蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

飽食……ワンコインの威光

2018年02月03日 | 季節の便り・旅篇

 開催期限が終わろうとしていた。無駄には出来ない厚意が籠った一枚だった。
 「立花宗茂と柳川の武士たち」500円……東京・立川の国文学資料研究所で働く長女が、正月帰省の折りに「お土産!」と持ってきた一枚である……何故か二枚ではない。
 「勿体ないから、柳川名物の鰻のせいろ蒸しを食べに行こうか」

 美味しいものには目がないジジババである。衰えない寒波に震える日々が続いた。蹲踞のツララを眺めて冬籠りし、夫婦そろってリハビリに通うだけの退屈な日々に、束の間の薄日が差す少し穏やかな一日が還ってきた。脚を引き摺りながら寒風の中を歩き、シネマ歌舞伎で玉三郎、七之助が眩しい「京鹿子五人娘道成寺」、「二人椀久」を観た翌々日だった。
 九州道を55キロ、およそ一時間で水郷柳川に着く。通行料1190円。柳川城址を右手に左折すると、柳川藩主立花邸「御花・松濤園」の入り口に「立花家資料館」がある。平日で人影も少なく、やれやれ、原色で川下りに群がるアジア系団体客の姿もない。追加の入場券をもう一枚求めて入館した。500円。
 「1567年に生まれ、争乱の九州でその名をとどろかせた戦国武将、立花宗茂。生誕450年を記念して初代柳川藩主となった宗茂と、その奇跡的な柳川復活劇を支えた家臣たちにスポットを当てた特別展」とある。大切に保存された文書や、刀剣、槍、鎧、兜などの美術工芸品を時系列に並べて、宗茂の生涯を綴った展示は見応えがあった。いずれNHKの大河ドラマにしたいという地元の願望があるというのも頷ける。

 歩いて1分のところに、目当ての鰻屋Mがある。お気に入りの店……といっても、初めて訪れたのは学生時代。先に社会人になっていたカミさんとデートで訪れ、沖の端の北原白秋生家や詩碑を訪ね、その折に立ち寄って食べた味が舌に沁みついた……55年前である。大卒初任給19000円の当時は、多分1000円もしなかったのではないだろうか。その後、長女が学生時代か社会人ほやほやの頃、再びここでせいろ蒸しを食べた……35年前である。いずれにしろ、55年も35年も、今となっては遥か遥か大昔の記憶になってしまった。しかし、舌に残るあの味は今も絶品である。

 川下りの船が行き交う窓際の席に座椅子を借りて痛む股関節を労わりながら坐り、メニューを開いて愕然!せいろ蒸しセットが並で4000円、特で4400円!むむ、これが観光価格なのか。
 「鰻と胆吸いだけでいいよね」と言いながら、単品のせいろ蒸しを、並の3300円でなく、せめて特の3600円で手を打った。
 艶やかに照りを光らせる鰻の蒲焼の上に錦糸卵、たっぷりタレを染み込んだご飯の間にも蒲焼が潜んでいて、美味なることこの上ない。遥か昔の思い出も載せて、せいろの間に詰まった飯粒まで掘り起こして食べ尽くした。
 御花・松濤園の隣りにある結婚式場のティールームが、美味しい珈琲を喫ませてくれる。ウインナー珈琲が一杯540円と良心的である。ひとときのブレークを陽だまりの窓際で楽しんで帰路に着いた。

 今日のドライブにはもう一つの狙いがあった。九州道「柳川みやまIC」にほど近い所に「道の駅みやま」がある。此処は全国有数のセロリの産地であり、12月から2月の寒の厳しい間だけ、今時スーパーで一本199円もするセロリが株のまま、ひと株300円~400円で買うことが出来る。バラせば2000円以上になる大株である。いつも病院の帰りに立ち寄り、10株ほど買って、ご近所や友人たちに半株ずつお土産に届けるのが恒例になっていた。
 遠方から来た客が、5株10株単位で箱に詰めて買い求めていく人気の野菜である……であるが故に、この日は残念ながら午前中で完売になっていた。こんなことなら、柳川に行く前に買っておくのだったと、臍を嚙んで後悔しても後の祭り。仕方なく、そのほかの野菜などを3000円ほど買って高速に乗った。

 一枚の500円の入場券が招いたドライブ。ガソリン代を含めると、都合15000円を超える大散財になった。出た脚の太さは30倍!しかし、久々のせいろ蒸しを満喫する機会を作ってくれた娘に感謝しながら、ご満悦のジジババ二人ドライブだった。
 戦国武将・立花宗茂の威光、450年を経ても、いまだ衰えることがない。(呵呵)
                    (2018年2月:写真:M屋の特せいろ蒸し)