ささやんの天邪鬼 座右の迷言

世にはばかる名言をまな板にのせて、迷言を吐くエッセイ風のブログです。

「民衆の敵」はだれか

2017-10-31 11:18:05 | 日記
最近始まった月9ドラマ「民衆の敵」を面白く観ている。天衣無縫の中卒マ
マ(篠原涼子)が市会議員にチャレンジする、その荒唐無稽さがただただ面
白く、何も考えずに、お笑いやコメディー番組を観るような感覚で楽しんで
いた。登場人物たちの徹底した間抜けぶりが、なんとの痛快だ。

批判的な政治ネタ・サイト「リテラ」は、この月9ドラマにまつわる裏事情
を、以下のように解説している。(多少、穿ち過ぎのきらいはあるものの)
私はへぇ〜、と、これはこれで感心した。

《月9『民衆の敵』で篠原涼子が政治参加を呼びかけた演説が素晴らしい!
でも、フジ上層部の圧力で放送延期に》とタイトルを打たれたこの記事
(10月30日配信)によって、私はこの月9ドラマの初回放送分が放送
延期になったことを知った。私はそのことに気づかなかったし、憶えてい
ないくらいだから、放送延期にはそれなりの理由があり、不自然には感じ
なかったのだろう。

「リテラ」の記事は、しかし、そこには「公職選挙法違反」の指摘を恐れる
上層部の意向が働いていたと述べ、さらに、「もし、この政治ドラマが予定
通り、16日にきちんと放送されれば、投票率があがった可能性もある」と記
している。投票率があがると困るのは、言うまでもなく自民党である。「雨
でも降って、(有権者が)寝ていてくれればいい」と発言して、物議をかも
したのは、当時の首相・森喜朗自民党総裁だが、低投票率が自民党を利する
傾向は、今も続いていると見ることができる。フジテレビの上層部は、「こ
の月9ドラマが投票日前に放送されると、野党勢力を利することになるので
はないか」と危惧し、事なかれの態度をとったというのである。

この記事を読んで、「へぇ〜、いろいろあるものだなあ」と私は感心した。
もっと驚いたのは、「この月9ドラマは、安倍政権を批判する偏向ドラマだ」
と見る人が少なくないことである。ネットでは、「フジ月9「民衆の敵」で
の“安倍総理をバカにする”演出に批判殺到!」といった記事が見られるとい
う。この月9ドラマを「偏向」だとして批判するネトウヨや安倍応援団が少
なからずいるということであり、その存在を無視できないフジ上層部は、騒
ぎに巻き込まれるのを恐れて、このドラマの初回を放送延期にした可能性も
あるというのである。

いやはや、たわいない政治ドラマが、周囲の政治的な思惑に巻き込まれると
いうのは、このドラマの状況設定そのもので、笑えるやら、恐ろしいやら、
悲しいやら・・・。まあ世の中、いろいろあるものですな。
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怪我の功名

2017-10-30 13:53:24 | 日記
きょうはどうするの?と妻の声。ああ、外は風が強いんだろうな、と寝ぼけ
た頭で返事をする。「そろそろ9時になるわよ」。ええっ?!きょうはリハ
ビリ施設に出かけることになっている日。8時半までに欠席の電話をしなけ
れば、昼食の弁当がキャンセルできない。でも、きょうは台風にかこつけて
休むつもりでいたから、寝過ごしたことに「しまった!」との思いはない。

昨夜は風呂につかり、ぐっすり寝たので、身体はポカポカ、心地よい眠り心
地がまだ身体の芯に残っている。寝酒はすこし飲んだだけ、間もなく眠りに
落ちたので、深夜、トイレに起きることもなかった。久々のことである。

まるで風邪の悪寒が抜けたような、痛かった傷が癒えたような、そんな心地
よさである。これで半身の麻痺も治っていれば・・・、と一瞬思ったが、「いや
いや、そんなはずはない」と思い直し、起き上がろうとしたら、案の定、私
の左半身は自分のものではないような、鉛のような重たさである。

いくつかあった心の傷は、もう思い出せないほど、消え去ってしまってい
る。〈時〉の治癒力は凄いものだと思う。

私の左半身の麻痺も、心の傷のように〈時〉が拭い去ってくれればいいのに、
と思わないではないが、「一病息災」という言葉もある。片麻痺の後遺症を背
負ったことで、それまで見えなかったことが見えるようになったのは、望外
の収穫である。人の哀しみや喜び、温かさや優しさ、ーーそういうものに、私
は敏感になった。怒りっぽくなった反面、諦めと悟りの境地からか、他人に対
して、以前よりもやさしく接することができるようになったと思う。「怪我の
功名」というやつかも知れない。

食卓で新聞を読んでいたら、「コータリンは要介護5」というコラムのタイ
トルが目についた。筆者である神足裕司氏の肩書を見たら、「60歳。2011年
にくも膜下出血で倒れたが、リハビリをしながら自宅で執筆活動中」とあっ
た。そうだ!文章を書き綴ることは、立派な「活動」なのだ、と、私は思わ
ず膝を打った。私がブログを書くことに、なぜこれほど夢中になるのか、な
ぜこれほどこだわるのか、その理由が分かった気がした。私の場合、脳出血
が私から様々な活動の領分を奪いとったが、残された数少ない活動の領域が、
キーボードをたたく右手の動きであり、自分の頭で考えるということなのだ。
そうして残された活動をフルに羽ばたかせるとき、私は「ああ、自分は生きて
いるのだ」という実感を手にすることができるのである。
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核兵器禁止条約と日本

2017-10-29 11:54:46 | 日記
日本が国連総会に提出した核兵器廃絶決議は、賛成多数で採択されたものの、
棄権した国も多く、賛成は2016年から23カ国減って144カ国になったと
いう。棄権した国が出た理由、賛成国が減った理由としては、日本が核兵器
禁止条約に触れず、核兵器の非人道性の表現を弱めたことなどが挙げられて
いる。(国連総会が今年7月に採択した)核兵器禁止条約に反対したこと
で、日本は国内外からの激しい批判にさらされたが、それでは日本はなぜそ
うまでして核兵器禁止条約にネガティブな態度をとり続けるのか。ーーこの
点を考えてみたい。

考察にあたり、参考になったのは、サイト「現代ビジネス」に掲載された8
月21日配信の記事《核なき世界を望むなら、日本は核兵器禁止条約に参加
してはいけない》である。なんともセンセーショナルなタイトルであるが、
この記事は、ウケ狙いの「為にする議論」とは違い、NPT(核兵器不拡散条
約)と核兵器禁止条約との関係を、誠実かつ大真面目に論じている。

それによれば、NPTは、1967年1月以前に核兵器その他の核爆発装置を製
造し、かつ爆発させた国(米国、ソ連、英国、フランス、中国)以外に核保
有を禁じるものであり、核兵器国5カ国に核軍縮を、それ以外の国には核不
拡散への関与を求めるものである。つまり、NPTは核廃絶を目指す条約では
なく、核兵器国にその義務を課してもいないのである。

さて、問題は核兵器禁止条約である。この条約は、核軍縮を規定したNPTと、
核廃絶の理念との間に存在する法的ギャップを埋めるものである。この条約
は、核兵器を保有せず、その廃絶を目指す国(非核兵器国)にとっては望ま
しいものであるが、核兵器国5カ国はこの条約を歓迎せず、この条約に批准
していないという現実がある。核兵器国5カ国は、自分たちが核兵器を占有
し続けることを望むからである。

そうである以上、核兵器国の「核の傘」に依存する日本のような国が、核兵
器禁止条約を承認する態度をとれば、「核兵器国と非核兵器国間の分断は固
定化される」ことになり、「国際社会は核軍縮を迫る手段さえも失うことに
つながりかねない」と筆者の佐藤丙午氏は主張する。こうした国際社会の
のっぴきならない現実を見すえれば、日本の役割は、「分断を促進すること
ではなく、核兵器保有国と非核兵器国との間に立って、現実的な軍縮を進め
ること」であると考えられ、したがって「核なき世界を望むなら、日本は核
兵器禁止条約に参加してはいけない」のである。

う〜む、佐藤丙午氏の論考は、論理が複雑で、すこぶる読みにくい。この複
雑さは、事態そのものの複雑さから来ていると言えるだろう。核抑止論に関
わる議論世界は厄介だ。つくづくそう思う。
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間違いだらけの日々

2017-10-28 10:43:50 | 日記
夜、眠りに就く前に、自分が書いたブログ記事をチェックする。後の祭りの
校正作業といったところである。案の定、入力ミスが何箇所か見つかり、がっ
かりするが、もう手おくれでどうにもならない。たとえば、✖「都市機能や
通信網をを麻痺させ」→○「都市機能や通信網を麻痺させ」、
✖「vulnarableな社会」→○「vulnerableな社会」、といった具合である。
(ちなみに、vulnerableとは、「弱い、脆弱な、攻撃[損傷]を受けやすい、
被害に遭いやすい、攻撃されやすい」の意である。)

かくのごとく、間違いが常態化した認知症気味の私であるが、きのうはこの他
にも大きな間違いをおかした。通販で、注文の間違いをしたのだ。ただ間違え
ただけならいいが、注文する必要がない物を注文し、そのことに気づいたとき
にはもう後の祭り、この注文が取り消せなくなっていたため、無駄なものを余
計に買うハメになった。

きのうは、「寒くなってきたから、フリースの裏ボアがついたジーンズが欲し
いな」と思ったのに、裏ボアのない普通のジーンズを注文してしまい、もう一
度、裏ボア付きのジーンズを注文しなければならなかった。
しかも、ジャケットの注文でも、同じ間違いをしでかしたのだから、我ながら
あいた口が塞がらない。ーーもっともこの場合は、私の頭がボケたというより、
発注者情報の登録がうまく行かず、入力作業に手間取っているうちに犯したミ
スだから、責任は、こんな手続きサイトを作った通販業者の側にある。断じて
私の責任ではない!

間違いと言えば、麻生副総理が「自民党の(衆院選での)大勝は北朝鮮のおか
げだ」と発言して、「とんでもない間違いだ、撤回しろ」と批判されていると
か。この発言は、ズバリ、的を射たものであり、間違っていないと私は考える。
永田町は、正が誤に、誤が正になってしまう倒錯したアリスの世界であるらし
い。
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醜態さらしの希望の党

2017-10-26 11:27:40 | 日記
夢も希望もない希望の党。衆院選の結果を受けての、この党のドタバタを見て
いると、情けないなぁ、という思いにとらわれる。情けないのは、小池代表で
はない。この党に移籍し、この党の公認をもらって出馬したにもかかわらず、
みごと落選の憂き目を見た民進党出身のセンセイ方である。彼らは「敗戦は小
池代表の(「排除します」云々の)失言のせいだ」と言い、「責任をとって代
表を辞任せよ」と騒ぎ立てているが、勘違い・思い違いもはなはだしい。選挙
で大敗したのは自分たちのせいだということが、この期に及んでもセンセイ方
は分からないのだ。ホントに情けない。

考えてもみようではないか。選挙に勝ち残りたいという理由だけで、政策など
はそっちのけ。綱領もなく、訳が分からない「大樹」の新党に大挙して身を寄
せ、(極右の噂さえある)この党の代表から選別されて、「あなたは我々の同
志です」と太鼓判を押された人なんて、魅力度はゼロ、投票になれば、ほとん
どの有権者が敬遠するだろう。恥も節操もない。それだけでこのセンセイは政
治家失格なのだ。

これとは対照的に、政治信条を貫き、男を上げて、予想外の票を獲得したのが、
枝野代表の立憲民主党である。だからといってセンセイ方、今度はこの立憲民
主党に身を寄せようなんて、考えないほうがいいですよ。恥の上塗り。無節操
も無節操。そんなセンセイはますます信頼を失うことだろう。

え?じゃあ、俺たちはどうすればいいのかって?とりあえず、政治家を辞める
ことですな。
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