ささやんの天邪鬼 座右の迷言

世にはばかる名言をまな板にのせて、迷言を吐くエッセイ風のブログです。

義父の13回忌に台風が

2018-09-30 10:48:32 | 日記
このところ災害つづきである。7月の西日本集中豪雨にはじまって、台風
21号による大阪地方の大災害、次に北海道胆振地方の大規模地震、そして
きょうは、本州に接近中の大型台風24号である。日本列島は一体どうなっ
てしまうのか。

これは天災だから、まあぐっとこらえてやり過ごすしかないが、見過ごせな
い人災もある。介護保険費、生活保護費など、社会福祉関連の保障額がどん
どん削減されている。そこまでして捻出した国費は、はたして何に使われる
のか。

聞くところによれば、我がシンゾー君はお友達のドナルド君から、またして
も高価な米国製兵器を押し売りされ、5兆円も支払わなければならなくなっ
たとか。にもかかわらず、「日米はウィンーウィンの関係です」などと笑っ
て済まそうとする我がシンゾー君の脳天気にも、困ったものだ。

きょうは義父の13回忌を予定していた。でも、この大型台風である。テレ
ビを付ければ台風情報が流れ、「危険ですので、不要不急の外出は控えてく
ださい」とアナウンサーが繰り返している。今回の法事の言い出しっぺは 岐
阜に住む義姉だったが、その義姉はあいにくのこの台風で来られないと言う。
キャンセル料が発生するので、義父の墓所の近くに住む我が家だけで法事を
執り行うことになった。そうなると、出席できるのは妻だけ。それではあま
りに寂しいので、東京から息子を呼び寄せることにした。

私は法事への出席を辞退することにした。大雨の中、車椅子のクルマへの積
み降ろしを妻にしてもらい、私は雨に濡れた車椅子に座って、土砂降りの中、
会場まで運んでもらわなければならない。それは私にも、そして老妻にも、
大きすぎる負担である。暴風にあおられて怪我でもしたら、それこそ泣きっ
面にハチ、踏んだり蹴ったりである。まあ、きょうは義父を偲びながら、大
人しく自宅待機することにしよう。
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「新潮45」の休刊によせて

2018-09-29 11:31:54 | 日記
新潮社が数日前、月刊論壇誌「新潮45」の休刊を決めたという。事実上の
廃刊である。

このニュースが耳目を集めるのは、LGBTを「『生産性』がない」と書い
て激しい批判を浴びた、杉田水脈(みお)議員の論文の、その公表の舞台に
なったのが、この論壇誌だったからである。「新潮45」が臆面もなく杉田
論文を掲載したことが、この論壇誌への世間の反発を呼び起こし、休刊
(=廃刊)のトリガーになった。「臆面もなく」と書いたが、この論文は、
真っ当な感覚を持つ編集者であれば掲載を躊躇したに違いないような、言っ
てみればトンデモ論文だった。

にもかかわらず、新潮社は、よりによって翌月号でこの論文を「そんなにお
かしいか」と擁護する援護射撃の企画を組んで発行し、さらに批判を招くこと
になった。新潮社・社長の佐藤隆信氏の言葉を借りるなら、「あまりに常識を
逸脱した」この企画が世間の反発を受けることは、あまりにも当然であり、分
かりきったことだった。この企画を立てた時点で、新潮社は「新潮45」が休
刊(=廃刊)になる命運を、自ら選びとったと言えるだろう。

この論壇誌の休刊に対しては、「言論の弾圧だ」、「言論の自由を尊重せよ」
という声が一部であがったという。この種の発言に対して、「いや、言論
の自由は尊重すべきだが、差別発言をする自由はない」とする識者の反論
を、新聞で目にした記憶がある(その識者の名前は、残念ながら忘れてし
まった)。

ともあれ、こうした「言論の自由」に関する発言を目にして、私は、「ちょっ
と違うのではないか」と思ったのだった。「新潮45」の休刊(=廃刊)は、
売り上げ部数が低迷し、回復の見通しが立たないためにとられた措置だと聞
いている。聞くところによれば、出版不況のなか、「新潮45」の実売部数
は最盛期の約5万7千部から、約1万部に落ち込んでいた。最近は、ネトウ
ヨの書き手を登場させるなどして、読者をつかもうとしたものの、歯止めは
かからなかったという。

ネットを媒体にした言論が活発になれば、紙媒体での言論は低調になり、そ
の市場規模は縮まざるを得ない。従来の論壇誌が売り上げを伸ばせず、苦戦
を強いられるのは、いわば時代の流れだと言えるだろう。

紙媒体での言論が、時代の流れと市場経済の論理に翻弄され、その結果、絶
滅に追いやられる。絶滅が危惧されるのは、レッサーパンダやアホウドリだ
けではない。私が以前勤務していた大学では、哲学や倫理学など、「社会の
ニーズ」からかけ離れた思想関連の学問分野は、科研費がもらえず、おまけ
に運営交付金も削減されて、瀕死の体だった。

そういうことなどを思い出しながら、「新潮45」の休刊(=廃刊)の報
に、あれこれと複雑な思いを禁じ得ない天邪鬼爺である。
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日米貿易交渉 安倍外交の不手際

2018-09-28 11:01:33 | 日記
きょうの朝日新聞には、次の見出しが踊っていた。
《日本譲歩、農業・車が焦点 日米関税交渉入り、首脳会談で合意》

日米貿易交渉において、日本が米国との(多国間ではなく)二国間交渉に入
らざるを得なかったことを捉えて、朝日はこれを「日本側の譲歩だ」と喧伝
している。きっと安倍外交の不手際を言い立てたいのだろう。「譲歩」と引
き換えに、「日本製自動車への追加関税の回避」という利益を日本が手にし
たことなど、すっかり看過された趣きである。

日本製自動車への追加関税の回避。この利益と引き換えに、日本が負わされ
不利益は、なにも二国間交渉だけではない。安倍外交の不手際を言うのな
ら、次の事実にも留意すべきだろう。

トランプ大統領は26日、国連総会を締めくくる記者会見で、真っ先に日本
との貿易交渉の開始という成果を取り上げた。
さらに「私が『日本は我々の思いを受け入れなければならない。巨額の貿易
赤字は嫌だ』と言うと、日本はすごい量の防衛装備品を買うことになった」
と自身が日本から大きな譲歩を引き出したかのように語った。
                 (朝日新聞DIGITAL 9月27日配信)

日本が引き換えに呑まされた「譲歩」、それは二国間交渉以上に、多額の防
衛装備品を米国から「輸入」することである。

多額の防衛装備品の購入は、日本の防衛力の強化に資するから、これは決し
て日本にとって不利益にはならない。そうシンゾーもドナルドも主張するこ
とだろう。

だが、これによって強化される軍事力は、何のためのものなのか。それは、
中国との来るべき戦争に備えるためのものであり、これによってドナルドは
心置きなく中国とのバトルを展開することができるようになる。日本が日本
の国費で購入する多額の米国製軍事装備品は、つまりは米国のためのものな
のである。

朝日新聞は、安倍外交の不手際を言い立て、他方では多額の米国製軍事装備
品の購入について報じている。その朝日新聞が「安倍外交の不手際」の文脈
で 多額の米国製軍事装備品の購入に言及しないのは、一体なぜなのか。それ
はおそらく、中国の軍事的脅威に触れたくないからではないか、ーー中国へ
の気遣いからではないか、などと勘ぐっているへそ曲がり爺のきょうこの頃
である。
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米中貿易戦争 そのとき日本は

2018-09-27 11:08:36 | 日記
米中の貿易戦争がますますエスカレートしてきた。貿易をめぐる米中のこのバ
トルは、軍事的なバトルにまで発展する可能性を持っている、と先に私は書い
たが、きょうネットの森を散策していたら、「ああ、やっぱり」と思わされる
記事に出くわした。

香港の米総領事館は25日、米海軍が来月予定していた強襲揚陸艦「ワスプ」
の香港寄港の申請を中国政府が拒否したと明らかにした。米国がロシア製兵器
購入を理由に、中国共産党中央軍事委員会装備発展部などを制裁指定したこと
に中国は猛反発しており、対抗措置の一環とみられる。
                     (JIJI,COM 9月25日配信)

軍事マターをめぐるこの話題は、マスコミでもネットでもまだあまり注目され
ていないようだが、一方は日本の同盟国、他方は日本の隣国である。我々とし
ては、これをもっと気に留める必要があるだろう。これはやがて激しい軍事的
衝突に発展する火種になるのではないかと私は考えている。

もっとも、米中のバトルは、日本に思わぬ漁夫の利をもたらしてもいる。最新
のニュースによれば、日米の貿易交渉は、日本製の自動車に25%の追加関税
課さないことで決着したという。米側のこうした妥協には、日本を味方に取
り込もうとするトランプ大統領の意図が働いているのではないか。ここにはむ
ろん、米国産農産品の関税引き下げ問題など、他の要素もからんでくるが、こ
の問題の決着に米中のバトルが大きく作用していることは、疑う余地がないと
言えるだろう。

だが、目先の利益にそうそう喜んでばかりもいられない。米中のバトルがエス
カレートして、軍事的な衝突へと発展すれば、米国の「同盟国」である日本は、
中国を相手に共闘を強いられることになる。そのとき、もう日本は「我が国に
は憲法9条がありますので」などと言い逃れをすることはできない。安倍自民
党が数年前、集団的自衛権の発動を認める「安保法」を制定してしまったから
である。

外交は、日夜変動する現時点の情勢だけでなく、近い将来の可能的情勢にまで
射程を広げて展開すべきだ。そう私は考えるのだが、安倍さん、そこのところ、
よろしくね。
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貴乃花の引退と〈真実〉の真偽

2018-09-26 11:54:20 | 日記
元横綱の貴乃花がきのう、日本相撲協会に引退届(退職届)を提出した。相撲
協会との軋轢が原因だったようだ。貴乃花親方は去る3月、元横綱日馬富士の
傷害事件をめぐり、協会の運営に疑義があるとして内閣府に告発状を提出した
が、この告発状について、親方は、内容が事実無根であったことを認めるよう
協会側から強要されたとした上で、「真実を曲げてまで告発の内容が事実無根
だと認めることは私にはできない」と語った。

見られるように、両者の争点になっているのは、ひたすら〈真実〉である。
「告発状は事実無根だ、これを認めろ!」とする相撲協会に対して、親方は
「いや、事実無根ではない、真実だ」と主張して譲らない。親方がこうまでし
てこだわる〈真実〉とは、では、一体どういう意味を持つものなのだろうか。

私が思い出すのは、テレビドラマで耳にした次の言葉である。「満足かい、だ
れも望んでいない真実を公にして」

モリカケまがいの疑獄事件の、その裏にひそむ〈真実〉。その〈真実〉を暴こ
うとした指定弁護士に、審理の終了後、被告側の弁護士が掛けた言葉が、この
文句だった。

〈真実〉は八方美人のように、だれにとっても心地よいものではない。それを
心地よく思い、それを望む人がいる一方で、それを望まず、それを忌避しよう
とする人もいる。貴乃花親方が告発状に認(したた)めた〈真実〉は、相撲協
会に大きなダメージを与えるものであり、相撲協会にとっては認めたくない
「不都合な真実」そのものだった。

貴乃花親方がこれを「はい、真実ではありませんでした」と認めないかぎり、
相撲協会としては、親方を角界から排除するしかない。排除のために使ったの
は、一門制度を利用した巧妙な手口だった。弟子を人質に取られ、搦手から攻
められて、親方としては、引退届を出すしか打つ手がなかった、といったとこ
ろだろう。

こうして、肝心の〈真実〉の真偽は不問のまま、角界の闇に葬られ、この〈真
実〉が告発した相撲協会の「不都合」は、無傷のままで存続する。そして旧態
依然の、相も変わらぬ大相撲。貴乃花親方の完全敗北だが、これでは大相撲の
興行が時代に見放される日も近いのではないだろうか。
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