国連のグテーレス事務総長がモスクワを訪れ、プーチン大統領と会談を行った。グテーレス事務総長の狙いはただ一つ、ロシアがウクライナ侵攻を中止するよう、プーチン大統領を説得することである。
だが、この狙いは叶わなかった。プーチン大統領はのっけから「我が国は国連憲章にのっとって軍事作戦を始めた」と述べ、ウクライナ侵攻の正当性を主張して譲らなかった。「ロシアのウクライナ侵攻は、国連憲章にのっとったものだ」とするプーチンの主張が正しいとすれば、国連トップのグテーレスはぐうの音も出ないことになる。
プーチン大統領は、自らの主張の根拠として国連憲章の第51条をあげたという。プーチンの言い分が正しいかどうかをみるためには、この国連憲章51条がどういうものかを押さえておく必要がある。以下は第51条全文のコピペである。
「この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。この自衛権の行使に当って加盟国がとった措置は、直ちに安全保障理事会に報告しなければならない。また、この措置は、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持又は回復のために必要と認める行動をいつでもとるこの憲章に基く権能及び責任に対しては、いかなる影響も及ぼすものではない。」
(国連広報せンターHPより)
この条文に目を通すとき、思い起こされるのは、親ロシア派が実質的に支配するドネツク州などウクライナ内の地域を、プーチンがいち早く「国家」として承認するための手続きをとったことである。
どういうことか。国連憲章第51条によれば、国家は「個別的又は集団的自衛の固有の権利」を有する。ところが(国家となった)この地域は、今、ウクライナ政府軍によって自衛の権利を脅かされ、我が国の政府に助けを求めている。そこで我々は、集団的自衛権を行使し、ウクライナ政府軍の排除にかかったのだ、というわけである。
なるほどねえ。このプーチン側の論理は、では、全く反論の余地のないものなのだろうか。国連憲章第51条の条文をよく読むと、「国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には」云々とある。つまり国連が「個別的又は集団的自衛の固有の権利」を認めるのは、それが「国際連合加盟国」である限りでのことなのである。
プーチンのロシアが「国家」として承認した親ロシア派支配地域は、まだ国連に加盟していないし、今後も加盟できる見込みはない。
このように見てくれば、ウクライナ侵攻の正当性を主張するプーチンの論理は、かなり根拠の危ういものと言わざるを得ない。グテーレス事務総長がその点を突いたかどうかはわからない。おそらく会談は、そういう論争には発展しなかったのだろう。
しかし、会談の成果が全くなかったわけではない。きょうの朝日新聞は、次のように伝えている。
「国連によると、プーチン大統領は、ロシア軍が包囲するウクライナの製鉄所から市民が避難する際、国連や赤十字国際委員会( ICRC )を関与させることに『原則として同意した』という。」
(朝日新聞DIGITAL 4月28日配信)
「原則として同意した」とはいっても、老獪なプーチンのことである。これまでがそうだったように、ロシア軍が避難する市民の列に砲弾を打ち込む可能性もないわけではない。だが、このような粘り強い交渉の努力は、国連任せにせず、アメリカやイギリスも試みて然るべきではないだろうか。