人でなしめ!」と怒る人は、比較的ゆとりのある、恵まれた人なのである。
震災には遭わなくても、日々、かつかつの生活を強いられる貧しい人はたくさんいる。そういう人たちの中には、「それだけの税金を使うのなら、少しは俺たちにも援助の手を回してほしいものだ」と愚痴りたくなる人もいることだろう。


衣食足りて礼節を知る、という諺があるが、被災者を見て「可哀そうだ」と同情をよせる人は「衣食」が足りている人、その意味では(比較的)恵まれた人だとも言えるのではないか。


さて、私事になるが、数日前、私のメールボックスに


能登半島地震であえて問う、20年後に消滅する地域に多額の税金を投入すべきか


というタイトルのメルマガ記事が届いた。JBpressによる1月11日付の配信である。


このタイトルを見たときの私の反応はといえば、(正直にいうが)まさしく「衣食足りて礼節を知る」恵まれた人の反応以外の何ものでもなかった。「けしからん。不謹慎だぞ、この人でなしめ!」と思ったのである。


けれども、憤りを感じながら挑戦を受ける気持ちで読んでみると、私は、予想を(良い意味で)裏切られた気持ちだった。
(つづく)

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