ささやんの天邪鬼 座右の迷言

世にはばかる名言をまな板にのせて、迷言を吐くエッセイ風のブログです。

戦争と記憶

2023-02-28 14:29:21 | 日記
きょうの朝日新聞のコラム「天声人語」は、日米戦争について、いろいろ考えさせられる内容だった。冒頭は次の一節で始まる。

白髪の男性がじっと一枚の写真を見つめている。黒い血と灰色の粉じんにまみれ、戦場で呆然(ぼうぜん)とすわる少年の写真だ。男性はつぶやく。「私は、同じようなものですよ。着てたコートは焼けあとで、ボロボロで」▼公開中のドキュメンタリー映画『ペーパーシティ』の一場面である。副題は「東京大空襲の記憶」1945年3月10日、一夜にして街の4分の1が焼かれ、推定で10万人が殺された。生き延びた人の証言が重く静かに響く。

ご覧のように、この惨状をもたらした張本、それが米軍の爆撃機であることは明示されていない。米軍の残虐さを糾弾することが、このコラムの目的ではないかのように。このコラムは次のように続く。

生存者たちは米軍への怒りとともに「国に捨てられた」との無念さを訴えた。日本政府は軍人らに補償をしたが、民間の犠牲者は名前や人数の調査さえしなかった。死者を悼む慰霊碑もつくっていない

この文章が示すように、犠牲者の「米軍への怒り」は、なぜか一転して日本政府への恨みつらみへと転化する。だが、米軍機の爆撃にさらされ、命からがら辛うじて生き延びた人たちが、はたして「自分は国に捨てられた」という「無念」の情を懐くものだろうか。

敗戦国・日本の弱者たち=大衆は、自らの受難の怒りを「米国」という圧倒的な強者に直接ぶつけることはできなかった。そのため弱者たちの怒りは複雑に折れ返り、ルサンチマン(怨恨感情)となって、身近な日本国という敗戦国(=相対的弱者)に向けられることになる。

そういう戦後日本人大衆の心のドラマを、このコラムは受難者の心にはたと起こった(不可解な)内面の出来事として描こうとするから、不自然さを免れない。不自然さの根底にあるのは、「自分は米国にやられたのではない、米国は自分の敵ではない、自分の敵は日本政府だ」と自分に言い聞かせ、自分を納得させようとする弱者特有の心理である。

このコラム「天声人語」は、次の文章で終わっている。

▼日本も米国も「問題を早く忘れて欲しいかのようです」。(ドキュメンタリー映画『ペーパーシティ』の監督である)エイドリアンさんは、チェコ出身の作家ミラン・クンデラの言葉を引用して語る。「権力に対する人間の闘いとは、忘却に対する記憶の闘いにほかならない」。

コラム「天声人語」の筆者は、何とも巧妙な言葉のマジシャンである。米軍による民間日本人の受難は、ここでは「権力に対する人間の闘い」へと変換され、それによってこの受難の張本(=米軍の爆撃)は、忘却という記憶の闇へと消し去られようとしている。「忘却に対する記憶の闘い」を負け戦にしてしまっているのは、ほかならぬこのコラムの筆者自身だというのに・・・。

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ロシアと南北問題

2023-02-27 16:58:47 | 日記
ロシアがウクライナに侵攻して1年がたち、ロシア軍は今、ウクライナ軍の激しい抵抗に遭っている。ロシアとウクライナとのこの激闘は、東西冷戦に起因する一つの(過渡的な)形だということができる。プーチンはウクライナを自陣に引き入れることで、自国の勢力範囲を、旧ソ連の版図と同程度にまで盛り返そうとしたのだと、そう見ることができるからである。

だが、この事態をこのように「東−西」という観点から見るだけでは、必ずしも理解できない国際社会の現実がある。たとえば次のような報道を、我々はどのように見るべきだろうか。

ロシアのウクライナ侵攻を受けて今年2~3月に開かれた国連総会緊急特別会合では、ロシアを非難する二つの決議の採決で、アフリカの多くの国が『棄権』や『不参加』を選択した。4月7日の国連人権理事会におけるロシアの理事国資格停止の決議の採決でも、同様の現象が起きた。
(朝日GLOBE+ 2022.5.20)

ロシアによるウクライナ侵攻を巡り、国連総会(193カ国)の場でロシアの国際的孤立を際立たせようとする試みが続いている。
ウクライナは24日の侵攻1年に合わせ、新たな総会決議案を提案。多くの国の支持を得て採択することで、ロシアへの外交的圧力を改めて示し、和平実現への弾みにしたい考えだ。(中略)
ただ、過去の総会決議採択では、アフリカやアジアの途上国を中心に35カ国以上が棄権した。

(JIJI,COM 2月14日配信)

我々日本人は西側諸国の人々と同様、今回の事態を「東−西」の観点から理解しがちだが、この観点からすれば、侵略者のロシアは圧倒的な悪玉であり、「正義」を重視する国際社会では、ロシアはひたすら孤立を深めるだけのように見える。

ところがそうはならず、ロシアを非難する側に立とうとしない国がいくつも存在するという国際社会の現実がある。これをどう見るべきなのか。

ここには、硬直した西欧流の「正義」観にはとらわれない、明らかに別種の立場がある。必要なのは、事態を「東−西」の観点だけからでなく、「南−北」の観点からも見る多面的で柔軟な、ものの見方ではないか。端的にいえば、「グローバルサウス」と呼ばれる、アフリカやアジアなど発展途上国の人々の利害関心も、我々は射程に入れて考えるべきだろう。

貧困に苦しむアフリカの人々は、これまで西側の先進国から何の恩恵も受けなかった。西側先進国は、アフリカの人々の苦しみなど歯牙にもかけなかったのだ。今はロシアが一国でも多く自陣に引き入れようと、これらの国々を積極的に支援している現状がある。

これらの国々にとっては、ロシアこそ「正義」の実行者のように映るに違いない。「正義」は唯一絶対のものではなく、利害関心に基づくこうした現実を土壌にして生い育つものだということ、このことを忘れないでおこう。
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ウクライナに平和は

2023-02-26 11:49:50 | 日記
朝日新聞には「日曜に想う」というコラム欄がある。文字通り、日曜日に掲載されるコラム欄だが、きょうのこの欄には、「『平和』だけではなく、『正義』を」という見出しが付けられていた。その冒頭部を引用する。

『平和』は誰もが希求する。まして戦乱の地であれば、その思いはひときわ強いに違いない。
しかし、昨年11月にウクライナで実施された世論調査を見ると、ロシア軍による占領が続く状態での停戦を求めた人は、わずか1%だった。停戦の条件として、93%が『クリミア半島を含むウクライナ全土からのロシア軍撤退』を挙げた。多くの人々は、即座に平和を得るよりも、戦う道を選ぶ。つまり『平和』とは別の価値を重視しているのである
。」

このコラムによれば、93%の人々はロシア軍による占領が続く状態での『平和』を望まず、ロシア軍が全面撤退した状態での『平和』をーーつまり、『正義』が伴った状態での『平和』をーー望んでいることになる。

したがって「『平和』だけでなく、『正義』を」という見出しの文言よりも、「『平和』だけでなく、『正義』」としたほうが適切だろう。

それはともかく、このコラムから教えられたことがある。ゼレンスキー大統領が戦いを止めず、停戦交渉に臨もうとしないのは、こうした世論に後押しされ、「正義」に拘り続けるからなのである。

ゼレンスキーが「正義」に拘り続ける限り、戦いは止まず、ロシア軍のウクライナ全土からの撤退が停戦の最低条件になる。問題は、ロシアのプーチン大統領がこの条件を呑むかどうかである。

去る24日、中国はロシアとウクライナの双方に「停戦」を呼びかけ、対話を行うように求めるとともに、仲裁案ととれる文書を示した(内容は不明)。この仲裁案に対して、ゼレンスキーは歓迎の意向を示し、習近平国家主席との会談にも前向きな姿勢を示したという。

ただこの記者会見の中で、ゼレンスキーは、ウクライナ全土からのロシア軍の撤退を含まない平和は受け入れない方針を、重ねて表明したとされる。ウクライナ全土からのロシア軍の撤退が、停戦の最低条件だということである。ゼレンスキーはあくまでもこの条件に拘り続けるだろう。

対するプーチンはどうか。彼は「ロシア軍の全面撤退」を呑む見返りに、何らかの付帯条件を求めるに違いない。その条件が何か、それはNATOが受け入れられるものなのかどうか。
「正義の伴った平和」が訪れるのは、まだまだ先であるように思える。

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戦争の闇は今

2023-02-25 11:30:43 | 日記
そうだな。久しぶりだけど、やってみようか。
朝ドラの『舞いあがれ!』を見ていて、私は、小学生の頃に夢中になったプラモデル作りに、もう一度手を出してみたくなった。
テレビの画面に、金属製の小さな(手のひらに乗るほどの)模型飛行機が出てきたからである。市街地にある町工場が、近隣住民の理解を得ようと、「オープンファクトリー」を開催し、その呼び物として、この小さな金属製模型飛行機を作ってもらおうとしている。そういうお話だった。

それを見ていて、私は、自分が小学生だった頃を懐かしく思い出したのである。60年ほど前のあの頃、私は学校が終わると、毎日のように近所の模型店に出かけ、ショーウィンドウの中にあるゼロ戦やら、飛燕やら、グラマンやらの模型に見とれていた。月に1台ぐらいの割合でそいつを買ってきて、組み立てた。B−29だったか、メッサーシュミットだったかを組み立てていたときのことだった。母が悲痛な真顔になって、震える声で私に訴えたものである。「お願いだから、そんな敵の飛行機、作らないでちょうだい」。
あの頃は、昭和30年代。まだ米軍機による空襲や、機銃掃射の記憶が生々しく残っていた時代である。
数年後のことになるが、中学生だった時の英語の先生は(若い綺麗な女の先生だったが)、頬に痣(あざ)があった。機銃掃射にやられたんだってよ、と級友たちが噂していた。そんな時代だった。

あれから60年余り。すっかり老人になった私たちは、幸いなことに戦争を知らない。私たちは「戦争を知らない子どもたち」の世代なのである。

戦争を知らない私たちは、当然、戦争の悲惨さ・残酷さを知らない。だが、戦後の貧しさや、戦争で傷を負った人たちの苦しみ・悲しみは知っている。私はまだ忘れない。忘れもしない。修学旅行で上野動物園に行ったときのことだった。不忍池の近くで、片脚や両脚を失くした傷痍軍人たちが、何人かアコーデオンを奏でながら、物乞いをしていた。

話は変わるが、こうした痛ましい記憶は、触れてはいけないタブーなのだろうか。今は昔のことだが、ある雑誌に、その記憶について書いた原稿を送ったところ、その部分だけカットされた経験がある。今は「屠殺」という言葉も使用禁止用語らしいが、それと同じ扱いだった。

ともあれ、そんなふうにして「不都合な記憶」は容赦なくdelete(削除)され、戦争の悲惨さ・残酷さという「不都合な真実」までもがどんどん抹殺されていく。ハッピーでめでたい今現在の日本の「平和」が、そういう記憶の暗い闇の上に成り立っていることを、私たちは忘れてはいけないと思うのだが・・・。
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国境のない世界は

2023-02-24 14:16:12 | 日記
長らく自室に引きこもっていると、ちょっぴり外の世界を覗いてみたくなることがある。けれども片麻痺の私は、部屋を出て屋外を自由に歩くことができない。そこで代わりにテレビを付けることになる。

きのうの午後のことだった。テレビを付けたら、NHKで「福祉大相撲」を映していた。始まったばかりで、ユーモラスな「しょっきり」が行われていた。その出し物の途中で私はスイッチを切り、しばらくしてからまた付けた。今度は、力士とプロの歌手がコンビを組んで唄う「ナントカ歌くらべ」の最中だった。力士はなぜか唄が上手い。充分聞くに堪える歌唱力だ。

しばらく聞き流していると、翔猿(とびざる)関が唄ったあとで、少女たちが舞い踊りはじめた。みんな一様に可愛い少女たちである。孫のような少女たちの華麗なパフォーマンスは、しばし私の目を楽しませた。

少女たちが舞い踊りながら唄う、その唄の歌詞が耳に入った。

もしこの世界から国境が消えたら
争うことなんかなくなるのに

(STU48「花は誰のもの?」)

この歌詞に誘われるように、私はウクライナの惨状を思い浮かべた。そうだよなあ。ホントにそうだよなあ。あのプーチンは、STUのこの唄を知らないのだろうか。ふと私の頭に、ジョン・レノンの「イマジン」が流れはじめた。

想像してみよう 国なんて無いと
難しいことじゃない
殺す理由も死ぬ理由もないんだ


この唄なら、いくら堅物のプーチンでも知らないはずがない。国も国境もない世界を「想像する」という「難しくないこと」が、きっとプーチンにはできないだけなのだ。ーーいや、プーチンだけではない。ヒトラーも、サダム・フセインも。習近平も・・・。

いやいや、まだまだいる。そもそも人間とは、「力への意志」にとらわれ、争いを止めることができない悲しい生き物ではないだろうか。「もしこの世界から国境が消えたら」どうなるか、ーーそれはだれもが知っている。よく分かっている。分かっちゃいるけどやめられない。それが悲しいけど、人間という生き物の性(さが)なのだろう。

チョイと一杯のつもりで飲んで
いつの間にやらハシゴ酒
気がつきゃホームのベンチでゴロ寝
これじゃ身体にいいわきゃないよ
分かっちゃいるけどやめられねぇ
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