「ゆるちょ・インサウスティ!」の「海の上の入道雲」

楽しいおしゃべりと、真実の追求をテーマに、楽しく歩いていきます。

「剣三郎物語-星の未来の物語-」(3)

2010年06月13日 | 過去の物語
「これが、備前長船の宿場か・・・」

樹一郎、姫井荘三郎の二人は、怪我をした剣三郎をかつぎながら、

やっと、宿場にたどり着いたようです。

すでに、剣三郎の怪我の最低限の治療は樹一郎によって、施されており、

悪化する心配はありませんでしたが、その怪我によって、剣三郎は、熱を持ったようです。

「若、気をしっかり、もちますように!」

と、樹一郎が声をかけますが、剣三郎は、半分、夢の中です。

「これは、寝かさなければ、な。よし、そこの旅籠、わしが交渉してこよう」

と、姫井は、存外、親身になって、考えているようです。

姫井は近くの旅籠に消えると、すぐに出てきて、交渉が成功したような身振りです。

「はやく、寝かしてやろう。それに、水も桶に用意してもらうことになっている」

と、樹一郎以上に、親身になる姫井に、疑問を感じながら、同時に頼もしくも思う樹一郎です。

旅籠の二階の一室に、身を横たえた剣三郎は、怪我から来る高熱に、うなされているようです。

全身に汗をかき、しきりに首を振る剣三郎を、樹一郎は、心配顔で、見守るだけです。

姫井は、脈をとったり、胸に耳をあてたり、額の熱を測ったりといろいろやっていましたが、

「うむ。まあ、大丈夫でござろう。一晩苦しめば病は去ると見申した」

と、まるで、医者のような口ぶりです。

「姫井殿は、医者の経験もござるのかな?」

と、樹一郎は、冗談めかして聞きます。

「はっはっは。これくらいのこと、忍者の修行で、習ったまで。忍者は、すべてのことができんと、その人物に化けることができんからな」

と、姫井は、冗談とも本気ともつかない説明をしています。

「まあ、若が一晩で、直ってくれるなら、どうでもよい」

と、樹一郎は、あまり難しく考えるのをやめたようです。

「しかし、この若の背中の大きな傷は、なぜ、ついたのかね?」

と、姫井は、さきほど、発見した、剣三郎の背中の傷について、聞いています。

「それは・・・、わしも、よく知らんのだ。若がしゃべりたがらないのでな」

と、樹一郎は、苦い顔をします。

「あれは、ほぼ、一年前。若が、近くの瀧に、修行と称して、「滝打たれ」に出たときだった・・・」

と、樹一郎は、そのときのことを回想します。

「お供の人間も、三人程付いていたのだが、発見されたとき、その三人は、死んでいた」

と、樹一郎は、苦い顔で、話しています。

「若は、瀧の中で、背中から血を流して、気絶していた。一時は、もうだめか、と思ったが、奇跡的に回復した」

と、樹一郎は、素直に話しています。

「相手の素性は?」

と、姫井は、あまりの真実に、青い顔をしながら、聞いています。

「もちろん、不明だ。目撃者もおらん。ただ、少なくとも若は、それ以来、変わられた。剣に対する情熱が格段にあがられた。おかげで、その技も進んだというわけさ」

と、樹一郎は、素直な感じで、話しています。

「拙者なぞ、もう、相手にならん。千々石の小天狗と言われる拙者でさえ、な」

と、樹一郎は、苦笑しながら、話しています。

「なるほど、の。わしも、さきほどの戦いで、若の剣を見ていた。荒削りだが、その才能は、あふれんばかりだ・・・。ただ、何かが足りん。そんな気がする」

と、姫井は、正直な感想を述べています。

「何が足りないと?」

と、樹一郎は、聞きますが、

「それが、わからんのだ。わしも役目柄、多くの剣士の技を見てきた。その中でも、若の剣は、一二を争うだろう。だが、何かが足りん、そんな気がするのだ」

と、姫井も繰り返します。

「姫井殿、役目柄とおっしゃったが、そなた、宮司でなかったか?なぜ、剣技なぞ、目にする機会があるのだ?」

と、樹一郎は、素直な質問です。

「我が、阿蘇姫宮大神宮では、奉納剣技という大寄せが、年に一度、開かれるのじゃ。そこに日本中から、吾こそはと言う剣士が集まってくるので、の」

と、姫井は、素直に話します。

「わしも、16歳の時に、その大寄せで、優勝しておる。当時は、剣の天才じゃと、言われたものだ・・・。しかし、剣技というものは、強くなれば、弱くなるもので、の」

と、姫井は、少し寂しそうに話します。

「まあ、よい。わしは、一刻ほど、眠る。交代で若を、看病することにしようぞ」

と、言うと、姫井は、早速横になって、高いびきです。

「どこまで、本当の話か、わかったもんじゃないな、このおっさん・・・」

と、樹一郎は、つぶやきますが、

「しかし、案外、本当の話かも、しれんな。なにより、憎めん、男だ」

と、樹一郎もつい、笑顔になります。

「なんとも、おかしな男と道連れに、なったものだ・・・」

と、樹一郎は、無防備な姫井の寝顔を見ながら、そうつぶやきます。

「ま、悪い男じゃ、なさそう、だ」

と、樹一郎は、つぶやいています。

「さて、額の布を冷たくするか・・・。しかし、本当に一晩で治るのかな」

と、樹一郎は、剣三郎の額の布を桶の水で洗い、さらに冷たい水に浸してから、剣三郎の額に置きます。

「今宵は、少し蒸すようだ・・・」

と、樹一郎は、誰とも無くつぶやいています。

どこか、遠くの闇から、猫の鳴き声が、聞こえるようです。

男たちの夜は、さらに静かに更けていきます。


剣三郎は、朝、起き上がると、階下にある板場に歩いていきます。

そこは、料亭旅籠であるだけに、広い台所になっていて、何人もの職人が泊まり客のための朝餉の用意をしています。

その中に、やさしい笑顔をあふれさせる女将紗江が混じっています。剣三郎用の朝餉の支度をしているのです。

紗江はまるで、自分の子供が遠い過去から帰ってきたような気分で、この剣三郎を見ています。

剣三郎も記憶の中にない、母親の姿を紗江に見て、素直に、甘えています。

「紗江さん、おはよう。僕のごはんは?」

と目をこすりながら、紗江に聞く剣三郎を、紗江はやさしい笑顔で、

「ちょっと待っててね。もうすぐだから」

と返しています。紗江の笑顔が、剣三郎のこころをやさしく溶かしていくようです。

「うん。わかった」

と、剣三郎は、素直に話すと、周りの職人さんに意識を移します。

職人達もこの剣三郎に好意的で、

「お、坊主、これ、食うか?」

と、残り物などをくれたりします。

この板場で、料理長を努める通称「甚さん」と呼ばれる甚五郎も、そういうひとりで、

彼は紗江がここのところ、急速に元気になっている理由がこの剣三郎の存在だ、ということに気づいています。

「おう。剣三郎とやら、おめえは、この「無音屋」の救世主かもしれねえな」

と甚五郎は、言うと、剣三郎の頭をなでます。

剣三郎は、何のことやら何もわからないまま、されるがままにしています。

「江戸のひとって、みんな、やさしいな・・・」

と、剣三郎は、十四歳のこころで、そう思うだけです。

そこへ、こころをこめて朝餉をつくりあげた紗江が、ほほえみと共にその朝餉を運んできます。

「はい。ちょっとあついから、やけどしないように、ふうふうしながら、食べてね」

と、おかゆに梅干、玉子焼きとたくあんをつけた朝餉です。

「うわ。うまそう」

と剣三郎は、うれしそうな笑顔になると、素直に食べ始めます。

その様子をほほえみながら、うれしそうに見る紗江です。

そんなしあわせそうな、紗江を、板場のみんなも、うれしそうに見ています。

「紗江さん、おいしい」

と、にこにこしながら、素直に話す剣三郎です。

「そう。良かったわ」

と、剣三郎の素直な笑顔にこころがとろかされる紗江です。

無心に食べる剣三郎の様子を、うれしそうな表情で、紗江は見ています。

「わたしもあの時、子供を授かれば、こんな感じの風景をずっと楽しめたのね」

と、紗江はこころから、剣三郎の存在に、感謝しています。

「紗江さん、おかわり」

と、剣三郎は病み上がりのくせに、健啖ぶりを発揮しています。

「はいはい。食べ過ぎて、お腹こわさないでね」

と、うれしそうに、剣三郎のお茶碗を受け取る紗江です。

甚五郎は、そんな剣三郎に、

「おめえは、ほんとに、うまそうに、食うな。作っている側としちゃあ、そんな表情されちゃあ、つい力がはいっちまう」

と、笑いながら話しかけます。

「そう?いつも通りだけど・・・」

と、困惑する剣三郎ですが、その表情を、職人達が笑います。

「甚さん、子供を困らせちゃいけねえな」

と、言われると甚五郎は、

「はははは。そうしたくなる坊主なんだよ」

と、こちらも楽しそうに笑います。

「あなたが、来てから、この無音屋も、明るさを取り戻したみたい」

と、紗江はにこにこしながら、剣三郎のおかわりを渡しています。

「そう?よくわからないけど、そうだったら、うれしいな」

と、うれしそうに、おかわりをかっこむ剣三郎です。

そんな剣三郎を、板場の皆が、うれしそうに見守っています。

「ほんと、まるで、ここにだけ、春がきたようだわ」

と、紗江がつぶやくと、

「ちげえねえ」

と、甚五郎も、つぶやきます。

板場の皆が、うれしそうにほほえみます。

そんな中、おかゆを一心にかっこむ、剣三郎なのでした。


そんなところへ、め組の銀次が、突然入ってきます。

「おい、あの坊主いねえか?」

と、かなり焦っている銀次です。

「え、剣ちゃんなら、ここにいるけど」

と、紗江がポカンとして言うと、

「お前、岡っ引の伊佐に、これからのこと、相談していたんだよな?」

と、銀次が言うと、剣三郎は、こくんとうなづきます。

「その伊佐が、殺された!」

板場は、緊迫の場に早変わりしていました。


(つづく)

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