蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

厳寒

2018年01月12日 | つれづれに


 背筋を冷気が駆け上がる。未明、氷点下1.1度まで冷え込んだ外気は、正午になっても0.8度に留まっていた。「大雪・低温注意報」が、まだ大宰府から消えない。窓の外では雪虫のような雪が風に舞い、木枯らしが残雪をいただいた庭木を揺する。既に三日目の冬籠りである。

 孫たちが去って、薄ら寒いほどの静けさが戻ってきた。反動のように心身の張りを失ったみたいで、なかなか何かを始める意欲が湧いてこない。「ま、それもいいか」と居直って、「事初め」に相応しいきっかけが来るのを待ちながら、無為徒食の日々を送っている。
 年末年始から、親しい友人の癌の発症や再発、訃報など重い便りが重なった。そんな世代の真っ只中に生きている我が身にも、多少気にならないこともない事象が起こっている。
 暮れから左股関節に痛みが走り、行きつけの整形外科に駆け込んだ。X線で両股関節の写真を撮った。大腿骨と骨盤の接合部分が、これほど見事に綺麗な孤を描いているのに感動!
 肋骨は何度も胸部X線で見ているし、頭蓋骨下部、肩、掌、椎間板など、いろいろと骨の写真は見て来た。圧巻は、昨秋受けた大腸カメラによる検査だった。生まれて初めて見る腸の内部の美しさ!内視鏡に映し出されたそこは、濡れたピンクがかった襞が重なり、まるで別の生き物のようにうねうねと穿たれ続いていた。普段目にすることがない自分の身体の内部を、医療機器や器具で垣間見て、その神秘的なまでに美しい人体に見入ってしまう自分がいた。

 写真を見る医師が言う。
 「骨に変形はありませんが、左股関節の間隔が少し狭くなっています。使い過ぎて、軟骨がすり減ってますネ。股関節の動きをカバーするために、当分周辺の筋肉を鍛えましょう。それでだめなら、部品交換です。歩きすぎはいけませんよ!」
 こうして、3階のリハビリ室に週2回通うことになった。マイクロ波を10分照射して温め(これが、実に気持ちいい!)、マッサージとストレッチで40分。筋肉や筋を一つ一つ確かめながら、丁寧にマッサージしてくれる。酷寒の日でも、半袖で汗を流してくれる理学療法士が神様に見えてくる。私に合ったプログラムを作って印刷してくれて、家で毎日ストレッチするよう勧められた。寝る前や起きた時、ベッドの上で出来るストレッチである。暖かくなるまで、辛抱強く頑張ってみよう。
 「何か目標を持ちましょう」……この病院は、リハビリに励みを持たせる為に、必ず目標を申告させてくれる。
 「毎日の散策が出来るように!(秘密基地「野うさぎの広場」まで、山道を歩くことが出来るように!)」……ささやかな目標である。

 最悪の場合でも、「部品交換」・人工股関節手術の道は残っているが、この歳で(あと数日で79歳を迎えるシサマが)、身体にメスを入れるのはあまり好ましいことではない。というより……笑われるような話だが、数年前に左肩腱板断裂で内視鏡手術を受けた時、全身麻酔だった。術後の痛みもなく、半年のリハビリも皆勤したが、一番嫌だったのが尿管カテーテルの挿入と、術後それを取り出す際のおぞましい不快な痛みだった。この痛みは、女より尿管が長い男にだけがわかるおぞましさだろう。(……というほど、長くもないのだが……自笑)手術のメスより、この方が怖いという情けない男である。

 雪が舞う。柄杓を鷲掴みした氷柱は、いつまでも融けようとしない。厳冬、此処に極まった。
                  (2018年1月:写真:蹲踞に伸びたツララ)

 翌朝、氷点下2.9度の冷え込みでツララはひとまわり大きくなり、圧巻の極太になった。
 写真を、極太に差し替える。