「ゆるちょ・インサウスティ!」の「海の上の入道雲」

楽しいおしゃべりと、真実の追求をテーマに、楽しく歩いていきます。

クリスマスのかけら(10)

2010年09月03日 | 過去の物語
「あ、結城さん、ごちそうさま。夕食、おいしかったです」

わたしは、内線で、結城さんに、夕食をさげてもらうように、頼む。

「そうですか。それは、よかった。先程は、なんだか、元気がないように見えましたので、声に張りが戻られたようです」

と、結城さんは、私を心配してくれる。そうか、そんな風に、みえたのかしら・・・。

「さっきは、考え事をしていたから・・・いつも、ありがとう、結城さん」

と、私は素直にお礼を言う。

「いいえ。これも、わたしの仕事ですから。スタッフには、おいしかったと伝えます」

と、結城さんは、うれしそうに言う。

「ええ。お願いします」

と、わたしは、言うと内線を、切る。

腕時計を見る。

7:50PM。

ギリギリ大丈夫!

わたしは、そう考えると、外線ボタンを押して、電話番号を押す。

トゥルルル・・・、という音が聞こえる。

彼の母親が出たら、・・・なんとか、言い訳は、考えてある。

カチャ!

神経を集中する。誰が、出るの?

「もしもし、沢村です」

やった!彼の声だ!

私は、緊張する。

「あ、あの・・・」

緊張して、名前さえ、言えない。

「涼子さんだね?」

彼は、すぐに、わたしだって、わかってくれた!

私は、それだけで、天にも、登る気持ちだった。



「ごちそうさま」

僕は、食事を手早くすませると、すぐに席を立とうとした。

「どうしたの?なにか、そわそわして・・・。おしっこでも、我慢してるの?」

と、母さんが、さっきから、僕に世話を焼く。

「ん、いや、そうじゃないんだ。あ、カレーおいしかったよ。いつもより、数倍!」

と、僕が言うと、母さんは、

「祐樹、あなた、なにか、怪しいわね。帰ってきてから、なにか、様子がおかしいわよ」

と、言う。

「あなた、そう思わない?なんとなく、そわそわしているし、好きなカレーだって、かっこむように、味あわないで、食べちゃうし・・・」

と、母さんも、人を見る眼は、鋭い。

「いいじゃないか。思春期に、男の子は、そう日もあるさ。な、そうだろ、祐樹」

と、父さんは、鷹揚に笑う。

「うん。お父さん、さすが、経験者だね」

と、僕が笑うと、お父さんは、メガネの奥で目をキラリとさせる。僕と目が合うと、

「がんばれよ」

と、目で言ってくれる。ありがとう、お父さん。

「あら、あなた達、男同士の、会話なんて、しちゃって。ええ、ええ、いいですよ。女性の私には、どうせ、わからない世界ですよ」

と、母さんは、僕のカレー皿を、台所へ持っていく。

「もう、梨緒がいないと、女性は、わたしひとりになっちゃうんだから・・・」

と、母は、嘆きながら、歩いていく。妹の梨緒は、今、テニスの合宿中で、家には、帰ってこない。

母が、台所へ消えるのを見届けると、父は、鷹揚な感じで、ゆっくりと、

「これか?」

と、小指を立てて、聞いてくる。

僕は、少しムスッとした顔で、軽くうなづく。

「あの子とは、別の子だろ?」

と、父親は、ズバッと聞いてくる。

僕は、少し怒った顔で、

「ま、ね」

と、言うと、父は、

「まあ、お前たちの年代は、なんでも経験だ。失敗してもいい。失敗から、這い上がることを覚えることが、一番大切だ」

と、言うと、あとは、自分のビールを継ぎ、

「思春期には、精一杯、恋愛をするもんだ」

と言いながら、ハードカバーに目を移す。

「経験者の言葉、ありがたく、ちょうだい致します」

と、敬礼するまねをして、僕は、その場を立ち去る。

「失敗か・・・」

と、僕はつぶやきながら、電話の前に立つ。

「彼女の声が、今、聞きたい・・・」

僕は、そう思って、受話器を持ち上げようと思った瞬間、電話が鳴る。

「もしもし、沢村です」

僕は、突然のことに、やや、うろたえながら、それでも、普通を装ってしゃべる。

「あ、あの・・・」

これは、彼女の声だ!

「涼子さんだね」

僕は、確信を持って、そう話していた。

こころの中に、うれしさが、広がる。

彼女の声を聞けるしあわせ!

やったー!

僕は、こころから、喜んでいた。


「ふーっつ」

僕は、自分の机にもどると、やや上気した感じの自分を感じていた。

うちの母親に時計を指さされなかったら、いつまでも、電話は、終わらなかっただろう。

電話で話していて、こんなに、楽しく感じたのは、いつ以来だろう。

楽しくて、楽しくて、今にも、会いたくて仕方なかった。

でも、さすがに、それは、できなかった。

それでも、彼女と話すだけでも、楽しい。

何を、話したかなんて、全然、覚えていないけれど、

とにかく、心が踊るって、こういうことを言うんだろう。

彼女のかわいい声が、僕の名前を呼ぶたびに、気持ちが高鳴った。

こんな気持ちになるなんて、僕はどうしてしまったんだろう。

でも、うれしい。こんなに素直に、こんなうれしい気持ちになれる。

それは、彼女のおかげだ。彼女を、大切にしなければ、いけない。

彼女を・・・。



私は、受話器を置くと、ベッドに座り込む。

こんなに、男性と楽しく話したのは、いつ以来だろう。

楽しくて楽しくて、今にも、彼に会いたくて、でも話しているのがうれしくて、

どうしようもなかった。

わたしは、もう、彼しか見えない。

彼だけが、わたしの世界。

彼だけが、わたしのすべて。

彼だけが・・・。


会いたい。いますぐ、会いたい。会って、目を見て、話が、したい。

キスしてほしい。やさしく、わたしの目を見つめて、そして、キスしてほしい。

私を、抱きしめてほしい。力強く、わたしを。

そして、どこかへ、連れていってほしい・・・。

そして、すべてを忘れさせてほしい。

いろいろな、こと・・・忘れたいすべてを・・・。

忘れさせて・・・沢村くん!


わたしは、ふと、我に返る。

わたしは、そんな、しあわせに、浸っていいの?

わたしは、これまで、あれだけのことを、してきた。わたしは・・・。

彼は、わたしとは、違う。彼は、甲子園で活躍して、早稲田に入って、また、活躍するエース。

彼には、栄光のレールが、敷かれている。誰からも愛される、素晴らしいひと。

そんなひとを・・・。そんなひとを、わたしが、好きになっていいの?

わたしが、愛してもいいの?


わたしは、汚れているわ・・・。

あのひとは、まだ、汚れては、いけない。

こんな、わたしで、汚しては・・・いけないんだわ・・・。


わたしは、いつのまにか、涙を流していた。

(つづく)



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