「これが、備前長船の宿場か・・・」
樹一郎、姫井荘三郎の二人は、怪我をした剣三郎をかつぎながら、
やっと、宿場にたどり着いたようです。
すでに、剣三郎の怪我の最低限の治療は樹一郎によって、施されており、
悪化する心配はありませんでしたが、その怪我によって、剣三郎は、熱を持ったようです。
「若、気をしっかり、もちますように!」
と、樹一郎が声をかけますが、剣三郎は、半分、夢の中です。
「これは、寝かさなければ、な。よし、そこの旅籠、わしが交渉してこよう」
と、姫井は、存外、親身になって、考えているようです。
姫井は近くの旅籠に消えると、すぐに出てきて、交渉が成功したような身振りです。
「はやく、寝かしてやろう。それに、水も桶に用意してもらうことになっている」
と、樹一郎以上に、親身になる姫井に、疑問を感じながら、同時に頼もしくも思う樹一郎です。
旅籠の二階の一室に、身を横たえた剣三郎は、怪我から来る高熱に、うなされているようです。
全身に汗をかき、しきりに首を振る剣三郎を、樹一郎は、心配顔で、見守るだけです。
姫井は、脈をとったり、胸に耳をあてたり、額の熱を測ったりといろいろやっていましたが、
「うむ。まあ、大丈夫でござろう。一晩苦しめば病は去ると見申した」
と、まるで、医者のような口ぶりです。
「姫井殿は、医者の経験もござるのかな?」
と、樹一郎は、冗談めかして聞きます。
「はっはっは。これくらいのこと、忍者の修行で、習ったまで。忍者は、すべてのことができんと、その人物に化けることができんからな」
と、姫井は、冗談とも本気ともつかない説明をしています。
「まあ、若が一晩で、直ってくれるなら、どうでもよい」
と、樹一郎は、あまり難しく考えるのをやめたようです。
「しかし、この若の背中の大きな傷は、なぜ、ついたのかね?」
と、姫井は、さきほど、発見した、剣三郎の背中の傷について、聞いています。
「それは・・・、わしも、よく知らんのだ。若がしゃべりたがらないのでな」
と、樹一郎は、苦い顔をします。
「あれは、ほぼ、一年前。若が、近くの瀧に、修行と称して、「滝打たれ」に出たときだった・・・」
と、樹一郎は、そのときのことを回想します。
「お供の人間も、三人程付いていたのだが、発見されたとき、その三人は、死んでいた」
と、樹一郎は、苦い顔で、話しています。
「若は、瀧の中で、背中から血を流して、気絶していた。一時は、もうだめか、と思ったが、奇跡的に回復した」
と、樹一郎は、素直に話しています。
「相手の素性は?」
と、姫井は、あまりの真実に、青い顔をしながら、聞いています。
「もちろん、不明だ。目撃者もおらん。ただ、少なくとも若は、それ以来、変わられた。剣に対する情熱が格段にあがられた。おかげで、その技も進んだというわけさ」
と、樹一郎は、素直な感じで、話しています。
「拙者なぞ、もう、相手にならん。千々石の小天狗と言われる拙者でさえ、な」
と、樹一郎は、苦笑しながら、話しています。
「なるほど、の。わしも、さきほどの戦いで、若の剣を見ていた。荒削りだが、その才能は、あふれんばかりだ・・・。ただ、何かが足りん。そんな気がする」
と、姫井は、正直な感想を述べています。
「何が足りないと?」
と、樹一郎は、聞きますが、
「それが、わからんのだ。わしも役目柄、多くの剣士の技を見てきた。その中でも、若の剣は、一二を争うだろう。だが、何かが足りん、そんな気がするのだ」
と、姫井も繰り返します。
「姫井殿、役目柄とおっしゃったが、そなた、宮司でなかったか?なぜ、剣技なぞ、目にする機会があるのだ?」
と、樹一郎は、素直な質問です。
「我が、阿蘇姫宮大神宮では、奉納剣技という大寄せが、年に一度、開かれるのじゃ。そこに日本中から、吾こそはと言う剣士が集まってくるので、の」
と、姫井は、素直に話します。
「わしも、16歳の時に、その大寄せで、優勝しておる。当時は、剣の天才じゃと、言われたものだ・・・。しかし、剣技というものは、強くなれば、弱くなるもので、の」
と、姫井は、少し寂しそうに話します。
「まあ、よい。わしは、一刻ほど、眠る。交代で若を、看病することにしようぞ」
と、言うと、姫井は、早速横になって、高いびきです。
「どこまで、本当の話か、わかったもんじゃないな、このおっさん・・・」
と、樹一郎は、つぶやきますが、
「しかし、案外、本当の話かも、しれんな。なにより、憎めん、男だ」
と、樹一郎もつい、笑顔になります。
「なんとも、おかしな男と道連れに、なったものだ・・・」
と、樹一郎は、無防備な姫井の寝顔を見ながら、そうつぶやきます。
「ま、悪い男じゃ、なさそう、だ」
と、樹一郎は、つぶやいています。
「さて、額の布を冷たくするか・・・。しかし、本当に一晩で治るのかな」
と、樹一郎は、剣三郎の額の布を桶の水で洗い、さらに冷たい水に浸してから、剣三郎の額に置きます。
「今宵は、少し蒸すようだ・・・」
と、樹一郎は、誰とも無くつぶやいています。
どこか、遠くの闇から、猫の鳴き声が、聞こえるようです。
男たちの夜は、さらに静かに更けていきます。
剣三郎は、朝、起き上がると、階下にある板場に歩いていきます。
そこは、料亭旅籠であるだけに、広い台所になっていて、何人もの職人が泊まり客のための朝餉の用意をしています。
その中に、やさしい笑顔をあふれさせる女将紗江が混じっています。剣三郎用の朝餉の支度をしているのです。
紗江はまるで、自分の子供が遠い過去から帰ってきたような気分で、この剣三郎を見ています。
剣三郎も記憶の中にない、母親の姿を紗江に見て、素直に、甘えています。
「紗江さん、おはよう。僕のごはんは?」
と目をこすりながら、紗江に聞く剣三郎を、紗江はやさしい笑顔で、
「ちょっと待っててね。もうすぐだから」
と返しています。紗江の笑顔が、剣三郎のこころをやさしく溶かしていくようです。
「うん。わかった」
と、剣三郎は、素直に話すと、周りの職人さんに意識を移します。
職人達もこの剣三郎に好意的で、
「お、坊主、これ、食うか?」
と、残り物などをくれたりします。
この板場で、料理長を努める通称「甚さん」と呼ばれる甚五郎も、そういうひとりで、
彼は紗江がここのところ、急速に元気になっている理由がこの剣三郎の存在だ、ということに気づいています。
「おう。剣三郎とやら、おめえは、この「無音屋」の救世主かもしれねえな」
と甚五郎は、言うと、剣三郎の頭をなでます。
剣三郎は、何のことやら何もわからないまま、されるがままにしています。
「江戸のひとって、みんな、やさしいな・・・」
と、剣三郎は、十四歳のこころで、そう思うだけです。
そこへ、こころをこめて朝餉をつくりあげた紗江が、ほほえみと共にその朝餉を運んできます。
「はい。ちょっとあついから、やけどしないように、ふうふうしながら、食べてね」
と、おかゆに梅干、玉子焼きとたくあんをつけた朝餉です。
「うわ。うまそう」
と剣三郎は、うれしそうな笑顔になると、素直に食べ始めます。
その様子をほほえみながら、うれしそうに見る紗江です。
そんなしあわせそうな、紗江を、板場のみんなも、うれしそうに見ています。
「紗江さん、おいしい」
と、にこにこしながら、素直に話す剣三郎です。
「そう。良かったわ」
と、剣三郎の素直な笑顔にこころがとろかされる紗江です。
無心に食べる剣三郎の様子を、うれしそうな表情で、紗江は見ています。
「わたしもあの時、子供を授かれば、こんな感じの風景をずっと楽しめたのね」
と、紗江はこころから、剣三郎の存在に、感謝しています。
「紗江さん、おかわり」
と、剣三郎は病み上がりのくせに、健啖ぶりを発揮しています。
「はいはい。食べ過ぎて、お腹こわさないでね」
と、うれしそうに、剣三郎のお茶碗を受け取る紗江です。
甚五郎は、そんな剣三郎に、
「おめえは、ほんとに、うまそうに、食うな。作っている側としちゃあ、そんな表情されちゃあ、つい力がはいっちまう」
と、笑いながら話しかけます。
「そう?いつも通りだけど・・・」
と、困惑する剣三郎ですが、その表情を、職人達が笑います。
「甚さん、子供を困らせちゃいけねえな」
と、言われると甚五郎は、
「はははは。そうしたくなる坊主なんだよ」
と、こちらも楽しそうに笑います。
「あなたが、来てから、この無音屋も、明るさを取り戻したみたい」
と、紗江はにこにこしながら、剣三郎のおかわりを渡しています。
「そう?よくわからないけど、そうだったら、うれしいな」
と、うれしそうに、おかわりをかっこむ剣三郎です。
そんな剣三郎を、板場の皆が、うれしそうに見守っています。
「ほんと、まるで、ここにだけ、春がきたようだわ」
と、紗江がつぶやくと、
「ちげえねえ」
と、甚五郎も、つぶやきます。
板場の皆が、うれしそうにほほえみます。
そんな中、おかゆを一心にかっこむ、剣三郎なのでした。
そんなところへ、め組の銀次が、突然入ってきます。
「おい、あの坊主いねえか?」
と、かなり焦っている銀次です。
「え、剣ちゃんなら、ここにいるけど」
と、紗江がポカンとして言うと、
「お前、岡っ引の伊佐に、これからのこと、相談していたんだよな?」
と、銀次が言うと、剣三郎は、こくんとうなづきます。
「その伊佐が、殺された!」
板場は、緊迫の場に早変わりしていました。
(つづく)
樹一郎、姫井荘三郎の二人は、怪我をした剣三郎をかつぎながら、
やっと、宿場にたどり着いたようです。
すでに、剣三郎の怪我の最低限の治療は樹一郎によって、施されており、
悪化する心配はありませんでしたが、その怪我によって、剣三郎は、熱を持ったようです。
「若、気をしっかり、もちますように!」
と、樹一郎が声をかけますが、剣三郎は、半分、夢の中です。
「これは、寝かさなければ、な。よし、そこの旅籠、わしが交渉してこよう」
と、姫井は、存外、親身になって、考えているようです。
姫井は近くの旅籠に消えると、すぐに出てきて、交渉が成功したような身振りです。
「はやく、寝かしてやろう。それに、水も桶に用意してもらうことになっている」
と、樹一郎以上に、親身になる姫井に、疑問を感じながら、同時に頼もしくも思う樹一郎です。
旅籠の二階の一室に、身を横たえた剣三郎は、怪我から来る高熱に、うなされているようです。
全身に汗をかき、しきりに首を振る剣三郎を、樹一郎は、心配顔で、見守るだけです。
姫井は、脈をとったり、胸に耳をあてたり、額の熱を測ったりといろいろやっていましたが、
「うむ。まあ、大丈夫でござろう。一晩苦しめば病は去ると見申した」
と、まるで、医者のような口ぶりです。
「姫井殿は、医者の経験もござるのかな?」
と、樹一郎は、冗談めかして聞きます。
「はっはっは。これくらいのこと、忍者の修行で、習ったまで。忍者は、すべてのことができんと、その人物に化けることができんからな」
と、姫井は、冗談とも本気ともつかない説明をしています。
「まあ、若が一晩で、直ってくれるなら、どうでもよい」
と、樹一郎は、あまり難しく考えるのをやめたようです。
「しかし、この若の背中の大きな傷は、なぜ、ついたのかね?」
と、姫井は、さきほど、発見した、剣三郎の背中の傷について、聞いています。
「それは・・・、わしも、よく知らんのだ。若がしゃべりたがらないのでな」
と、樹一郎は、苦い顔をします。
「あれは、ほぼ、一年前。若が、近くの瀧に、修行と称して、「滝打たれ」に出たときだった・・・」
と、樹一郎は、そのときのことを回想します。
「お供の人間も、三人程付いていたのだが、発見されたとき、その三人は、死んでいた」
と、樹一郎は、苦い顔で、話しています。
「若は、瀧の中で、背中から血を流して、気絶していた。一時は、もうだめか、と思ったが、奇跡的に回復した」
と、樹一郎は、素直に話しています。
「相手の素性は?」
と、姫井は、あまりの真実に、青い顔をしながら、聞いています。
「もちろん、不明だ。目撃者もおらん。ただ、少なくとも若は、それ以来、変わられた。剣に対する情熱が格段にあがられた。おかげで、その技も進んだというわけさ」
と、樹一郎は、素直な感じで、話しています。
「拙者なぞ、もう、相手にならん。千々石の小天狗と言われる拙者でさえ、な」
と、樹一郎は、苦笑しながら、話しています。
「なるほど、の。わしも、さきほどの戦いで、若の剣を見ていた。荒削りだが、その才能は、あふれんばかりだ・・・。ただ、何かが足りん。そんな気がする」
と、姫井は、正直な感想を述べています。
「何が足りないと?」
と、樹一郎は、聞きますが、
「それが、わからんのだ。わしも役目柄、多くの剣士の技を見てきた。その中でも、若の剣は、一二を争うだろう。だが、何かが足りん、そんな気がするのだ」
と、姫井も繰り返します。
「姫井殿、役目柄とおっしゃったが、そなた、宮司でなかったか?なぜ、剣技なぞ、目にする機会があるのだ?」
と、樹一郎は、素直な質問です。
「我が、阿蘇姫宮大神宮では、奉納剣技という大寄せが、年に一度、開かれるのじゃ。そこに日本中から、吾こそはと言う剣士が集まってくるので、の」
と、姫井は、素直に話します。
「わしも、16歳の時に、その大寄せで、優勝しておる。当時は、剣の天才じゃと、言われたものだ・・・。しかし、剣技というものは、強くなれば、弱くなるもので、の」
と、姫井は、少し寂しそうに話します。
「まあ、よい。わしは、一刻ほど、眠る。交代で若を、看病することにしようぞ」
と、言うと、姫井は、早速横になって、高いびきです。
「どこまで、本当の話か、わかったもんじゃないな、このおっさん・・・」
と、樹一郎は、つぶやきますが、
「しかし、案外、本当の話かも、しれんな。なにより、憎めん、男だ」
と、樹一郎もつい、笑顔になります。
「なんとも、おかしな男と道連れに、なったものだ・・・」
と、樹一郎は、無防備な姫井の寝顔を見ながら、そうつぶやきます。
「ま、悪い男じゃ、なさそう、だ」
と、樹一郎は、つぶやいています。
「さて、額の布を冷たくするか・・・。しかし、本当に一晩で治るのかな」
と、樹一郎は、剣三郎の額の布を桶の水で洗い、さらに冷たい水に浸してから、剣三郎の額に置きます。
「今宵は、少し蒸すようだ・・・」
と、樹一郎は、誰とも無くつぶやいています。
どこか、遠くの闇から、猫の鳴き声が、聞こえるようです。
男たちの夜は、さらに静かに更けていきます。
剣三郎は、朝、起き上がると、階下にある板場に歩いていきます。
そこは、料亭旅籠であるだけに、広い台所になっていて、何人もの職人が泊まり客のための朝餉の用意をしています。
その中に、やさしい笑顔をあふれさせる女将紗江が混じっています。剣三郎用の朝餉の支度をしているのです。
紗江はまるで、自分の子供が遠い過去から帰ってきたような気分で、この剣三郎を見ています。
剣三郎も記憶の中にない、母親の姿を紗江に見て、素直に、甘えています。
「紗江さん、おはよう。僕のごはんは?」
と目をこすりながら、紗江に聞く剣三郎を、紗江はやさしい笑顔で、
「ちょっと待っててね。もうすぐだから」
と返しています。紗江の笑顔が、剣三郎のこころをやさしく溶かしていくようです。
「うん。わかった」
と、剣三郎は、素直に話すと、周りの職人さんに意識を移します。
職人達もこの剣三郎に好意的で、
「お、坊主、これ、食うか?」
と、残り物などをくれたりします。
この板場で、料理長を努める通称「甚さん」と呼ばれる甚五郎も、そういうひとりで、
彼は紗江がここのところ、急速に元気になっている理由がこの剣三郎の存在だ、ということに気づいています。
「おう。剣三郎とやら、おめえは、この「無音屋」の救世主かもしれねえな」
と甚五郎は、言うと、剣三郎の頭をなでます。
剣三郎は、何のことやら何もわからないまま、されるがままにしています。
「江戸のひとって、みんな、やさしいな・・・」
と、剣三郎は、十四歳のこころで、そう思うだけです。
そこへ、こころをこめて朝餉をつくりあげた紗江が、ほほえみと共にその朝餉を運んできます。
「はい。ちょっとあついから、やけどしないように、ふうふうしながら、食べてね」
と、おかゆに梅干、玉子焼きとたくあんをつけた朝餉です。
「うわ。うまそう」
と剣三郎は、うれしそうな笑顔になると、素直に食べ始めます。
その様子をほほえみながら、うれしそうに見る紗江です。
そんなしあわせそうな、紗江を、板場のみんなも、うれしそうに見ています。
「紗江さん、おいしい」
と、にこにこしながら、素直に話す剣三郎です。
「そう。良かったわ」
と、剣三郎の素直な笑顔にこころがとろかされる紗江です。
無心に食べる剣三郎の様子を、うれしそうな表情で、紗江は見ています。
「わたしもあの時、子供を授かれば、こんな感じの風景をずっと楽しめたのね」
と、紗江はこころから、剣三郎の存在に、感謝しています。
「紗江さん、おかわり」
と、剣三郎は病み上がりのくせに、健啖ぶりを発揮しています。
「はいはい。食べ過ぎて、お腹こわさないでね」
と、うれしそうに、剣三郎のお茶碗を受け取る紗江です。
甚五郎は、そんな剣三郎に、
「おめえは、ほんとに、うまそうに、食うな。作っている側としちゃあ、そんな表情されちゃあ、つい力がはいっちまう」
と、笑いながら話しかけます。
「そう?いつも通りだけど・・・」
と、困惑する剣三郎ですが、その表情を、職人達が笑います。
「甚さん、子供を困らせちゃいけねえな」
と、言われると甚五郎は、
「はははは。そうしたくなる坊主なんだよ」
と、こちらも楽しそうに笑います。
「あなたが、来てから、この無音屋も、明るさを取り戻したみたい」
と、紗江はにこにこしながら、剣三郎のおかわりを渡しています。
「そう?よくわからないけど、そうだったら、うれしいな」
と、うれしそうに、おかわりをかっこむ剣三郎です。
そんな剣三郎を、板場の皆が、うれしそうに見守っています。
「ほんと、まるで、ここにだけ、春がきたようだわ」
と、紗江がつぶやくと、
「ちげえねえ」
と、甚五郎も、つぶやきます。
板場の皆が、うれしそうにほほえみます。
そんな中、おかゆを一心にかっこむ、剣三郎なのでした。
そんなところへ、め組の銀次が、突然入ってきます。
「おい、あの坊主いねえか?」
と、かなり焦っている銀次です。
「え、剣ちゃんなら、ここにいるけど」
と、紗江がポカンとして言うと、
「お前、岡っ引の伊佐に、これからのこと、相談していたんだよな?」
と、銀次が言うと、剣三郎は、こくんとうなづきます。
「その伊佐が、殺された!」
板場は、緊迫の場に早変わりしていました。
(つづく)