「あ、結城さん、ごちそうさま。夕食、おいしかったです」
わたしは、内線で、結城さんに、夕食をさげてもらうように、頼む。
「そうですか。それは、よかった。先程は、なんだか、元気がないように見えましたので、声に張りが戻られたようです」
と、結城さんは、私を心配してくれる。そうか、そんな風に、みえたのかしら・・・。
「さっきは、考え事をしていたから・・・いつも、ありがとう、結城さん」
と、私は素直にお礼を言う。
「いいえ。これも、わたしの仕事ですから。スタッフには、おいしかったと伝えます」
と、結城さんは、うれしそうに言う。
「ええ。お願いします」
と、わたしは、言うと内線を、切る。
腕時計を見る。
7:50PM。
ギリギリ大丈夫!
わたしは、そう考えると、外線ボタンを押して、電話番号を押す。
トゥルルル・・・、という音が聞こえる。
彼の母親が出たら、・・・なんとか、言い訳は、考えてある。
カチャ!
神経を集中する。誰が、出るの?
「もしもし、沢村です」
やった!彼の声だ!
私は、緊張する。
「あ、あの・・・」
緊張して、名前さえ、言えない。
「涼子さんだね?」
彼は、すぐに、わたしだって、わかってくれた!
私は、それだけで、天にも、登る気持ちだった。
「ごちそうさま」
僕は、食事を手早くすませると、すぐに席を立とうとした。
「どうしたの?なにか、そわそわして・・・。おしっこでも、我慢してるの?」
と、母さんが、さっきから、僕に世話を焼く。
「ん、いや、そうじゃないんだ。あ、カレーおいしかったよ。いつもより、数倍!」
と、僕が言うと、母さんは、
「祐樹、あなた、なにか、怪しいわね。帰ってきてから、なにか、様子がおかしいわよ」
と、言う。
「あなた、そう思わない?なんとなく、そわそわしているし、好きなカレーだって、かっこむように、味あわないで、食べちゃうし・・・」
と、母さんも、人を見る眼は、鋭い。
「いいじゃないか。思春期に、男の子は、そう日もあるさ。な、そうだろ、祐樹」
と、父さんは、鷹揚に笑う。
「うん。お父さん、さすが、経験者だね」
と、僕が笑うと、お父さんは、メガネの奥で目をキラリとさせる。僕と目が合うと、
「がんばれよ」
と、目で言ってくれる。ありがとう、お父さん。
「あら、あなた達、男同士の、会話なんて、しちゃって。ええ、ええ、いいですよ。女性の私には、どうせ、わからない世界ですよ」
と、母さんは、僕のカレー皿を、台所へ持っていく。
「もう、梨緒がいないと、女性は、わたしひとりになっちゃうんだから・・・」
と、母は、嘆きながら、歩いていく。妹の梨緒は、今、テニスの合宿中で、家には、帰ってこない。
母が、台所へ消えるのを見届けると、父は、鷹揚な感じで、ゆっくりと、
「これか?」
と、小指を立てて、聞いてくる。
僕は、少しムスッとした顔で、軽くうなづく。
「あの子とは、別の子だろ?」
と、父親は、ズバッと聞いてくる。
僕は、少し怒った顔で、
「ま、ね」
と、言うと、父は、
「まあ、お前たちの年代は、なんでも経験だ。失敗してもいい。失敗から、這い上がることを覚えることが、一番大切だ」
と、言うと、あとは、自分のビールを継ぎ、
「思春期には、精一杯、恋愛をするもんだ」
と言いながら、ハードカバーに目を移す。
「経験者の言葉、ありがたく、ちょうだい致します」
と、敬礼するまねをして、僕は、その場を立ち去る。
「失敗か・・・」
と、僕はつぶやきながら、電話の前に立つ。
「彼女の声が、今、聞きたい・・・」
僕は、そう思って、受話器を持ち上げようと思った瞬間、電話が鳴る。
「もしもし、沢村です」
僕は、突然のことに、やや、うろたえながら、それでも、普通を装ってしゃべる。
「あ、あの・・・」
これは、彼女の声だ!
「涼子さんだね」
僕は、確信を持って、そう話していた。
こころの中に、うれしさが、広がる。
彼女の声を聞けるしあわせ!
やったー!
僕は、こころから、喜んでいた。
「ふーっつ」
僕は、自分の机にもどると、やや上気した感じの自分を感じていた。
うちの母親に時計を指さされなかったら、いつまでも、電話は、終わらなかっただろう。
電話で話していて、こんなに、楽しく感じたのは、いつ以来だろう。
楽しくて、楽しくて、今にも、会いたくて仕方なかった。
でも、さすがに、それは、できなかった。
それでも、彼女と話すだけでも、楽しい。
何を、話したかなんて、全然、覚えていないけれど、
とにかく、心が踊るって、こういうことを言うんだろう。
彼女のかわいい声が、僕の名前を呼ぶたびに、気持ちが高鳴った。
こんな気持ちになるなんて、僕はどうしてしまったんだろう。
でも、うれしい。こんなに素直に、こんなうれしい気持ちになれる。
それは、彼女のおかげだ。彼女を、大切にしなければ、いけない。
彼女を・・・。
私は、受話器を置くと、ベッドに座り込む。
こんなに、男性と楽しく話したのは、いつ以来だろう。
楽しくて楽しくて、今にも、彼に会いたくて、でも話しているのがうれしくて、
どうしようもなかった。
わたしは、もう、彼しか見えない。
彼だけが、わたしの世界。
彼だけが、わたしのすべて。
彼だけが・・・。
会いたい。いますぐ、会いたい。会って、目を見て、話が、したい。
キスしてほしい。やさしく、わたしの目を見つめて、そして、キスしてほしい。
私を、抱きしめてほしい。力強く、わたしを。
そして、どこかへ、連れていってほしい・・・。
そして、すべてを忘れさせてほしい。
いろいろな、こと・・・忘れたいすべてを・・・。
忘れさせて・・・沢村くん!
わたしは、ふと、我に返る。
わたしは、そんな、しあわせに、浸っていいの?
わたしは、これまで、あれだけのことを、してきた。わたしは・・・。
彼は、わたしとは、違う。彼は、甲子園で活躍して、早稲田に入って、また、活躍するエース。
彼には、栄光のレールが、敷かれている。誰からも愛される、素晴らしいひと。
そんなひとを・・・。そんなひとを、わたしが、好きになっていいの?
わたしが、愛してもいいの?
わたしは、汚れているわ・・・。
あのひとは、まだ、汚れては、いけない。
こんな、わたしで、汚しては・・・いけないんだわ・・・。
わたしは、いつのまにか、涙を流していた。
(つづく)
わたしは、内線で、結城さんに、夕食をさげてもらうように、頼む。
「そうですか。それは、よかった。先程は、なんだか、元気がないように見えましたので、声に張りが戻られたようです」
と、結城さんは、私を心配してくれる。そうか、そんな風に、みえたのかしら・・・。
「さっきは、考え事をしていたから・・・いつも、ありがとう、結城さん」
と、私は素直にお礼を言う。
「いいえ。これも、わたしの仕事ですから。スタッフには、おいしかったと伝えます」
と、結城さんは、うれしそうに言う。
「ええ。お願いします」
と、わたしは、言うと内線を、切る。
腕時計を見る。
7:50PM。
ギリギリ大丈夫!
わたしは、そう考えると、外線ボタンを押して、電話番号を押す。
トゥルルル・・・、という音が聞こえる。
彼の母親が出たら、・・・なんとか、言い訳は、考えてある。
カチャ!
神経を集中する。誰が、出るの?
「もしもし、沢村です」
やった!彼の声だ!
私は、緊張する。
「あ、あの・・・」
緊張して、名前さえ、言えない。
「涼子さんだね?」
彼は、すぐに、わたしだって、わかってくれた!
私は、それだけで、天にも、登る気持ちだった。
「ごちそうさま」
僕は、食事を手早くすませると、すぐに席を立とうとした。
「どうしたの?なにか、そわそわして・・・。おしっこでも、我慢してるの?」
と、母さんが、さっきから、僕に世話を焼く。
「ん、いや、そうじゃないんだ。あ、カレーおいしかったよ。いつもより、数倍!」
と、僕が言うと、母さんは、
「祐樹、あなた、なにか、怪しいわね。帰ってきてから、なにか、様子がおかしいわよ」
と、言う。
「あなた、そう思わない?なんとなく、そわそわしているし、好きなカレーだって、かっこむように、味あわないで、食べちゃうし・・・」
と、母さんも、人を見る眼は、鋭い。
「いいじゃないか。思春期に、男の子は、そう日もあるさ。な、そうだろ、祐樹」
と、父さんは、鷹揚に笑う。
「うん。お父さん、さすが、経験者だね」
と、僕が笑うと、お父さんは、メガネの奥で目をキラリとさせる。僕と目が合うと、
「がんばれよ」
と、目で言ってくれる。ありがとう、お父さん。
「あら、あなた達、男同士の、会話なんて、しちゃって。ええ、ええ、いいですよ。女性の私には、どうせ、わからない世界ですよ」
と、母さんは、僕のカレー皿を、台所へ持っていく。
「もう、梨緒がいないと、女性は、わたしひとりになっちゃうんだから・・・」
と、母は、嘆きながら、歩いていく。妹の梨緒は、今、テニスの合宿中で、家には、帰ってこない。
母が、台所へ消えるのを見届けると、父は、鷹揚な感じで、ゆっくりと、
「これか?」
と、小指を立てて、聞いてくる。
僕は、少しムスッとした顔で、軽くうなづく。
「あの子とは、別の子だろ?」
と、父親は、ズバッと聞いてくる。
僕は、少し怒った顔で、
「ま、ね」
と、言うと、父は、
「まあ、お前たちの年代は、なんでも経験だ。失敗してもいい。失敗から、這い上がることを覚えることが、一番大切だ」
と、言うと、あとは、自分のビールを継ぎ、
「思春期には、精一杯、恋愛をするもんだ」
と言いながら、ハードカバーに目を移す。
「経験者の言葉、ありがたく、ちょうだい致します」
と、敬礼するまねをして、僕は、その場を立ち去る。
「失敗か・・・」
と、僕はつぶやきながら、電話の前に立つ。
「彼女の声が、今、聞きたい・・・」
僕は、そう思って、受話器を持ち上げようと思った瞬間、電話が鳴る。
「もしもし、沢村です」
僕は、突然のことに、やや、うろたえながら、それでも、普通を装ってしゃべる。
「あ、あの・・・」
これは、彼女の声だ!
「涼子さんだね」
僕は、確信を持って、そう話していた。
こころの中に、うれしさが、広がる。
彼女の声を聞けるしあわせ!
やったー!
僕は、こころから、喜んでいた。
「ふーっつ」
僕は、自分の机にもどると、やや上気した感じの自分を感じていた。
うちの母親に時計を指さされなかったら、いつまでも、電話は、終わらなかっただろう。
電話で話していて、こんなに、楽しく感じたのは、いつ以来だろう。
楽しくて、楽しくて、今にも、会いたくて仕方なかった。
でも、さすがに、それは、できなかった。
それでも、彼女と話すだけでも、楽しい。
何を、話したかなんて、全然、覚えていないけれど、
とにかく、心が踊るって、こういうことを言うんだろう。
彼女のかわいい声が、僕の名前を呼ぶたびに、気持ちが高鳴った。
こんな気持ちになるなんて、僕はどうしてしまったんだろう。
でも、うれしい。こんなに素直に、こんなうれしい気持ちになれる。
それは、彼女のおかげだ。彼女を、大切にしなければ、いけない。
彼女を・・・。
私は、受話器を置くと、ベッドに座り込む。
こんなに、男性と楽しく話したのは、いつ以来だろう。
楽しくて楽しくて、今にも、彼に会いたくて、でも話しているのがうれしくて、
どうしようもなかった。
わたしは、もう、彼しか見えない。
彼だけが、わたしの世界。
彼だけが、わたしのすべて。
彼だけが・・・。
会いたい。いますぐ、会いたい。会って、目を見て、話が、したい。
キスしてほしい。やさしく、わたしの目を見つめて、そして、キスしてほしい。
私を、抱きしめてほしい。力強く、わたしを。
そして、どこかへ、連れていってほしい・・・。
そして、すべてを忘れさせてほしい。
いろいろな、こと・・・忘れたいすべてを・・・。
忘れさせて・・・沢村くん!
わたしは、ふと、我に返る。
わたしは、そんな、しあわせに、浸っていいの?
わたしは、これまで、あれだけのことを、してきた。わたしは・・・。
彼は、わたしとは、違う。彼は、甲子園で活躍して、早稲田に入って、また、活躍するエース。
彼には、栄光のレールが、敷かれている。誰からも愛される、素晴らしいひと。
そんなひとを・・・。そんなひとを、わたしが、好きになっていいの?
わたしが、愛してもいいの?
わたしは、汚れているわ・・・。
あのひとは、まだ、汚れては、いけない。
こんな、わたしで、汚しては・・・いけないんだわ・・・。
わたしは、いつのまにか、涙を流していた。
(つづく)