蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

秋の夜長

2017年10月09日 | つれづれに

 ひっそりと夏を弔った空蝉が二つ、キンモクセイの葉陰で、仄かに甘い香りに包まれて眠っていた。風もないのに、黄金色の花がホロホロと散る。
 落葉の季節……玄関脇のハナミズキが、頻りに落ち葉を舞わせるようになった。起き抜けに掃いても、夕方には又玄関周りや道路を覆う。踏みつけると微塵に砕けてしまうのが、この落ち葉の難。軽い枯葉だから、僅かな風でも隣近所の玄関先まで舞い遊びに行ってしまう。ハナミズキが終われば、ロウバイ、紅梅、楓、キブシと、木枯らしが立つまで、朝夕の私の日課が続く。

 葉を落として見通しが良くなったハナミズキの枝から、たくさんのオキナワスズメウリの実が姿を現した。環境を変えて家の周囲4か所に種子を撒いたが、実を着けたのは此処だけだった。土と日当たりと、様々な要因を探る毎年だが、やはり玄関先だけが実りを見せてくれる。
 消えていったチゴユリ、ミヤコワスレ、キバナホウチャクソウ、チャルメルソウ,ホタルブクロ……いつの間に東側の八朔の下から、南側の塀沿いに移動してしまったホウチャクソウ、増え続けるマンリョウやヤブコウジ、突然蔓延し始めたヌスビトハギ……植物は自ら自分に合った環境を選んでいく。やはり、この庭は雑木林にしたい。
 真っ赤なミズヒキソウが、今盛りである。

 梅の枝に、12センチほどの黄緑色のイモムシが這っていた。食性から、多分スズメガの一種モモイロスズメだろう。梅の木の下に黒い糞が落ちていたから、何かいるだろうとは思っていたが、この幼虫は成長が早く、ある日突然成長し切った大きな芋虫になって現れ、驚くことがある。「元来イモムシ(芋虫)という単語は、サトイモやサツマイモの葉に多く付くスズメガの幼虫を指した語である」と図鑑にあった。腹部の先端に「尾角」と呼ばれる突起が突き出ており、あまり好まれる姿ではないが、毒針などは持たない無害のイモムシである。
 尾角が顕著だから、英語でもhorned worm (角の生えた芋虫)という。スズメガは種によって食べる植物が顕著に決まっている。だから、桃、梅、林檎、枇杷などバラ科の葉を食べるのはモモスズメということになる。こうやって種類を同定するのも、「虫好き」とっては楽しいワクワクタイムなのだ。
 親になれば三角形の翅をはばたかせて、種類によっては時速50km以上のスピードでジェット機のように高速飛翔するし、ホバリングも出来る優れものの蛾である。

 7年振りで大腸カメラを受診した。前日は格段に美味しくなった検査食に変に感激しながら、検査当日2時間をかけて1ℓの下剤と麦茶を交互に飲み、腸を綺麗にしたところでカメラを入れた。曲がりくねった部分を抜ける時に少し膨満感と鈍痛が奔るが、それも一瞬、5分も掛からず挿入し終った。
 「モニター見れますよ」という看護婦の言葉に、恐る恐る画面に見入った。
 「此処が一番奥の盲腸です。ゆっくり引いていきますね」
 強いライトに照らされて、ピンクがかったオレンジ色の隧道、艶々と輝きたくさんの襞に囲まれた神秘的な光景がそこにあった。人間の内臓って、こんなに綺麗なんだ!……感動的でさえあった。
 襞の上に、うっかりすると見落としそうほどの小さな膨らみがあった。
 「ポリープですね。5ミリ以上は切るようにしてますが、まだ4ミリです。どうしますか、切りますか?」
 「先生の判断におまかせします」
 「じゃあ、ついでですから切っておきましょう。癌とかの心配あるポリープじゃありませんが、念の為に生検に出しておきます」
 カメラの先端に輪っか状のカッターが現れ、膨らみを掻き取る。噴火口のように残った傷跡をカチッと3か所を微小な縫合器具で止める。
 「ホッチキスみたいなものです。自然に取れて流れますから」
 
 生まれて初めて車椅子に乗って病室に運ばれた。ポリープを切除した場合は、一晩入院して絶食点滴で様子を見る規則だという。空腹感に苛まれながら、浅ましく一晩中食べ物の夢ばかりを見ていた。
 「仲秋の名月」前夜……「食欲の秋」に背く「秋の夜長」だった。
                 (2017年10月:写真:オキナワスズメウリ)