一人の髪の毛の長い背の高い細身の女性が机に座り、ノートパソコンを叩いています。
彼女の名はレイカ(31)・・・とある雑誌の取材記者です。
「えー、それでは、タケルさん、夜の日本学「先人考察(女性編)」・・・お願いします。今日は誰について語ってくれるんですか?」
と、レイカはノートパソコンを叩きながら、赤縁のメガネを手で直し、こちらを見つめます。
「うん。そうだな・・・まだまだ恋の歌は続くから・・・「建礼門院右京大夫」さんを見ていこう」
と、タケルは話し始めます・・・。
さて、今日の「夜の日本学」はじまり、はじまりー・・・・。
「さて、長く建礼門院右京大夫さんを見てきたけど・・・今回がとうとう最後になるね」
と、タケルは言葉にする。
「男性を愛する女性の立場からすると、平家の没落と言うのは・・・ひとりの女性の悲しみの物語になっていたんですね」
と、レイカ。
「まあ、とにかく、最後まで、見ていこう」
と、タケル。
「はい」
と、レイカ。
詞書「若かった頃から身を無用なものと思っていたので、ただ心にかなわず生きながらえて命の続くのさえ厭わしくて、まして人中に混じって人と交わりをかわすのは」
「心にかけても思わなかったが、身近な人々が辞退できないように取りはからうことがあって、思いの外に、年を経て後に、また宮中に出仕するようにな った」
「返す返すもはかりがたく、私の心の内も気が進まない」
「藤壷(宮中の建物の名前)の方向などを見るにつけても、昔住み慣れたことばかり思い出されて悲しいが、おしつらいもあたりの様子も変わったことがなく」
「ただ私の心の内だけがくだけまさる悲しさ。曇りのない月を眺めて、いろいろなことが思い出されて、心が涙で曇ってしまう」
「昔、宮中にお仕えしていた頃は、身分の低い殿上人として付き合っていた人々がおしもおされもせぬ上達部であるのも」
「ああであったろう、こうでもあったろうなどと、思い続けられて、宮仕えしない以前にもまして、心の内は、どうしようもなく悲しいことは、何に似ているだろうか」
「高倉院の御様子にたいそうよく似ていらっしゃる後鳥羽天皇の御様子にも、人数にも入らぬ自分ひとりの心の中で堪え難く、昔が恋しくて、月を見て」
「今はたゞしひてわするゝいにしへを思ひいでよとすめる月かげ」
(今は無理して忘れている昔を、思い出せとばかりに澄んでいる月の光です)
「今まで見てきた建礼門院右京大夫さんの歌を集大成に感じてきたような・・・建礼門院右京大夫さんの人生を長く見てきたからこの歌の気持ちがよくわかるね」
と、タケル。
「そうですね。やっぱり昔を思い出すんでしょうね。無理して忘れているんだなって、昔の事を・・・」
と、レイカ。
「宮中に再出仕したら、それは昔を思い出すよね・・・」
と、タケル。
「久しぶりに大学に戻った時のようなそんな感じなのかもしれませんね、わたし達で言えば・・・」
と、レイカ。
詞書「とにかくも、物思いを続けながら外を見ていたところ、まだらな犬が竹の台の元などを遊び歩くのが、昔、高倉天皇の御方にいた犬で」
「中宮のお使いなどで参上した折々に、呼んで袖をかぶせなどしたので、見知って、じゃれついて尾を振ったりなどしたのに似ているのを見ると」
「これといった理由もなくしみじみとする」
「犬はなほ姿も見しにかよひけり人のけしきぞありしにもにぬ」
(犬はそれでも姿は昔見たのに似ていたが、人の様子は昔とは似ていないことです)
「なんかイヌってところが共感呼ぶよね。確かに昔見たイヌに似た感じのイヌがいれば、昔を思い出すよね・・・」
と、タケル。
「それでも、人の様子は違っている・・・そこがシミジミするところなんでしょうね」
と、レイカ。
「でも、なんか、イヌを呼んで袖をかぶせたりするって、右京大夫さんってお茶目な女性だったんだろうね」
と、タケル。
「そうですね。知恵の深い、素敵な女性だったんでしょうね」
と、レイカ。
詞書「かつて宮仕えした当時のことを、付き合いのあった人が知っているのも、ひょっとしたらあるかもしれないが、語らう理由もない」
「ただ心の中だけで思い続けているが、心が晴れる方法がなく悲しくて」
「我おもふ心に似たる友ゝがなそよやとだにもかたりあはせん」
(私が思う気持ちと似ている友がいてくれるといい。「そうそう、そうでした」とだけでも語り合いましょう)
「なんだか、この気持ちよくわかる感じ。僕的にはサラリーマン時代の仲間と会う感じかな」
と、タケル。
「右京大夫さんの気持ちもよくわかりますね。宮中の様子を見ていて、友とも「そうそう、そうだったよねー」って言いたい気持ちは、女性ならではですよ」
と、レイカ。
詞書「人が訴訟することのあったのを、それに当たっている人が裁断するのを聞くと、後白河院の御時にいただいた御下し文だなどといって」
「このまだ夢が覚めきっていないと思う人(平資盛)が蔵人頭にあったときに書いたものといって、その名を聞くと、どんなにしみじみとした感慨も一通りであろうか」
「水の泡と消えし人の名ばかりをさすがにとめてきくも悲しき」
(水の泡のように消えた人の名だけはさすがにこの世に残っていて、その名を聞くのは悲しいことです)
「面影もその名もさらば消えもせできゝみるごとに心まどはす」
(面影もその名前も、死んでしまったら消えてしまえばいいのに、消えもしないで、その名前を聞いたり見たりする度に心を惑わします)
「うかりける夢の契の身をさらでさむるよもなきなげきのみする」
(つらい夢の約束は身を離れることなく、覚める時のないことをただ嘆くだけです)
「やはり、平資盛さんの事がまだまだ、頭から離れないんだね・・・というか、右京大夫さんの青春そのものだったんだろうね」
と、タケル。
「その名前を聞くだけでも悲しくなるんでしょうね・・・それは当然ですよ。それだけ右京大夫さんは深く平資盛さんを愛していたんだもの」
と、レイカ。
詞書「返す返すもつらさより他の思い出のない身ながら、年は積もって、無駄に明かして暮らしながら、思い出されることごとを少しずつ書き付けているのだ」
「ときたま人が自分の歌を書き集めたことがあるかというときには、あまり自分の思うままのことでは苦痛にも思われて、ほんの一端だけを書いてみせた」
「これはただ私ひとりだけで見ようと思って、書き付けたのを、のちに見て」
「くだきけるおもひの程の悲しきにかきあつめてぞさらに知らるゝ」
(心が砕き悩んだほどに悲しいことでしたが、書き集めてみるとさらに悲しさが知られます)
「ここまで、長く見てきたけど、人生の最後の方になってくると、こういう気持ちになるんだろうね」
と、タケル。
「わたし達もいつか行く道なんですね」
と、レイカ。
「そうだね・・・」
と、タケル。
詞書「老いの後、民部卿定家が歌を集めることがあるといって、「書き置いているものはありますか」と私にも尋ねられたのだけでも」
「歌人の人数の中に私を思い出して言われた情けがありがたく思われたが、「どちらの名で採録しようと思いますか」と問われた思いやりが」
「たいそう嬉しく思われて、やはりただ、隔て果てた昔のことが忘れがたいので、「昔の名のままで」など申し上げて」
「言の葉のもし世にちらば忍ばしき昔の名こそとめまほしけれ」
(私の歌がもし世に散らばるものならば、慕わしい昔の名を残したいものです)
返し(定家)
「おなじくは心とめけるいにしへのその名をさらに世にのこさなん」
(同じことならば、あなたが心に留めている昔の名をそのままずっと世に残しましょう)
と返歌があったのが嬉しく思われた。
「この歌が「建礼門院右京大夫集」最後の歌になるんだ・・・右京大夫さんの願い通り、彼女の名前は右京大夫さんの名前で残ったんだね」
と、タケル。
「彼女の思いが実現して・・・でも、金曜日に古今和歌集を鑑賞していますが、あの男性達の歌よりはるかにビビットに心に響いてきます」
「素敵な女性だったんだろうなって、本当に思います。尊敬すべき大先輩だったと思います」
と、レイカ。
「でも・・・建礼門院右京大夫集を全部見たよ・・・鑑賞もして・・・これは僕らのチカラになるよ、確実に、ね」
と、タケル。
「そうですね。歌というモノに対して、自分なりの物差しが出来たような気がします。いい勉強になりました」
と、レイカ。
「さ、仕事はこれくらいにして、飲み行こうか、「知恵者」のレイカちゃん」
と、笑顔で立ち上がるタケルでした。
「はい。もちろん、お供しますわ」
とレイカは立ち上がり、赤縁のメガネを取り、髪を解いた。
(おしまい)
建礼門院右京大夫さんは、確実に恋の歌の天才・・・そう見てもいいと思います。
まあ、勉強になりました。
にしても、800年前の女性の歌が・・・僕らにチカラをくれたような気がしますね。
さ、次へ進みましょう!
ではでは。